宇宙海賊やろう! さんじゅうよん
あからさまに油断した高橋艦長。それを傍から見ているキャプテン・コクーンの判断は?
「ということで、フレッドの予想が当たってしまったな」
母星<ニイボリ・スリー>方面から近づいてくる四隻のグラジオラス級駆逐艦を捉えた直後、コクーンは感心したようにフレッドを振り返った。
「どうだ? 自分の予想が当たって?」
「う~ん。この先、どうやって動けばいいのかが、まだ分からないんですが」
「動く?」
「だって、ただ黙ってヤラレ役を演じるなんていうのは…」
「たしかに海賊流ではないな」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべたコクーンは、内惑星軌道図を横によせ、再び惑星カゴハラを中心とした航路のホログラムを船長席のコンソール上に戻した。
先ほど二人で見た時から、各宇宙船の位置は当然ずれていた。航路を星系外へ向かう宇宙船は随時加速し、逆に中継ステーションへ向かっている宇宙船は随時減速をしているからだ。
変わらないのは漂泊宙域の宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>と、グンマ宇宙軍の重巡洋艦の二隻ぐらいなものだ。内側の漂泊宙域の民間船だって荷下ろしやら雑用で細かく位置を変更していた。
この内「余所者」である<メアリー・テラコッタ>は、漂拍宙域の一番端、航路の出入口に近いところに漂泊していた。
いざ敵を見つけたら出港するのに最適な場所、というより逃げだしやすい場所であった。
「フレッド。今回の艦隊演習でのウチの役割は?」
「えっと。第一六駆逐戦隊は四番地から自由に中継ステーションに停泊する巡洋艦を模擬攻撃せよっていうのが今回の演習ですから…」
「よくそこまで覚えていたな」
「秘書ですから」
ニッコリ笑顔で返した。
「つまり<メアリー・テラコッタ>は、ここに停泊して的の代わりって事になります?」
「そうなるな。だがフレッドの言う通り、ヤラレ役をそのまま演じるってのも、な」
ちょいと顎を搔いたコクーンは、フレッドの後ろに立つナナカを振り返った。
「ナナカ。俺のコンソールに、周辺の重力傾斜を表示してくれ」
「はーい」
ナナカがいつもの緊張感のない返事をすると、船長席のコンソール上空に三つ目のホログラムが現れた。先ほどから表示している周辺航路の図とほとんど同じであるが、ピンのように見える中継ステーション周辺と<カゴハラ>周辺に別の球体が表示されていた。
「これじゃ分かりにくいな。中継ステーション周辺をアップ。それと二次元的に表示してくれ」
「はーい。これでどうでしょう」
画面が切り替わり、中継ステーションが握り拳ぐらいに表示された。それを中心に、まるで深皿のようなホログラムも表示された。
「おー、これこれ。ウチはドコだ?」
「ここです」
ナナカの返事と共に深皿に接する一点が点滅した。
「よし」
コクーンは一回頷くと、立ったままでいる当番長パリザーの背中に声をかけた。
「当番長、バーベキュー航行止め」
「ようそろ、バーベキュー航行を止めます。当て舵Z、一斉撃ち方よぉーい」
「当て舵Z、一斉撃ち方」
パリザーの号令を、操縦輪やレバーなどが並んだコンソールに着いている乗組員が復唱した。同じコンソールが二つ並んでいるが、いま埋まっているのは左側の席だけである。
復唱した乗組員は、コンソールから生えたレバーの内、銃のようなグリップのある物を左手で握った。
「用意よろし!」
「撃て!」
「てっ!」
一度だけ銃のようなグリップにあるスイッチを握り込んだ。とたんにブリッジの船窓の風景がピタリと止まった。ブリッジの中に座っているフレッドには見えなかったが、<メアリー・テラコッタ>の外舷に並んだ姿勢制御ノズルの内、左舷に並んだ物が同時に上方へ向けて、右舷に並んだ物が同時に下方へ向けて、それぞれ一回だけ噴射したのだ。
「当て舵終了。バーベキュー航行を止めました」
パリザーの報告を聞きながら、コクーンはひじ掛けの受話器を取り上げて、ボタンを二つ同時に押し込んだ。他の所へは番号を打ち込まなければいけないが、この二か所はさすがに短縮ダイヤルできるようになっていた。機関運転室とセントラル・コントロールである。
「機関室。重力アンカーの出力を五〇パーセントダウン。通信、中継ステーション管制局へ『我、慣性制御装置ニ若干ノ不具合発生』と送れ」
受話器の向こうから二人分の復唱があるのにも関わらず、コクーンは通話を切ると、ブリッジを見回した。
「誰か信号の所へ行って、MをYにかえてこい」
「私が」
パリザーの横に立つダンカンが、キビキビと動いてブリッジから出て行った。フレッドはまだ知らなかったが国際信号旗の「M」は漂泊中を示し「Y」は走錨中を意味した。
「航海長、退出!」
ナナカがブリッジ全員に聞こえるように声を上げた。
その時、やっとオブザーバーの存在を思い出したのか、コクーンはデータリンクのところにいる堀江大尉をチラッと見た。
彼は面白そうな顔をしていた。どうやら、お手並み拝見と言ったところであろう。
いくら中継ステーション周辺が重力傾斜的に安定しているとはいえ、全ての物体が安全距離を置いて浮かんでいられるわけではない。重力傾斜にはわずかにだが凸凹が存在し、凹みに当たる宙域へ重力と引力のままに集まろうとするのは、フレッドも高校の物理や天文の授業で習っていた。
それを防ぐために宇宙船は、慣性制御装置を使って自分が漂泊したい宙域に「穴を掘り」船体が動かないように固定する。これを重力アンカーと言った。
コクーンの今までの指示は、その重力アンカーを弱めるという事だ。弱めた結果がどうなるかは、まだ素人のフレッドでも分かる事だ。
「いいんですか? 勝手に動いて?」
フレッドは不安そうに訊いた。管制局の許可を得ずに港の中を動き回っては、衝突事故の危険すらあった。
「大丈夫だ。いざとなればメインエンジン噴かすし、そんなとんでもないスピードで飛ぼうってわけでもない。ナナカ。三〇分後までの<メアリー・テラコッタ>の軌道を計算して表示」
「はーい。このまま加速した場合の三〇分後までの位置を表示します」
深皿の表面を撫でるように緩い曲線が描かれた。底へ向かって一直線というより、皿の斜面を斜めに下って行くような航路だ。いちおうグンマ宇宙軍に割り当てられた漂泊宙域内だけの移動が見込まれていた。
「ちょっと足りないかな? 操舵手、位置修正射よぉーい」
「位置修正射、準備します」
再び銃のようなグリップを握る操舵手。その間にもコクーンは深皿のようなホログラムを睨みつけるようにして情報を集めていた。
「左へ向けて一斉撃ち方一回。よぉーい」
「左へ一斉撃ち方、一回」
左手でグリップを握ったまま操舵手が、右手だけでコンソールへ何か命令を打ち込んだ。
「用意よろし!」
「撃て!」
「てっ!」
また一回、グリップのボタンが押し込まれた。気のせいか深皿のホログラム上を移動する点が加速したようにも思えた。もちろん、外から<メアリー・テラコッタ>を見ている者がいたとしたら、彼女の外舷各部にあるスラスターの内、左舷へ向いた物が一斉にプラズマを吐き出した様子を見ることができたはずだ。
「これでどうだ? ナナカ再計算」
「はーい。再計算終了。三〇分後の位置はここになります」
先ほどの表示の色が薄まり、新たにもっと緩くて長い曲線が重ねて表示された。やはり宇宙軍に割り当てられた漂泊宙域を出る物ではないが、先ほどよりは到着座標が遠くなっていた。
「よし、こんなものだな」
宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>は右舷に向けて横滑りしながら重力傾斜に沿って慣性航行を始めた。
戦闘艦が戦闘配置を取っていると、食事は戦闘配食といって、配置に就いたままで食べられるような軽食となる。これが食事関して無頓着な星ならば、味気のないサンドイッチのような物だったりする。もっと忙しい時など栄養カプセルや栄養注射など、本当に味気の無い物になる。
地球は日本から移住して開拓を進めてきた星間国家グンマは、名前の通り文化的背景は、その群馬県を源流としていた。つまり食事の基本は日本食である。
そして日本食にはオニギリという素晴らしい携帯食があった。
いまだ第一六駆逐隊が全滅していないため、グンマ宇宙軍重巡洋艦<キタノシゲオ>は戦闘配置がかけられたままであった。
迎撃は配下の三個駆逐戦隊に任せられており、実質なにもやることは無いが、そこは部下だけに戦争をやらしておけないという高橋艦長のケジメであった。
とはいっても補給科からセントラル・コントロールにオニギリが運ばれて来た時には、天頂と天底に現れた第一六駆逐戦隊から分派した囮は迎撃されており、残りの<ニイボリ・スリー>側から攻めて来た主隊の迎撃に入ろうかというところだった。
ピーッと緊張感のない音を、データリンクを扱うコンソールが立てて、高橋艦長の意識がセントラル・コントロール内に引き戻された。
それまでは来週にやるかもしれないと荒木提督から内示された宇宙戦艦襲撃訓練のために、過去の資料をコンソールに呼び出して読み込んでいたのだ。
「どういうこと?」
データリンクがもたらした新情報を見て、高橋艦長の整えられた眉が顰められた。
データリンクに上げられたのは、三番目に現れた赤軍艦隊も、グラジオラス級駆逐艦が一隻に、バルーンダミーが三つだという報告であった。
迎撃が終わった天頂天底の二隻と合わせて、これで三隻。第一六駆逐戦隊は四隻で編制されているから、一隻足りないことになる。
「ちょっとまって。シゲオ、<カゴハラ>周辺の民間船を含む航路の状況を頂戴」
「イエス・マム」
重巡洋艦<キタノシゲオ>の中央コンピュータがセントラル・コントロールに投影しているアバターは、青年士官の姿をしていた。
艦長席のコンソール上に、周辺宙域の様子を示すホログラムが表示された。多数の民間船がトランスポンダを発信しながら出入港しようとしていた。もちろん<メアリー・テラコッタ>のブリッジに投影された物と基本は同じ物だ。
「ちょっとまって」
同じ言葉を繰り返しながら高橋艦長はさらに眉を顰めた。
「<メアリー・テラコッタ>はドコ?」
「ここになります」
グラフィックの一点が明滅し始めた。いつの間にかに<メアリー・テラコッタ>は<キタノシゲオ>の下を潜り抜けるようにして、航路とは反対側へと移動していた。
(なぜ<メアリー・テラコッタ>が、あんな位置に? キャプテン・コクーンは何を考えて?)
「どうして報告が無い? <メアリー・テラコッタ>が移動しているじゃないの」
「はあ」
データリンク担当の酒本少尉が煮え切らない声を上げた。
「三〇分前から当該船は故障を周辺艦船と中継ステーション管制に申請しています。この間も機関不調で漂流しましたし、とくに報告する事では…」
「それでも衝突の可能性があったでしょう」
自分の声がヒステリックに裏返らないように気を付けながら高橋艦長は酒本少尉に注意した。
宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>は、グンマ宇宙軍の傭船となってからデータリンクで繋がっているはずである。高橋艦長は<メアリー・テラコッタ>の現時点でのコンディションをコンソールに呼び出した。
「戦闘態勢?」
背中の格納庫にある装甲扉を開いて、係船桁と呼ばれるワーレントラスの骨組みを展開したままであったが、六門搭載しているブラスターのいずれもが余熱を終えて、いつでも射撃を開始できるようになっていた。
船体は航路と漂泊地が繋がる座標に対して、全砲門が向けられる右真横を晒していた。
旋回したブラスターの砲門は全てその座標へ向けられている事になる。
なにか大事な情報を見落としていたような、そんな隔靴掻痒のような物が心の底から湧いて来た。
「ちょっとまって。航路を航行する民間船の…、過去一時間の情報を頂戴」
「イエス・マム」
すぐに<キタノシゲオ>のアバターが応え、航路の様子を示していたホログラムの中で複数の光点や矢印が巻き戻されるように行き来した。
その中に、ニイボリ星系三丁目四番地方向からやってくる民間船の様子も含まれていた。
「あ! 全艦戦闘態勢! 主砲、ポンポン砲射撃用意!」
四番地のアステロイドゾーンから<カゴハラ>まで、複数の大型コンテナ船が並んで航行して来ていた。戦闘機動を取らなくて済む民間船は、船体にかかる負担が少ないことから宇宙戦艦よりも巨大な物が多い。縦に並んでやってくるコンテナ船も、全長が一キロ超えの大型船ばかりだった。
もし、その陰に隠れて駆逐艦が接近してきたとしたら<カゴハラ>の衛星軌道にいる<キタノシゲオ>からは、まったく見えないことになる。
最初から同じ一隻の影に隠れて行動する事も考えられるが、コンテナ船からコンテナ船へと飛び石に隠れながら接近する事も可能だ。
次のコンテナ船に追いつくまで、姿を晒すことになるかもしれないが、現在の航路の込み具合だと「そこに居る」と考えて注視していないと見落とす可能性の方が大きかった。
なにせ宇宙船はプラズマを噴射して航行している。恒星ほどではないが、そういった「航跡」も身を隠すことに使える物だからだ。プラズマ自体も電荷を帯びているし、またその排熱に紛れてしまって、遠くからだと光学的にも発見することは難しいのだ。
唯一、コンテナ船の乗組員が異常接近する戦闘艦に不安を覚えて、グンマ宇宙軍へ照会なりすれば居場所がバレる可能性もあるが、コンテナ船からも発見されないように行動する事は容易いはずだ。なにせ民間船である。周囲を警戒するレーダーだって軍用の物に比べて低性能の物しか搭載していないはずだ。
「戦闘」
高橋艦長の焦った声に反比例して<キタノシゲオ>の中央コンピュータのアバターはのんびりした声を出した。
「戦闘準備。主砲撃ち方よーい」
同じセントラル・コントロールに詰めている<キタノシゲオ>の砲雷長が声を復唱し、自分の裁量で命令を付け加えた。
「目標は…」
しかし高橋艦長は命令を言い切ることが出来なかった。
惑星<カゴハラ>の静止軌道へ、船尾を前にしてアプローチしていたコンテナ船の影から一隻の駆逐艦が飛び出したのはその時であった。
間違いなく第一六駆逐戦隊司令の岡田大佐が座乗する嚮導駆逐艦<ユキカゼ>であった。
巨大なコンテナ船の影に隠れていたという事は、彼女自身も漂泊地の様子を見えていたわけでは無い。ただ中継ステーションの管制局は二十四時間絶やすことなく泊地の様子をインフォメーションしており、そこから大体の「敵艦」の位置を割り出すことに成功していた。
最大推力で、今まで盾にしていたコンテナ船から離れると、最大出力で射撃レーダーを発振し、照準をつけた。
船体に抱えた四本の対戦艦ミサイルを実際に発射はしなかったが、射撃レーダーから照準をつけるための電波を一番近くにいた<キタノシゲオ>へぶつけ、続けて艦首の六〇センチブラスターに照準測距用として同軸に取り付けられたレーザーポインターで<キタノシゲオ>を照射した。
この一連の「攻撃」が終了する前に、岡田大佐が艦長席に着いていた<ユキカゼ>のセントラル・コントロールに警報が鳴り響いた。
「岡田大佐。本艦は撃沈されました」
駆逐艦<ユキカゼ>に乗り組んでいた審判官がつまらなそうに告げた。岡田大佐を「沈めた」のは、<メアリー・テラコッタ>からの全力射撃であった。
もちろん本物の火球を浴びせられたわけでは無い。代わりに三つある主砲塔からブラスターを連射したと仮定して、<メアリー・テラコッタ>から照準測距用のレーザーを何度も照射されていた。
審判官はこの攻撃により<ユキカゼ>はミサイル発射直前で破壊されたと判断した。艦首ブラスターの射撃は有効とされ、<キタノシゲオ>には二発以上着弾したと裁定された。
四隻の赤軍全ての駆逐艦が撃沈判定となったところで、一週間に渡った演習は終了となった。
同じようなコンソールが二つ:旅客機みたいに正副ふたりの操舵員が並んで操縦するといった設定にしてみました
ボタンを二つ同時に押し込んだ:船長席の内線電話には、かける相手の番号を打ち込むテンキーと、いくつかの部署にすぐに繋がるようになっている短縮ダイヤルボタンがあると設定した
シゲオ:<メアリー・テラコッタ>のナナカと同じく重巡洋艦<キタノシゲオ>の中央コンピュータのアバターである。ナナカの自己紹介の時に説明があったが、艦名とアバターの名前が同じである
「イエス・マム」:相手が男性将校ならば「イエッサー」ってやつだ
「戦闘態勢?」:<メアリー・テラコッタ>は通常直のまま主砲を発射しようとしている。データリンク上は戦闘態勢と表示されているはずだ
宇宙戦艦より巨大:宇宙戦艦は全長五〇〇メートルぐらいと設定している。これより巨大な艦を建造しても質量が大きすぎて運動性能に問題が発生するとした。民間船は運動性能なんて物よりも経済性が優先であろうから、一度に運べる荷貨物量で大きさが決まっているだろう。また戦闘艦はラグビーボール形と設定したが、民間船は球形や円錐形を組み合わせたような形をしているかもしれない
プラズマを噴射して航行:外宇宙から中継ステーションに向かってくる民間船は、逆噴射にそなえて前後逆に飛んで来ているはずだ




