宇宙海賊やろう! じゅうはち
昼食のシーンにかこつけて<メアリー・テラコッタ>首脳部の紹介です
つい本当に寝入ってしまったフレッドが起きた時には、左腕から点滴の管が外された後だった。
「まあ、お昼の後に剥がしていいよ」と、サドは止血シールの上から、わざとらしいほどの大きさにバッテンをするようにサージカルテープを貼ってくれた。
二人で一旦ダンゾーに割り当てられた部屋に戻る。「絶対に覗くな」とやはり機織りの鶴のような事を言ったダンゾーが、薄くクローゼットの扉を開けて売店で購入した下着を中へしまっていた。
フレッドは床に置いた衣装ケースの中を整理した。商品を入れてくれた保存ボックスは、この先荷物が増えた時のために取っておくことにした。
荷物の整理が済んだころに、船内に放送が入った。
号笛の代わりにガガーピーと鳴ったスピーカから、また同じ女の声がした。
「昼食の時間です。食堂が開きました。今日のメインデッシュはブリの照り焼き。お味噌汁の具は、トウフとワカメです」
「へー」
天井につけられたスピーカを見上げたフレッドは感心した声を漏らした。
「わざわざ献立まで教えてくれるんですね」
「正式なディナーだと、アペタイザーからアナウンスされる」
「どうしてですか?」
「この船が元軍艦だったから…、じゃないかな」
どうやらダンゾーも自信が無いようだ。
「昼の食堂は一一三〇時から一二三〇時までだ。同じように夕は一七三〇時から一八三〇時、夜は二三三〇時から翌〇〇三〇時、朝が〇五三〇時から〇六三〇時だ。惑星上と違って六時間おきを忘れるな」
宇宙船乗り特有の時刻表現を、頭の中の時計盤に投影して、食堂の営業時間を把握する。どうやら午前午後に関わらず十二時を挟んでの一時間と、六時を挟んでの一時間であるようだ。
「一時間だけなんですね」
「早食いも芸の内だからな」
「あ~、そんな格言があったような気がします」
フレッドが先に立って扉を開けようとすると、ダンゾーに止められた。
「ちょっとまて」
ダンゾーは右腰の自動拳銃を抜いた。だいぶ古い物らしくアチコチに傷がついている中型拳銃だ。スライドには見事な筆記体で「GUILTY」と彫刻してあった。
ダンゾーはグリップにあるマガジンキャッチを押して、グリップからマガジンを抜いた。
ドラマなどでよく見る鈍い金色に輝く弾頭をした弾丸ではなかった。学校の板書で使用するチョークのような質感をした黒色の弾丸が装填されていた。
ダンゾーは一旦マガジンを戦闘服のポケットへ捩じり込むと、スライドを引いて銃を逆さにして排莢口から薬室の弾丸を抜いた。
それもマガジンに装填されている黒い弾丸であった。
スライドストップをかけた銃本体をホルスターへ戻すと、取り出した弾丸を、ポケットに入れていたマガジンの最上部へと、親指の力だけで押し込んだ。
そのままマガジンを銃へと戻すと、スライドストップを右の親指で下げ、スライドを前進させた。
「?」
一連したアクションの意味が分からなくてキョトンとしていると、ダンゾーが扉を開けた。
「食堂を利用するのは『幹部』や『戦闘員』までだ。私や船長のような『大幹部』は違う」
「どこで食べるんです?」
部屋の鍵を閉めたフレッドの質問に、ダンゾーは少し離れている隣の扉を指差した。
そこは船長公室のはずである。事情聴取を受けたのでフレッドも場所は覚えていた。
なにやら賑やかに談笑しているような雰囲気が通路まで漏れ聞こえてきていた。
扉は開けっ放しで、部屋には<メアリー・テラコッタ>の主要幹部が集まっていた。すでに席へ着いている者、立ち話をしている者など様々だ。様々と言えば服装の方も色々な物が揃っており、統一感という物を感じさせなかった。
二人して扉をくぐった途端に、オレンジ色のツナギのような服を着た銀髪の男が寄って来た。
第一印象は「とても背が高い」だ。なにせダンゾーよりも背が高いのだ。そして、それに反比例するかのように太さの方はまるっきり無かった。言うなれば普通の体をした男の頭と足を持って、ぐーっと縦に引き伸ばしたような体格をしていた。
顔の上半分がグラスファイバーのような銀色の髪に隠れていて、口元でしか表情が計れなかった。そこに浮かんでいるのは、他人を嘲るような軽薄な笑みであった。
腰に巻いたベルトからは、ダブダブの口が狭くて深さがある袋を提げていた。そこから金属の板やら細いパイプが顔を覗かせていた。あれが武装だとしてもフレッドにはガラクタにしか見えなかった。
「お? 噂の新人さんだね? 美人さんだねえ」
声は透明感があって若々しい。どうやらコクーンと同じぐらいの歳のようだ。
「アルフレッドです。フレッドって呼んでください」
「そうかそうかフレッド…」馴れ馴れしく銀髪の男はフレッドの肩へ腕を回して来た。
「…さっそくだけど、今晩いかが? 夢見るよりも素晴らしい夜を約束するよ」
「えっ? えっ?」
何を言われているのか理解が追いつかないで焦っていると、ダンゾーが動いた。
抜く手も見せずに右腰のホルスターから自動拳銃を構えると、ダンダンダンと三連発を遠慮なく銀髪の男へとみまったのだ。
「うご…」
銀髪の男は、フレッドの肩から柔らかい絨毯の上へ崩れ落ちた。
「こいつが第五分隊…、飛行長のアリウムだ。女に見境のない男だから、気を付けるように」
「は、はい…」
さすがに目の前で発砲されて硬直したフレッドの声は掠れていた。今まで銃器とは無縁の生活をしていたので当たり前である。
いきなり肩へ腕を回していた男への容赦ない射撃という場面に立ち会い、一瞬だが撃たれたのが自分ではないかと思ったほどだ。
突然の銃声に、ホルスターなどに手をかけて振り向いた室内の各人も、床にうずくまるようにして倒れているのが銀髪の男、アリウムだと気が付くと、さっきまでの雰囲気を取り戻した。
「をををを」
うずくまったアリウムが呻き声を上げた。部屋の隅にある止まり木から黒い鳥が飛び立つと、彼の上を旋回して「アホーアホー」と鳴いた。
「俺のチ▽コがあ。チ▽コォ」
股間を両手で押さえている。どうやらそこへダンゾーが放った銃弾が命中したようだ。
「だ、大丈夫なんですか?」
おそるおそるフレッドはダンゾーに訊いた。
「甘い顔をすると、すぐにつけこんでくるから、これぐらいで丁度いい」
答えはとても素っ気なかった。
「よかったねアリウムくん」
笑いながらやってきたサドが、アリウムの横にしゃがみ込みながら言った。彼女は医務室で別れた時と同じ男物の背広に白衣という格好のままだ。
「ダンゾーくんの刀でチョン切られたら、すぐに持って来ればくっつけられると思うから、その時は急ぐんだよ」
「をををを、サド先生ぃ」
それでも背中の骨盤あたりをトントンと叩いてやるのは、医師としての救護義務があるからだろうか。
「まあ、あれだ」
フレッドが<メアリー・テラコッタ>へ乗組みを希望した時に立ち会った中年男性が近づいて来た。たしかこの簡易宇宙服を着た男は「伍長」と呼ばれていたはずだ。
伍長は、ちょっと生え始めている不精髭をボリボリ搔いて、まだ立ち直れないアリウムの解説をしてくれた。
「飛行長はパイスー着てたから、フランジブル弾程度では撃ち抜かれる事はないから、安心しろ」
「ぱいすー?」
「パイロットスーツのことだ。ああ見えて標準宇宙服並みの耐久性能がある」
「へー」
やっと屈んでいながらも立ち上がったアリウムを見た。オレンジ色の生地をしているパイロットスーツの股間に、焦げ跡のような黒い丸印が残っていた。ダンゾーの射撃は見事で、三発が並んで着弾していた。おそらく銃弾は、アリウムの両側にぶら下がった箇所とド真ん中へ命中したに違いない。
「ま、ぶつかった衝撃までは消してくれないから、ああいうことになるがな」
「伍長、笑いごとじゃないですよぉ」
顔色が青くなったアリウムが泣きそうな声を上げた。とても情けない姿ではあるが、肩に乗った肩章は金色のラインが四本であった。あまりこういうことに詳しくないフレッドでも、線の数が多ければ偉いのだろうなということぐらいは見当がついた。
「がばい参考になった、隊長。我も今度、同じ手段ば使わしてもらう」
向こうからロウリーの声が飛んできた。
「俺の股間の危機!」
悲鳴のような声を上げるが、室内にいる女性陣の反応は冷たいままだった。
加わっていないのは、どうしていいか分からないフレッドと、さっきから笑っているサドぐらいである。
「フレッド」
短くダンゾーが呼んだ。伍長へペコリと頭を下げて傍によると、そこに髭を生やして丸々と太った人物が、白地に黒色が入った簡易宇宙服を着て立っていた。腰に巻いたガンベルトには小型のビームガンと、柄を刃に沿わせるように折り畳んだ手斧が提げられていた。
一見すると人間の男性、しかも老人に見えるが、樽のような腹の上に豊かな膨らみが見られた。フレッドがストーン・ストーン・ストーンで、ダンゾーがボッ・キュ・ボンなら、彼女はボン・バボン・ドカンといった体型であった。
身長がフレッドの肩ぐらいしかない「彼女」は人好きのする笑顔で出迎えてくれた。
「副長のアキテーヌ」
とても短い紹介であった。
「は、はい。新人のアルフレッドです。フレッドって呼んでください」
「こんにちはフレッド」
髪と同じ赤い髭が生えている以外は近所のおばさんといった感じのアキテーヌが微笑んでくれた。声まで落ち着いた調子で、横丁でコロッケなどを商うお惣菜屋でも開いている雰囲気を持っていた。
エルフのロウリーのような変な言葉ではなく、生まれた時から使っていたような自然な日本語であった。
「副長のアキテーヌよ。見ての通りエレボルの民なの。びっくりでしょ髭が生えていて。でもエレボルの民は女でも髭を生やすのが大人の証なの」
巷でドワーフと呼ばれるエレボル系宇宙人に、女はいないという俗説がある。それは地球系宇宙人では考えられない事だが、女でも結構立派な髭が生える事から生まれた話だ。
ただ男のエレボル系宇宙人がモジャモジャのままにしておくが、女は三つ編みにしたりして、髪と同じようにお洒落をする。アキテーヌも髭を櫛で梳いて一本の三つ編みに編んで、ピンクのリボンで結んでいた。髪も同じように三つ編みにしてピンクのリボンで結んでいるから、お揃いである。
「副長が船長の次に偉い」
副長という役職がなんたるかを、ダンゾーはとても短く解説してくれた。
「よろしくねフレッド。宇宙が肌にあう人なら、この船はいい船よ。あわない人には地獄だけど」
アキテーヌが笑顔で右手を差し出して来た。これは握手を求めているのだろうなとフレッドでも分かったので、彼女と握手を交わした。
まるで男のように固いが肉厚で触り心地の良い掌であった。
「次だ」
チョイチョイとダンゾーが指で招いた。一礼してアキテーヌの前を辞して、ダンゾーの横へと急いだ。
今度は先ほど話していた中年男性だ。短く刈り込んだ髪の毛に、ガッシリと四角い顎にはチョボチョボと不精髭といった風体である。年齢は確実にキャプテン・コクーンよりは上であった。
着ている物はアキテーヌとお揃いの白地に黒色が入った簡易宇宙服である。彼ももちろん武装しており、右腰に鞘に入れた海賊式蛮刀を提げ、腰の後ろには銃身と銃床をぶった切って短くしたボルトアクション式のライフルを着けていた。その弾丸だろうか、ガンベルトにはびっしりと実包が差し込まれていた。
年齢と引き締まった体格が程よいバランスを保っており、普通の格好をしていたら「おじさま」と呼ばれそうなタイプの人物だ。
「先任伍長のジャック」
「ジャックだ」
右手を差し出しながらニヤリと笑う表情がとても似合っていた。
「よろしくお願いします」
握手を交わして、フレッドは当然の質問をした。
「せんにんごちょう?」
「まあ、下端どものまとめ役ってトコだ」
「<メアリー・テラコッタ>の事ならば、ネジ一本から知っている」
ダンゾーに言われて見てみれば、たしかに彼は百戦錬磨という雰囲気を持っており、頼れる宇宙船乗りという感じがした。
「まあ、研修が終わったらビシビシ鍛えてやるから、覚悟しておけよ」
冗談めかしてジャックは言ったが、目が全然笑っていなかった。
「お、お手柔らかに…」
「次だ」
笑ってごまかそうとしているうちに、ダンゾーに肩を掴まれて、次の人物のところへ連れて行かれた。
そこが定位置なのか、テーブルの奥の席に船務長のロウリーが腰かけていた。着道楽のエルフらしく、また彼女は着替えていて、いまは背中の開いた辛子色のワンピースを身に纏い、白いヘッドドレスで金色の髪を飾っていた。
「船務長のロウリー」
「おや。そなたもここで食事すっと?」
ゆったりと扇を動かして首元へ風を送っていたロウリーが、まったく感情を持たない声で訊いてきた。
「はい。隊長と一緒に行動するように言われているので」
「ふむ。まあ、よかじゃろう」
「船務長の権限は広い」
またダンゾーが短い紹介をした。
右手を差し出して来た他の「大幹部」と違って、ロウリーは相変わらず扇で自分へ風を送っていた。どうやら見下しているという事ではなく、エルフには握手の習慣は無いようだ。
「次」
ダンゾーがまたフレッドの肩を抱えるように腕を回すと、ジャックと立ち話を始めていた白いツナギを着た男の所へ連れて行った。年の頃はキャプテン・コクーンと同じぐらいであるようだ。
「機関長のパリザー」
肩まで伸ばした髪の毛を、青色から赤色へと変わっていく変なグラデーションのついた色に染めた男である。ツナギの上からベルトを巻き、そこへカラビナを介して小型の斧を吊っていた。
「お、隊長。ちゃんと君も新人の面倒がみれるんだなあ」
新人のフレッドではなく、彼女を連れまわしているダンゾーの方へ、変に感心した目を寄越した。
「…」
ダンゾーはフンと鼻息を吐くとソッポを向いてしまった。怒ったというより照れて誤魔化しているといった感じだ。
「新人のアルフレッドです。フレッドって呼んでください」
「ああ。機関長のパリザーだ、よろしく」
筋肉質のガッシリした右腕が差し出された。握手をすると渇いた肌の向こうに固い筋を感じる事が出来た。
「つぎ」
また攫われるようにフレッドはダンゾーに連れられ、白いポロシャツに青いスキニーなロングパンツという軽快な感じのお洒落をした男の所へ連れて行かれた。いまの彼を見て宇宙海賊船で勤務に就いている海賊だと指摘できる地上人は絶対いないと思われた。
彼だけは一目で武装しているかどうかは分からなかった。
「航海長のダンカン」
「新人のアルフレッドです。フレッドって呼んでください」
この部屋に入ってから何度目かの同じ挨拶をすると、スラリとした体格の伊達男は、ニヤリと爽やかな笑顔を作った。
「よろしくフレッド」
右手が差し出されたので握手かと思って手を出すと、ダンカンの手がクルリと一回転し、その指先にいつの間にか一輪のバラが摘ままれていた。
「わあ」
見事な手品であった。
「出会った記念にどうぞ」
フレッドの戦闘服にある胸ポケットへ、そっと差し込んでくれた。
「ありがとうございます」
「ブリッジの責任者だ」
改めて握手を交わしていると、ダンゾーが短い説明をしてくれた。
「つぎ」
また攫われるようにして運ばれると、最初にアリウムと一悶着した場所に戻った。
まだ笑いながらアリウムの腰を叩いていたサドが、二人が近づいて来たのを見てすっくと立った。
「衛生長のサド先生」
「よろしく、フレッドくん。さっきはよく漏らさなかったもんだ」
ニッコリ笑って握手を交わした。先ほどのいきなりダンゾーが放った銃撃に関しての感想だろう。ちなみに医師であるサドも、白衣の下、背広に巻いたベルトに小型のビームガンを入れたホルスターを着けて武装していた。
「あははは」
笑ってごまかしていると、サドの肩へ黒い鳥が羽音を立てて降りて来た。
「この宇宙カラスは、カラアゲくんね。仲良くしてあげてね」
「ケアアアア」
サドに紹介してもらったカラアゲは「先輩は敬いなさい」と言いたげに胸を張った。
「カラアゲ?」
あまりのネーミングに目を点にしていると、ダンゾーが名づけの理由を教えてくれた。
「船内で食料が尽きた時に、こいつはカラアゲにすることが決まっているからだ」
「はあ?」
「くえ?」
フレッドとカラアゲが同時に素っ頓狂な声を上げた。
「このコを飼う事になったときにね。いざという時の献立に困らないように、みんなで話し合ってカラアゲに決めたのさ」
みんなで名前を決めたのか、献立を決めたのか、分かりづらい言い方でサドが説明してくれた。
「で、飛行長はこいつで…」
まだしゃんと背筋を伸ばすことができていないアリウムの脛を軽く蹴ってから、ダンゾーは天井を見上げた。
「コンピュータ・ナビゲート」
「はーい」
ちょっと間延びした声で返事をしながら、銀色に近いネイビーブルーのミニワンピースに、同じ色のタイトなロングパンツを合わせているお洒落をした少女が。扉の方向から現れた。
耳の上で浅葱色の長い髪を纏めたツインテールという髪型といい、黒いヘッドセットといい、フレッドがどこかの広告で見た姿にそっくりだった。
だが、問題はそこではなかった。自分と同じぐらいの歳に見えるその娘は、ダンゾーに呼ばれて初めてこの世に存在出来たかのように、空中から姿を現したのだ。
開けっ放しの扉のところで、扉を開けるような仕草をしながら黒いショートブーツを履いた足を踏み出し、当たり前のように船長公室を歩いてくる。柔らかい絨毯には足跡が残っていなかった。
「え?」
いわゆる超常現象ではないかと思えるような出現に、フレッドは説明を求めるようにダンゾーを振り返った。
彼女はウンと頷いて口を開いた。
「<メアリー・テラコッタ>の中央コンピュータ、そのインターフェイスアバターだ」
「あばたー?」
「立体映像です」
透明な板のような情報掲示板を抱えて立つ少女は、そこに実際に存在するかのようにニッコリと微笑んだ。
「えーと」
ポリポリとコメカミの辺りを掻きながらフレッドは訊いた。
「つまり話すようにして出入力できるってことですか?」
「そうだよぉ」
脇からサドが会話に入って来た。
「みんなは彼女の事をナナカって呼んでいる」
「本当は船名と同じ名前で呼ばれる方が正しいのですが、ナナカと呼ばれています。よろしくお願いします」
ペコリとお辞儀をされて、反射的にフレッドもお辞儀を返した。
「あ、放送の…」
先ほどの昼食の案内や、当直の交代の知らせなど、船内放送でスピーカから聞こえてきた声と、ナナカの声が同じな事に気が付いた。
「そうです。どこか聞きづらい個所などありましたか?」
「いいえ。大丈夫でした」
「もし放送が届かない箇所がありましたら、知らせて下さいね」
作り物とは思えないほど自然な笑顔を向けられた。
「あ! 思い出した。終値久美でしたっけ? その格好」
人間でもマスコットキャラクターの格好をして楽しむ「コスプレ」なる文化があることはフレッドも知っていた。それをコンピュータのアバターに適用するのはちょっと趣味がよろしくないような気がした。
フレッドの声から言外に含んだ意味を汲んだのだろう、ナナカは自分の姿を見おろした。
「私の希望としては、<ジェイムスン教授タイプ>のアバターが好みなのですが」
「ジェイムスン教授?」
さすがに知らなかったフレッドが訊き返すと、ナナカは手元の情報掲示板をサッと一撫でした。
途端に立方体の上に三角錐を乗せ、タコのような触手が何本も生えた、大時代的なサイエンス・フィクションに出て来るキャラクターといった姿に変わった。
「私のアバターを選択する時に、乗組員一同に揃って反対されたので、この姿は諦めました」
いちおう自分の希望よりも人間の命令の方が優先の様だ。タコのような足で自分の四角くなった体を抱きしめるような仕草をして、溜息のような音声を発した。
「本当は、どんな船でも船長の意見が優先なんだが…。あの時はみんな揃って全力で止めたな。けっきょく投票で決めたんだ」
サドが懐かしそうに呟いた。宇宙海賊船と聞いて、船長の独裁体制にあると思い込んでいたフレッドは、意外な事実に目を丸くした。
「キャプテン・コクーンは別の意見だったんですか?」
「ああ」
サドが頷き、ナナカに顎をしゃくって見せた。
「見せてやりなよ」
「了解しました。アバターを<サイモン教授タイプ>に変更します」
ナナカの姿が変わった。
とってもリアルだった。
「ぶっ」
ナナカの姿が変わった途端に、フレッドは胃の奥から何かがこみ上げてきたのを、歯を食いしばって耐えた。
「な。で、みんなが反対して、あのアバターに決まったんだよ」
顔色をアリウムとお揃いにしたフレッドの反応を、面白そうに見ていたサドは、ナナカへ元のアバターへ戻るように指示した。
再び永遠の十七歳という設定の少女の姿へとナナカは戻った。
「サド先生は平気なんですね」
「いちおうこれでも医者だからね。内臓の外科手術をした後だってホルモン焼き食えるぞ」
「それは…」
そういう物かと納得できそうであったが、サドのこれまでの言動から、医者だからというより彼女だからという気がして来た。
「まあ砲雷長が当直だからいないけど、これが<メアリー・テラコッタ>の『大幹部』たちさ。どうだい? 歴戦の海賊どもだろう」
サドに言われて改めて室内を見回した。
「あのう…」
ちょっと浮かんだ疑問をサドに訊くことにした。
「みなさん、お若いんですね」
なにせ親玉のキャプテン・コクーンだって三十代に届くか届かないかである。この中で副長のアキテーヌが一番年寄りに見えるが、それは種族的な要因でそう見えるだけであって、声には若さがあった。
フレッドが分かりやすい日系宇宙人の中では、先任伍長のジャックか、サドが同じぐらいで、いわゆる働き盛りといった年齢に見えた。
フレッドが学校に通っていた頃に聞いた宇宙海賊の噂とはだいぶ雰囲気が違った。アイパッチをした髭面の壮年男性がジョッキ片手にガッハッハと笑っているというようなイメージだったのだ。
とたんに室内が笑いに包まれた。
「?」
キョトンとするフレッドを取り残して、室内にいた半分以上の海賊たちが笑っていた。
「ひー、けっさく」
元気を取り戻したアリウムが前髪の下へ指を入れて、笑いすぎて浮かんできた涙を拭っていた。
「若いからやってんだろ、こんな仕事」
ダンゾーがつまらなそうに言った。
「え? じゃあ、歳をとったら…」
「外れ」
悪い予想をしたと見て取ったサドが訂正してくれた。
「みんな不惑の歳ぐらいになると、こんな根無し草の生活が嫌になって、引退しちまうのさ。まあ、歳で体が動かなくなってお陀仏って奴が居ないわけじゃないけど」
「はあ」
引退した宇宙海賊が何をしているのか分からずにフレッドから曖昧な声が出た。
「去年だっけ? 他の宇宙海賊と組んだのは?」
アリウムがダンゾーに確認した。彼女は面白くなさそうに頷いた。
「ちょっと大きなヤマがあってね。西銀河回廊じゃ有名なブラッディ・マリカが率いる<サラスバティ>丸と、恐竜惑星で名を馳せたキャプテン・エメラルドの<女王陛下の緑柱石>号、そして言わずに知れたキャプテン・ハーケンの<タナトスズ・シェイズ>号と、ウチの四隻で海賊艦隊を組んだのさ」
「へえ」
宇宙海賊船は基本一匹狼と思っていたフレッドは、四隻も宇宙海賊船が集まったと聞いて興味が湧いた。
しかもフレッドは<メアリー・テラコッタ>は知らなかったが、他の三隻は何となく知っていたから、余計に興味が湧き立たされた。
一隻は宇宙海賊と言えばこの船と上がるぐらいに代表的な名前であったし、一隻は孤独な女海賊という肩書が有名であった。この二隻ならば銀河ならばどこでも神出鬼没で現れるので、ちょっと宇宙に興味がある者ならば知っている名前だ。
そしてもう一隻は、先代から跡目を受け継いだのが自分と同い年の女子高生だったので、噂が耳に入っていたのだ。
「で、四隻といえば一個戦隊となる。立派な艦隊だ。バラバラに運用するよりも統一した指揮で戦った方が、戦力が何倍にもなる。で、誰がその海賊艦隊を指揮するかで揉めたのさ」
宇宙海賊船は基本的に一匹狼である。その寄り合い所帯では、我が強い船長ばかりだろうから、他人の指図を受けたくないと考えている者ばかりだったであろうことは想像に難くなかった。
「で<サラスバティ>丸のブラッディ・マリカが、乗組員の平均年齢が高い船が旗艦の資格があるって言い出したんだ。それだけ生き残って来た連中が多い証だってね」
「へえ。で、どの船が一番、平均年齢が高かったんです?」
つい引き込まれて訊ねると、またひとしきりアリウムは笑った。
「そらウチに決まってるでしょ。なにせ前星紀の遺物が二人も乗っているんだから」
「前星紀の遺物?」
何のことを指すのか分からずにキョトンとしたフレッドに、ダンゾーが囁いた。
「エルフのことだ」
「あっ!」
たしかに寿命に制限が無いエルフは、誰もが相当な年齢だと聞いた事があった。チラリとロウリーへ視線をやると、とても面白くなさそうな顔になっていた。
「ウチには一人だけで、四隻の海賊船に乗り組んだ海賊全員の年齢を合計した数字を、余裕で越す方がいらっしゃっていたからな」
うひひひっと下品な調子でアリウムが笑ってみせた。
「それぐらいにせんと、本当にチョン切るぞ」
ダンゾーが腰の太刀に手をかけた。
「おっと降参。俺が悪かった」
すぐに両手を上げたアリウムの鳩尾へ、ダンゾーは固く握った拳を叩きこんだ。
「ぐへ」
今度は別の意味でアリウムは身を折った。
「まいど~」
その時、ちょっと間の抜けた声が通路の方からした。振り返ると腰の高い台車を押して、茶衣着に和風エプロン、姉さん被りという仲居姿のオハナが入って来るところだった。
気密扉は敷居が高く、通るだけでも意識して足を上げなければならない。しかしオハナの押している台車はよくできていて、六本ある足の先にそれぞれキャスターがついていた。そのまま気密扉の敷居に進むと、最初にぶつかる前部の二本がバネの力で折り畳まれ、残りの四本で自立が保たれる。さらに進んで前部の二本が戻って重さを支える頃に中部の二本が同じように折り畳まれる。中部の二本が戻ってから後部の二本が折り畳まれ、最後まで自立は維持される。そうやって順番に折り畳まれる事で敷居の高い気密扉を通れるようになっている、よくできた足回りであった。
台車には二つの岡持ちが落とし込まれるように乗せられていた。
「はい。みんな、おはよう」
オハナの後ろから同じ台車を押したレディ・ユミルも現れた。そちらの台車には岡持ちの代わりに二つの円筒形をした容れ物と、アルマイト製のヤカン。おそらく調味料が詰められた小瓶や茶わんや箸などの食器類が乗せられていた。
「補給長、船長公室!」
ナナカが全員の注目を集めているのに、室内へ宣言した。
「お~、メシだメシ」
「おはよう、レディ・ユミル」
「お味噌汁は? トウフだっけ?」
立っていた男女が二台の台車に群がるように集まった。岡持ちからはワンプレートにまとめられたオカズが出て来た。筒状の容れ物の方は蓋を開ければ片方がお櫃で、片方が味噌汁の容れ物だったことがわかった。
「ほら、箸並べて」
「ゴハン大盛りで」
「俺はゴハン少な目にして」
「確かに、その腹回りを見たら炭水化物は控えた方がよろしいな」
まるで田舎の学校で給食時に見られる配膳の様だ。
わいわいと台車に集まったみんなに混じって、フレッドは挨拶をしていないレディ・ユミルへと近づいた。
「おはようございます」
「はい、おはよう」
改めて挨拶を交わすと不思議そうな顔をされた。
「いまさらどうしたの?」
「いえ。みなさんに挨拶したのにレディにだけ挨拶しないのも変かと思いまして」
「ありがとう」と、にっこり笑った。
「フレッドは、ロウリーに持って行ってあげて」
オカズのプレートをレディ・ユミルから渡された。振り返れば、船長の次に偉いと言われた副長を含めて全員で配膳しているのに、ロウリーだけは右の奥から二番目の席に座ったままだ。
「ようそろ」
配膳なんかは学校給食で慣れていた。ロウリーの前へプレートを置くと、ゆったりとフレッドを見上げた。
「?」
「ゴハンは少なめに」
「ようそろ」
頼まれたからにはお茶碗に盛ったゴハンや、お椀に注いだ味噌汁、湯呑に注がれた麦茶、そして一膳のお箸と彼女専用の給仕のように運ぶことになった。
他の人も何も言わないので、配膳をロウリーが手伝わないのは当たり前の光景なのだろう。
「なんでロウリーは手伝わないんです?」
非難するわけでなく、素朴に抱いた疑問を、横に来たオハナに囁き声で訊いてみた。
「そりゃあれだよ」
いつの間にかダンゾーのボディブローから立ち直り、反対側から近寄っていたアリウムが得意そうに言った。
「もう齢ン十万歳のお婆ちゃんだもの、いたわってやらないとおごおお」
台詞の途中でアリウムの後頭部へ、ロウリーが自らへ風を送っていたはずの扇が命中していた。
「いてえ」
ぶつかった箇所を押さえたアリウムが、涙声で文句を言った。
「ひでえよ」
「ビームガンの方よかったか?」
そう言ってロウリーは握った右拳をアリウムに向けた。その中指には、彼女の細い指には似合わない大き目の指輪が嵌められていた。
「うわ、ちょっとまった」
両手を突き出して慌てて降参の意志を示すアリウム。
「そんな銃身がないビームガンなんか、この距離で撃ったら、誰に当たるかわかんないぜ」
「…」
顔を見合わせた一同は、アリウムを盾にするように一直線に並び、彼の体をグイグイと前へ押し出した。
「うひゃあ、かんべんかんべん」
さすがにアリウムが悲鳴のような声を上げた。誰に当たるか分からないという事は、ドコに当たるかも分からないという事だ。先ほどのダンゾーの「ツッコミ」は、部位はともかくパイロットスーツに当たったので、苦悶するだけで済んだが、今度は下手をすると眉間など無防備なところへ当たりかねないのだ。
「なにを遊んでいる?」
奥の扉が開いてコクーンが出てきた。一直線にカラアゲまで含めた全員が、アリウムを先頭にしてロウリーに向かって並んでいるという不思議な配置である。当然の疑問と言えた。
「船長、船長公室!」
立体映像のはずなのに一緒になってアリウムの後ろに隠れていたナナカが声を上げた。それを合図に、それぞれが席へと向かう。どうやら序列順に席は決まっている様である。
アリウムがロウリーのところまで行って、投げつけられた扇子を手渡していた。そのまま椅子を引いて彼女が立ち上がるのを紳士的にサポートまでしていた。あんなに憎まれ口のような事を言っていたくせに、なんやかんやで仲は良いようだ。同じようにアキテーヌの椅子をパリザーが、レディ・ユミルの椅子はジャックが、サドの椅子はダンカンが引いていた。ダンゾーは誰にも椅子を引いてもらっていなかった代わりに、自分の隣の椅子を引いた。
「フレッドさんはこの席ね」
コクーンから見て左側の一番末席、いまダンゾーが椅子を引いてくれた席にオハナが案内してくれた。
「オハナさんはドコに座るんですか?」
当然の質問に、オハナは立てた人差し指をフレッドの唇に当てた。
「オ・ハ・ナ・ちゃ・ん」
一言ずつ区切って強調された。
「ええと、オハナちゃんはドコに?」
「私はウエイトレス役」
ニッコリと笑ったオハナは何でもない事のように言った。
「だから先にお昼は食べちゃった」
「そうなんですか」
コクーンが着席するのに合わせて、まず女性陣が着席し、男性陣とダンゾーが遅れて自分の席へと着いた。
フレッドが座った列の一番コクーンに近い席。アキテーヌの向かい側の席には綺麗に折られたナプキンが立てられていたが空席である。教えられなくても、あそこが砲雷長の席だという見当がついた。
ナナカはキャプテン・コクーンの左後ろに控えるように立ち、給仕役のオハナは出入口付近に置いた台車の傍に立っていた。止まり木に戻ったカラアゲが暇そうな欠伸をしてみせた。
「それでは、はじめようか」
空席を見つめてからキャプテン・コクーンが宣言すると、オハナが船長公室の扉を閉めた。
ガチャリと閉められた音が合図だったように、一斉に全員が両手を合わせたので、慌ててフレッドも真似をした。
「いただきます」
キャプテン・コクーンの合図により、全員が「いただきます」と唱和した。
宇宙海賊と名乗っている連中の割には礼儀正しい食事の始まりであった。
昼食は船内放送で予告された通りにブリの照り焼きをメインにした和定食と言った献立であった。野菜もあるし漬物も添えられていた。
朝のお粥を除くと、まともな食事が久しぶりだったフレッドは、遠慮なく食べることにした。これがフランス料理のフルコースなどで、ナイフやフォークの使い方に難渋するようなら違ったのだろうが、なにせ箸である。和食が当たり前なのか、エルフであるロウリーですら器用に使いこなしていた。
よって、よくある町の食堂にいる気分で食事をすることができた。
「おかわりは自由ですよ」
フレッドの食べっぷりにオハナが微笑んで教えてくれた。
「もぐもぐ」
口いっぱいに頬張ったままつい返事をしてしまった。
フレッドはそうやって気楽に食事を楽しんでいたが「大幹部」たちはそうもいかないようだ。
「兵装に何か問題は?」
箸を運びながらコクーンが質問すると、左列末席に座ったジャックが答えた。
「ブラスターやら発射管に故障はありません。ミサイルの残弾が気になりますが、一回戦ぐらいはできるでしょう。補給の知らせは受け取ってあります。そろそろ三番砲塔の右砲を分解して掃除しなきゃなりませんがね」
本来ならば砲雷長が答えるような質問にジャックが答えたのは、やはり先任伍長は何でも知っているはずだからだろうか。武装の現状に満足げに頷いたコクーンは、矛先を変えた。
「データリンクの解析は?」
「クラスAまでん暗号は解読して、リアルタイムで情報は得とぉと」
半分ぐらいオカズを残して湯呑にて麦茶を愉しむ船務長ロウリーが答えた。隅の止まり木にいたカラアゲが、スイーッと音もなく滑空して来ると、彼女の前に降り立った。
ロウリーは食べやすいように細かくしたオカズを、箸で摘まみ上げてカラアゲへと差し出した。
「くあああ」
カラアゲは遠慮なくロウリーが残した昼食を啄み始めた。
「こちらがクラスCまでの情報しか得てないという擬装は?」
嬉しそうにロウリーが箸で差し出すオカズをつつくカラアゲのお尻を見ながら、コクーンは訊ねた。
「もちろん抜かりなかとです。そこんところは心得とぉけん。暗号変換はコンピュータ任せん単純な乱数やったけん、クラッカーば引っかくっためん侵入者警報かと邪推もしたばってん、そうでもなさそうばい。こんまま行ったら来週にもクラスSん権限まで侵入しきるて思わるっと」
「クラスSか。そこまで必要か?」
「必要なかとですか?」
データリンクのクラスはDDから始まってAまでランクが上がって行き、一番高いランクはSとなる。Sランクの権限を持つと、指揮下に置いた艦船をリモートで動かすこともできるようになる。
「考えておこう。いちおう作業は続行」
「ようそろ」
間違いなく<メアリー・テラコッタ>は宇宙海賊船である。そんな船にデータリンクを許せば、最大限活用しようと動くのは自然の事だった。
「推進剤の方は?」
今度は自分の番かと慌てて機関長パリザーがゴハンを呑み込んだ。
「残量だけでも不安を感じないが、補給があるんだろ?」
話しを補給長レディ・ユミルへと振った。
「補給船<AOE四二六>が明日の午後にランデブーの予定です。品目は各分隊へ告知した通り、推進剤にブラスター用液体金属、ミサイルなどです」
食べやすい大きさに箸でブリを切り分けながらレディ・ユミルが答えた。
「他に機関で注意点は?」
「第四主缶の圧力殻点検の時期が迫っている。点検の間は三つの炉で運転せざるを得ないから、出力減となることを覚えておいてくれ」
「いつから始める?」
キャプテン・コクーンの質問に、パリザーは箸を宙で止めて「う~ん」と考え込んだ。いつも四つある主缶こと縮退炉で動いている船を、ひとつを止めて三つで何とかやりくりしないとならないとなれば、重要な案件だからだ。とは言っても一番エネルギーを消費するのはワープ機関であり、ワープ航法を含む通常の外洋航行だけならば、二つも縮退炉が元気ならばなんとかなるはずである。問題なのは船全体で一番エネルギーを使う時、つまり実戦である。
「今日明日ではない事は確かだ。詳しくはブラックウッドと話し合って決めるから、日程の方はコッチで色々決まるまで待ってくれないか」
「ようそろ。決まったらなるべく早く知らせてくれ。副長からは?」
「ありません」
一人だけ湯呑に注いだ麦茶ではなく、カットグラスに満たしたピム酒を飲んでいる副長アキテーヌが間髪入れずに答えた。もちろん飲み物が違うのは彼女がドワーフだからである。
どんな機械でも定期的に点検整備をしないと、いざという時に重大事故などを起こす原因となる。故障でいつまで復旧するか分からないよりは、期間を定めて先回りして機械を止めて整備した方が安心安全だ。これは縮退炉だけでなく、推進用のプラズマを生み出す主機や、他の武装などにも言えた。
「搭載艇の方は?」
「まったく異常なし」
お味噌汁のお代わりをオハナに持って来てもらった飛行長アリウムが答えた。お椀を受け取る時に、余分に彼女の手に触れようとしたが、華麗に避けられてしまっていた。
「重要機器を点検する予定も無し。港にいる間は、みんなの足になるだけだし…。なにか他に仕事はあるかい?」
港に居る時が一番忙しいのが飛行科と言える。宇宙桟橋との間を連絡して飛ばなければならないからだ。休暇を申請して港に遊びに行く者もいれば、船の航行に必要だからと色々買い込んだ物資も<メアリー・テラコッタ>まで運ぶのは搭載艇の仕事だからだ。
逆に長期航海などに出ると格納庫の中でずっと待機状態が続くので、そういう時に重要な機器の整備などをこなすことになっていた。
「荒木提督が演習相手になってくれって言っていたから、標的を曳航する仕事が回って来るかもな」
「もっと面白い仕事くれよぅ」
まるで子供のようにアリウムが口を尖らせた。とはいっても不満だらけというより、子供が駄々をこねるような言い方を意識しており、演技だという事がフレッドにもわかった。
「船内の様子は?」
「問題なし」
「久しぶりの港でみんな喜んでますよ」
不愛想なダンゾーと、明るいジャックの声が重なった。フレッドはあまり気にならない会話だったが、船内の士気は大事である。いざ反乱が起きてから後悔しても遅いのである。
「他に連絡事項は?」
コクーンの質問に、補給長レディ・ユミルと航海長ダンカンが箸を置いて手を挙げた。
さっと目で順番を確認したダンカンが、おとなしく手を下ろした。
「今日の午後に業者がビルジの回収に来ます。その時は、バーベキューを止めてくれないかしら。余分な遠心力は作業の邪魔だから」
ビルジというのは、惑星上の海洋で運航する艦船に習って呼称している、船内で発生する汚水や雑排水のことである。
完全な循環システムを持つ宇宙船では、本来排出しなければならない物は発生しないはずである。だが生鮮食料品を買い込んだだけ、質量保存の法則を持ち出すまでもなく、船内の質量は確実に増えているのである。
船内の士気を保つために食料品の補給はしなければならない。そうでないと「科学的には正しい食事」しか食堂に並ばないことになる。補給した分、確実に増えた質量は、どこかで減らさなければならないのだ。
そういう理由で、宇宙船は宇宙港へ着くたびに、生鮮食料品を補給したのと同じ質量だけビルジを抜かなければならないのだ。抜いたビルジは業者によって処理され、惑星上で使用される肥料などに再利用される。
「ようそろ補給長」
航海長のダンカンが答えた。
「相手の到着予定時間は?」
「夕方としか聞いてないわ。他のところも回ってからだから、時間が読めないんですって」
「パリザー。冷却材の残りは?」
バーベキュー航行を止めるとなると、恒星に照らされている側が温められる事になる。それに伴う様々な不具合は、冷却材を消費して強制的に抑え込まなければならなかった。
「自転を止めても大丈夫ぐらいはある」
「オーケー。じゃあ航海科としては問題ない」
「私の方はそれだけ。そちらは?」
先を譲ってもらったお礼では無いだろうが、レディ・ユミルがダンカンへ話を振った。
「カゴハラの中継ステーションから、銀河国際法を厳守するように抗議が来てます」
「抗議?」
味噌汁をズーッと啜ってからコクーンが眉を顰めた声を出した。
「船首旗と、船尾旗を掲揚するように、と」
「めんどくせえなあ」
少々乱暴にコクーンは言い捨てた。銀河国際法では船首尾に自らの所属する国(もしくは地域)の国旗と、所属する団体の旗を掲揚する事が求められた。
これがグンマ宇宙軍の艦艇ならば、艦首には星間国家グンマの「『群』の字に三つの三日月」が描かれた紫色の国旗が、艦尾にはグンマ宇宙軍の軍艦旗「空を舞う鶴」が掲げられる。
民間船では逆となり、船首に会社の社旗、船尾に国旗となる。
民間船ではあまりやらないが、大抵の宇宙軍では駐留する惑星の最大都市の時刻に合わせて掲揚や降下が行われる。現在<メアリー・テラコッタ>が漂泊している静止軌道上の漂泊宙域では、これを<カゴハラ>の星都<カゴハラ・シティ>が午前八時になるのに合わせて掲揚し、同地が日没を迎えるのに合わせて降下しているはずである。
「やりたいか? 降下掲揚式?」
コクーンは疑うような声でダンカンに訊いた。航海に関する信号は航海長の職責だ。だが船首尾の旗竿への掲揚となると、実際の作業は第一分隊の職分となる。さらに言えば軍艦で国旗を掲揚する時は、国旗のある方向を向いて敬礼しなければならない。降ろす時も同じだ。敬礼の間は、仕事は中断しなければならなくなるし、形通りの式典を嫌う性質がある宇宙海賊では、守られる規定ではないだろう。
「めんどくさいですね」
素直にダンカンは答えると、そうだろうとばかりにコクーンは頷いた。
「オランダあたりの国旗でも適当に揚げておけ」
「ようそろ」
民間船ならばそんなしゃっちょこばった旗の上げ下げなぞやらなくてもいいのである。そして<メアリー・テラコッタ>は武装船であるが、グンマ宇宙軍とは民間船として契約したはずだ。
「あの海賊旗じゃダメなんですか?」
フレッドが小さな声で隣に座るダンゾーに訊ねた。コクーンが座る上座の後ろには、黒いジョリー・ロジャーが飾ってあるので、いやでも目に入るのだ。
「あれはダメだ」
それ以上、説明が無かった。
「あれはね」
ニコニコとアリウムが話しかけてきた。
「『降伏せよ、さもなくば死だ』っていう意味の旗なんだ。そんな物騒な意味の旗をいつも揚げていたら、通りかかる民間船が全部、宇宙軍に通報しちゃうだろうね」
「海賊を表す旗じゃないんですか?」
初めて知る事実にフレッドは目を丸くした。
「まあ海賊と言えばっていう旗だけどね」
お味噌汁と美味しそうに飲みながら唇を潤すと、アリウムはさらに教えてくれた。
「あと、同じデザインで赤い旗もある」
「赤?」
「そっちは『降伏も許さん、皆殺しだ』っていう意味」
そう教えてくれるとクスクスとアリウムは笑った。
小声で会話している横から、サドがコクーンへ声を上げた。
「そろそろ乗組員の健康診断の時期じゃないかな?」
あっという間に昼食を平らげて健啖家であるところを示したサドは、口元をナプキンで拭っていた。
「三ヶ月も平和な日が続くんだから、みんな拒否せずに受けてくれよ。保険の書類を誤魔化すのだって手間なんだから」
大抵の生命保険には定期的な健康診断を受けることが条件になっていた。だが平和な宇宙を航海する民間船と対極にある宇宙海賊船では、健康診断を受けさせている暇が無かったりもする。もちろんその皺寄せは、書類を偽造しなければならないサドにかかってくるわけだ。
また若い連中が揃っているせいか、みんな健康診断を受けるのを嫌がる傾向があった。歳がいっているジャックは特に反対するような顔はしていないが、コクーン自身が、いま現在嫌な顔をしていた。
「わかった。考慮しよう」
「考慮じゃなくて絶対だ」
麦茶を飲みながらサドが譲れないとばかりに固い声を出した。船医としては当然の職務である。
「舷をさらに三つに分けて通知を出すから、通知が届いた者は医務室に出頭するように」
もちろん当直に就いている時間は避けての事だろうが、非番でもやる仕事は一杯あるし、待機時間ならば寝ていたい者がほとんどなのだ。
「わかった」
降参とばかりにコクーンは両手を上げた。
「嫌な事はさっさと済ませよう。今日から始めるか?」
「そうだ。と言いたいが、こちらにも準備がある。来週からにしよう」
どうやらフレッドが乗り込むために受けた健康診断が思いつきのきっかけになったらしい。サドの視線がフレッドの方へと向いた。
それに気が付いたのか、八つ当たりなのか、フレッドにも順番が回って来た。
「フレッド。どうだ、やっていけそうか?」
「は、はい」
箸を置いてしゃっちょこばって答えるとコクーンだけでなく、他の「大幹部」たちも柔和な笑みを浮かべた。
「無理はするなよ。無理があるって事は、長く続けられないってことだからな」
さすがネジ一本まで把握していると言われたジャックが、年長者らしい一言をくれた。
「そうだ。<彼女>に礼は言ったのか?」
「彼女?」
「その様子だと言ってないな。命の恩人なんだから、ちゃんと礼は言っておけよ」
コクーンは厳命だとばかりに言い切った。
「彼女って?」
今日何度目かの質問を隣でプレートに残ったトマトをつついていたダンゾーに向けた。
「<彼女>は<彼女>だ」
一人だけ仏頂面を維持していたダンゾーは素っ気なく答えた。
「この時間だと…」
船内の事は何でも知っているジャックが、左腕に巻いたクロノメーターを確認して教えてくれた。
「食堂の騒がしさから逃げ出して、船艙甲板あたりをうろついている頃だ」
「今日中に絶対礼を言っておくんだぞ」
「よ、ようそろ」
それが初めて船長からの直接命令となった。
解説の続き
食堂の営業時間:もちろん開店直後は次の当直を控えている者が優先で、営業時間の後の方には当直を終えた者が詰めかけるという感じになるはず
ダンゾーの自動拳銃:さりげなく和美が他に投稿している『B面シリーズ』の登場人物が使用している銃だったりします
黒色の弾丸:某アニメで有名になった「不殺の弾丸」ってやつだ。宇宙船内で発砲した時に、貫通力の高い弾丸だと壁に穴が開き、自分も空気漏れで死亡する可能性があるため、命中と同時に砕ける弾丸を使用して壁に穴が開かないようにしていると設定した
一連したアクション:自分の銃の中に入っている弾丸がちゃんとフランジブル弾か確認したのだ
ダンゾーの射撃:見事に命中。それと薬莢は排出された後に燃焼する物とする。戦闘中に踏みつけて滑って転ぶ可能性があるからだ
笑ってごまかして…:つまり、そういうこと。これ以上は乙女の名誉に関わる
ナナカ:宇宙船の中だけを歩き回る立体映像ってスペースオペラっぽくない?
ジェイムスン教授:「ジェイムスン教授シリーズ」の主人公。作中の最後の地球人だったりする
サイモン教授:スペースオペラと言えばという作品である「キャプテン・フューチャー」に登場するキャラクター。その姿を和美は直視したくない
「砲雷長がいない」:もちろん食堂で食事を済ませてから当直に就いている
ブラッディ・マリカ:母親がブラスター・リリカだったので…
<サラスバティ>丸:サラスバティとは弁財天の事である。つまり…
キャプテン・エメラルド:似たような名前の…
緑柱石:英語にするとエメラルドである。それに女王陛下がついて…
キャプテン・ハーケン:ロックじゃないから…
タナトスズ・シェイズ:タナトスは「死」で、シェイズは「影」。あわせて「死の影」だから…
他の宇宙海賊たち:というギリギリをせめてみました。いやドノ作品もいい物ばかりですよ
前星紀:どういう区切り方をしているかは不明だが、この時代での歴史研究で使われる分類方なのだろう。細かく設定していないです
腰の高い台車:スペースオペラなんだから宙に浮いている台車でもいいのではないかという、もっともな意見もある
ロウリーだけは…座ったままだ:いちおう貴族だしね
国旗:星間国家グンマの国旗は群馬県の県旗にしてみました。軍艦旗が空を舞う鶴なのは「上毛かるた」から
「オランダあたりの国旗を…」:キャプテン・コクーンは卑下する意味で言っているのでない。十六世紀ごろにオランダ国旗を海賊旗として掲揚して活躍した海賊がいたのだ




