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宇宙海賊やろう!  作者: 池田 和美
29/51

宇宙海賊やろう! にじゅうきゅう

 さて何人が遅刻したでしょう



 果たして翌日、三人の駆逐艦長が遅刻をした。少なかったと褒めるべきか、二割近い数だと嘆くべきか微妙な数字である。

 走って来ただけでない汗を拭く事すらできずに、慌てて敬礼をして謝罪する三人の駆逐艦長。

 そういった事を全てフレッドは、間近で見聞きしていた。

 会議室の下手にコクーンが座っており、その横で端末を使って要点をメモしていたからだ。

 下座ということで出入り口に近かったので、必然的に遅刻者が晒し者となる場所に物理的に一番近いということになった。そのせいで細かく観察する事が出来たのだ。

 どうしてフレッドがこの場にいるかというと、単純な事であった。本来ならば「見習いの見習い」という<メアリー・テラコッタ>で一番の下端である、この<カゴハラ>に駐留しているグンマ宇宙軍のトップ会議といった物に参加できるはずがなかった。

 だが<メアリー・テラコッタ>船長のコクーンが会議に参加する以上、その護衛として陸戦隊隊長のダンゾーが荷物持ちとして随行する事となり、そして彼女と行動を共にすることになっているフレッドもついて来なければならなくなったのである。

 見事なほどの玉突き衝突的な出来事であった。

「安心しろ」

 昨夜の夕食後に、肩へカラアゲを乗せたコクーンは言ったものだ。

「フレッドに護衛の腕を期待はしちゃいない」

 はっきりと告げられると、それはそれで傷つく乙女心なのであった。

「俺の護衛は、ねえさんがしっかりやってくれるし、俺はお前ぐらいなら守ってやれる」

「それじゃ、立場が逆じゃないですか」

 口を尖らせて言い返したが、まあ女子限定の護身術講座でも最弱の名に甘んじているフレッドである。いざという時には足手纏いにならないように努力するのが精一杯であろうことは想像に難くなかった。

 そんな子供めいた顔を見せるフレッドを、上から下まで見たコクーンは、ちょっと考え込むような声を出した。

「丸腰ってわけにはいかないか」

 船長公室に置いてある縦型の食器棚のようなアンテーク家具の観音開きの戸を開いて、飾ってあった小型のビームガンを貸してくれた。付属の引き出しから半分ぐらい使用したカートリッジを装填し、足元の扉を開いてガンベルトも出してくれた。

 フレッドに渡す前に、コクーンは銃本体の最後部についているダイヤルを目一杯左に回していた。

「威力は最低のさらに下へ合わせてある。出るのは光と音ぐらいだ。撃ち方は分かるな?」

「はあ、いちおう…」

 フレッドが渡されたビームガンを持つ様子を見て、溜息未満の物を漏らしたコクーンは、忠告するように言った。

「まあ抜かない方が安全だな。明日、帰ってきたら返せよ」

 そんな物を持っていても意味が無いような気もするが、有難く借りることにした。同じタイプのビームガンはサドやステイサムがホルスターに入れているのを見たことがあった。

「それと、コイツの方が役に立つんじゃないかな」

 陳列棚から取り出したのは、一見すると懐中電灯のような物だった。それをコクーンがサッと一振りすると、金具が作動する音がして、三倍の長さに伸びた。伸縮式の警棒である。

「コイツは、敵の体に電撃を送り込む機能がある、ショック・バトンって奴だ。相手が対策をしていないなら、サイボーグだって気絶させることができる。命を奪う可能性も低いし、フレッドには、ビームガンよりコッチの方が使いやすいだろ」

 ショック・バトンにはストラップがついており、ガンベルトのフックへと提げられるようになっていた。

「お借りします」

 前にリーブスから、武器を持つなら二種類と言われていたことを思い出しながら、ショック・バトンも受け取った。

 戦闘服の腰へガンベルトを巻き、ホルスターにビームガンを納め、反対側のフックにショック・バトンのストラップをかけた。

「どれ」

 武装を終えたフレッドを、コクーンは一歩離れて眺めた。満足そうに頷いてみせた。

「立派な女海賊だなあ。見た目は」

「見た目はな」

 ダンゾーもコクーンの意見に賛成のようだ。ソッポを向いているのは、もしかして笑いがこらえられないのを悟られないようにした努力の結果かもしれなかった。

 ちなみにコクーンの肩に止まったカラアゲまでソッポを向いていた。

「両方とも、今夜一晩、充電しておくんだぞ」

 どれくらい展示棚に飾ってあったのか分からないが、両方ともパイロットランプが点きもしなかった。ビームガンは充電した電力でカートリッジ内部の重金属をプラズマ化して撃ちだす物だし、ショック・バトンはまんま充電池の電力を放出する武器だ。

 こうして枕元に慣れない物を二つも並べて昨夜は就寝したフレッドであった。

 翌朝、いつもの通り船長公室で食事を摂ると、そのまま格納庫へと上がった。

 格納庫には、赤と黒の迷彩を施した艦載水雷艇<オクタビウス・ワン>が三人を待っていた。

 体育館ほどのスペースにギリギリ入る大きさの艦載艇である。艇首や両翼は壁に擦るほどの距離しか離れていなかった。左舷のタラップが下りており、その上で飛行長アリウムがニヤニヤ笑いながら三人の到着を待っていた。

 タラップ下の左右には、パイロットスーツを着た幾人かの操縦士と、青い作業着姿の整備員が整列して見送りとなっていた。

「それじゃあ留守の間、頼む」

 第五分隊員と一緒に見送りに来ていた副長アキテーヌに声をかけると、コクーンは迷わずタラップを上がった。

 ダンゾーは挨拶もしない。フレッドは慣れないシチュエーションに困って、ペコペコと見送りのみんなに頭を下げた。

「船長の事、しっかり守ってね」

 アキテーヌがそう声をかけてくれ、同意するように横のステイサムが腕を組んで頷いていた。

「いってきます」

 フレッドがタラップを上ると、飛行長のアリウム自ら閉鎖を確認してくれた。

「そのうち、こういうハッチの閉鎖の仕方も、手取り足取り腰取りで教えてあげるからね」

 言った途端にダンゾーの拳骨がアリウムの脳天へと落とされた。

「馬鹿言ってると、裸で宇宙遊泳だからな」

「隊長がつきあってくれるならやって見せるけど。とくに裸のところ」

 減らず口で言い返して、タンコブをもう一つ増やしていた。

 操縦は、当直順だったのか、アリウム一人で(おこな)った。「戦闘員」用の物に比べて豪華になっている船室にはコクーンは入らず、艇長席に陣取った。

 コクーンが操縦室に居るものだから、ダンゾーも操縦席にある予備席へと腰かけた。フレッドは柔らかそうな船室の椅子を眺めてから、ダンゾーとは反対側の予備席をセットした。

「あら、今日はなにか違う」

 明らかに興奮した声でアリウムが言った。舷窓から外を見ていると、見送りの面々は格納庫に設けられたエアロックへと移動していくところだった。

 主機関の暖機運転の間に、格納庫の空気を抜いているのだろう。

 鼻の穴を大きく広げて振り返ったアリウムは、だらしない笑みで口元を緩めて言った。

「いつもと<オクタビウス・ワン>の香りが違う。やっぱり女の子を乗せると、(かぐわ)しいねえ」

 それに対して溜息を吐いたダンゾーは、わざわざ締めたシートベルトを外して立ち上がると、手間をかけて佩緒を外して鞘に納めたままの太刀をアリウムの脳天に落とした。

「いてえ」

「次は鞘なしだ。減らず口は叩かずに、真面目に前を向いてろ」

「…。黙って操縦させていただきます」

 補機の予備運転やらプリフライト・チェックやら、全てをアリウム一人でこなすと<メアリー・テラコッタ>の航空管制を呼び出した。

 その頃には格納庫内の空気も抜かれ、その天井…、<メアリー・テラコッタ>の背中にある装甲ハッチが開かれていた。

 どうやって発進するのかと思って見ていると、アリウムがまったく操作していないのにゴウンと何かが艇体に当たる音がした後に、窓の外の風景が下へ流れ始めた。

 同時に胃袋が逆立ちをするような違和感も襲って来た。

 格納庫の床に働いていた人工重力の圏内から外れて、無重力となったのだ。

 ノズルも何も操作しないまま<オクタビウス・ワン>は宇宙空間へと出た。ゆっくりと舷窓の<メアリー・テラコッタ>が引っくり返っていくのが見えた。

 これを外から見ていると、<メアリー・テラコッタ>の格納庫の装甲ハッチが開き、ロボットアームに掴まれた<オクタビウス・ワン>がそこから姿を現し、そのままロボットアームが自身の長さの限界まで伸びて、双方の距離を最大限に取ったように見えたはずだ。

 ギリギリまで距離を離すために<オクタビウス・ワン>の背中に当たる部分を掴んだロボットアームが手を返すようにしたので、背中同士を向き合わせたような姿勢となったのだ。

 通信機で航空管制と最後のやり取りをして背中のロボットアームを外してもらった。

すぐには動き出さずに<メアリー・テラコッタ>自転に合わせて周回していた<オクタビウス・ワン>は<カゴハラ>が見える位置に来てからメインノズルに点火し、中継ステーションへと針路を取った。

 不快な加速Gをほとんど感じさせないような、丁寧な操艇である。

 すぐに通信機を使って英語でどこかとのやり取りが始まるが、これもアリウム一人が担当した。彼はまるで母国語を操るように英語もペラペラであった。

 一方、普通に<カゴハラ>で暮らしている分には日本語で不自由しない生活だったフレッドは、どんな会話がなされているか聞き取りすら怪しかった。

 なんとか<メアリー・テラコッタ>とか<オクタビウス・ワン>などの固有名詞と「Pier(桟橋)」程度は聞き取ることができたが、あとはさっぱりだった。

 緩やかな曲線を重ねるような軌道で<オクタビウス・ワン>は中継ステーションの宇宙桟橋へと接近していった。もちろん将校用の方で、さらに言えば到着時に割り当てられた突端の着陸床である。

 ある程度近づいたところでピヨピヨと緊張感のない音をコンソールが発した。画面に黄色い文字で「Note Air Shield」と表示された。

 アリウムは推力レバーを細かく調整しながら、宇宙桟橋を覆うエアシールドへと突入した。それに伴う振動や異常な挙動などは一切無かった。

 ただ予備席に座るフレッドは、内臓に感じていた違和感を失っていた。エアシールド内部に働く人工重力が彼女の体にも届いたのだ。

 緑色に光って誘導する着陸床の上空で、主機関の推力を切るが、それに合わせて失われた揚力を補填するために垂直方向の姿勢制御ノズルの噴射をコントロールする。アリウムは、あんなふざけた態度の男であるが、さすがに飛行長を任されているだけあって、まるで空中に見えないレールが敷かれているような滑らかな操縦であった。

 三点の着陸脚が接地したのも気が付かない程の丁寧な着陸であった。最後に自重で着陸脚の油圧シリンダーが沈む込んだことで到着を悟ったほどである。

 エンジンなどの停止処置に入っているアリウムを無視するかのようにダンゾーは予備席から立ち上がり、通路へと出て行った。コクーンも続くので、慌ててフレッドはシートベルトを外した。

 壁のパネルを操作してダンゾーがタラップを下ろすと、気圧差からか風が舞いこんで来た。宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>船内で嗅ぐ物とは違う臭いがする空気だ。

 消毒のためなのか、少し鼻を刺激するオゾン臭が混じった、宇宙港独特の匂いだ。

 コクーンが先にタラップを降り、ダンゾーはいったん上から周囲を確認してから後に続いた。

「よし」

 腰に提げたガンベルトに触れてから気合を入れ直していると、背後に気配を感じた。

「そんなに気負っていると、いざって時に疲れて役立たずになっちゃうよ」

 まだ終了シークエンスの途中だろうに、操縦席からわざわざ見送りに来たアリウムである。彼はまた軽薄な笑顔の下半分だけ見せると、フレッドを励ますように言った。

「なにかあったら、まず逃げる事を考える事。そうすればうまく行くから」

「は、はい」

「リラックス、リラックス」

 顔の上半分を前髪で隠したままの微笑みが優しく見えた。

「なんだったら、このまま二人っきりになって、キャビンで全身を揉みほぐして…、あいたあ」

 全部言い切る前に、タラップをわざわざ戻って来たダンゾーが、また鞘打ちでアリウムにツッコミを入れていた。

「貴様はとっとと仕事を終わらせろ」

「…、はい」

 ダンゾーは冷却のために空転運転中のエンジンの方を鞘に入れたままの太刀で指し示した。

 しょぼんと操縦席に帰っていくアリウムからフレッドに視線を移すと、ダンゾーは不愛想なまま言った。

「肩肘を張らなくていい。いちおう、まだグンマ宇宙軍とは敵対していない」

「はあ。敵はいないってことですね」

「いなくはない」

 ゆっくりとダンゾーは首を横に振った。

「まだ敵じゃないだけだ」

「?」

 二つの違いが分からずに首を傾げていると、ダンゾーは着陸床の方を向いた。

「船長をあまり待たせるな」

 見るとコクーンは、着陸床を出入口の方へ中間ぐらい行ったところで立ち止まって、こちらを見上げていた。

 二人はタラップを降り、速足で彼へと追いついた。

「なんだ? またアリウムにちょっかいかけられていたのか?」

 コクーンは含み笑いのような表情で訊いた。それに対してダンゾーは答えることなく「ふん」とそっぽを向いただけだ。

「まあ、悪い奴じゃないんだ」

 コクーンはフレッドへ言い訳のように言った。

「悪い奴じゃない。ただ、ほんのちょっと自分に正直なだけだ」

「正直ねえ」

 疑うような声を漏らすダンゾーの何がおかしいのか、コクーンはクスクスと笑い出した。

「船長。出迎えが来てるぞ」

 もう、この話題は終わりとばかりにダンゾーは交通橋の方を指差した。

「げっ」

 その出迎えを見てフレッドは、乙女らしからぬ声を上げて凍り付くことになった。

 立派なリムジンが交通橋で待っていた。フレッドは知らなかったが<カゴハラ>に駐留しているグンマ宇宙軍艦隊の司令官用のリムジンであった。

 すでに両開きの扉を開いて待っていた。扉の脇には、まるで人形のようにデコレーションしたグンマ宇宙軍海兵隊の兵士が直立不動の姿勢を取っていた。

「いそがなくていいんですか?」

 豪華さに怯んだフレッドが訊ねると、フーッと長く息を吐いたコクーンは、エアシールド越しに宇宙を見上げた。

「待つのも、あいつらの仕事の内さ。俺たちの相手をするより、それで給金貰う方が楽じゃないかな」

「そんな…」

「船長」

 ちょっと自虐的な溜息のような物を吐いていたコクーンに、ダンゾーが声をかけた。

「フレッドは緊張しすぎだが、船長は緊張しなさすぎだ」

「よし、行くか」

 気合を入れ直した声を発して、コクーンを先頭にリムジンへと乗り込んだ。

 リムジンはなんのショックもなく走り出した。サスペンションがいいのか、これまた地上を滑るような乗り心地である。

 車内では、一番奥の席がコクーンで、向かい合う席にダンゾーが腰を下ろしていた。フレッドはダンゾーの横にある独立したシートに座った。高校の「作法」の時間で上座がどうのとか、下座がどうのとか習った記憶があったので、フレッドはその席を選んだ。だがリムジンの車内にはまだ余裕があった。

 ダンゾーと並んで座る後ろには小さなギャレーまであり、簡単なカクテルを作る事すらできそうなほど棚に色とりどりの飲料が並んでいたのだ。

「まあ宇宙軍司令の使う車に毒物は無いと思うが」

 一番後部に座っているため、進行方向を向くとそのカウンターすら備えたギャレーが目に入るコクーンは言った。

「主がいないのに、勝手に手を付けるのは、ちょっと礼儀知らずだよな」

「ふん」

 それが自分への相談と取ったのか、ダンゾーが鼻を鳴らした。

「それとも、何か一杯飲むかい?」

 今度はフレッドに向いて訊いて来た。慌てて首を横に振ると、空気が入った頬がブルルと鳴った。

「と、とんでもない」

 これでも真面目な高校生であったのだから、酒類を口にした事すら無かった。

 その様子を面白そうに見ていたコクーンが、満足そうに背もたれへ体重を預けた。

「…」

 なんとなく黙りこくった三人は、車窓を流れていく低層建築しか並んでいない町並みを眺めた。

(き、きまずい…)

 フレッドはここまで来てようやく自分は邪魔者では無いかと気が付いた。なにせ毎夜のようにコクーンの寝室へダンゾーは通っているのだ。二人きりなら色々な話しも出来たかもしれない。隊長預かりという身分だからといって、よく考えずについて来たのは間違いだったのかもしれない。

「それはちがう」

 しょぼんとして下を向いているとコクーンは口を開いた。

「?」

「どこに盗聴器が仕掛けられているか分からないから、うかつな事を喋らないようにしているんだ。けっしてフレッドのせいじゃない」

「は、はあ」

 考えていたことを当てられて、フレッドの目が丸くなった。

「どうして私が考えていたことを…」

「顔に書いてあったからな」

 コクーンは含み笑いをしながら言った。途端にダンゾーが上半身を捻るようにして窓の方を向いてしまった。その肩が小刻みに震えていた。

「そんなに私って、考えている事が顔に出ていますか?」

「まあ、ねえさんよりは」

 コクーンは足を伸ばして爪先でダンゾーの足にちょっとだけ触れた。

「大丈夫だ」

 振り返ったダンゾーは、いつもの仏頂面であった。

 ノーブレーキで検問を通過していたリムジンが減速を始めた。窓を見ればフレッドが見慣れない、芝にすら掃除機をかけたような整然とした街並みになっていた。歩いている者のほとんどが軍服を着ている事から、会議が行われる司令部とやらに近づいたことが分かった。

 もちろん通行人の全てがリムジンに向かって敬礼をしている。規則として上官が乗っているはずの車両が通り過ぎて見えなくなるまで敬礼をし続けなければならない。いまフレッドが見ている者たちも実際にそうしていた。

(礼儀、礼節は大事だろうけど…)

 単純にフレッドは思った。

(あんなに敬礼をずっとしないといけないなら、私には宇宙軍は無理だわ)

「まあ、そういうことだ」

「?」

 コクーンの声にフレッドは窓から振り返った。

「宇宙海賊の方が自由だろ?」

 どうやら、また顔に考えている事が現れていたようである。

 リムジンは、その豪華な車体に似合わない貧相な建物の前で停車した。コクーンとダンゾーは<カゴハラ>に到着直後に司令部へ訪れていたので、いまさら特に表情すら変えずにリムジンを降りた。軍の建物に入るのが人生初のフレッドは、降りてから二階建ての壁を見上げた。

「意外に庶民的なところなんですね」

 実際に見て感じたのは、住んでいた<カゴハラ・シティ>の区役所のようだという感想であった。なにせ生活支援を受けていた身である。定期的に区役所を訪れて財務状況を報告する義務があったのだ。

 中学生になった頃から体の弱い母に代わって区役所へ行き、端末に記録されている家計簿を区役所側へ提出する事をしていた。

 あの狭い場所で忙しそうにしていた職員さんたちは、今も同じように働いているのだろうかと、ちょっと思いが惑星上へと飛んだフレッドだった。

 正面ホールに入ると、フレッドの感想が当たっていたことを余計に感じさせる空間となっていた。

 両脇に役所そのままのカウンターが並び、その向こうにたくさんの事務机が並べられ、誰もが忙しそうに働いていた。

 区役所と違うのは全員が軍服を着ていることくらいだ。

 遠慮なしにその空間をコクーンは進み、ダンゾーが後に続いた。慌てて小走りになってフレッドが二人の背中を追った。

 ホールの突き当りに階段があり、何人かの軍人が二階へと上がっていくのが見えた。三人も同じように二階へと上がると、廊下で胸に飾緒をつけた若い将校が立っており、案内をしていた。フレッドは知らなかったが、初日に<メアリー・テラコッタ>一同を出迎えた少尉であった。

「キャプテン・コクーンはこの席に」

 廊下から一番大きな会議場へ案内されたのはいいが、示された席は一番下座であった。まあ、こういう会議では宇宙軍の階級順、席次順だったりするから、民間人扱いの<メアリー・テラコッタ>の関係者は末席ということなのだろう。

 上座下座に拘りが無いのか、それともこの程度の事で騒ぐと男が廃ると思っているのか、コクーンは黙ってその席へと腰かけた。

 横のさらに出入口に近い席も随伴者用に空いているが、ダンゾーは椅子に触れもしなかった。ただいつものようにコクーンの背後に立った。

「フレッドは、そこに」

 短くコクーンが言った。

「いいんですか?」

 ダンゾーと椅子を見比べて訊くと、安心させるためかコクーンは微笑んで言った。

「ちょうど秘書が欲しかったところだ。今回はフレッド、君が秘書役だ」

「ひしょ…」

 目を点にして自分自身を指差していると、いつもの仏頂面でダンゾーがフレッドの肩に手を乗せた。

「いいから座れ」

「は、はい」

 半ば力づくに座らされたフレッドは、少しでも秘書らしいことをと思い、端末を取り出すと会議机の上に置いた。議事録の全ては公式の文官が記録するかもしれないが、要点ぐらいはメモをしておこうと思ったのだ。

 程なく席が埋まり、最後に荒木提督が入室するにあたって、一堂が起立する場面もあった。フレッドは周囲の雰囲気に釣られて立ったが、コクーンは座って腕組みをしたままであった。

 奥の上座側に座った高級将校たちが非難するような視線を送って来たが、我関せずと言った感じでコクーンは平気な顔をしていた。

 というかコクーンが足をテーブルへ上げて無かった事を褒めるレベルだったりする。

 荒木提督はというと「近所の子供が悪さした」程度に表情を変えただけだ。

 フレッドは、もちろん「猛将」荒木の名前は知っていた。なにせ地元の英雄である。近所のお祭りか何かで講演会があるとかで、住んでいた近くの公民館に来たことがあるのを覚えていたが、こうして直に見るのは初めてだった。

 コクーンをイタズラ小僧のように見た視線が、フレッドにも回って来た。そこに込められた物はあからさまな好奇心であった。人生経験がまだ足りないフレッドにすら覚られたぐらいであるから、周囲の者だって気が付いたはずだ。

 だが何かの話題となるわけでもなく、会議は始められた。




 解説の続き


玉突き衝突:本来ならばフレッドに適当な課題を与えて、コクーンとダンゾーだけで会議に出席するのだろうが、まあ口実があるからフレッドを連れ出してみようとコクーンが考えたのかも

フレッドに貸し出す武器:もしかしたらコクーンが使っていたお古なのかもしれない

「威力は最低のさらに下」:下手な鉄砲ほど危険な物は無いからだ。敵にならまだしも味方に後ろから撃たれるのは勘弁といったところ

伸縮式の警棒:似たような物はすでに市販されていたりする

ソッポを向いて…:コクーンやダンゾーからは、チビッコがオモチャの鉄砲を持って胸を張っているぐらいに見えるので、つい笑顔になってしまった

手取り足取り腰取り:腰は余分じゃないかなあ(笑)

艇長席に陣取った:コクーンは他人任せにするほど無責任じゃない。ただ他に同乗者が多い場合は、その者たちに配慮して船室の方に座るはず

どこかと通信:もちろん相手は<カゴハラ>の中継ステーションにある管制局だ

含み笑い:フレッドと一緒にいるとコクーンもダンゾーも笑う事が多い。けっして馬鹿にしているわけでは無く、やることなすこと可愛いから微笑ましくなってしまうのだ

区役所のようだ:まあ軍隊も国の役所であることには変わりはない


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