宇宙海賊やろう! にじゅう
いきなり<彼女>に異常が発生して、どうなった?
その瞬間、船長であるコクーンはブリッジに居た。レディ・ユミルから大量に送られてきた電子書類を、自席で片端から片付けていたのである。
目を通しておいて欲しい程度の書類から、船長直々のサインを求める書類など、相当な数になる。まあ一隻の船長ともなれば個人事業主なのだから、それだけ処理する書類も多くなろうという物だ。
隙間に新装備の広告が混ぜてあるのは、購入を検討しろというより「これ欲しい」程度のアピールだろうか。
もちろん船長室でもできる仕事である。だが<カゴハラ>の中継ステーション近傍の漂泊宙域とはいえ<メアリー・テラコッタ>は、ただ浮かんでいるわけではないのだ。
ここは<カゴハラ>と、その自然衛星、母星との関係で重力的に安定はしている宙域ではある。重力傾斜的に言えば、小さな窪地に居るようなものだ。絶えず推進剤を噴射しなくても、重力アンカーのみで船位は保てていた。
だが中継ステーションとは相対的に静止しているように見えるだけで、恒星や他の惑星から見れば<メアリー・テラコッタ>は音速の二五倍という物凄い速度でグルグルと<カゴハラ>を回っている物体であり、さらに<カゴハラ>の公転軌道を音速の一〇〇倍で飛んでいることになるのだ。
もしかしたら暴走した貨物船が突っ込んでくるかもしれない等、考えたらキリが無いが、何が起きてもいいようにコクーンがブリッジに詰めていてもおかしくはなかった。
まあ、電子書類なんかはドコで処理しても同じであり、船長公室にて一人で寂しく仕事をするよりは、ブリッジに居た方が話し相手に困らないという理由の方が大きかったのだが。
大量の書類を捌くために左後方に立ってサポートしてくれていたナナカと、事務的な話をしていた時だった。
突然ドンという音と共にブリッジの全ての電源が切れた。もともと暗めに設定されているブリッジの照明も全て消え、赤い非常灯に切り替わった。
「目視により見張りを継続せよ」
ほぼ反射的にブリッジ要員に命じたコクーンは、無意識に船長席のシートベルトを確認していた。全部締めると体を六点で船長席へ縛り付けるシートベルトを、腰の一本だけ巻いていた。着席した時にこれも無意識に締めていたようだ。
「ををを」
コクーンの右側に立って話し相手になってくれていたアフリカ系宇宙人の男が、床から浮き上がると非常にゆっくりとした速さで、ブリッジ天井へと上がって行った。
「ケアア」
同じくブリッジにある丁字をしたスタンドに止まっていたカラアゲが、バランスを崩したような挙動の後に、ブリッジの狭い空間に飛び立った。
現在<メアリー・テラコッタ>はバーベキュー航行を継続していた。そこへこの突然の出来事である。慣性制御装置が作り出す人工重力が切れて、自転による遠心力から発生する疑似重力がブリッジに働いたのだ。
まあ自転自体は慣性制御装置に負担をかけないように、とてもゆっくりした速度に抑えてあったので、疑似重力が発生しても〇、一G程度の物であるから、座席についていなかった者が天井に叩きつけられて大怪我を負う可能性は無いに等しかった。
「ブリッジ全電源喪失!」
「クワクワ」
「操舵装置機能喪失!」
「ケケケケ」
「レーダー、航法用から逆探まで使用不能です」
「カアアア」
「内線は限定的に使用可能」
「クワッ」
「慣性制御装置ダウン!」
「カアアア」
「カラアゲうるさいっ!」
「クウウウ」
各コンソールに着いている当直員たちが矢継ぎ早に報告を寄越して来た。
「ふむ」
今まで仕事のために何枚も表示していた電子書類も一切消えており、事務的なサポートをしてくれていたナナカの姿はドコにも無かった。
データをセーブしておいた記憶が無いので、せっかくサインした書類もやり直しのはずである。
(事務長の悲鳴が聞こえるようだ)
コクーンが直感した通り、三段下の甲板では、事務室から発せられたレディ・ユミルの悲鳴が、長く通路に木霊していた。
コクーンはブリッジ内を見回し、当直員が慌てていないことに満足したかのように頷くと、数人の乗組員がそうしているように、首から提げた双眼鏡を目に当てて、舷窓から周囲の確認を始めた。
他の艦船やスペースデブリとの衝突は避けなければならない。普段ならば航法レーダーにより<メアリー・テラコッタ>の周辺宙域を監視しているが、そのレーダーが使用不能なのだ。だからといって運を天に任せるほどコクーンは無責任ではなかった。
機械が使えなければ人の力で何とかしなければならないのだ。クレーンが使えなければ手を使うし、レーダーが使えないのなら目を使うしかないのだ。
「右舷二時方向、係留中の貨物船」
「左舷十一時方向、宇宙艇接近中。速度、速い」
「左舷七時の方向、貨客船離隔中」
「左舷接近中の宇宙艇、転舵。九時方向へ離隔」
「<カゴハラ>及び中継ステーションが右に移動中」
「違うぞ。動いているのはコッチだ。船長、重力アンカーが切れたせいで、船位が保てません」
「だれか灯火信号を管理局へ。内容は『我、機関ニ若干ノ不具合発生。走錨中』。ついでに信号旗も変えて来い」
ブリッジで当直に就いていた海賊どもが嬉々として動き始めた。この程度のトラブルを楽しめるぐらいの度胸で無いと、宇宙海賊などやっていられないのだ。
周囲にはグンマ宇宙軍の戦闘艦は少ないが、港内を行き来する宇宙艇や宇宙機は多いし、民間船が出入港もする。
しかも双眼鏡に映る宇宙はゆっくりと動いていた。宇宙空間では最初に与えられた運動が継続される。すべての機能が失われた<メアリー・テラコッタ>も、最後に行っていたバーベキュー航行のままに自転をしているのだ。
そして慣性制御装置が止まったことで重力アンカーも効かなくなり、わずかにある漂泊宙域の重力傾斜に沿って<メアリー・テラコッタ>自身が動き始めていた。
自転に伴い、見えている宇宙船なども、向こうは停泊しているつもりでも<メアリー・テラコッタ>からは動いて見えるから厄介だ。
報告に上がった物を、次から次へとメモに書いて海図台へと貼り付けて行き、臨時の対勢作図盤とする航海科はてんてこ舞いである。こうして同じ宇宙船の重複した報告は取り除いたりして、周辺宙域の現状把握に努めるのだ。
舷窓には星空をバックに<カゴハラ>の自然衛星が現れるところだった。
「おやおや。これはどうしたことだ?」
天井に立った長身のアフリカ系宇宙人、砲雷長のレタリックが、コクーンに流暢な日本語で話しかけてきた。彼もまた双眼鏡で<メアリー・テラコッタ>の周囲へ視線をやりながら、口だけはのんびりと動かしていた。
その肩が止まり木の代わりにちょうどいいとばかりに、ブリッジの中を飛び回っていたカラアゲが降りて来た。
「レタリック。停電の原因を上げてみろ」
船長として<メアリー・テラコッタ>に起きた異常事態にどう対処するかに考えを巡らせながら、現在の当番長であるレタリックに訊ねた。
「そうですね。あたしの考えるに、七つの原因が考えられますね」
コクーンが右舷から左舷へ双眼鏡をゆっくりと動かしているのと反対に、レタリックは左舷から右舷へ双眼鏡を動かしていた。二人とも一八○度行き着くと、素早く反対へ振り返って、またゆっくりと双眼鏡を動かし始める。これは右から左に見張りをする場合、左一杯に行った後に同じ速度で左から右へと戻るように見張りを続けると、危険なほどに右への見張りが疎かになるから、それを防ぐための行動だ。逆の場合もしかりだ。
「七つか。危険な順に上げていけ」
後進の者を育てるのも船長の役割であったりする。自分が何かの原因で<メアリー・テラコッタ>の指揮を執れない時に、序列で最先任の者が代役を務めることになる。それがレタリックにならない保証など、どこにも無いからだ。その時にレタリックが「できません」では、お話しにならない。それに、もしかしたらいつか<メアリー・テラコッタ>から独立して自分の船を持ちたいと言い出すかもしれない。
「まず一番ヤバイのは、敵性勢力の電子的攻撃により、ナナカがダウンさせられた可能性ですか。でもこの前、あたしが船務長に聞いたところじゃあ『ナナカには九つん防衛手段が巡らしてある』だそうですよ」
意外に似ている船務長の声真似を織り交ぜながらレタリックはその可能性が低いことを説明した。
「それに船務長なら、あと二つぐらいは隠し玉を用意してそうですし。電子攻撃自体は先週に第一階層の電子迷路に三件ほどあったそうですが、一気に九つの防衛手段を貫通してナナカをダウンさせるなんて、第五世代・キロン・クラス・クアンタム・コンピュータでも持ってこない限り無理でしょう。そんなお化けがこの近くに存在する情報なんて掴んでいませんし、それに匹敵する攻撃能力がある電子戦艦なんて、あの金持ち艦隊のテキサス・スペース・レンジャーだって六隻しか持っていません。あの連中がここら辺をうろついているなんていう情報も無かったですし、今回の事態では省いていいでしょう」
電子戦闘に物理的距離はあまり関係が無いのは当たり前の話しである。必要なのはネットワークとの繋がっている強度の差だ。
だが超空間通信を使うにしても、有線で繋ぐにしても、回線の太さが同じならば物理的距離が近ければそれだけレスポンスも速くなることは間違いない。また主に電波で相手を制圧する電子戦艦は、通常の波長をもつ通信波が通る距離に相手を攻撃範囲に捉えて色々と仕掛けるのが常道とされていた。
見えない距離ならば、究極の話し恒星などの重力源が持つ空間の歪みを利用して、強制的に通信を切る事だって可能だからだ。
つまり光年単位で離れた位置にある相手を敵にして電子攻撃をかけるには、回路に余分な負担が増えて、勝てる可能性がぐっと下がることになるのだ。嫌がらせにはなるだろうが、各国が持つ第五世代キロンクラスの超コンピュータや高価な電子戦艦を使用してやるには、費用対効果と言う単語を持ち出すまでもない。それらにはやるべき仕事が、他にもたくさんあるはずなのだ。
「よろしい。次は?」
「考えたくないですが、反乱ですかね」
見張りを続けながらレタリックは悲しそうな声を出した。
「それは乗組員が? それともナナカが?」
「AIの反乱って…」
さすがに双眼鏡を顔から外して、逆さになった船長席で見張りを続けるコクーンを見たレタリックは、呆れた声を漏らした。
「ナナカが『デイジー・ベル』を歌い出したら、船長が止めに行ってくださいね」
「俺がか?」
まっぴらごめんという調子で双眼鏡を覗いたままでコクーンは肩を竦めた。
「まあ、あたしの感触やら、ジャックを信じるなら、反乱なんて考えている奴は一人ぐらいしかおりませんよ」
「くわ?」
見張りに戻ったレタリックが完全否定しなかったせいか、肩に止まったカラアゲが不思議そうな声を上げた。それと電源が落ちてしまって、ただの箱になったコンソールに着いていた何人かの肩がビクリと動いたような気もした。
「では反乱も無しか。三番目は?」
「ブリッジだけ停電して、他には問題が起きていない可能性ですかね。そうなるとブリッジの主電源盤が火事かなんかで断線したってことになりますが…」
レタリックは、また見張りを中断すると、自分の周囲を見回した。
「クエ」
カラアゲもレタリックに付き合って周囲を確認した。
煙が立ち込めるどころか、火災報知器が作動している様子も無かった。
「アレが鳴りだすまでは、まだ安心ってトコですか」
ブリッジ後方の壁には、アナログなベルを抱えた火災報知器が設置されていた。旧式の電池式で煙や異常高温を感知するとジリリと鳴るはずである。アナログな器械だからこそ、こういう非常事態には頼りになる機械であった。
「火事はやめてくれ。俺は反乱よりもソッチが恐いぞ」
演技だろうがコクーンが背筋を震わせるようにして体を捩った。反乱ならば<メアリー・テラコッタ>自体に被害は少ないだろうが、火災となると最悪の場合は乗組員全員が避難しなければならない事態となりかねないからだ。
「四番目は自然現象の可能性ですかね」
段々とレタリックの口が重くなってくるのは、考えに自信が無い現れであろう。
「自然現象にも色々ありますが<カゴハラ>の母星である<ニイボリ・スリー>から大規模フレアが噴出して、この一帯を汚染した可能性ですかね」
惑星<カゴハラ>は、ニイボリ星区三丁目三番地にあたる星である。このうち三番地というのは、この星系で内側の惑星から数えて三番目(つまり第三惑星)という意味だ。三丁目というのは星間国家グンマがこの周囲にある複数の太陽系をまとめてニイボリ星区と設定し、その三番目に開拓を始めた太陽系という意味だ。
宇宙は無限に広い。そしてそこに存在する星々も無数にあった。そして生命体が生存できる星も、母数の大きさに合わせて無数に存在した。
地球を人類が飛び出した開拓初期には、恒星一つずつ、惑星一つずつに名前をつけていたが、あっという間に元ネタが切れてしまった。ちなみに地球を含む太陽系の中だけでも名前のネタが切れており、同じ名前を持つ星が複数あったぐらいだ。
よって銀河連合の公式銀河全図には、不愛想な数字と記号の羅列でしか星の名前は付与されていない。だが、それで納得して暮らせるほど知的生命体というのは単純では無かった。やはり自分の故郷には固有名詞が欲しい。その結果考え出されたのが、居住可能な惑星だけを名付ける方法だった。
よって<カゴハラ>の母星である恒星の<ニイボリ・スリー>という名前も公式の物ではない。
この<カゴハラ>に住む者たちは「太陽」と呼んでいるし、銀河連合の公式銀河全図に記されている名前も、他の星と同じ数字と記号の羅列だ。
それでは星間国家グンマとして執政がやりにくいということで、数個の太陽系を纏めてニイボリ星区と名付け、開拓順に大雑把な番号を付与したのだ。
この慣習は意外と開拓民たちに好評で、他の星間国家も似たようなシステムを導入していた。
同じように<カゴハラ>に存在する自然衛星も、住人たちは「月」と呼んでいたが、公式の名前はやはり数字と記号の羅列であり、慣習的な名前は<ルナ・カゴハラ>であった。
ニイボリ星区三丁目というからには、一丁目も二丁目もある。だが<カゴハラ>よりも開拓は進んでいない。その大きな理由が、この自然衛星にあった。
人類が発祥した地球にも自然衛星の「月」があったが、その存在は大きかった。
文化的な側面なども、もちろんある。だが、なによりも惑星の地軸を安定させるという役割は大きかった。ある一定以上の大きさをした衛星を持たない惑星は、回転力が落ちた独楽のように、自転軸をフラフラとさせてしまう。物理現象に則った現象だから、当たり前と言っては当たり前なのだが、そこに住む生命体にとって、甚だ迷惑な運動である。
地球に(星を渡るほど科学が進む前には温暖化などの問題もあったが)四季が安定的にもたらされるのは、公転軸に対して地軸が二三、四度傾いているからである。これが毎年角度を変えていたら、夏なのに雪が降ったり、冬なのに砂漠のような気温を経験する事になるだろう。太陽からもたらされる熱が、毎年同じ角度で降り注ぐからこそ、夏は暑く、冬は寒くなるのだ。(忘れている方もいるかもしれないが、中学校までに習う理科の問題である)
またスペースデブリに対する盾としての機能も重要である。せっかく建造した都市に、小惑星が降ってくるようでは、おちおちと寝ても居られない。そういう星では地下に都市を建設する事になるが、そういった物は、地上に建設する物よりも何倍も手間がかかることは、想像に難くないはずだ。
ニイボリ星区にある他の開拓星には自然衛星が無かったので、人工で作る計画が上がったこともあるぐらいだ。予算の確保などで揉めている内に、自然衛星を持つ<カゴハラ>の開拓が進んで、うやむやになってしまった。
よって<カゴハラ>は、ニイボリ星区でもっとも都市化が進んでいた。母星が<ニイボリ・スリー>と呼ばれるのは、三丁目の恒星だからである。
「恒星フレアか?」
コクーンが懐疑的な声を出した。
恒星は不定期にフレアを噴き出すことがあり、これは電磁的に強力な嵐として宇宙空間を汚染する。まともに対策をしないで宇宙船がその中に突っ込んだら、いまの<メアリー・テラコッタ>と同じように全機能が停止するだろう。
「まあフレアの可能性も低いでしょう。エクスマスがそんな手抜きをするとは思えませんし」
エクスマスというのは航海科に所属するマウシェン…、ペリアヌ系宇宙人の女である。担当は宇宙気象だ。
宇宙気象というのは、恒星のフレア噴出や空間の重力嵐など、宇宙を航行するのにあたって脅威となる自然現象を、過去のデータや現在の観測から予想する仕事のことだ。
宇宙気象はマウシェンの得意とする分野で、食道楽と並んで種族の特性とも言えた。
「それに直前まで中継ステーションから警報が出ていなかったことからして、やっぱりフレアは無いんじゃないですかね」
宇宙船がそれぞれ宇宙気象に気を払っているように、それを管制する部署、この漂泊宙域ならば<カゴハラ>の中継ステーションも宇宙気象には気を払っている。そして星系内で最も大規模な障害を引き起こす恒星フレアが観測されたのならば、周辺を航行または停泊する宇宙船に気象警報を発令していたはずだ。
また恒星フレアが発生したとしても、ハビタブルゾーンを公転する惑星へ到達するまで、ある程度の日数がかかるはずである。その時間的余裕があるため、突発的な恒星フレアが警報も無しに宇宙船に襲い掛かることは滅多にある状況ではなかった。
「それでは、恒星フレアでもなしと判断する」
見張りを続けながらコクーンは先を促した。一回頷いたレタリックはちょっと唸ってから先を続けた。
「器材の故障とすると、まず故障しやすいのは発電機の方ですかね」
宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>というより、イサリオン級軽巡洋艦には大きな物で五つの発電機があった。
その内四つは第三分隊つまり機関科によって「主缶」と呼ばれる縮退炉の事である。
この四つ全てが同時に故障する事はまず確率的にあり得ないはずだった。
また<メアリー・テラコッタ>は、もう一つ予備の発電機も持っていた。
こちらの方はワープアウト直後に全力戦闘なんていう事態の時に、電力使用量が逼迫しないように搭載されている非酸素依存機関が動力源である。酸化物質が還元するときに発生する熱エネルギーで発電する、技術レベル的に言うと縮退炉に比べてずっと低い技術の産物である。
よって縮退炉のような高度な装置だと干渉されて故障を起こす重力津波のような自然現象に遭ったとしても、予備発電機だけは稼働するはずである。
また船内各所にある様々な装置に、こういう停電に備えて非常電源が用意されていた。その中には電池ではなく、同じ非酸素依存機関のより小型な発電機が設置されているところもあるはずだ。
ブリッジの様子から、そういったバックアップからの電源供給すら絶たれていると見て間違いないだろう。
「全部の発電機が一斉に故障か? それが本当なら各分隊の整備士はタダメシ食っていたことになるな」
一人二人ぐらいが仕事に不真面目である可能性なら十分にあるが、攻撃兵装を司る第一分隊のコンソールから航海科の航法レーダーまで、全部が同時に沈黙しているということは、分隊という縦割りを超えて故障が発生している事は間違いない。全てが人的要件で故障しているならば、各分隊長の指導力というよりも、船長自身の責任になるのではないだろうか。
「じゃあナナカ自身が風邪でもひきましたか?」
知的生命体の脳よりも発達した高速コンピュータがナナカの本体である。もちろん判断力など知的生命体には敵わない分野もあるので、一概にナナカの方が優れているとは言い切れない。その<メアリー・テラコッタ>の中央コンピュータ自身が故障したのなら、この事態も納得できる状態であった。
もちろんレタリックの言った「風邪」というのは冗談である。
電子攻撃を受けずにナナカが故障する可能性は、無きにしもあらずといったところだ。
なにせソフト、ハードともに更新を繰り返してはいるが、最新鋭コンピュータとは親子三代ほどの歳の差がある。新しい脳細胞の方が色々と経験や情報の吸収や判断が優れているように、コンピュータでも同じことが言えた。
ただナナカにはナナカなりに積み上げてきた経験があるから、最新鋭コンピュータと性能を比べたとしても、一方的に劣っているという事は無いはずだ。
もちろん最初の懸念に登場したような大規模な処理能力を持つお化けみたいなコンピュータが相手ならば比べるまでも無い。だが電子攻撃の可能距離にそれらの存在は確認されていない現在、性能をそれらと比べる意味は無かった。
「電子的攻撃、反乱、火災、自然現象、発電機やナナカの故障ではないとしたら、いったい何だと思う?」
見張りを続けながらのコクーンからの質問に、レタリックは彼に似合う仕草で肩を竦めてみせた。
「七番目の理由ですか? そりゃ『いつものやつ』ですよ。もっと具体的に言えば誰かが<彼女>を怒らせた」
「クワクワクワクワ」
カラアゲも同じ意見のようだ。
「うっ」
一瞬だけだがコクーンの動きが鈍ったことにレタリックは気が付いた。見張りを中断し、上から逆さにぶら下がっているように見えるコクーンを振り仰いだ。
「なんです? 船長自身に心当たりがあるんですかい?」
「あるというか…」
そのまま「ウーン」と唸り始めてしまった。
「かあ」
カラアゲが呼びかけるように一声鳴いた。
「…」
なにか打ち明けようとした瞬間、ポッとコクーンから見て左後ろの空間に、青色に光る球体が現れた。同時に船長席のひじ掛けに仕込まれた内線電話が、けたたましく鳴り始めた。
「ブリッジ、船長だ」
コクーンが無重力でも紛失しないようにわざわざ有線になっている受話器を持ち上げた。通話相手を示すために、並んだ発信ボタンが暗い中で光っていた。
「こちら防御指揮所、副長のアキテーヌです」
受話器から聞こえてきたのは副長の落ち着いた声であった。こんな暗闇で聞くと安心感すら湧いてくる。その低い女声のBGMとして、まるでデスメタルバンドの演奏が佳境に入ったように、向こうの部屋では各種警報が鳴りっぱなしな様子が窺えた。
「停電の瞬間、ちょうど第三主缶の点検に立ち会っていたため、空白十五秒で応急指揮に入れました」
緊急時には船長が全体の指揮を執るが、副長は主に防御を担当する防御指揮官となる。
副長の務めとして「モモ」「イヌ」「サル」「キジ」と名付けられた<メアリー・テラコッタ>の四基ある主缶の内、三番目に当たる「サル」の点検をしていたのなら、普段は機関運転室として使用されているディフェンス・コントロールまではすぐだったであろう。
「三十秒で予備発電機を人力で稼働させることに成功し、三分間の準備運転の後に全力運転に入っています」
「それで、この暗さはどういうことだ?」
「発生当時『モモ』が運転中で『イヌ』と『キジ』がアイドリング状態でした。スクラムダウンを防いで主缶を安定させるための電力が必要だったため、発電機の電力はそちらへ回してあります」
「システムば安定化さすっために、ナナカん副電算機ん復帰ば優先させた」
ディフェンス・コントロールからの音声にロウリーの声が重なった。内線のパネルを確認すると、いつの間にか三方向通信に切り替わっていた。
副長のいるディフェンス・コントロールのボタンの横にある中央指揮所のボタンまで灯っていた。
「現在しすてむノ再起動ニ取リ掛カッテイマス」
コクーンの左後ろの光球から女声でアナウンスが流れた。ナナカが喋る声のように滑らかさは無いが、言っている事はわかった。
「再立ち上げをするにあたって、慣性制御装置は待て」
聞き間違いを起こさないためにコクーンは断定的に言った。
「先に縮退炉の安定化と、停電の解消を優先せよ」
「了解。縮退炉ノ安定化ニ取リ掛カリマス。ななかノ主電算機ノ再立チ上ゲマデ、残リ六〇秒」
「ナナカん気絶しとぅ間には、電子攻撃はなかったようばい」
「前部姿勢制御室へ科員を派遣済み。人力操舵行けます」
突然の全機能消失から復帰となると、これまた一度に複数の仕事が重なって来る。いつもはナナカを始めとする機械へやらせていることを、全て人力で対応しようとするのは、ある意味無謀な事ではある。
だが宇宙海賊船として何もやらないわけにはいかないのだ。そうでないと座して死を待つようなことになりかねないからだ。
動いても死、動かなくても死ならばコクーンは動いて死の方を選ぶ男だった。
「船内放送ノ機能回復」
「よし、総員戦闘配置」
「総員戦闘配置」
青い光球が復唱した途端に船内放送が入った。いつも号笛の代わりに鳴るあのガガーピーという音ではなく、耳触りの悪い不協和音が三重に重なる警報を鳴らした後に、機械音声が流れ始めた。
「総員戦闘配置。繰リ返ス。総員戦闘配置」
それを聞きながらコクーンは双眼鏡を首から抜いて、船長席のコンソールにある引き出しへと収めた。入れ代わりに手袋を詰め込んだヘルメットを取り出した。
「それでは、俺は下に下りる」
それを最後に受話器はひじ掛けに戻し、コクーンはシートベルトを外して低重力の中を泳ぎ出した。素早く空中でキャプテンコートを脱いでヘルメットと手袋の装着を始める。彼は簡易宇宙服の上に武装をし、その上からキャプテンコートを羽織っているから、それだけでもう真空状態の空間へ出られる格好になれるのだ。
手袋を嵌めてから再びキャプテンコートへ袖を通した。
「ブリッジはレーダーが復帰するまで見張り態勢を維持せよ」
「カアアア」
レタリックの肩からカラアゲが飛び立った。
「お供するっす」
いまは空席の航海長の席へ、レタリックは天井から飛び上がって、自分が使っていた双眼鏡を結び付けた。座席の背中にある物入れから、自分のヘルメットと手袋を回収し、コクーンの後を追った。
もともと飛ぶことに慣れているカラアゲも、二人の周囲を旋回していた。
レタリックの場合は、簡易宇宙服をちゃんと装着するのには、上着を閉めるところから始めることになるが、その前に腰に巻いたガンベルトを外さなければならない。そうでないとホルスターに入れたビームガンと、指揮棒代わりのサーベルが邪魔をして、上半身と下半身の繋ぎ目に当たる箇所の気密が保てなくなるからだ。
また戦闘配置の場合、二人の居場所はブリッジではなく二つ下のセントラル・コントロールとなる。いまは船務長のロウリーが指揮を代行しているはずだ。
浮かび上がらないように壁の手摺を掴んで体を支えてからブリッジの扉を開いて、二人と一羽は通路へと泳ぎ出した。
解説の続き
低重力下での鳥類の飛行:とても難しいのではないだろうか。鳥類の羽は揚力を常に得るような断面をしているので、無重力やそれに近い空間に放り込まれたら、クルクルと宙返りばかりするような気がする。まあカラアゲは地球の鳥ではないので、こういった状況にも対応できる羽を持っているとしておこう
双眼鏡での見張り:本文にもあるが、やらないよりマシ程度。なにせマッハ一〇〇同士が向かい合ったら合成速力はマッハ二〇〇。もう人間の反射能力を超えている
デイジーベル:初音ミクのご先祖さまが最初に歌った歌。そしてかつて木星行きの宇宙船のコンピュータが狂った時にもコレを歌った
大規模フレア:かつて太陽のフレアが掠めただけで北アメリカ大陸で大規模停電が発生したことがある。もちろん宇宙船は対策をしているが、恒星の力は大きすぎるので、容易くその対策以上の損害を与えて来る
星の命名法:すでに星の名前は数字と記号になっている。まあ対象がそれこそ星の数ほどあるものだから当たり前だ。<カゴハラ>とか三丁目三番地とかは、本当は読者が親しみやすいようにつけた名前だったが、まあ理屈を後から考えてみました
月の存在:本文にあるように地球の自転を安定させる他に、やはり文化的側面は大きいかと。「月が綺麗ですね」とか文学はもちろん、夜空に見える月へ辿り着きたいと思ったから人類は宇宙船を開発したと言って過言ではない
フレアが到達するまで数日:もちろん物質は光の速さを超えられないからである
「お供するっす」:レテリックは当直の責任者としてブリッジの正式な責任者が来るまで指揮を執らなければならないが、まあ停電で何もできないから移動を優先したといったところ




