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宇宙海賊やろう!  作者: 池田 和美
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宇宙海賊やろう! に

ということで第二章

キャプテン・コクーンが<カゴハラ>に来た理由が明らかになります



 リムジンは宇宙桟橋の根元にある検問を通過し、市街地へと入った。

 ブロックごとの境目にはエアシールドが壊れたなどの緊急事態が発生した場合に、他の区画を守るための巨大なエアロックがある。

 周辺の建物をも見おろすような、巨大な回転式円盤という外見をしているエアロックが道を横断する箇所は、華奢なプラスチック製の橋がかけられていた。

 いざとなったら、あの円盤が転がるように動いて、橋を押しつぶしながら区画に蓋をするのである。

 市街地は、一見して惑星上にある町と同じ風景であった。ただし建物は二階建てがせいぜいで、平屋が多い。なにせ中継ステーションであるから、上下の高さがそんなに取られていないのだ。

 そして市街地全体に蓋をするように、クリスタルと呼ばれる透明な建材で覆われている。ガラスをイメージしがちであるが、エアシールドだと防ぎきれないスペースデブリなどに十分耐えられるだけの強度がある透明な装甲板である。

 年柄年中星空と言いたいところだが、惑星カゴハラが自転しているため、昼には普通に母星が姿を現す。まあ大気圏内ではないので母星の周囲に星空が見えたままとなるが。

 通りかかる軍人などに敬礼をさせておいて、リムジンは寄り道をせずに宇宙軍が駐留している区画へと入った。

 一見すると普通の市街地と同じである。市街地と隔てるエアロックを通り過ぎる時に、橋の上に軍施設らしく検問が設けられていた。さすがに艦隊司令のリムジンを止める剛の物はおらず、フリーパスで通過した。

 リムジンは区画の中ほどで減速した。暫定的な処置なのか、司令部が入っているのは見るからに雑居ビルといった建物であった。

 車寄せすらない正面にリムジンが停まると、周囲を歩いていた軍人たちが直立不動で敬礼した。

 しかし車内から出てきたのは、キャプテン・コクーンを始めとする海賊船<メアリー・テラコッタ>の乗組員である。簡易宇宙服にキャプテンコートのコクーンや、戦闘服姿の女はまだしも、タイトドレスのエルフに、着流しの男も混じっている。まだビジネススーツや背広に白衣の方がまともに見えるほどだ。

 敬礼を真面目にしている軍人たちが、表情を引き締めたままでいられたのは、普段の鍛錬のお陰であろう。

 一団を、建物から出て来た白い軍服姿の若い男が出迎えた。胸にある飾り緒といい、司令部付の将校である事は間違いない。肩についている階級章は少尉であった。

 彼に案内されて、一同は建物内部へと案内された。一階は、まるで地方自治体の役場のようなつくりで、各科ごとにカウンターを設けて、その向こうに事務机を並べている。

 正面入り口から入って来た正体不明の一団を振り返りはするが、忙しいからか敬礼をするとか呆れて見ているなんていう者は誰もいない。

 広い廊下とホールを兼ねたような空間を抜けると、これまた質素な階段がある。一同はそのまま二階へと案内された。

 二階には大小さまざまな会議室があるようだ。いくつかは使用中のようだが、下で忙しくしているのに比べて圧倒的に人の気配が少なかった。

 階段から一番遠い部屋に、商社が入っていれば社長室として使われるだろう、マホガニー調の扉が嵌め込まれていた。

 両開きのそれを抜けると前室があった。秘書役だろうか、一人の軍人が右側に用意された一揃えの事務机で端末に向かって仕事をしていた。

 反対側にはリムジンを運転していた海兵隊と同じ儀仗隊のような礼装をした男が直立不動で立っていた。火薬を使うボルト式ライフルに似せたヒートライフルを肩にかけているところからして、いちおう司令官の護衛役だろう。

 直立不動だった海兵隊の男が、一同の案内役の顔を見るなり動いて、奥に続く同じ両開きの扉を、片方だけ開いた。

 業績がトンと上がらないことに苦しむ中小企業の社長室といった雰囲気の部屋が一同を迎え入れた。

 窓はそんなに大きくなく、正面に執務机がある。豪華な絨毯などが敷いてあるわけでもなく、建材のプラスチックのままだ。脇に木調の本棚と、照明スタンド。壁には掲示板があった。

 大きな執務机の向こうから、頭髪が少々寂しくなった人物が立ち上がった。

 これまで宇宙桟橋で絡んで来た連中といい、司令部周辺を歩いていた軍人といい、若者しか見られなかったので、短命種(エンター)の星かと心配になるほどであったが、ちゃんと歳を重ねた者もいるようだ。

 厳ついこの部屋の人物が立ち上がると、コクーンよりもちょっとだけ背が高かった。

 キラキラと軍服についた徽章が室内の照明を反射する。肩幅は服にパットが入っている事を割り引いてもガッシリしていた。グンマ宇宙軍の定年は六十五歳ということになっていたが、もうその歳を過ぎているように見えるのは、過酷な宇宙軍艦艇での勤務のせいであろう。

 厳つい、まるでドワーフに対抗するような髭を生やしているが、実はかつて自分の童顔が悩みだったから生やしたのがきっかけだったらしい。

 肩で照明を反射している肩章は、宇宙軍大将の物だった。

「久しぶりだな、チビッコギャングども」

 ニカッと髭の下で人好きのする笑顔で出迎えた。

「久しぶり、提督」

 握手を求めた相手にコクーンはこたえた。相手が目上であろうと、少々不遜な態度を改めるつもりは無いようだ。

 彼が「グンマ宇宙軍に猛将あり」と恐れられた荒木イチロー提督である。

「よく来てくれた」

「提督直々のお呼びとあらば、銀河の反対側からだって駆け付けるさ」

 ブンブンと力強くコクーンの腕を振った後、提督は女性陣の方へ真面目な顔を向けた。

暗黒湾岸卿(レディ・ダークネス・ガルフ)と、(プリンセス)は、たしか爵位をお持ちでしたな」

 胸に手を当てて頭を少しだけ下げると、タイトドレスのエルフは少々気怠げな声を発した。

「いま我がここにおっとは<メアリー・テラコッタ>ん船務長ロウリーとしてばい。レディ・ユミルは、おんなごと補給長としてばい。だけん礼は不要でよか」

「ええ。頭をお上げ下さい、提督」

 ビジネススーツの女も同意した。そう言われて初めて荒木提督は畏まった態度を解いた。

 エルフは長い時を生きているため、その誰もが爵位を持っているという噂であるが、どうやらそれはこの場において真実であるようだ。

 もちろん爵位にだって胡散臭い物もある。しかし地球発祥の正統な物や、他星系や他文明でも銀河連合によって正統と認められている物も多かった。

 そういう爵位のはっきりとしたエルフは、星間国家同士が外交をする場合、潤滑液の役割をする。事実、他の日本発祥の星間国家と同じく皇室の分家(星江宮家(ほしみのみやけ))を国民の象徴として掲げている星間国家グンマでも、数名のエルフが貴族として首都惑星<マエバシ>で暮らしていた。

 また強調するが、先ほどのドワーフのブラックウッドという名前と同じように、エルフには彼らなりの言葉があり、地球は英語調の名前はまったくの仮名であることは間違いない。それにエルフは、長い時を生きている内に爵位や敬称が増えに増えまくって、おそらく全部を付け足すとジュゲムのようになっているはずだ。

「それでは遠慮なく。まあ座ってくれたまえ」

 あらためて荒木提督は、これまた業績不振に悩んでいる商社が揃えていそうな安物のソファセットを示した。

 三人掛けソファにコクーンとロウリーが腰かけ、対面にある一人用ソファにはレディ・ユミルと白衣の女が座った。これで席は一杯である。

 残りの四人は別に気にしていないようだ。戦闘服の女は出入り口脇で直立不動となり、反対側には着流しの男が立った。作業服と簡易宇宙服の男は、長いソファの後ろに立った。

 荒木提督は立ったままでいいようだ。四人の腰が落ち着いたのを見計らって、ここまで八人を案内してきた少尉に飲み物の準備を命じた。

 シャキシャキとした足取りで部下が部屋を出て行ったのを見届けると、提督はそのまま口を開いた。

「改めて、この度はオレの我儘を聞くために、わざわざ来てくれてありがとう」

「礼には及ばない。仕事(ビジネス)だからな」

 コクーンは、なにを当たり前の事という感じだ。

「で? 俺たちに頼みたい事とは?」

「その前に。宇宙港では部下が失礼を働いたようだね」

 さすが「猛将」である。自分の足元である宇宙港で何があったのか、光速で知ったようだ。荒木提督は申し訳なさそうな顔をした。

「別に」

 肩をすくめて、コクーンは本当に何でもないという顔をした。

「よくあることだろう、宇宙港(みなと)では」

 なにせ宇宙船(ふな)乗りは、ある程度気性が荒くないと務まらない仕事だ。乱暴者とは言いすぎだが、ある程度我を通せない者は、厳しい宇宙で生き残ることができない。宇宙港で大乱闘が起きたから鎮圧してみれば、片方の勢力の下端が、もう片方の前を横切っただけだったなんていう事もよくあった。

「それに謝罪なら、もう受けた。立派な艦長さんに、な」

「そう言ってくれると助かる」

 ニコッと笑顔を向けた提督は、壁際に移動した。そこにはグンマ宇宙軍が管轄する宙域図が貼りだされていた。まともな艦隊司令部ならば電子的な表示システムを採用しているだろうが、なんと紙の宙域図であった。

「高橋くんは連合宇宙軍士官学校への留学を経験している成績優秀な艦長なんだが、まだ少々経験が浅くてね。部下の統率など手が届かない所もあるのだろう」

「まあ、誰にでも最初はあるものだからな」

 荒木提督の言葉に同意するとばかりにコクーンは頷いた。

「で、なんだが」

 話しを切り替えるために声色を変えて荒木提督はコクーンを見た。

「宇宙港で、何か気が付かなかったか?」

 試すような荒木提督の質問にコクーンは悠然としていた。

 何の事だろうとコクーンと戦闘服の女以外が、互いの顔を見合わせた。

「だいぶ戦力が物足りないようだったが?」

「そう」

 コクーンの言葉に、荒木提督はトンと目の前にある壁面へ指を置いた。

「ここ<カゴハラ>は、グンマでも一番南方に位置している。そのため現在、他の星間国家との貿易中継港として重要な役割を担っておる。だが、それを警護する宇宙軍の艦隊は、とてもお粗末すぎる。巡洋艦が二杯に、駆逐艦が十杯ほどだ。帝国が…、いや帝国だけではなく、敵性国家が我が国の貿易路を断ち切ろうと思ったら、一個艦隊も差し向ければ、容易く占領されてしまう」

 宇宙における艦隊とは、最低でも軍籍にある宇宙船の二隻以上で編制された部隊の事である。そして、こういう戦略的な話をする時に口にする「一個艦隊」とは、だいたい宇宙戦艦が一〇隻に、その護衛として巡洋艦を一五隻、駆逐艦を四〇隻ほどで構成された部隊を言う。

 たしかにそんな戦力に攻め込まれたら、巡洋艦二隻に駆逐艦一〇隻では抵抗するだけ無駄のような戦いになるだろう。

「またまた」

 コクーンは唇の端を持ち上げるようにして表情を崩した。

「猛将荒木の名前が泣くぜ。一個艦隊ぐらいなら手痛い目を合わせられるはずだ、提督ならば」

「かってくれるのは嬉しいが」

 ちょっと寂しそうに荒木提督が微笑んだ。

「さすがに戦力が違いすぎる」

「増援は?」

「中央にかけあって、あと駆逐艦が一個戦隊ほど来週には着く予定だ。だが、あまりにも頼りなさすぎる」

 宇宙軍の大艦隊が駐留しているとなれば、当たり前の話し、戦略的な要所だろうが攻めようなどと考える者は少ないだろう。だが戦力が手薄と知れば、艦隊を差し向けて来ることは容易に想像できることだ。

「さらに寄越せとかけあっておるのだが、いかんせん戦争が長引きすぎた。我がグンマ宇宙軍には、正面戦力以外に回せる艦艇、それに人員はあまり残されていない。オレの乗る<オブチユウコ>からもベテランがだいぶ引き抜かれてしまった」

 荒木提督が座乗する宇宙巡洋艦<オブチユウコ>は、『日蝕の海戦』と呼ばれる戦いで、単艦にて敵艦隊へ殴り込みをかけて戦果を挙げた殊勝艦である。艦隊司令自ら無謀と言われても当たり前な戦法を取ったことにより『日蝕の海戦』はグンマ宇宙軍の圧倒的勝利に終わった。

 もちろん整備状況などの面もしっかりと一定水準保たれていたのだろうが、ただのシロウトが操っている宇宙巡洋艦では成し得ない偉業だ。乗組んでいる誰もがやるべきことを分かっている訓練された者では無いと、ただ敵艦隊の標的となって終わったはずだ。

 そのベテラン揃いの艦から人員を、実力減が危ぶまれるほど引き抜くとは、よっぽどの事だ。

「戦力としちゃあ、新米の巡洋艦よりはマシ、といったところだ」

 強調するように荒木提督は言葉を区切りながら喋った。

「攻められそうなのか?」

 コクーンは部屋の中を見回しながら訊き返した。宇宙という何も無い空間しかお互いを隔てていない星間国家では、敵の首都へいきなり艦隊を殴りこませるなんていう戦略も有り得た。

 だがその戦略もワープ機関の性能という限界で、必ず成功するわけではない。各国の研究機関から民間各社が鋭意努力して性能を上げようと努力しているが、どんなに無理をしても一度に二〇光年を超える距離を跳躍するワープ機関の開発には現在成功していなかった。

 まあ、その限界さえもワープ機関を搭載する宇宙船を、ブースター役として用意した別のワープ機関を搭載する宇宙船とドッキングさせ、ワープした後にブースター役の宇宙船を切り離すという方法を使えば、用意できる宇宙船の数に二〇光年をかけた数字を、連続ワープで距離を無くすことは出来る。「理論上は」という但し書きが着くが。

 実際にそういった戦法を使おうとしても、あまりにも手間や暇、そして費用がかかりすぎるので、普通に情報収集活動を行っていれば、準備段階でバレる事は必至なのだ。

「古今東西の軍略家が言う言葉さ。『備えよ』ってやつでな」

 荒木提督も室内を見回しながらこたえた。

「ということで」

 視線をコクーンに戻した荒木提督は、再びニカッと笑った。

「巡洋艦二杯に、駆逐艦十杯じゃ攻められたらひとたまりもないが、そこへ一個艦隊に匹敵する戦力が加われば、オレも枕を高くして寝られるというわけだ」

「一個艦隊?」

 不思議そうに整備服の男が、隣に立つ簡易宇宙服の男に訊いた。

「ドコにそんな、ご立派な戦艦がいらっしゃるんで?」

「黙って立ってろ」

 返事と一緒にトンと突かれて整備服の男が黙るのを待っていたコクーンが口を開いた。

「つまり俺たちに用心棒として雇われろと?」

「どうだろうか?」

 荒木提督の目には、懇願するような感情が浮かんでいた。

「それは…」

 チラリと対面に座るレディ・ユミルの表情を確認してからコクーンは言い淀んだ。荒木提督からは確認できなかったが、百面相だけで会話を交わしたような雰囲気があった。

 それだけで意思疎通が叶ったようで、レディ・ユミルが口を開いた。

「既定の料金さえ払っていただければ、いつだって請け負いますよ」

「もちろんだ」

 荒木提督は晴れやかな顔で頷いた。しかしコクーンはちょっと難しそうな顔をした。

「ひとつ問題がある」

 これだけは確認しておかないといけないとばかりにコクーンは厳しい声を出してみせた。

「俺たちは誰に雇われる形になるんだ? 提督、あなたの私兵として雇われるのか? それとも契約者はグンマ宇宙軍となるのか? 私兵だと、色々とやっかいな問題が起きないか?」

「それは考えてある」

 荒木提督は人差し指を立てた。

「最近の宇宙軍も民営化が進んでおってな。簡単な輸送任務や、補給任務などは民間の会社に仕事を出している。君たちも同じような待遇で、宇宙軍と契約してもらいたい」

「具体的には?」

 宇宙軍相手では初めての事らしくコクーンにもピントが来ていないようだ。

「宇宙軍のデータリンクにクラスCの権利でのアクセス。各種、推進剤や撹乱幕などの消耗品の提供。主だったところはそんなところだ。詳しくは階下(した)の補給部で訊いてくれ」

「ミサイルは自前か?」

 ケチ臭い事言って申し訳ないという素振りが一パーセント含まれた声でコクーンは確認した。

「ミサイルは標準型ならば消耗品に数えるはずだ」

「ほほお」

 気前の良い事を聞いたとばかりに白衣の女が声を漏らした。

「期間は?」

 コクーンが半ば無視して訊ねると、荒木提督は右掌を突き出した。

「ずっと居てくれと、言いたいところだ…」

 そこで少しだけ手を引くと、左人差し指を掌につけ加えた。

「が、まあ君たちチビッコギャングは一つのところに縛られるのを嫌うからな。半年…」

 荒木提督はコクーンの表情が硬いのを読み取って、右の指三本を残して折り込んだ。

「いや三ヶ月でどうだ?」

「三ヶ月…」

 コクーンは腕組みをすると、レディ・ユミルと何事か視線を交わした。どうやら長年の付き合いでしか分からない、言葉に出さないテレパシーを使ったようなやり取りがあったようだ。コクーンはつまらなそうに天井を振り仰ぎ、レディ・ユミルはご機嫌な顔となった。

 レディ・ユミルが明らかに猫なで声と思える声を出した。

「もちろん警護も我が船は請け負っていますよ。星系丸ごと一つは珍しいケースですけどね。コースは松・竹・梅と揃っていますが、ドレにいたします?」

「一番高いコースと言いたいところだ。が、そんな物を頼むと、艦隊の指揮権まで寄越せとか言われそうだな。普通に竹でお願いするかね」

「ええ、十分ですとも。竹のコースでも私たちは敵を前にして逃げ出したりしません。誠心誠意お勤めをさせていただきますとも」

 レディ・ユミルは今にも揉み手を始めそうな勢いである。商談が成立しそうだというのに、コクーンはつまらなそうだ。

「なんちゃね。言いたかことがあらぎぃ、今ここで言えばよかじゃろう」

 エルフは複眼なので、どちらを注視しているのかわかりづらい。どうやら晴れやかな顔をしているレディ・ユミルではなく、どことなくつまらなそうにしている自分たちの船長の顔色を観察していたようだ。

 ロウリーに言われてコクーンはソファに肘枕をついた。

「金の話しで、俺が事務長に勝てると思うか?」

「そうやなあ」

 それでも少し考える振りをしてからロウリーはこたえた。

「無理やなあ」

「そういうことだ」

 コクーンは両肩をすくめてみせた。そんな身内の事情を聞こえないふりをしてくれた荒木提督は、まるで蕎麦屋で蕎麦湯を頼むような声で付け足した。

「それと、ウチの若い連中に稽古をつけてもらいたい」

「稽古?」

 キョトンとするレディ・ユミルから視線がコクーンに戻って来た。

「是非とも演習相手になって欲しい。見ての通り新造艦ばかりで、カタログ上では立派だが、少々実力に問題があるのだ」

「まあ、お遊びのお相手ぐらいは務めるが…」

 チラリとしたコクーンの視線を受けて、レディ・ユミルがさらに上機嫌に言った。

「そういう場合は別料金になります」

「ほほう」

 気を呑まれたのか一歩下がった荒木提督は、自分の顎を撫でてから苦笑したように目尻を下げて行った。

「あまり全力で相手をされると、ウチの連中が自信喪失してしまうから、手加減をお願いするよ。もちろん金額の方にも手加減をしてくれよ」

「ご希望のオプションによります。ただの標的役から、実弾演習まで、色々なレベルでお相手できると自負しております」

「それも階下で相談してくれ」

 荒木提督は室内を改めて見回した。

「質問は?」

 またコクーンと戦闘服の女以外が視線をやり取りしたが、誰も発言しなかった。

 その時、まるで室内を見ていたかのように扉がノックされた。扉の両側に立つ戦闘服の女と、着流しの男が左右から腕を伸ばして、扉を開いた。

 やってきたのは銀の盆を手に乗せた先ほど少尉である。どうやら命じられたとおり、飲み物を用意してきたようだ。

 まるで一流ホテルのボーイのような優雅な動作でソファセットへ歩み寄る。すると向かい合ったソファの間の床が持ち上がって、テーブルとなった。

 盆に乗せられていたのは、お上品なカクテル・グラスとクーラーに差し込まれたワインボトルであった。

 どのカクテル・グラスにも細かな気泡が見て取れる薄い琥珀色の液体がすでに注がれていた。気泡からして、ただのワインではなく、スパークリングワインではないだろうか。

「むう」

 用意された飲み物を見るなり、荒木提督の眉が顰められた。

熊沢(くまざわ)。君には言っていなかったか?」

「は?」

 質問の意味が分からなかったのだろう、熊沢と呼ばれた給仕の真似事をしている少尉が、不思議そうに荒木提督に振り返った。

「海賊どもはピム酒しか口にせん。こんな甘い飲み物では、もてなしにならんのだ。取り換えてきたまえ」

「はっ」

 慌ててテーブルの上に並べていたカクテル・グラスを盆に回収しようとする熊沢少尉をコクーンは手で制した。

「せっかく用意した酒を捨てるなんて、もったいない。提督。俺はこれでいい」

 仏頂面のまま手を伸ばし、カクテル・グラスのひとつを取った。

「そうやねえ」

 ロウリーも手を伸ばした。

「あまくらかすぎぃ、たまには甘か物でもよかばい」

「酒の一滴は、血の一滴」

 扉から離れた着流しの男が二杯手に取り、いまだ扉のところで仁王立ちになっている戦闘服の女へと一杯届けた。

「まあ、呑めればなんでもいいんですがね」

 簡易宇宙服の男が、まだ手に取るか迷っているような態度をしている残りのみんなに、手早くカクテル・グラスを押し付けて回った。

「私は…」

 固辞するレディ・ユミルの前に差し出された一杯は、整備服の男が横から取り上げた。

「格好だけでも」

 カクテル・グラスに乗る少量の液体を他のカクテル・グラスへと注ぎ足し、一杯だけ空にした物を、コクーンがレディ・ユミルへと渡した。

 提督は申し訳なさそうな顔をしてみせたが、自分を含めた全員にカクテル・グラスが回ったと見るや、上機嫌に言った。

「それでは、我らがチビッコギャングに」

 提督の音頭でカクテル・グラスが差し上げられた。



二階建て:宇宙ステーションに立ち並ぶ高層ビルっていうのも定番の背景なんだけど、宇宙空間で大きな建物が欲しかったら、新しいステーションを建設した方がよくない? と思っての建築制限

通りかかる軍人に敬礼:軍人さんたちも大変なのよ。かつて軍国主義時代の日本では、敬礼をサボっているのを町を警邏している憲兵さんに見つかると、大問題になったりしたみたい

飾り緒:まあ普通は勲章に付随する物だったりするけど、グンマ宇宙軍では司令部に勤める軍人を見分ける手段にしている。と、しておこう

ボルト式ライフルに似せたヒートライフル:現代でも儀典用にわざわざボルトアクションライフルを用意したりする

中小企業の社長室といった雰囲気:ずっと後の方で説明されるが、この司令部は盗聴されている。その対策としてココへ引っ越したという裏設定

皇室の分家:日本の植民なら皇室を迎えるんじゃないかなって

首都惑星<マエバシ>:そら群馬の政治的中心地は前橋でしょ

帝国が…:銀河の半分は「銀河帝国」になっている、なんてどお?

オブチユウコ:荒木提督の旗艦の名前。未来までに同姓同名の偉人がいたのか、それとも?

『日蝕の海戦』:どんな戦いだったかまで、頭の悪い和美が考えているわけがない

部屋の中を見回しながら…:コクーンは盗聴を気にしている。すぐ荒木提督も室内を見るというとこは、盗聴されていることに彼も気が付いている

エルフは…どちらを注視しているのかわかりづらい:まあ複眼だと偽瞳孔とかもあるしね

ピム酒:これはクラッシャージョウに出て来る酒の銘柄。無断拝借させていただきました


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