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宇宙海賊やろう!  作者: 池田 和美
24/51

宇宙海賊やろう! にじゅうよん

 宇宙海賊船での夜の過ごし方ってな感じで。こういう宇宙船の日常って、普通のスペースオペラじゃやらないから



 茶を飲もうと連れて行かれたのは通路の反対側の食堂であった。昼に来た時は、まるでトレーニングジムのような姿をしていたが、今はちゃんと大テーブルに椅子が数脚ずつという、いかにも大食堂といった佇まいであった。

 照明が暗めに落とされて、そこで数組が湯呑を前にして雑談を交わしていた。

 暗い食堂に、ちょっとだけ鮮やかなイルミネーションがあると思って見たら<彼女>であった。所在なさげに神棚の下に立っている。何人かが席に誘うこともあるようだが、困った顔をして手を振るばかりだ。

 ダンゾーがフレッドを連れて入ってきても、誰も驚いたり敬礼をしたりなんてしない。目が合ったら会釈ぐらいはするが、仲間との雑談が止まることは無かった。

 厨房との間にあるカウンターにはシャッターが下ろされ、なにやら向こうから音が聞こえてくる。どうやら夜食に向けての仕込みが始まっているようだ。

 入ってすぐの壁際に置かれたテーブルには食器を入れておくケースが置いてあり、そこへプラスチック製の湯飲みが重ねられていた。

「ほい」

 ダンゾーは二つ掴むと、片方をフレッドへと渡した。

 そのまま適当なテーブルへと座る。各テーブルにはアルマイトの大きなヤカンが鎮座していた。表面に汗を掻いている所から、どうやら中身は冷えている飲み物のようだ。

 対面に座ったダンゾーが、無造作にヤカンから二人の湯呑へ中身を注いだ。色といい香りといい、麦茶であることは間違いなかった。

「ヤカンの飲み物は、呑み放題ってことになってる」

「いただきます」

 宇宙船で口にする麦茶は、なにか不思議な感じがした。技術開発も行き着くところまで行き着いてしまって、次のブレークスルーが何かを各産業が考えあぐねている時代である。だが宇宙巡洋艦と言えば最先端の塊のはずである。その船内で庶民的な麦茶を飲む。地上人だったフレッドには新鮮な出来事ではあった。

「どうした?」

 その感じていたギャップが表情に出ていたのだろう。ダンゾーに訊かれてしまった。

「いえ。最先端の科学で作られた宇宙船の中で麦茶って、不思議だなって」

 正直に答えると、不愛想な彼女には珍しく、ニヤリと笑った。

「最先端だろうが最後端だろうが、人間が動かしているのにはかわりない」

「それに、この船は最先端じゃねーぞ」

「ボロ船だ」

 隣のテーブルから声が飛んできた。見ると二人の男が麦茶でない飲み物を交わしているところだ。どうやら公休のA舷の者のようだ。

 赤くなった顔に据わった目、病気でないのに鼻声と、町でも見かける酔っ払いの定番のような姿であった。

「俺たちのボロ船に」「かんぱい!」

 湯呑を盃の代わりにしているが、注がれているのは間違いなく「宇宙海賊と言えば」のピム酒であった。機嫌よく湯呑同士を打ち合わせて、まるでフレッドと同じ物を呑んでいるかのように傾けた。

「ツマミが無いぞ」

「そら買ってこい」

 片方がよろけながら立ち上がると通路を目指す。湯呑が重ねられていたケースの横に小さな自動販売機が設置されていた。並べられている商品は、ナッツ類らしき袋菓子と、ラムネらしき飲み物と、ミネラルウォーターのボトルのようだ。嗜好品の自動販売機にしては品数が少なかった。

「なにか別の物が欲しかったら、売店で買っておくんだ」

「あ~」

 ダンゾーの説明に納得の声が出た。たしかに二つ離れたところでお喋りしている二人は、お菓子の袋を間に置いていた。あれはたしかに売店に並べられていた物だ。

「そういえば…」

 ダンゾーは食堂から通路越しに反対側の設備を指差した。

 バツゲームの写真はまだ集まっていないので、寂しい印象になった船内配置図が貼り出してある掲示板まで、特に視線を遮る物は無かった。

 だが、よく見るとダンゾーの指は、もうちょっと横を指差しているようだ。

 そこには地球は英国の赤いロンドン式電話ボックスが設置されていた。インテリアにしては少々大きいようだ。赤い桟が目立つガラス張りの向こうに見える機器は、最新式の通信システムに見えた。

 狭いボックス内部には長電話に備えて丸椅子まで置いてある。間違いない、あの電話ボックスは外側こそは古めかしいが、中身は現役であるはずだ。

「電話しなくていいのか?」

「あ…」

 今まで世話になっていた孤児院へ電話をしておくようにとレディ・ユミルに言われていたことを思い出した。食堂の壁にも掲げてある二十四時間表記の時計を見上げると、まだ孤児院では食事の時間前という時間だった。すっかり周囲の暗さで深夜のような気がしていたが、宇宙船と地上では生活リズムはこんなにも違うものなのかと思った。

「…う」

 フレッドは顔を真っ赤にして、テーブルの上に置かれていたダンゾーの戦闘服の袖を握りしめた。

「どうした?」

「そ、その。電話に付き合って下さいませんか」

「…。また、なんで?」

「いま孤児院の先生の顔を見たら、決心が鈍りそうなので」

 一回激しく怒ったが、ダンゾーはあの後にフレッドの失敗を口にすることすらしていなかった。だがフレッドの方は、あの失敗が尾を引いているようだ。

「まあ、いいが」

「ありがとうございます」

 二人して立って、湯飲みは使用済みの方の山へと重ねておく。そのまま誰も使用していない電話ボックスへと足を運んだ。

 船舶電話の詳しい使い方は、ダンゾーが教えてくれた。まあ端末を機器の定位置へ置き、あとは大きな画面にタッチ操作で電話番号を呼び出してかけるだけだから、そんなに難しくは無い。惑星ごとに決められたコードを打ち込んだ後に、孤児院の電話番号を入力すればいいのだ。

 使い込まれてちょっとクッションがへたり気味の丸椅子に腰かけ、通信装置を操作した。<カゴハラ>の惑星コードや、うろ覚えだった孤児院の電話番号は、先にネットで調べることができた。

 一回、二回と呼び出し(コール)音が鳴るたびに、フレッドは逃げ出したくなる衝動に襲われた。

「はい、はい」

 三回目のコール音と同時に、優しそうな年配の女声で反応があった。セーターにロングスカートという、惑星上ではごく普通の格好をした五十代の女が、船舶電話のディスプレイ台の上空へ立体映像として現れた。

「あら、あら」

 向こうの映像が届いたという事は、こちらの映像も向こうに表示されたという事である。

「園長先生! 園長先生!」

 まだ一言も喋っていないのに、相手がフレッドだと認識した途端に、その女は画面外へ向かって声をかけた。

「どうしました? サクラ先生」

「ハニーちゃんですよ、ハニーちゃん」

(ハニーちゃん?)

 成りは旧式だが中身は最新式の電話ボックスである。扉を閉めてしまうと中で何を話しているのか分からなくなるので、扉を開いたままで押さえておくような位置にいたダンゾーは、聞くと無しに耳に入って来た音声に少し眉を顰めた。

 どうやら孤児院でフレッドは「ハニーちゃん」と呼ばれていたようだ。確かにハチミツ色の瞳が蜂の巣を連想させる構造になっているから、そういった呼び名がつけられるのは自然と言えば自然のような気もした。

「どれどれ、どっこいしょ」

 サクラ先生と呼ばれた女が脇に寄り、初老で痩せた男が画面に入って来た。白いカーディガンにワイシャツ、ネクタイといった、教鞭を握っていそうな雰囲気をしていた。

「園長先生…、サクラ先生…」

 グッとこみ上げてきた感情に、フレッドは唇を嚙み締めた。

「ああ、ハニーちゃんか。元気にやっているかな?」

 とても、のほほんとした安心感のある声で園長先生が話しかけた。

「はい」

 まだ孤児院を出て二日も経っていないはずだ。午前中に学校へ行き、午後から父の別荘やら中継ステーションの公園などに行ったからだ。それなのに、もうこんなに離れた距離にいることが不思議であった。

 園長先生は脇の情報画面をチラ見してから口を開いた。

「その船で働くことにしたんだって?」

「はい。宇宙で生きる方法を学ぼうと思って」

「学校はどうするの?」

 心配げに脇のサクラ先生が訊ねた。

「もし宇宙船乗りになりたいなら、高校を卒業してから商船学校なりに進学すればいいじゃない」

 なにせ宇宙は危険だらけというのが常識である。普通に惑星(ちじょう)で暮らしていたって事故や事件に遭遇する確率はそれなりにある。それが宇宙となれば十倍も二十倍も危険に遭遇する確率が高まるのだから、心配するのが当たり前である。

「それは、この船に縁があったからです」

「縁?」

 とても不思議な事を言い出したという顔をされた。

「はい。縁あってこの船に乗組む事ができました。良縁だったかどうかは分かりません。でも人と人が出会うのは…」

「何も偶然ばかりではない」

 フレッドの言葉を園長先生が微笑みながら横取りした。

「確かに私はそう教えたね」

 ちょっと寂しそうに微笑まれた。

「高校の方は、通信制で卒業までの単位が取れるみたいです。そのう…。私、登校しても学校の先生方が困っていたみたいですし」

「ああ。ちゃんと卒業しておいた方がいい。せっかく通った学校だものねえ」

 園長先生が明るさを取り戻して頷いた。

「ちょっと早いが、ウチから巣立って行った卒業生はたくさんいる。もし旅先で出会ったら、仲良くしなさい」

「はい」

「荷物、送るからね」

 サクラ先生はおそらく情報画面に表示されているこちらの発信アドレスをチェックしているようだ。

「<カゴハラ>中継ステーション宇宙港停泊、貨客船<メアリー・セレスト>号…。ここでいいのかい?」

「へ?」

 全然違う船名を口にされて不安になったフレッドがダンゾーを振り返ると、彼女は大きく頷いてから耳に口を寄せて来た。

「まさか公式の通話記録に『宇宙海賊船』とは残せないだろ」

「ああ、そういう…」

 一発で納得したフレッドは二人の立体映像に振り返った。

「はい。そこに」

「そちらの方は?」

 フレッドに囁くためにダンゾーが近づいたので、向こうの立体映像に彼女の姿も映し出されたようだ。

「あ、ええと。上司の方です」

 船名を偽装しているところから、ダンゾーの名前も言っていいのか判断がつかなくて、彼女をまた振り返った。

 ダンゾーは立ったまま映像の送信エリアに入ると、脇を締めて右の瞳の三分の一に指先がかかるという、とても見事な海軍式の敬礼を決めてみせた。

「警務隊のダンゾーです。この度、お嬢さんをお預かりする事になりました。お二人には安心して貰えるような、立派な宇宙船(ふな)乗りとして鍛え上げてみせます」

 堅苦しい挨拶は、まるで本物の軍人が見せるような見事な物だった。

「あらあら」

 サクラ先生は少し驚いた顔になり、園長先生は恐いぐらいに引き締まった顔になった。

「だんぞうさん? 随分と男らしい名前ですね」

 一緒にいると忘れがちになるが、見た目からしてモデルと言われても不思議ではないほどの整った顔立ちに、メリハリのついたボディをしているのである。だがいま着ているのは戦闘服であり、映像には腰に巻いたガンベルトと太刀まで入っているはずだ。

 だが民間の貨客船でも警務隊…、つまり用心棒を乗せている船も多い。大抵はどこかの星間国家の宇宙軍を早期退役した軍人などが、民間の軍事会社に雇われて、会社が契約した船に乗り込んだりするから、ダンゾーの挨拶は(ウソではあるが)何も間違ってはいない。もちろん警務隊が乗り込む理由は「宇宙海賊対策」としてである。

「しばらくお嬢さんを、我が隊で預かり、基礎的な訓練を行うことになりました」

 言外に「用心棒だから嘗められないための偽名なんだよ」というメッセージを込めてダンゾーが話した。

 園長先生の方はジッとダンゾーを観察するように見て、それから固い声を出した。

「本当にウチの()は、そちらで宇宙船乗りとして訓練を受けられるのかな?」

 なにせ銀河には少女売春など平気で行われるスラムなどアチコチにある。そういった人買いの船でないと証明する方法は、実は無いと言っていいだろう。非合法な宇宙船が船籍を誤魔化して入港するなど朝飯前なのだ。

 ちなみに宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>はというと、ネット上の公式な位置情報ではまだ銀河の南側を航行中となっていた。

「そこは信じて下さいとしか申し上げることができません。ただ本人に適性が無い場合は、船を下りてもらうことになります」

 ダンゾーが嘘偽りのない事を口にする。フレッドもそれを承知で乗組んだのだから、船を下りてもらうことになると言われても、なんのショックも無かった。

「そうですか」

 やっと安心したように園長先生の表情が解れた。これが奴隷船や人買い船だったら、なんやかんや言って船を下ろすことはできないと言うだろうが、ダンゾーは適性が無ければ船を下ろすと言ったのだ。三年近くの間、親代わりの保護者を務めた物としてホッとしたことであろう。

「それでは自分がおれば出来ぬ話もございましょうから、失礼させていただきます」

 再び海軍式の敬礼してダンゾーは下がった。とは言っても撮影圏外から出ただけで、相変わらず扉の所に居てくれた。

 残された三人は黙って見つめ合ってしまった。三年間に足りない期間であったが、確かに親代わり子代わりとして一緒に暮らした仲である。ニッコリ笑って「はい、さよなら」よりは複雑な感情が生まれていた。

「いつでも訊ねてきなさい。道に迷った時は…。私も迷ってばかりだが…、一緒になって地図を見て考えることぐらいはできる」

 園長先生の瞳にも潤んだ物が集まっているようだ。最初に比べて鼻声になっていた。

「大丈夫ですよ」

 園長先生を励ますようにサクラ先生が言った。

孤児院(うち)に来た時からしっかり者だったんですものね」

 しかしサクラ先生の声にはどんどんと湿度が増していった。

「荷物送りますから」

 やっとそう言うと、黙り込んでしまった。

 フレッドもグッとこみ上げてくる物があった。まあ学校で事件に巻き込まれたこともあったが、貧しいけれど愛すべき毎日であった。家出やら非行に走らなかったのは、それなりにその生活が好きだったからである。

「あ…」

 いまから帰ると言っても<メアリー・テラコッタ>のみんなは笑って送り出してくれそうな気がした。背中にダンゾーの視線を感じる。失敗をして怒られた時のような殺気立った物ではなく、温かい見守る目をしているのが振り返らなくても分かった。

「おとうさん、おかあさん。短い間でしたが、ありがとうございました。私は立派な宇宙船乗りになります」

 敬礼のやり方なんて教わらなかったので、先ほどのダンゾーの真似であったが、額へと右手を当てて別れの挨拶とした。




 解説の続き


食堂:本来ならば士官用と水兵用は別々に設けられているのかも。士官用は町のレストランのように有料で、水兵用は無料の食堂といった感じ。<メアリー・テラコッタ>は宇宙海賊船なので食事は全部船持ちと設定した

麦茶:未来なんだからそれこそ滋養強壮に優れたサイエンス・ドリンクとかでもよかったかも。でも結局は人が生活しているんだから、食べたり飲んだりする物が、劇的に変化するとは思えず、麦茶にしてみました。ただヤカンの中にいつまでも飲料を低温に保つタブレットのようなガジェットが入っているのかもしれない

ロンドン式電話ボックス:インテリアとして憧れがあったので採用。これが絶滅した西海岸の電話ボックスだと、胸にSの字を書いた一体型スーツを着たクリプトン星人ご用達になりそう

ハニーちゃん:フレッドの本名を考えるのが面倒くさくて捻り出した苦肉の策

貨客船<メアリー・セレスト>:有名な幽霊船。つまり遠回りに偽の船名だと宣言しているようなもの

見事な海軍式の敬礼:宇宙海賊船といえども儀典などに参加する機会があるだろうから、それなりにできるのかも。それかダンゾーに、どこかの星間国家の士官学校に入学した経験があるとか



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