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宇宙海賊やろう!  作者: 池田 和美
25/51

宇宙海賊やろう! にじゅうご

 やっと半分まできました。もうちょっと、お付き合いください

 一晩たって翌朝の風景となります

 ちょっとしたトラブルが起きたようですよ



 約束通り午前五時半、宇宙船(ふな)乗り風に言うと〇五三〇(マルゴーサンマル)時に部屋の扉がノックされた。

「おはようございます」

 バッチリと戦闘服を着こんで気密扉を開けると、迎えに来ていたのは約束をしたダンゾーであった。

 昨夜、部屋で別れる時に、朝の時間を約束した。その後、彼女が丸めた着替えを持って部屋を出て行く姿には、大人の女性を感じたものだ。

 たしかに宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>船長のコクーンはイケメンだし、ダンゾーも負けず劣らず美人である。銀河中すべてがそうすべからしとは言わないが、やはり美男美女カップルという物はあるのだなあと、フレッドは思った。

 そして今朝の彼女は、相変わらず不愛想な態度のままで扉の外に立っていた。脇に丸めているのは昨夜に着たナイトガウンのような服なのだろう。

 だがひとつ疑問ができた。彼女の背景…、通路に昨夜には無かった不思議な物がぶら下がっているのだ。

(何かを布団でくるんで、ワイヤーでグルグル巻きにして天井から吊るしている? なにかのおまじない?)

 ちょうどフレッドが世話になっているダンゾーの個室の前には、天井にパイプが走っていた。そこから、その「人ひとり分の大きさをした物」を包んだらしき布団が吊るされているのだ。

「おはよう。顔は洗って来たようだな」

 昨日と同じ不愛想なままでダンゾーが言った。まるで通路には異常が無いかのような態度であった。丸めて来た着替えを持って、気密扉を開けたまま部屋へと入って来た。

 フレッドに覗かれる事を警戒してか、薄くクローゼットの扉を開くと、その隙間から布の塊を押し込んだ。

 荷物を片付けたダンゾーは、気密扉の所で、半ば硬直していたフレッドのところへ戻って来た。

(あの不思議な物体の事を訊いていいのか悪いのか…)

 フレッドが迷っていると、くぐもった声がどこからか聞こえて来た。

「あ、あのう~、ダンゾーさん。いや『さま』…」

 どうやら男の声のようだ。だが通路を行き交う海賊はいないように見受けられた。朝から上司に遭うのを避けるために他の通路を使用しているのであろうか。

「そろそろ、おろしていただけないでしょうか」

 どこからか聞こえてくる謎の男声を無視して、ダンゾーは少し屈んでフレッドの顔を覗き込んだ。

「?」

「まあ『寝不足』で誤魔化せるんじゃないか?」

 ちょっと瞼が腫れぼったくなっている事を、遠回しに指摘された。

「あ、あの、そろそろ俺の臨界点が! 全開装置が限界で、灯火の風前で寸前のっ!」

 どこからか聞こえてくる男声が段々と切羽詰まって来ると同時に、支離滅裂な事を口にし始めていた。そして不思議な事に、誰も触れていないというのに、通路に吊るされた物がユラユラと揺れ始めたではないか。

 まあ船魂が平然と昼間からうろついている宇宙海賊船である。正体不明の声が聞こえてきても不思議では無いのかもしれないし、吊ってある物が動き出すというポルターガイスト現象も当たり前の物かもしれない。だがフレッドはおそるおそる口を開いた。

「あ、あの…」

 しかしフレッドの発言を無視するかのように、ダンゾーにしては愛想よく話が進められた。

「放送は聞いたか? 今朝はアジの開きに、味噌汁はトウフにワカメだそうだ」

「色んな意味でダメそうです!」

 悲鳴のような声を無視してダンゾーは通路を歩き出した。まあ食堂でなく「大幹部」たちは船長公室で食事を摂ることになっているので、移動距離はとても短い物なのだが。

 慌てて個室の気密扉をロックして彼女の背中を追った。

「おはようございます」

 一礼して船長公室に入ると。案の定「大幹部」が集まっているはずの船長公室には、なぜか飛行長アリウムの姿は無かった。

「あれあれ」

 あからさまに作った表情で驚いているサドが、右肩にカラアゲを乗せて近づいて来た。

「ダンゾーくんが助けてあげないと、誰もアレに触ろうとはしないと思うんだが?」

「なんの話です?」

 キッパリとダンゾーが訊き返した。

「またまた、トボけて」

 そこまで言ってサドはクスクスと笑い出した。肩のカラアゲも「クケケケ」と笑った。

「まあ。少しは反省するだろ、彼も」

「ええと、やっぱり…」

 心配そうにフレッドが訊こうとすると、サドは手を開いて「それ以上は口にしてはいけない」とばかりに押しとどめた。

「感心感心。ちゃんと戸締りをして、さらにナナカに不審者が来ないか見張って貰っていたんだね」

 うんうんとサドは腕を組むと頷いた。右肩のカラアゲも意味が分かっているのか、サドに合わせて頷いていたりした。

 確かに昨夜フレッドは、合鍵を持っている者が複数いると聞いていたので、用心のためにナナカへ侵入者がいたら知らせて欲しいと依頼しておいた。依頼自体は簡単だ、支給品の端末に「ナナカにお願いch」という物がすでにインストールされていたからだ。

 だからだろうか初めての布団で過ごす睡眠は、朝まで一回も邪魔される事は無かった。

 おかげで付属するお風呂で軽くシャワーまで浴びて、リフレッシュして約束の時間を迎えることができたのだ。

 早起きは惑星(ちじょう)にいる時に牛乳の配達をやっていたので得意な方であった。

「まあ、ほら。ナナカなりの気配りってヤツよ」

 ウインクを決めながらサドは言った。肩のカラアゲまでウインクをしたように見えたのは気のせいだろうか。

「慣れない船内生活一日目の女子船員を、真夜中に痴漢で起こしたらかわいそうだと思ったんでしょ。しかるべき部署に通知が行った結果が、アレ」

 サドの右親指が壁越しに通路へぶら下がっている物を指差した。

「あ~、そういう…」

 やっと、あの結果になった経緯が分かったフレッドは納得の声を出した。

 船長公室に集まっているのは、昨日と同じメンバーである。ただ、今はB舷からS舷へ当直が交代する直前の時間なので、背の高いアフリカ系宇宙人である砲雷長レタリックが加わっており、S舷の船務長ロウリーと、B舷の機関長パリザーに航海長ダンカン、あとレイジー・フェローのはずの先任伍長ジャックを欠いていた。

 そして、まだ覚えたての知識が正しければ、飛行長のアリウムもB舷だったはずである。

「当直に就かなくても大丈夫なんですか?」

「まあ飛行科には、しっかり者の(むすめ)がいるから」

 ロウリーと同じS舷だったはずの衛生長サドが平然と答えた。

 たしかに港との往来が主な仕事の飛行科にとって、食事時は当直と言っても暇なはずである。それでも何か緊急事態に備えて誰かが宇宙艇で待機していないといけないはずだが、きのうカメラを貸してくれた女パイロットのステイサムが代わりを務めているという事なのだろう。

 フレッドが感心していると、唐突に通路の方から銃声が轟いた。慌てて開けっ放しの気密扉から首を出すと、床に落ちた布団は空気の抜けたように平らになっており、食事を運ぶ台車の横で、銃口から揺れ立つ硝煙を吹き消すレディ・ユミルという、押し出しの強い瞬間を目撃する事になった。

 どうやら台車を押して通過するのに邪魔だった物を、レディ・ユミルが抜き撃ちで床へと落としたようだ。

 ひとり分の体重を支えていただけあって、けっして細いワイヤーでは無かったが、一発で撃ち落とすなんていう芸当は、フレッドには出来そうも無かった。

 通路の床に落ちている布団に人の気配が無いのは、おそらく脱兎のごとく逃げ出して…、いや重要な用事を済ませに走って行ったのかもしれない。

「まったく。通行の邪魔はしてほしくないわ」

「レディ・ユミル、もうちょっと優しく…」

「このぐらいでちょうどいいでしょ?」

 後ろの岡持ちを乗せた台車を押すオハナが取りなそうとしているのか、優しい言葉を口にしたが、レディ・ユミルは一刀両断にした。

「そう思わない?」

 どうやら通路に顔を出しているフレッドにも訊ねたようだ。

「はあ、まあ」

 さすがに夜這いをかけられたいとは思わないが、一晩中吊るすのはちょっとやり過ぎのような気もした。

「脇を甘くすると、すぐに潜り込んで来るぞ」

 フレッドと一緒になって首を出していたサドが、半分笑いながら言った。肩のカラアゲも同じ表情をしていた。

「そういうものですか?」

「そういうヤツだ」

 フレッドの質問に、反対側から通路の様子を窺っていた副長のアキテーヌまで賛同した。

「アリウムったら、私にまで声をかけてきたぐらいだからね」

 見た目は種族の特性として老人に見えるが、アキテーヌは立派な淑女といった女性である。その彼女が自分をわざわざ下げるような言い方をして、フレッドにウインクをよこした。

「そんな蔑まなくても…」

 フレッドが軽く絶句していると、通路に残った布団を蹴飛ばして横にどかしたレディ・ユミルがパンパンと大きく手を打った。

「はい。朝から騒動なんてまっぴら。ご飯にしましょ」

 二台の台車が到着し、配膳が始まってもパリザー以下、非番になったはずのB舷のメンバーは現れなかった。代わりに、妙にスッキリした顔をしたアリウムが船長公室へとやってきた。

「B舷はどうしたんだい?」

 それが任務とアキテーヌがアリウムに訊いた。

「どうやら船務長が忙しいようだよ」

「忙しい?」

「ウチの船に電子戦を仕掛けて来たアマチュアがいて、セントラル・コントロールで対応に追われているらしいよ。そんで交代が来ないから、当番長の機関長もブリッジを離れられないんだってさ」

 先ほどまで囚われの身だったとは思えないほど、スラスラとアリウムは現状を話した。口から出まかせのようにも聞こえるが、それにしては自信満々の答えであった。

「ナナカ」

 ちょっと焦った声でアキテーヌがナナカを呼んだ。

「はーい」

 ナナカはいつもの調子で船長公室に現れた。

「セントラル・コントロールが電子戦態勢に入ったって本当?」

「はい。私に対する電子攻撃が現在<カゴハラ>の星都から行われています。使用されている乱数やコードから推察するに、グンマ宇宙軍ではなく、市井のクラッカーと思われます」

「くらっかあ?」

 フレッドは馴染みのない言葉を口にした。

「あれだよ、不正アクセスする奴の事を言うんだ」

 サド先生が分かりやすく教えてくれた。

「巷じゃハッカーって呼んでいるんだろ? でもハッカーって言葉にゃ裏技を知っていて人の役に立つように扱う人みたいな意味も含まれるから、悪い事しかしないヤツを『屑のハッカー』でクラッカーってわけさ」

「諸説あり」

 横のダンゾーが人差し指を立てた。

「宇宙海賊が予防線張ってどうしようって言うんだい」

 サドはちょっと馬鹿にしたように言ってから、白衣のポケットへ手を突っ込むと、ひょうひょうと歩き出した。

「じゃあブリッジの当直を交代して来るかね」

「え?」

「くわ?」

 まさか船医のサドがブリッジに向かうとは思ってもいなかったフレッドは、目を丸くした。サドの肩に止まっていたカラアゲも驚いた声を上げた。

「いちおう『大幹部』だけでなく『幹部』の誰もが当番長ができるように鍛えてはいる」

 ダンゾーはレディ・ユミルの脇へ寄ると、許可を得ずにお櫃の蓋を開いた。調味料の塩を自分の掌に振りまくと、シャモジで一盛り掬い上げた。

「?」

 そのままオニギリを二つ握ると、両手に持ってサドを追いかけ始めた。

「くわあ」

 サドの肩から飛び立ったカラアゲが通路を船長公室へと戻って来る。それを屈んで避けながら、フレッドは気密扉をくぐった。

「ま、待ってください」

 行動はダンゾーと一緒という約束である。慌ててフレッドもサドの後を追った。

 すぐにある縦方向の通路でラッタルを使って甲板を二つ上の短艇甲板へと上った。格納庫脇の狭い通路を船首に向かって進む。停泊中の格納庫は背中の装甲ハッチが開けっ放しな事が多いので、もちろんその間は宇宙空間に曝露している。そうなると前後の連絡ができなくなるので、幅の狭い通路が脇に確保されているのだ。

 もちろん真空状態の格納庫へ出入りができるように、周囲にはエアロックが設けてある。半ば通路兼用のエアロックを抜けて小さな倉庫やら機器を納めた小部屋などを抜けると、また大きな空間だけの部屋へと至る。そこがブリッジへ上がるためのタラップがある部屋だ。

 過大な抵抗が船体にかかるワープ時はもちろん、実弾を撃ち合う戦闘態勢では、ブリッジ全体が隠顕式に格納されるようになっている。その下降するためのスペースだ。

 壁にしつこいぐらいに「物を置くな」と書いてある。たしかに下手なパイプなどが置いてあって挟まり、ブリッジがいざという時に下降しなかったら大変である。

 両脇にあるほぼハシゴのような入れ子(スライダー)式のタラップを昇ると、ブリッジ後室に繋がる。ここには簡単な水回りと、トイレ、そして一人用の半球状をした透明なドームがある。このドームには信号員が配置されて、周辺の艦艇から<メアリー・テラコッタ>向けの発光信号や旗りゅう信号等がないかを見ている。もちろんここも戦闘時は、手動でドームを格納して装甲ハッチを閉めることになる。

「ごくろうさん」

 サドは相変わらず宇宙海賊らしからぬ素足に健康サンダルのままである。ペタペタという足音だけでサドの接近に気が付いたらしい当直の信号員が、天井近くまで高くした丸椅子の上から会釈した。

 ブリッジには両横から入る扉がある。「大幹部」にあたるサドは、右側のタラップから右側の通路で後室を抜け、そのまま右側の扉からブリッジへと入った。オニギリを左手に持ったダンゾーも右側を使用した。

 フレッドはリーブスから教わった「右側は偉い人用」ということを覚えていたので、左側のタラップを昇って、扉も左側を使用した。

「衛生長、ブリッジ」

 ナナカがサドの入室をブリッジ内部の人間へと知らせた。続けてオニギリを持ったダンゾーと、左側の扉からフレッドも入室した。

「陸戦隊隊長、ブリッジ」

 さすがに船の主要人物が二人も上がって来たとなると、手すきの乗組員は振り返って会釈などの挨拶をした。

 フレッドもブリッジに入ったが、ナナカは何も告げなかった。まあ今の彼女の肩書だと「見習いの見習い、ブリッジ」と呼ばれてしまうだろうから、ナナカが黙っている方が有難かった。

 宇宙空間との光量差を少なくするために、ブリッジ内部は照明が抑えられていた。各コンソールは通常直という事で全部は埋まっていない。その中に簡易宇宙服姿の数人が立っていた。

 独特な色に染めた髪で片方は機関長のパリザーということが分かった。もう一人は簡易宇宙服姿を見るのが初めてであるが、おそらく航海長のダンカンであろう。

 パリザーの簡易宇宙服は白地に橙色で、ダンカンの方は白地に緑色であった。

 もう一人、ブリッジで立っているのは、まだフレッドが知らない人物であった。やはり日系宇宙人の特徴を持っており、髪はいまのフレッドよりも長く伸ばしているが、体型からしておそらく男で間違いないだろう。

 彼は簡易宇宙服の両腰にビームガンを提げていた。

「どうした?」

 サドが気軽に声をかけた。どうやらそれまでそこに立つ数人の男たちは言い争いをしていたようだ。

「あ、サド先生。こいつに…」

 そこで暗くて相手の顔が確認できないと思ったのか、口を開いていたパリザーは言いなおした。

「リウイの奴に言ってくださいよ」

 パリザーが白地に赤色の簡易宇宙服を着た男をリウイと呼んで指差した。

「船務長が上がって来られるまでは、俺が当番長だって」

「ですから」

 少々疲れた声でリウイが反論した。

「その船務長が手を離せないんですってば。で、代わりに俺が当番長をやりますから」

「ふーん。当直の中で当番長を交代する(まわす)事はしてもいいだろうが、上の許可なく飛び越して、『幹部』のおまえに当番長を任せられるわけないだろ」

リウイの事を信用していない声をパリザーは漏らした。

「まあまあ、お騒ぎ申すな」

 ロウリーを意識しているのか、変な言葉遣いでサドは二人の間に入った。

「私もいちおうS舷だ。私が当番長を代わろう。それで問題は無いだろ」

「え? 先生が?」

 意外な提案にパリザーはダンカンと顔を見合わせた。

「なんだったら私が代わるが?」

 ダンゾーも言い出すと、パリザーとダンカンは揃って肩を竦めた。リウイとの会話の延長でパリザーが軽い調子で言った。

「いちおう隊長はレイジー・フェローですし、サド先生は科長だ。資格は十分ですがね…」

「パリザー」

 ダンゾーがとても冷たく固い声を出した。

「おまえがこの船に乗る前には、私も当直でブリッジに入っていた。経験が無いわけじゃない。サド先生は、もっと前からだ。信用が出来ないと言うなら、ここで示してやろうか?」

 どうやらダンゾーは怒ったようだ。いつもは不愛想な単調な様子なのに、明らかに感情が入った声である。ダンゾーの発言でブリッジに詰めていた海賊どもが、一気にピリッと緊張した。

「こらこらダンゾーくん。ケンカはダメでしょ」

 サドは軽い調子で仲裁に入った。

「だけど、私が当番長を務めるのに信用が置けないというなら…」ニコッと素晴らしい笑顔でサドは言った。「次に君がケガをした時に、ついでに一センチぐらい短くしておこうかねえ。だって信用できないんだろ?」

 フレッドだけがキョトンと話しが分からない中、顔色を青くしたり赤くしたりしたパリザーは、ちょっと前屈みになってサドと頭の高さを揃えると、小さな声で「そいつはカンベン」と謝った。

「他に文句がある奴は居るのかな?」

 サドがブリッジを見回すが、軒並みいる海賊どもで異を唱える者はいないようだ。よっぽど「短くされる」のが怖いらしい。

「なんちゃね。なんば騒ぎよるんか?」

 のんびりとした声がブリッジに入って来た。

 振り返ると、青いロングワイシャツをワンピースのように着こなしたロウリーがブリッジに姿を現せるところだった。

「船務長、ブリッジ」

 ナナカがブリッジ全員へ知らせるように声を上げた。

「おう、遅かったね。もう当番長を代わりにやろうかって言っていたところだよ」

 サドが軽い調子で手を挙げた。

「着替えるとに手間取った」

 左腕にまるでコートのように畳んだ簡易宇宙服の上を持ってきたロウリーは、それを航海長席の背もたれへとかけるようにし、右手に持ってきた手袋を詰めたヘルメットを座席の背中にある物入れへと置いた。

 よく見ればワンピースのように着こなしているロングシャツの下には、すでに簡易宇宙服の下半身を身に着けているようだ。そのまま簡易宇宙服で満足しないあたり、着道楽のエルフらしい着こなしと言えた。

「まあ『エルフの着替えを待っていたら<いて座Aスター>が蒸発する』って言うからな」

 サドがクスクスと笑った。<いて座Aスター>とは銀河系中心に存在する超大型のブラックホールのことだ。ブラックホールは宇宙物理学の詐欺のような理論で少しずつ蒸発していき、最期は消えてしまうといわれている。だが銀河中心にあって周囲の物質を取り込んでいる<いて座Aスター>は、自己が蒸発するよりも多くの物質を取り込んでいるので、よほどのことが無い限り消えることは無いはずだ。

「遅れて悪かことばした。で? 申し送りはあると?」

 いつもの、のんびりとした言い方でロウリーが訊ねると、首からかけていた双眼鏡を渡しながらパリザーは答えた。

「特にありません」

「機関長も航海長も当直ばご苦労さまやった。もう下へおりてん大丈夫ばい」

「そ、そうですか。それじゃあ」

 まだ何か言いたそうだったパリザーの肩をダンカンが強めに叩いた。

 二人して、航海長席の座面に置いたヘルメットを回収すると、ダンカンがパリザーを押すようにしてブリッジを後にした。

「機関長、航海長。ブリッジ退出」

 ナナカが室内へ宣言した。

「そなたもお疲れさんじゃった」

 ニッコリとリウイへ微笑みかけた。

「いつもん通りに、お願いしますね」

「ようそろ」

 リウイは海賊式敬礼をロウリーにすると、答礼を待たずにブリッジを後にした。

「で?」

 三人を見送ったサドは、航海長席の横に立つロウリーに訊ねた。

「賊はどうなった?」

 彼女にしては真面目な声色であった。

「クラッカーんことと? ナナカん第二防衛階層まで入られた」

「アマチュアじゃないかって聞いたが?」

「市井にも気骨んある者はいるごたっなあ。そいばってん第二防衛階層ん『絶対暗黒』で座標ば見失うて、撤退したようばい」

「本当にアマチュア? グンマ宇宙軍の電子隊とかでなくて?」

「そちらはデータリンクで相手をしとぉけん、手ん内はよう知っとぉけん。暗号変換も乱数も、周波数すら特徴ん違うもんやった」

「先週からちょっかい出して来ているヤツかい?」

「おそらくは」

「あんたが言うなら間違いないか…」

 サドは腕組みをしてから口調を戻した。

「で? 昼は食べたのかい?」

「そこなんや。上に立つ者はつらかねぇ」

「食うか?」

 ダンゾーが船長公室から大事に持ってきた、正真正銘お手製のオニギリを差し出した。それを複眼の目で、微妙な表情を表現してロウリーは見つめ返した。

「…。いただくわ」

 なにか言いたそうだったが、ロウリーは一個のオニギリを半分に分けてから齧りついた。残り半分をサドへと差し出す。

「先生も食べよらんよね?」

「そうだな。半分、いただくか」

 ロウリーの小食は二回しか同席していないフレッドでも気が付いていた。おそらく遠慮しているとかでなく、本当にそれぐらいで満腹になってしまうのだろう。

 ダンゾーは手元に残ったオニギリも半分に分けると、片方に齧りつき、もう片方はフレッドへと差し出した。

「ん」

「いただきます」

 おそらく今日の朝食はコレだけになりそうであった。

 しばらくロウリーとサドは当直に就きながらも雑談を交わしていた。それをちょっと後ろでつまらなそうにダンゾーが聞いており、行動を共にしなければならないフレッドも付き合うことになった。

 しばらくするとブリッジ後室で信号が無いか見張っているはずの信号員がお茶を淹れて来てくれた。無重力に対応する蓋つきのボトルである。お茶自体は後室内に給湯設備があるので、そこで用意したのだろう。

 オカズもない具も無いオニギリだけの食事をした後だったので、ちょっと薄目ではあったが、お茶はとても有難かった。

 そのまま二人で当直に就いているブリッジを後にして、ダンゾーとフレッドは下へとおりることにした。当直の仕事にも興味があったが、まずフレッドのバツゲームをこなさなければならなかったのだ。




 解説の続き


通路にぶら下がっている物:もちろん布団にくるまれた飛行長アリウムである。改めて説明の必要が無いと思いますが念のため

アジの開き:すでに干してある商品を購入したのか、生魚として購入したアジを開いて干したのかは不明。ただ宇宙空間に出せば、あっというまに乾物になること間違いなし

ワカメ:海藻を消化できるのは日本人だけという俗説があるが、果たして他星系宇宙人はどうなのだろうか?ロウリーなんかは食べないように気を付けているかも

レディ・ユミルの抜き撃ち:一発でワイヤーを切断するなんて、事務職とは言えさすが宇宙海賊。それと装填されている弾丸は貫通力がそれなりにある物と推定できる。フランジブル弾でワイヤーの切断はできないであろうから

オニギリ:日本の偉大な携帯食。でもダンゾーが握ると圧縮率が高くて堅そう…

ナナカ:船長公室とブリッジにいるが、もちろん同時に存在している

「おまえがこの船に乗る前には…」:このセリフで、ダンゾーやサドよりもパリザーの方が宇宙海賊としての経歴が短いことがわかる

「短くしておこう…」:ナニを?

リウイは…ブリッジを後にした:彼は水雷士としてセントラル・コントロールでミサイル関係の担当である。当直の時は同じセントラル・コントロールを統括する


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