宇宙海賊やろう! じゅうきゅう
それでは<彼女>に会いに行こう
昼食が終わると、さっそくダンゾーに「ついてこい」と短く不愛想に命令された。ちなみに、つきまとおうとしたアリウムは、自動拳銃を抜く素振りをして追っ払った。
前の方にあるラッタルを下りると、なにやら空気が違う場所に出た。
「ここら辺は循環システムの処理区画だ」
ダンゾーが湿気っぽい空気を嗅ぐように上を向いた。
「簡単に言うと<メアリー・テラコッタ>は四階建てだ」
通路を進み始めながらダンゾーは喋り始めた。
「ここは一番下の船艙甲板となる」
「せんそうかんぱん」
頭の中で漢字を間違えたフレッドは、ダンゾーがバンバンと銃を撃ちまくっている様子を思い浮かべた。どうやら顔に現れていたようで、面白くなさそうに溜息をついたダンゾーは訂正してくれた。
「船の倉と書いて船艙甲板だ」
「あ~」
ポンと手を打つフレッドを置き去りにして、ダンゾーは通路にある幾つか開けっ放しの気密扉を進むと、とある部屋の気密扉を開いた。
途端に、耳を圧するような騒音と、ムッとするほどの湿気を感じられるようになった。部屋をひょいと覗くように彼女は顔をつっこんだ。
室内には何があるのだろうとフレッドも好奇心から、その部屋を覗き込んでみた。
大きな円筒形のタンクが何基も並んでいる部屋である。それぞれが複雑にパイプで接続されて、四角やら球形の装置に繋がれていた。それらの間を繋いでいるパイプには液体が通っているらしく、各種ポンプが稼働している音が騒音の正体であるようだ。
ポンプ一つずつにアナログな流量計が取り付けられており、いちおうテレメータリー用の信号線が渡って、一か所のコンソールへと集まっていた。
いま一部の隙も無く背広を着た男が、手に端末を持った姿でパイプの間を抜けつつ、流量計の数値を打ち込みながら歩いてくる途中だった。もちろん宇宙海賊であるから、背広の腰には革製のホルスターがチラチラ見えているし、反対側の腰から提げている黒い円筒形の物は伸縮式の警棒と思われた。
「おはよう」
ダンゾーは通路から首を突っ込んだ状態で声をかけた。
「?」
突然声をかけられて男は不思議そうに顔を上げた。おそらく騒音で気密扉が開いた音が耳に届かなかったに違いない。彼にはフレッドも見覚えがあった。事務室でレディ・ユミルと一緒に働いていた海賊の一人であった。
「あ、おはようございます隊長。こんなところまで何の用です?」
騒音に負けじと声を張り上げるが、とても宇宙海賊船に乗り組んでいる破落戸といった感じではない。どちらかというと学校、しかも小学生ぐらいの子供を相手にしている教師のような落ち着いた声であった。
「<彼女>を探している。グラフトン、君は見なかったか?」
「彼女? レディ・ユミルなら先ほどまで、ご一緒でしたでしょうに」
グラフトンと呼ばれた男は、二人に歩み寄りながら少々呆れた声を出した。まあ彼の所属で「彼女」と訊かれれば、まず上司のレディ・ユミルに連想が行くのは至極当然の事だ。
「彼女では無くて<彼女>だ」
「?」
ダンゾーの禅問答にキョトンとするグラフトン。フレッドはダンゾーの戦闘服の裾を引っ張って助言した。
「省略し過ぎですよ、隊長」
一回だけフレッドを振り返ったダンゾーは、もう一度グラフトンに向いた。
「レディ・ユミルじゃなくて<彼女>だ」
ダンゾーは根気よく同じ単語を繰り返した。
「ああ」
すべてを理解したという顔になったグラフトンは、振り返ると持っていたタッチペンで円筒形のタンクの間を指し示した。
「<彼女>なら、あそこで隠れたつもりになってますよ」
「ありがとう」
礼を言いながら敷居を跨いだ。ダンゾーが先に立ち、フレッドが後に続いた。
「それじゃあ、私は次の巡回先がありますから」
すれ違う時に軽く会釈までされた。やはり宇宙海賊というよりは、商社マンか教師といった雰囲気だ。
彼と入れ替わりで、床に書かれた通路帯を進んでいく。何基あるか分からない円筒形のタンクの間に、その者はいた。
円筒形のタンク同士が作る隙間に隠れているつもりなのだろうか、上半身をそこへ突っ込んでいるが、タイトスカートに包まれた下半身は隙間に入りきらずに通路へと出ていた。
「おはよう」
ダンゾーが声をかけると、ビクッと背中が撥ねるように反応した。
「あ~」とても言いにくそうにダンゾーは指摘した。
「それで隠れているつもりなのか?」
なにせ「頭隠して尻隠さず」という表現を地でいっている姿である。
おそるおそるといった態で<彼女>がタンクの間から上半身を抜き、半分だけ振り返った。
「おはよう」
改めてダンゾーが挨拶をすると、ビクッとまた全身を震わせてから、おずおずといった感じでこちらを向いて頭をペコリと下げた。
「わあ」
フレッドは目を丸くした。
この船に乗ってから色々な人間に会ったが<彼女>ほど「美少女」という表現が似合う女の子はいなかった。フレッド自身も十分そう呼ばれる資格はあるのだが、自分の事を見ることができるのは鏡のある場所ぐらいなので、まあ自分はカウントに入れていなかった。
まだ草食動物のように怯えている<彼女>は、年の頃はフレッドと同じぐらいに見えた。
背の高さやシルエットは中肉中背という表現で間違いないだろう。顔立ちだけ見れば日系宇宙人で間違いないだろうが、まるで漉いたばかりのような和紙のような白い肌は、惑星でも見たことが無かった。
そして一番の特徴は、その見事なまでの銀色をした髪である。肩を少し越したところまで伸ばされた髪は、作り物以上に現実感を失わせる色合いをしていた。
そして、ちょっと泣きそうな表情をしている目も特徴的だ。まるで血液の流れるままが見えているような赤い色をしているのだ。
もちろんそういった特徴は、進んだ美容整形技術で再現が可能であることをフレッドは知っていた。カツラをはじめとする髪を誤魔化す品も様々あるし、瞳の色だってカラーコンタクトなどもある。それに両方とも色素定着手術などの手段が様々と揃っているのだ。
だが人生経験が浅いフレッドでも、彼女の髪や瞳はそういった人工的な物ではないことが十分にわかった。
また着ている物にも特徴があった。先ほどのグラフトンのように、宇宙船での勤務とは思えないほど、海賊どもは普段着で働いていたが、彼女は違った。
まず豊かな銀髪に乗せられているのは制帽であった。しかも女性用の鍔が反っているタイプではなかった。上級船員や軍人が被っているような、俗にいう「カレーライス」という飾りが鍔に入ったタイプであった。
上着は男性用とは合わせが変えてある紺色のダブル六つボタンのブレザータイプの軍服であった。多くの宇宙軍で採用されている色である。左の胸元へつける略綬は二段であった。
下へ重ねて着ている白いブラウスの両襟には階級章が取りつけてあった。きっちりと首元までボタンが留められ、上着と同色のネクタイが締められていた。
肩にも階級章が乗っており、襟の物と同じく紺色の地に太い金色の線が一本と、星が一つである。同じく階級を示す上着の袖章は、金色の線が一本だけでクルリと小さな輪を描くように一回だけ反転していた。
下は上着と同色のタイトスカートであった。薄い色のストッキングに包まれた脛にはムダ毛など一切見られず、革製らしいちょっとだけヒール高があるパンプスが足元を引き締めていた。
こういう軍装などに詳しくないフレッドから見て、ちょっと古めかしいデザインに思える宇宙軍軍服を着用していると思えた。もちろんグンマ宇宙軍が採用している軍服ではなく、フレッドが知らない星間国家のものであった。
厚い生地で出来ている軍服を着ているのに、シルエットがしっかりわかるということは、普段着に着替えたらダンゾーに負けないぐらいのラインをしているのだろうことは、容易に想像がついた。
「ほら」
ダンゾーに肩を叩かれて、初めて自分が相手に見とれていたことにフレッドは気が付いた。慌てて頭を下げて思っていたことを口にした。
「新入りのアルフレッドです。フレッドと呼んでください。そして命を助けていただき、ありがとうございました」
顔を上げても<彼女>は、口を開いても声は出さず、身振り手振りで「そんなに畏まれても困る」といった態度であった。
「あの…」
命の恩人の名前ぐらいは知りたいとダンゾーを振り返るが、彼女は腕組みをして見ているだけだった。
どうやら自分で本人に訊かないといけないようだと判断したフレッドは、口を開こうとした。声が喉元に来たところで、<彼女>の胸元に気が付いた。
カラフルな略綬の上に、真鍮色のネームプレートがつけられているではないか。これで相手の名前が分かるとばかりに注目すると、どうやら英字で表記されているようだ。
<OF・I MARY TERRA COTTA>
「オブい?」
まず書かれていた<OF・I>という意味が分からず首を捻った。そして残りの表記が名前の様だ。
「めりい、てっら、こった?」
「あバカ!」
ダンゾーが鋭い声を上げた時にはもう遅かった。
「きゃあああ」
目の前の<彼女>が悲鳴を上げ両手で顔を覆った。
「え?」
フレッドの視界が真っ暗になり、その闇の中に<彼女>が浮いていた。いきなり暗転したので残像が網膜に残っていたのではない。たしかに<彼女>の全身が鬼火のように燃え上がり、そして重力を失ったかのように浮き上がったのだ。
「きゃああああ」
長く続く悲鳴に聴力が奪われそうだ。
「よけろ!」
暗くなった空間でダンゾーが飛びついて来た。人型の鬼火となった<彼女>は、フレッドを睨むと体当たりを仕掛けてきた。
「ええ?」
意味が分からず豊かなダンゾーの胸に抱かれるようにフレッドの体が横へと動いた。反動で航海長のダンカンが胸に差してくれた花が宙に舞った。
「キャアアア」
もう悲鳴なのか燃え上がる音なのか分からない物を撒き散らしながら<彼女>が二人の至近距離を掠めて行った。途端にダンゾーの長い黒髪の一部が焦げたのか、タンパク質の燃える嫌な臭いがあたりに撒き散らされた。それと同時に空中で一輪のバラの花が燃え上がって灰になった。
錯覚などの間違いではなく<彼女>は燃え上がっていた。
「ヒヤアアア」
もう人型ですらなくなった<彼女>が、最後の声を上げると、バンという破裂音とともに宙に消えた。
そして何もかもが止まった。
解説の続き
銀髪赤眼:和美の作品では銀髪は「恐怖」赤眼は「狂気」の象徴
「オブい?」:OF・1は、少尉を表すNATO階級符号。そのまま連合宇宙軍に採用されていると設定した。それに続く綴りはもちろん彼女の名前である「メアリー・テラコッタ」である




