宇宙海賊やろう! にじゅういち
戦闘配置の号令がかかりました。乗組員は速やかに配置に就いてください
「ええと」
真っ暗で音が無くなった空間でフレッドはダンゾーの温もりに包まれるようにして浮いていた。彼女の香しい体臭が鼻腔を擽っていた。フレッドが普通の男ならば目の色が変わるようなシチュエーションであったが、いちおう彼女は異性愛者であった。
「隊長?」
「すまなかった」
暗い中で表情は確認できないが、いつもの不愛想な声で返事があった。声の調子からケガなどはしていないようだが、相変わらず髪の毛の焦げた臭いは残っていた。
「私が注意しておかなければならなかったな」
「ええと、なんだったんです? いまの?」
フレッドの当然の質問に、ダンゾーはごそごそと動き出しながら答えた。
「<彼女>が怒ったんだ」
周囲を確認している雰囲気がある。自分の指先さえ確認できないような暗闇であるから、鬼火のようになった<彼女>がいたら、明るくてすぐに分かるはずである。
「ええと。<彼女>って何者なんです?」
怒って体が燃え上がるなんて、男の子向けの特撮番組にそういった変身ヒーローが居たような気がするが、実際にそんな生命体がいるなんて聞いた事も無かった。
「この<メアリー・テラコッタ>の船魂だ」
「ふなだま?」
その単語を意味する事が分からず、フレッドはキョトンと訊き返した。
「守り神と言った方が分かりやすいか?」
「へ?」
この世の中に超常現象という物があることは知っていたが、実際に目撃するのは初めてだった。
「守り神って…。<彼女>は人間じゃないんですか?」
軍服を着ているとはいえ自分と同じぐらいの少女に見えた<彼女>の面差しを思い出しながらフレッドはさらに踏み込んで訊いた。
「もとは<メアリー・テラコッタ>が宇宙海賊船になる前の乗組員だったらしい」
「『もとは』? 『だった』って?」
それの意味する事を理解する作業を脳細胞が拒否していた。
ポケットからようやく端末を取り出すことに成功したダンゾーが、照明モードで起動させてやっと灯りを手にすることができた。
やはりフレッドはダンゾーに抱きしめられており、重力が無くなった空間に浮いていた。
暗く静かになる前と同じくタンクやパイプが入り組んだ循環システムの置かれた部屋である。
あれだけ耳に圧力を感じる程の騒音は一切発生していなかった。装置が完全に沈黙したようだ。
ただ各種ポンプを繋ぐパイプが大小入り混じって存在するので、宙に浮いて漂っている二人の手掛かりには不自由しそうも無かった。
ダンゾーはさっそくフレッドを庇うために飛びついたままの勢いで宙を進んでいた体を、手近に来たパイプを掴んで止めた。こんなに入り組んだ空間を漂っていたら、どこに頭をぶつけるか分からないからだ。
いつまでもダンゾーに抱かれているのも申し訳ないので、フレッドもそのパイプを掴んで、ちょっとだけ離れた。
「この<メアリー・テラコッタ>は沈没船だったんだ」
暗闇を見回してダンゾーは教えてくれた。
「は?」
隊長の持っている明かりを頼りにフレッドも自分の端末を取り出した。
「私たちがそれまで乗っていた宇宙船が難破して、不時着した星へ先に墜落していた残骸。それが<メアリー・テラコッタ>の元になった船だった。私たちは、それまで乗っていた船が使い物にならなかったので、生きるために沈没船を修理して飛び立った。それが<メアリー・テラコッタ>としての最初の航海だったわけさ」
「じゃあ…」
段々と<彼女>の正体が察する事ができて、フレッドはつばを飲み込んだ。
「そう。墜落する原因となった戦いで戦死した乗組員。それが<彼女>だ」
「せんししたって…。つまり…」
「そう幽霊なんだ<彼女>は」
「ゆうれい…」
フレッドは学校に通っていたので、一度ぐらいは「トイレの花子さん」の噂を耳にした事ぐらいはあった。まあ噂だけで実際に通っていた学校に居たわけではない。だが幽霊がこの宇宙に存在する事は、科学的には証明されつつあった。
人の魂とも言える積み上げた記憶(経験と呼び変えてもいい)は、空間に痕跡が残ることが知られていた。超常現象の存在という物は、その痕跡を目撃者自身の脳が勝手に読み取って、そこに結像させるものだという事になるらしい。この場合、幽霊自身が姿を「見せる」のではなく目撃者が勝手に幽霊を「見る」ということになる。よって相手が生きていようが死んでいようが、強い意志で空間に記憶で爪痕が残っていれば、それを他人が目撃する可能性がある。前者は「生霊」と呼ばれ、後者は「幽霊」と呼ばれた。
まだ、そういった超常現象の存在が、物理的な悪さをするメカニズムまで解き明かされたわけではないが、概ねそういう物らしい。そこまではフレッドも学校で学んでいた。
「えっと、つまり…」
つまり<彼女>は死の瞬間に抱いた強烈な恐怖を、この<メアリー・テラコッタ>の船内空間に爪痕として残したのだ。
空間に残された記憶には、その瞬間だけの物もあれば、記憶を残した者の人生全部が残っている場合もある。おそらく<彼女>は、あれだけはっきりとした姿をしているので、後者のタイプと推察できた。
「つまり<彼女>は何なんです?」
フレッドの改めての質問に、ダンゾーはもう一度答えた。
「この船の船魂だ。本名は『メアリー・テラコッタ』。繰り上げ任官の少尉だったことが軍の記録にも残っている」
「あ、だからか…」
中央コンピュータのアバターであるナナカが言っていたことを思い出した。普通ならば中央コンピュータが音声で乗組員とやり取りするアバターの名前と、船名とは同じにするというような事を言っていた。だが、そうなっていないのは、先に同じ名前の存在が居るからであろう。
「<彼女>を怒らせると、こういう風に機械が全部止まる程の霊障が出る。<彼女>自身もブラスターに焼かれた時を思い出すのか、プラズマの塊になって人を襲うこともある。今のも<彼女>が怒った結果だ」
プラズマになったとしても温度が低ければ恐くは無いだろうが、実際に掠めただけのダンゾーの髪は焦げたようである。まともに喰らえばけっこうな火傷をしたのではないだろうか。さらに言えば空中で灰になったバラの花はどこにも見つけられなかった。
暗闇の四方八方へ灯りを向け、出入り口の方向を見定めたダンゾーは、低重力の中でパイプを伝うようにして移動を開始した。艦軸よりも下にある船艙甲板では、自転によって下向きにわずかな疑似重力が働く形になっていた。
こんな暗い空間に置いて行かれてはたまらないので、フレッドも灯りを片手に後を追った。
「<彼女>は基本、優しい性格なんだ。海賊どもが傷つくことを誰よりも嫌がるし、可能ならば何かを示唆する事もある。事実、君も助けられたろ」
「はい」
食糧庫に閉じ込められたフレッドの存在を<彼女>がマサに教えていなかったら、低体温症で死んでいたとサドに言われた事を思い出した。もし<彼女>が悪霊などと呼ばれる存在ならば、見殺しにされていただろう。
「どうすると<彼女>は怒るんですか?」
当然の質問に、やっと気密扉に辿り着いたダンゾーは振り返って教えてくれた。
「三つのルールがある」
「まさか『光に当てるな』『濡らすな』『真夜中に食べ物を与えるな』とか?」
「なんだそれは?」
「いえ、軽い冗談です」
フレッドが軽い笑いで誤魔化していると、扉を開けたダンゾーは通路に泳ぎ出ながら教えてくれた。通路は今までいた室内とは違って赤い非常灯が灯っていた。
「どうなってました?」
通路の向こうから人影が飛んできた。顔は見えないが声は循環システムの部屋から入れ替わりで出て行ったグラフトンの物だった。とても切羽詰まった様子であった。
もともと小学校教師のような彼が焦った声を出しているので、フレッドは自分が小学校の時に男子が窓ガラスを割ってしまった時の事を思い出した。
「全部止まっている」
「本当ですか?」
ダンゾーと入れ違いに真っ暗な部屋に首を突っ込んだグラフトンが、短く「おう」と呻き声を発して空中で硬直した。
「がんばれ」
ポンと肩を叩いてやるダンゾー。それで気を取り直したのか、グラフトンは溜息をついた。
「再起動にどれだけの手間が…」
そのまま二人を振り返ると、優しい声で訊ねて来た。
「<彼女>が怒ったんですね?」
「…」
答えたくは無いが事実なのでダンゾーが頷いた。暗闇の中ではっきりと見えなかっただろうが、<彼女>に焦がされた髪の毛が異臭を放っていれば誤魔化しようも無かった。
「<彼女>は?」
「消えた」
「了解しました。後はやっておきます」
溜息で推進するかのように、グラフトンは長い息を吐き、循環システムの部屋へと漂っていった。
「まず、手動で安全弁の開放をして…」
手順をブツブツと呟きながら確認する彼とすれ違ったフレッドは、気密扉に手をかけた。
「で、なんだったか? ああ<彼女>が怒る条件か」
ダンゾーは通路に浮かんだままで腕を組んだ。
「<彼女>が怒るのは三つ。まず、今みたいに名前を呼ぶこと…。名前を呼ぶのが一番怒る」
「はあ」
なぜそれで怒るのかは訊いてはいけないようだ。気密扉を苦労して閉めてから、急いで通路に設けられた手摺を掴んで、フワフワと先に行くダンゾーの後を追った。
「二つ目は、食堂にある神棚のお神酒を切らす事」
「神棚…」
超光速で銀河を渡る宇宙船に神棚と聞いてフレッドは目を点にした。
「そして三つめは、まあ当たり前の話しなんだが、<彼女>に危害を加えようとすること。少しぐらいなら我慢してくれるが、何度も繰り返していると人間と同じで怒る」
無重力状態(正確に言うと低重力)な現在は、敷居の高い気密扉を抜けるのはとっても簡単な作業であった。
とくに通路に設けられた気密扉は開けっ放しなので、目測さえ誤らなければ、そのまま飛び抜ける事が出来た。
あまりの爽快さに健康に障害が無ければずっとこのままでもいいぐらいだ。もちろんファーマシスト・ナノマシンを接種していても、無重力症候群は改善されない。基本的に無重力症候群は運動不足による筋力低下が原因で起きる病症だからだ。
フレッドにとって、こんなに長い時間、体が浮いているのは初めての体験だった。
フワフワと浮いたまま通路の手摺で反動をつけて、一気に飛ぶように前進する。しばらくはそのまま進むが、やがて床との高さが無くなり、手なり足なりをつかなければならない。そうしたら、また手摺を掴んで調整する。慣れているダンゾーは、ちょっと上を目指して飛び、緩い弾道飛行で手摺の高さへ降りて来たところで、再び手摺を掴んでいるようだ。
見事な体捌きを後ろから見ていて、ふと「確かにこれではスカートは無理そう」と感じるフレッドなのであった。
段々と自分が上に向かって飛んでいるのか、それとも下へ向かって落ちているのか分からなくなってきた。昼に食べた物が胃袋の中で落ち着かず、ムカムカとしてきた。
まだ吐き気と言う程ではないが、暗い非常灯が点いた通路をどこまでも落ちていくような感覚は、あまり精神衛生によろしくなかった。
「私らは、上へ向かって飛んでいる」
先を行くダンゾーが口を開いた。
「えっと?」
「そう思い込め。あっちが上だ」
進行方向を指差して断言してくれた。それだけで無間地獄へ落ちていくようだった感覚から、ペテロの前へ誘われる信徒のような気分になるのだから不思議だ。
「どこへ行くんですか?」
「たぶん、この停電が終わる前に戦闘配置になるから、先に第四近接防御へ行く」
「あ~」
流石に今日から宇宙海賊になったフレッドには思いつかない事だ。こうやって上層部の意志を先回りして汲み取るのも良い宇宙船乗りの条件である。
通路の左右にある扉に、転倒注意のピクトグラムが目立つようになってきた。通路自体を区切る気密扉には描かれていないが、両横にある部屋には必ずと言っていいほど同じピクトグラムが書いてある。
「?」
不思議そうにキョロキョロ見回していると、上から声が降って来た。
「ここらは下部見張所や第二砲塔がある区画だ」
「みはりじょ?」
砲塔の方はなんとなく意味は分かるが、見張所なる言葉は初めてだった。
「人の目で外を見て、接近する物が無いかを見張る場所だ」
「え…、でも…」
フレッドが第二分隊の説明を受けた時、リーブスは目で見てから障害物を発見しても避けるのが間に合わないほど速いので、レーダーを使うというような事を言っていたはずだ。
「今、停電しているだろ。するとレーダーも使えなくなる。レーダーが使えないからと諦めるわけにはいかないだろう。人の力で出来る事は何でもやるんだ」
「あ~」
なにか宇宙海賊として大事な事を教わったような気がした。
「ええと、第二砲塔とは?」
「船体の下側についている対艦ブラスターだ。この船の主砲だ。連装式で六〇センチの太さがある」
「六〇センチ…」
ダンゾーが腰に提げている自動拳銃の銃口がちょうど一センチだった。その火薬式の自動拳銃をアリウムに撃ち込んだ時ですら、フレッドは腰を抜かすかと思ったのだ。六〇倍の太さを持つブラスターを撃ったらどんな事になるのか想像もつかなかった。
「砲雷長によると、最低限の太さしかないんだそうだ」
どうやら今までよりもお喋りなのは<彼女>について教えていなかった事の反省の様だ。不器用ながらダンゾーはブラスターについて教えてくれた。
「最低限なんですか?」
「民間の貨物船でも、装甲が施してある。スペースデブリやそれこそ鉄砲玉のように飛んで来る小さな宇宙塵の衝突に備えてだ。だから一撃で大きな損害を与えようとすると、それぐらいが最低限の武装になってくる。宇宙戦艦の主砲なんかは一六〇センチ…、一メートル六〇センチもある」
「私、ほとんどその中に入っちゃいます」
日系地上人の女の子として平均的な身長しか持っていないフレッドが言うと、非常灯の中でダンゾーが振り返った。
「砲艦の中には三一〇センチ…、三メートルを超えるブラスターを持つ艦もいる」
「さんめえとる…」
あまりのスケールのでかさに絶句してしまった。
「もちろん艦隊を組める艦としては最大火力だ。だが銀河には機動要塞っていう物もいる。そういう化け物だと三メートル程度じゃ花火にしかならなかったりする」
「はあ?」
もうフレッドの想像力の範囲外である。
「攻撃兵器として大きいのは、二つの軌道要塞の潮汐力を利用した『デルタ砲』というのがある。これは系外宙域から惑星間の距離を超えて撃ち込むことができる」
「はあ」
思考が停止した相槌しかフレッドの口から出ていないことに気が付いたのだろう、ダンゾーは口調を改めた。
「安心しろ。そんな化け物とは滅多にドンパチやらかさないから」
そこは完全否定して欲しいフレッドなのであった。
「滅多にって…」
「それだけ図体がでかいと、懐に飛び込まれると何もできなくなる。殴り合い(カケアイ)で自分よりもでかい相手に殴りかかる時と同じだ」
「やり合った事があるんですね…」
絶句していると不思議そうにダンゾーはフレッドを見おろして来た。
「たまたま、その時に敵となっただけだ。事象の地平まで追いかけてくるわけじゃない。要は一発殴った後、引き際さえ間違わなければいい」
やっぱり最後は逃げ足の様だ。
「それって、カケアイ? の時もそうですか?」
「そうだ。昔から言うだろ『逃げるが勝ち』ってな」
周囲の風景に段々と配管類が増えてきた。似たような風景を見たことがあるなと思っていたところで通路は一旦行き止まりになっていた。
進行方向を塞いだ気密扉を開くと、上の甲板へ繋がるラッタルがある通路となっていた。もちろん、こんな低重力ではラッタルの必要が無いほどだ。
ダンゾーは上に向かうラッタルではなく、そのまま同じ方向へ進む気密扉に手をかけた。
彼女のように体格に優れていると、気密扉の開け閉めになんの苦労も感じていないようだ。フレッドも人工重力下では苦労なく開け閉めできた気密扉であるが、こう自分の反動で体が浮いてしまう条件だと、ドアレバーを掴むだけでも一苦労だった。
ダンゾーが開けて行った扉を閉め、通路から次の空間に出ると、来た事のある場所であった。
「お、来た来た」
非常灯の暗い中に複数の人影が漂っているのが確認できた。その中で白い歯を剥き出しにして親指を立てた影があった。おそらくリーブスであろう。
何かフレッドをからかうつもりのような声だったが、先にやることがあるようだ。
「人力操作で近接防御を射撃する準備はできています。ただ機関室からの電源が回復していないので、実際にブラスターを撃つことはできません」
「了解した」
ダンゾーは両手で髪の毛を掴むと、手早くクルクルと回して束ねた。おそらく手首に通してあった髪ゴムで縛ると、あっという間にあれだけの髪の毛が、後頭部でお団子になっていた。そのまま簡易宇宙服が吊るされた壁際へ漂っていき、戦闘靴を脱ぎ始めた。
フレッドもそれに習うことにした。とはいっても髪が短い彼女は、もっと簡単だ。髪ゴムで縛る必要が無い。ダンゾーに並んで戦闘靴を脱いだ。
ダンゾーが器用に左右の戦闘靴の留め具を交差させるようにして嵌め込んだ。こうすれば無重力でもお互いの留め具同士が絡まっているので、片足だけどこかに飛んで行ってしまう事はないはずだ。
「へー」
感心した声を漏らしたフレッドも真似をすることにした。ちょっと手間取っている間に、ダンゾーは組み合わせた戦闘靴を、簡易宇宙服がハンガーでかけられている手摺に、留め具の所を通すようにして引っかけた。これも無重力になった時に無くさない工夫であることが察せられた。
簡易宇宙服を着る前に、両腰の物はどうするのだろうと見ていたら、素直に外している。さすがにガンベルトに太刀を提げたままでは簡易宇宙服の中に入れないから、当たり前である。
ダンゾーが簡易宇宙服の下半身を身に着けている間に、やっとフレッドも戦闘靴を手摺にかけることができた。次にフレッドが簡易宇宙服を着る事に取り掛かった瞬間だった。
スピーカに電気が通るプツッという小さな音がした後に、大音量で不協和音が流れ始めた。
「そら来なすった」
リーブスが待ち焦がれていたような声を上げた。
それに答えるように、いつもと違う機械音声が流れ始めた。
「総員戦闘配置。繰リ返ス。総員戦闘配置」
聞こえた途端に、ガシュッと何かを開くような音がした。どうやらすでに標準宇宙服を着ていたナーブラが、砲座へのハッチを開けたようだ。
暗い非常灯しか点いていない室内に、青い光が差し込んだ。丁度<カゴハラ>が見える位置まで自転しており、砲座の透明装甲越しに、海の色が差し込んで来たのだ。
両脇をガタイの良い簡易宇宙服の男たちに支えられて、標準宇宙服が砲座へと足から入って行った。全身が入ったところで、こちら側からハッチを閉塞した。バンバンとハッチを叩いたのは、閉塞したことを内部のナーブラへ伝えたのであろう。
全員がキャビネットに押しかけ、ヘルメットを手に取った。手袋を先につけて躊躇なく被っていく。みんなスキンヘッドにしている理由が分かる瞬間だった。
被っていた黒ベレーを尻のポケットへ捻じ込んだリーブスも、手袋を嵌めてヘルメットを被った。
遅れてはいけないと、照明モードにしていた端末を左腕につけたフレッドも、ヘルメットと手袋を身に着けた。
ほぼ同時に部屋の明かりが復旧した。眩しくて目を細めるが、ヘルメットのシールドにある自動調光機能でシールド自体に色がついて、何も見えなくなるほどではない。
最初にこの部屋に連れられてきた時に説明された通り、砲座右側の指揮コンソールにダンゾーが着き、左側の動力コンソールにリーブスが着いた。もちろんダンゾー以外は白地に赤色が入った簡易宇宙服姿だ。
ダンゾーだけは白地に黒色が入った簡易宇宙服である。上下がシールされて繋がる腰の位置にガンベルトを巻き、そこへ太刀を佩いていた。
なるほど戦闘服以外でも武装は取り外さないのかとフレッドが納得していると、リーブスはどうしているのだろうと疑問が浮かんだ。
リーブスも簡易宇宙服の上から右足へホルスターを巻き、そこへショットガンを入れてあった。背中に背負っていたグレートソードも同じである。
リーブスの後ろには、他の男たちが、いつでも液体金属が詰まっているというボンベに手をかけられる位置に待機していた。その者たちもそれぞれ簡易宇宙服の上へ武装を施していた。
ザッと見回したダンゾーが、コンソールの通話ボタンを押し込んだ。
「第四近接防御。戦闘配置完了」
「指揮所了解」
すぐに返事があった。
「ここの手摺に掴まれ」
ダンゾーが手招きをして、指揮コンソールにある手摺を指差した。
明かりは戻ったが、慣性制御はまだなので、フレッドはフワフワと漂っていき、ダンゾーの左横にある手摺に捕まった。
コンソールにある大きなモニターに灯が入り、おそらく砲座からの物と思われる映像が映し出された。
だが「隊長はやることが無い」と言われていた通り、ダンゾーはその画像を見ているだけだ。
「左舷、敵宇宙艇接近中」
簡易宇宙服の通信機に一方的な着信があった。これは命令回線で命令を受信だけする。こちらからの発信は基本受け付けてくれない。そうでないと命令に他の音声が被って聞き取れなく恐れがあるからだ。
返事をする時は、先ほどダンゾーが行ったようにコンソールの通話ボタンを押さないと通じないようになっていた。
もちろん隣の者と会話をする共通回線は別に設けてある。そちらの方は、着用者が喋れば自動的に周囲の者へ音声が届けられるようになっているが、命令回線に着信があると自動的に遮断されるようになっていた。
「はい! はい!」
リーブスがテンポよくかけている掛け声が聞こえてきた。振り返って見てみると、リーブスが担当しているコンソールには大きく数字が表示されており、その数字が恐ろしい勢いで増えていくのだ。
数字がゼロから二〇ぐらいに増えたところで、ボンベが空になる前に交換しているようだ。そのタイミングでリーブスの掛け声がかかり、他の男たちが雑巾で口金を覆うと、次から次へとボンベを交換していた。交換と同時に数字がゼロにリセットされるが、すぐにまた増えていくので、キリがない。
それに比べて、ダンゾーは本当に何もしていなかった。モニターの画像は激しく左右だけでなく上下にも動いているが、彼女は見ているだけだ。
と、ダンゾーはコンソールにあるジョイスティックに手をかけて、前へと倒した。モニターの画像が下へと流れ始めた。
大雑把な十字が重ねられている画像に、なにやら動く物が映った気がした。
「指揮装置破損!」
命令回線に怒鳴り声が飛び込んで来た。
「各近接防御は砲側照準となせ」
「砲側照準、ようそろ」
命令を復唱したダンゾーは、モニターの画面を切り替えた。今まで簡易的な十字しか映像に重ねられていなかったのに、今度は本格的なレティクルが画像に重ねられた。
動く光にレティクルを合わせるとボタンを押し込んで、標的としてロックした。あとは特にジョイスティックを操作せずとも、画像解析でコンピュータが自動追尾をしてくれる。
(どんな敵が襲撃して来たんだろう)
横から画像を覗き込むフレッドは、興味が湧いて来た。画像で見るに、ただの光点にしか見えない相手である。だが見続けていると、航行灯のような物を点滅させている事に気が付いた。
「はい! はい!」
近接防御指揮所から砲側照準を命令されてから、リーブスの掛け声がだいぶ遅くなっていた。どうやら砲座に入っているナーブラは無駄弾を撃たないタイプであるようだ。
(あれ?)
自分だけやる事が無いためにフレッドは落ち着いて周囲の様子を観察できるようになってきた。
ポンポン砲を撃つという事は、もしかしたらその先に居る誰かを殺すことになるのかもしれないが、現実感に乏しかった。
だから最初の高揚感が引くと、なぜ自分はここでモニターを脇から覗いているのかが、分からなくなったのだ。
フレッドは改めて室内を見回した。砲座の反対側ではガタイの良い男たちが、定期的にボンベの交換を続けている。
(あれれ?)
よく見ると外したボンベが最後尾に渡り、次から次へと交換されていくうちに、いつの間にかまたリーブスのコンソールへと繋がれていたりする。どうやら男たちも混乱しているのかもしれない。
そう感じると、間違いを指摘するべきかどうか悩んでしまう。全体の様子からして射撃は間違いなく続けられているようだ。問題が発生していないのなら、わざわざ声をかけなくてもいいのではないだろうか。
レティクルに光点を自動追尾させていたダンゾーは、そのまま別の目標を探すように画像のスクロールを開始した。
ヘルメットのシールド越しに見える彼女は、相変わらず仏頂面であった。
(あれれれ?)
その手元を見てフレッドは驚いた。コンソールには複数のボタンやらレバーなどが備わっているが、左側に「SELECTOR」と大書されたレバーがあった。レバーの可動域にそれぞれ指示する単語が書いてあり「SAFETY」「REMOTE」「MUNUAL」「GUNNER」と読み取れた。
いまそのレバーが合わせられているのは「SAFETY」である。あれがセレクターならば、砲側射撃の今は「MUNUAL」もしくは「GUNNER」に合わせられていなければいけないのではないだろうか?
(もしかして、隊長も戦闘配置に気が動転しているのかも)
なにせレティクルに捕らえられた目標は進路を揺らしもしない。いくらなんでも数発は着弾していてもおかしくはないだろう。被害を与えられないというのは、ダンゾーか、もしくはリーブスかが間違った操作をしているからかもしれなかった。
(ああ、こういうために私がいるのね)
冷静な一人がいれば間違いを修正できる。そういう風に制度化されているのかと思ったフレッドは、ヘルメットの中で一回自分へ頷いた。
(まったく、みんなしょうがないなあ。ここは私が動きましょう)
フレッドはコンソールに手を伸ばしながらダンゾーに声をかけた。
「隊長、間違って…」
指がセレクターにかかった途端に、腹部へ与えられた衝撃で息が詰まり、風景が一回転した。胃液か昼に食べた何かが口元まで上がって来たと感じたと同時に、同じぐらいの衝撃が背中にやってきた。
「なに寝っ転がってんだ! バカヤロー!」
誰かに怒鳴られた。
確かに自分はダンゾーの横に立っていたはずなのに、いつの間にか部屋の反対側の壁際に横たわっているではないか。
低重力のためにそこで撥ねて、ゆっくりとダンゾーの方へと戻り始めていた。
そこで彼女が半分だけ振り返って、フレッドの様子を確認している事に気が付いた。
「た、たいちょ?」
「手を出すな。見ているのが、おまえの仕事だ」
どうやら気絶していないと見るや、厳しい声で叱責された。
「なにやらかしたんだ?」
誰かの声が聞こえた。男たちは作業の合間に顔を見合わせる余裕があるようだ。
「さあてな…、はい!」
この声はわかったリーブスだ。
ふわふわと反動だけで元の位置に来たところで命令回線に受信があった。
「状況終了。用具収め。各持ち場にて、いまの戦闘訓練について反省会をすること」
「せ、せんとうくんれん?」
意味が分からず声を上げると、ゆっくりと人工重力が戻って来た。ふわりと床に足が着いた。まだ一Gではなく〇、五Gぐらいらしく、夢の中のような浮揚感は残っていた。
砲座のハッチが開けられ、標準宇宙服を着たナーブラを二人がかりで助け出すようにして引きずり出していた。他の者は左腕の端末に解除を入力して、ヘルメットを外したり手袋を脱いだりしはじめていた。
キャビネットのところに用意されたボトル入りの飲み物を配っている者もいた。
みんなが簡易宇宙服を脱いでいるので、フレッドも脱ぐことにした。まず基本として室内の環境をチェックし、それから解除を入力した。
首元のシールを剥がしてヘルメットを取った。
「お? 意外と頑丈だなあ、フレッド」
フレッドの顔を見て、リーブスが変な感心をした。意味が分からないフレッドの代わりに、周りに立つ男たちが訊き返してくれた。
「なにがです?」
「隊長の蹴りを喰らって吐かないなんざ、頑丈な証拠だろ?」
「あ~」
周囲が納得の声を上げた。どうやら彼女を壁際まで飛ばした衝撃は、ダンゾーが彼女を蹴飛ばしたものだったようだ。
腹へ視線を下ろせば、確かに靴がめり込んだ跡のように汚れているような気もした。
確認している途中で、手にした物とは別のヘルメットが飛んできた。ダンゾーが投げつけて来たのだ。
「わっ」
慌てて自分のヘルメットから手を離してキャッチする。ドッジボールで、ちょっと強めにボールを受け止めたぐらいの衝撃があった。踏ん張ろうにも低重力下ではうまく行かず、ダンゾーのヘルメットを抱えたまま、また後ろへと飛ばされた。
「見てろと言ったよな」
低重力下でも慣れた様子でダンゾーはフレッドとの距離を詰めた。いまにも腰に佩いた太刀を抜くのではないかと思わせるほどの迫力であった。
「いえ…、でも…」
「まあまあ隊長」
慌ててヘルメットをそこらへ置いたリーブスが間に入ってくれた。
「これが訓練って、フレッドに教えてなかったでしょ。だからフレッドなりに考えて動こうとしたんだ。そうだよな?」
「は、はい。セレクターがセフティになっていたから、それじゃ撃てないんじゃないかと思って」
「よし、合格だ」
手袋に包まれたままの右親指を立ててくれた。
「宇宙海賊はそうじゃなきゃな。自分で最善と思われる行動をする。それで正しい」
リーブスが一所懸命褒めてくれるが、それではなぜダンゾーが怒っているのかが分からなかった。
「だがな、今のはチイとまずかったな」
わざとらしく「うん」と頷いたリーブスは、いつもとは違う声色を出した。
「訓練だから、実際にブラスターは撃たないが、照準はつけるんだ。で、なにも目標が無いと訓練にならないだろ? だから通りすがりの宇宙船なんかを目標にする。そこでセレクターを切り替えたら、どうなっていたと思う?」
「あっ」
ブラスターからプラズマが発射され、ただ通りすがっただけの宇宙船を撃ってしまう事になる。全部説明されなくてもフレッドには理解できた。
さらに戦闘状態に無い相手を突然撃つなんていう事件を起こしたら<メアリー・テラコッタ>が不利な立ち位置に置かれることにも想像が行った。
思いに至って硬直しているフレッドの前で、リーブスが自分のヘルメットを回収し、中へ手袋を放り込んだ。
フレッドはゆっくりとダンゾーのヘルメットを差し出した。
まだ腹の虫が収まらないのか、フレッドから捥ぎ取るようにヘルメットを取り戻した。
「す、すみませんでした」
「たしかに<彼女>の時は、私も言葉足らずなところがあったかもしれない。だが今のは許せない。なぜ手を出した」
「隊長…」
まあまあとリーブスが宥めるように、間に入って両手を振ってくれた。
「分からないなら、手を出す前に訊け!」
そう怒鳴ると、ヘルメットの中に手袋を突っ込み、キャビネットの方へと行ってしまった。
ダンゾーの怒り具合にフレッドはショボンとしてしまった。初日にこれでは一か月後に船へ残れと言ってくれる人はいないかもしれない。
せっかく宇宙での生き方を学ぼうと思ったのにと、落ち込んでいると涙が浮かんできた。
「ほ、ほら、泣くんじゃねえよ」
フレッドの涙に、陸戦隊のマッチョたちが慌てた声を上げる。これが男なら体育会系の乗りで励ましたり何だりできようが、相手が昨日まで女子高生だったフレッドでは、勝手が違って戸惑っているようだ。
「隊長も、そんなに怒らないで」
まだ名前の知らない陸戦隊員まで取りなしてくれようとしてくれた。
「あ~」
それに対して、とても不機嫌な声を漏らすダンゾー。乱暴気味に簡易宇宙服を脱ぐと、ハンガーへとかけていく。戦闘靴を履いたところでクルリと体を回してこちらを向いた。
「…」
ガンベルトや太刀を手摺の所に置いたままフレッドに歩み寄って来ると、彼女の明るい色をした髪の毛を鷲掴みにするように手を置いた。
「泣くな」
そのままガシャガシャと髪の毛を掻きまわす勢いで頭を撫でられた。
「すいませんでした」
再び謝ると、作り笑顔だろうか、ニッとダンゾーが笑うと、人差し指を立てた。
「ということで、おまえにはバツゲームをやってもらう」
「は?」
解説の続き
三つのルール:フレッドが上げているのは映画「グレムリン」が元ネタです




