宇宙海賊やろう! じゅうろく
健康診断、その前に生活必需品を揃えましょう
医務室は同じ区画である。シャワールームの向かいにある赤い菱形の表示は見覚えがあった。
「シャワーは二四時間いつでも使用できる」
ダンゾーがシャワールームを指差して教えてくれた。
「ただし男女共用だから、恥ずかしかったら部屋の風呂を使え」
「ようそろ」
「それと女子浴室は別にある」
警務室とは反対方向を指差した。
「右舷の浴室が女子専用だ。いちおう檜風呂になっている」
「へえ」
つい返事をするのではなく感心する声が出た。やはり日系宇宙人の乗組員が多いからだろうか。
「お客さん待遇が終わったら、風呂はソッチで入るんだ。入浴時間は二〇〇〇時から〇〇〇〇時までだ」
「ようそろ。ええと、右舷でいいんですか?」
確かリーブスに右舷は偉い人用と聞いた覚えがあった。
「もとは偉い奴が右舷で、みんなは左舷だった」
短く吐いた息は、溜息だったのかもしれない。
「時間で男女を分けていたんだが、ひとりだけわざと時間を間違えて入って来るバカがいたんだ。それで右舷のいい方を女子専用にした」
「わざと?」
ある意味勇気のある男であるといえよう。これだけ武装した者ばかりの中で覗きなんてしたら、ビームガンで穴だらけにされるかもしれないからだ。
「まさか、まだその人は乗組員をやって…」
「…死ななかったな」
途中経過を端折って、つまらなそうにダンゾーは答えた。
「えっと…」
大量の冷や汗を流すフレッドに構わず、フンと鼻を鳴らしたダンゾーは言葉を続けた。
「スケベなぐらいでクビにするほど人材が豊富ってわけでも無いんだ」
今度は求人サイトに募集要項は出していないと言われたことを思い出した。
ダンゾーは医務室の前を通り過ぎた。
「あ、あの隊長?」
「先に買い物だ」
有無を言わさず進んでいく。事務室の手前にある売店へと入って行った。
「おはようございます!」
売り子役の店員が元気のいい挨拶をした。
「おはよ」
付き合うような声量でダンゾーが答えた。
「おはようございます」
続いて入って来たフレッドを、マジマジと店員役の女海賊が見てきた。
「新入りのアルフレッドです。フレッドって呼んでください」
「あらあら」
ダンゾーよりも若い二十代中頃といった女店員は目を丸くした。それはフレッドも同じであった。なにせ旅館の仲居が着ているような茶衣着姿なのだ。
スカートと同じで、こんな格好で無重力になったら大変では無いだろうか。
「第四分隊のオハナって言います。みんな『オハナちゃん』って呼んでくれるの」
「オハナちゃん?」
そんな砕けた呼び方が似合うような童顔を確かにしている。見ようによっては、フレッドと同じ年代と言われてもおかしくない面差しである。身長はフレッドと比べてオハナの方が少し高いようだ。いちおう化粧はしているようだが、レディ・ユミルほどバッチリとしているわけではなく、ナチュラル・メイクという程度であった。
「そう。フレッドさんも、そう呼んでくださいね」
ニッコリと微笑んだ。これがまた美人というよりか可愛らしいという表現が似合う彼女の容姿に沿っていた。だが年上に「ちゃん」付けはちょっと抵抗があった。
「で? 隊長はどうしたの?」
「このコのために色々とな」
相手の陽気さに当てられたのか、心なしかダンゾーの雰囲気が和らいだ気がした。
「靴下と下着、それと生理用品なんかも必要だろ」
「ええ、まあ」
自分の生理周期を頭の中で計算しながらフレッドは頷いた。
「男の人が店員をやっている時、買いにくい物ね」
ダンゾーの言葉にオハナがウインクをつけて納得した。
「靴下とか可愛くないのしか並んでないの」
ごめんねとレジカウンターから出て来て、駅中の売店程の広さしかない店内を案内してくれる。どの棚も見上げるような高さで、さらに通路として確保されている幅は、体格のいいダンゾーでは真っすぐ入れないほど狭かった。左腰の太刀が棚の荷物を引っかけないように、佩緒の片方を外して吊るし方を縦に変えたほどだ。
オハナに案内されて奥に入ると、靴下や下着、Tシャツやネックウォーマーなどが並んだコーナーになっていた。
潜り込むようにしてダンゾーと場所を入れ替わって、オハナが靴下を数点見せてくれた。
たしかに棚に並んでいる品揃えは、ネズミ色をした男女兼用の物しか並んでいない。
「いちおうカタログもあって、取り寄せもできるようになっているから」
端末を開いて「ようこそ<ヨロヅヤ>へ」というタイトルのアプリを見せてくれた。
「こっちなら可愛い物もたくさん選べるわよ」
さっとそのまま下着類の立体画像を表示してくれる。たしかに可愛い花柄やら水玉の物もあるが、お値段が目の前の店頭にある物とは違って、少々お高くなっていた。
「もちろん大人な嗜みも、あるよ」
肌を覆う気があるのか分からないほど布地面積が少ない下着に表示を変えた。ひとつなんかハート形に穴が開いており、後ろから色んな物が挿れられそうだった。
他にもリボンを解くとバージスライン以外はだけるブラとか、ヒモだけにしか見えない物とか色々だ。黒いレースだけで縫製されて見放題の下着が大人しく見えるほどである。
「いえ、これで」
フレッドは迷わずに棚に並んでいた男女兼用の靴下と、不愛想な鼠色の下着を手に取った。Tシャツも少し迷ったが、数点買う事にする。
「洗濯は毎日できない」
注意点をダンゾーが口にした。
「できるよぉ~」
オハナがすぐに否定した。どっちが正しいのか分からずに目を白黒させていると、オハナが人差し指を立てて教えてくれた。
「ほら隊長は船長にベッタリだから、ランドリーを利用する時間が無いだけでしょ。女の子は、みんな夜にランドリーを使って洗濯しているの」
「はあ」
なるほどと頷くフレッド。
「当直とかで夜が無理でも、別の部屋の女の子に頼んだりして、みんな綺麗にしてるのよ。あ~、だから名前書いておかないと、ドレが誰のか分からなくなっちゃうから注意ね。そ・れ・と…」
一音節ごとに区切って人差し指を左右に振った。
「盗難に注意。ま、たいてい犯人は分かっているけどね」
「まさか…」
「まあ、そんな事をするのは、ひとりぐらいだな」
ダンゾーが呆れたように言った。どうやらその人物は逆の意味で信用があるようである。
「あと、コッチも色々」
フレッドと苦労して立ち位置を交代し、店のカウンター近くの棚を案内してくれた。
弱い鎮痛剤などが並んだ区画に、複数の生理用品が置いてあった。
「フレッドさんは重い方?」
「たぶん軽いと思います」
中学と高校で、登校する事すらできなくなるような娘もいたが、幸いフレッドはそんなに酷くなかった。
「じゃあ、この辺りで大丈夫かな? もちろん市販の物を取り寄せが可能だけど、割高になっちゃうのは許してね。送料とか手数料とか、どうしてもかかっちゃうから」
「いえ、大丈夫です」
極貧生活だったフレッドは、足りない時などは学校の保健室で貰っていたぐらいだ。指定の銘柄があろうはずがなかった。
「どうしても酷い時はサド先生に言って、ワクチンの設定を変えて貰うっていう方法もあるよ」
ワクチンというのは一般で言うファーマシスト・ナノマシンのことである。本来の「ワクチン」という意味とは違ってしまっているが「ファーマシスト・ナノマシン」という長くて難しい名前よりは使いやすい言葉として、民間ではそう慣習的に呼ばれているのだ。
体内で薬物を生成できるファーマシスト・ナノマシンならば、生理周期にあわせて女性ホルモンを調整する事も可能なのであった。
「たぶん、そこまでは…」
ベーシックタイプのファーマシスト・ナノマシンしか接種していないフレッドには無理な話である。
「あと、お化粧品はいる? これもそんなに種類は無いけど」
同じ棚に小さな化粧品の容器が並んでいた。
「お化粧はしたことないんで」
「うふふ。それじゃあ後で、みんなでお化粧の練習しましょうね」
新しいオモチャが手に入ったとばかりの微笑みに、フレッドは後退ってしまった。ちょうど下着コーナーだったので、スポーツタイプのブラを手に取ってみた。
「サイズは計らなくて大丈夫?」
「一番小さいサイズで」
ちょっとした屈辱感を味わいながらフレッドは答えた。なにせ目の前のダンゾーは、確実に大きい方である。オハナは、いま着ている衣装では体のラインが分かりづらかったが、平均的なサイズのようだ。平均的なサイズどころか、そこへ至るまでの絶望的な距離に溜息が出るフレッドなのであった。
「そう? もうちょっとあるんじゃない? ソリャッ!」
後ろから抱き着かれて戦闘服の上から揉みしだかれた。
「きゃ」
「お? 意外とあるんでないかな? どう思う? 隊長」
「どれどれ」
今度は前から隊長の手が伸びてきた。体格的に敵うわけもなく、また狭い店内では逃げ場も無かった。
「そうだなあ、いちおうまだAぐらいかな」
「ええ? Bに近くない?」
選手交代でまた揉まれる。
「いやAだろ」
「Bでしょ」
「A」
「B」
「もう! いい加減にしてください!」
代わり番こに揉まれてフレッドは大声を上げた。二人の手を跳ね除けると、自分の体を抱きしめるように腕を回した。
「ちょっと遅れているだけで、すぐに大きくなるって」
ケラケラとオハナが笑っている横で、ダンゾーが棚に並んでいる中で一番大きなサイズを手に取った。
色気も何も感じさせない、まるでタンクトップを短くしたようなスポーツタイプブラである。色も他と同じネズミ色であった。
「あれ? 隊長も買っていくの?」
「ああ。いまある奴もゆるくなってきたからな」
「やっぱりサイズが合ってないんじゃない?」
オハナが遠慮なく、フレッド越しにダンゾーの胸を前から鷲掴みにした。
「うん、やっぱり大きい」
「そう言うなら、もっと大きなサイズを置いてくれ」
全然動じていない声でダンゾーはこたえた。
「隊長の場合は面倒だからってだけで、ココで済ませているんでしょ」
ダンゾーから手を離したオハナは、棚の下へ差し込んであった物を引き摺り出した。特別な物ではない、フレッドが<メアリー・テラコッタ>に乗り込むきっかけとなった食料品用の保存ボックスだ。大きさは一番小さいサイズのようで、棚の下へ入れて置けるように畳んであった物を組み立てると、両手で持てるぐらいの立方体となった。
「じゃあ、お買い上げは以上?」
フレッドが買うつもりで抱えていた商品を取り上げると、オハナはひょいひょいと保存ボックスへそれらを放り込んだ。
「はい。たぶん…」
「いちおう、このお店は一〇〇〇時開店の一七〇〇時閉店ってことになっているけど、時間は目安ぐらいにして。それより早く店じまいしちゃう日もあるから」
保存ボックスを持ってレジカウンターへ戻りながら営業時間を教えてくれた。いったんレジカウンターの上に商品を並べるのは、地上のスーパーマーケットなどと同じで、レジスターに何を購入したのか読み取らせるためだったようだ。
再び、今度はきれいに並べるように保存ボックスに商品が詰め直されて、フレッドの手元に差し出された。
「お買い上げありがとうございます」
「えっと…」
フレッドは端末を取り出した。体の弱かった母に代わって買い物などは小学生の頃からやっていたので、そういう意味での抵抗感は無かった。が、端末から読み取る口座の方に残金が幾らあるのか分からなくてちょっと不安に感じた。
わざわざそういう音が設定してあるのか、大時代的なレジスターが作動する「ジャキーン」という音がして清算された。
どうやらレディ・ユミルが口座の方も整理していてくれたようだ。自分が記憶していた限りでは、中継ステーションまでの交通費でマイナスになっていたはずの口座は、かつての月額の生活費ほどの金額が入金されていた。
「さてと行くか」
ダンゾーも清算を済ませ、二人は通路へと出た。
見た目は相変わらずの殺風景な宇宙海賊船の通路であるが、いままでのしかかるような大きさの棚に囲まれていたせいか、広く感じた。
解説の続き
オハナ:日系宇宙人というよりハワイに移住した日系ハワイアンの子孫なのかもしれない。まあ、どちらにもあるような名前
キヨスク:未来にこの単語が残っているとは思えないけど、まあ説明しやすかったので採用
鎮痛剤:わざわざ医務室に世話にならなくてもいい程度の常備薬ぐらいは売っているという設定。ただし常習性のある物(いわゆる麻薬)は無い物とする。他の宇宙海賊船だとそう言った物も取り扱っているかもしれない
ワクチン:口語としてこういう言い方をするだろうなあって和美は思ったんだよ




