宇宙海賊やろう! じゅうよん
今度はスペースオペラらしく、宇宙服の説明ですよ
レディ・ユミルは荷物に手を置いて言った。
「これは支給品ね。こんな船だから誰かのお古だけど、ちゃんとクリーニングしてあるから臭ったりしないと思うけど…、思うけど…、もし臭かったらごめんなさいね」
「いえ…。これは?」
ほとんどが布製品であるように思えた。
「まず、これが乗組員全員に配っている携帯端末ね」
手渡されたのは、いま後ろでリーブスが操作している端末と同じ型式の物であった。
「普通に使う分にはタダだけど、ゲームとか有料アプリは自動引き落としだから、残金に気を付けるのよ」
まるで、お母さんが口にするような事を言われた。
受け取ったのはフレームが赤色の携帯端末であった。アチコチに傷が残っているので、この端末も誰かが使用していた物だという事が分かった。
「他の色の方がいい?」
「いいえ、赤で」
「これが、布団一式」
嵩張るのは封筒型の寝袋だった。マクラは別である。
「フレッドさんはドコで寝るの?」
質問は本人でなく仏頂面を取り戻したダンゾーにであった。
「私の部屋だ」
「フレッドは隊長預かりなんですよ」
言葉が足りない分は、やっと端末での作業を終えたリーブスが補足してくれた。
「じゃあダンゾーさんの部屋に運んでおいてね。こっちが戦闘服。後ろの二人も着ているでしょ。陸戦隊の装備品よ」
「え?」
差し出された服は白一色のゴワゴワとした生地のツナギであった。二人が着ている物と色がまるで違った。
「あ、えーと。着ると自動で色が変わるんだよ」
戸惑っている理由に気が付いたリーブスが説明してくれた。
「普段はこの色だが、ここの腰の所にあるスイッチを入れると、その場所にあった色に変化するんだ」
実際にリーブスが左腰についている小さな箱にある押しボタンを入れてみせた。すると緑、茶、黒の三色で迷彩パターンだった服の色が変化し、銀色っぽい鼠色と薄い青を混ぜたような色になった。実際に<メアリー・テラコッタ>の通路に施されている塗装に似た色である。
「これで相手からは『見えにくくなる』って寸法だ。一番いいのは相手から『見えなくなる』光学迷彩服なんだが…」
チラリと何か言いたそうにリーブスがレディ・ユミルを見ると、彼女は腕組みをしてそっぽを向いた。
「あんなバカ高い装備なんて、ウチじゃ買えません」
「でしょうな」
もう一度スイッチを入れると、ふたたび緑、茶、黒の三色に色が戻った。
「サイズはSを選んだけど、ちょっと合わせてみて」
「ここでですか」
着替えろと言われてフレッドの乙女回路が作動した。
「なにも裸になって着ろっていうわけじゃないわよ。ダンゾーさんやリーブスくんも下に服を着ているはずよ」
振り返るとリーブスは戦闘服の前にあるジッパーを下げてみせた。下に白いTシャツを着ている事がわかった。
「わかりました」
立って戦闘服を手に取り、ジッパーを下までおろした。スニーカを脱いで足を入れ、袖を通すころになると、服の方が着用されたと判断したのか、二人と同じ三色の塗り分けが表面に浮かび出した。
ジッパーを上げれば、格好だけは陸戦隊と同じになった。だが袖や裾はだいぶ長い。二回ほど折り込んで丁度良い感じになった。
「こっちは戦闘靴。これもSサイズなんだけど、合わなかったら言ってね」
カウンターの下からごつい靴が出てきた。見れば二人も同じ靴を履いていた。
「ケツチャックにゃ気を付けろ」
リーブスがわざわざ指で差して言って来た。
「けつちゃっく?」
「ケツのトコにチャックがあんだろ?」
言われて自分の尻を撫でたら、腰よりも低い位置に、横一文字にジッパーがついていた。
「それがケツチャックだ。ウンコする時は、そこを開けてすると便利だぞ。だが閉め忘れたりすると、恥ずかしい思いをすることになる」
「はあ」
自分がトイレでする一連の動作を頭の中でイメージしてみて納得がいった。たしかにここのジッパーが開いていたら、下着が丸見えのはずだ。
スニーカを脱いだままの足を、カウンターからおろした戦闘靴へと差し込んでみた。
まるで石で出来た長靴のような感触である。しかも爪先と踵に隙間があった。パチンと内側から外側へ向けて金具を閉めれば装着完了である。
「もうちょっと小さいのは無いんですか?」
「残念だけど、地球系宇宙人用ではそれが一番小さいのよ。エレボル系宇宙人用の物だと小さすぎるんじゃないかな?」
レディ・ユミルがすまなそうに答えた。ドワーフことエレボル系宇宙人は、だいたい身長に見合った靴のサイズをしている。ちなみに同じく平均身長が低いマウシェンことペリアヌ系宇宙人は、足のサイズだけは地球系宇宙人の大人とほぼ同じ大きさになるのだ。
「こういうのを軍隊じゃなんていうか知ってるか?」
また親指を立てたリーブスが言った。
「『足の方を靴に合わせろ』って言うんだぜ」
「売店で厚い生地の靴下も売っている」
無茶な事を言ったリーブスの後ろからダンゾーの声が聞こえてきた。
「それなら靴擦れもおきないだろ」
「そう…、ですね」
なにせ窮乏生活が長かった物で、靴はきつくなっても履いていた経験がある。そのせいで足の指が内側に向いてしまっていた。
「とりあえず大丈夫そうね」
外から見て袖や裾が余り気味だけに見えるのだろう、レディ・ユミルが満足そうに言った。靴の隙間が気になるが、本当に靴擦れが出来る前に靴下を買った方がよさそうだ。
「こっちが簡易宇宙服。これもSサイズよ」
戦闘服よりもさらにブ厚い生地の服である。
「これも合わせて見て」
「ええと…」
ダンゾーとリーブスに訊ねるように振り返った。
「まず、装着する前に、左腕のポケットに端末を差し込むんだ」
左の二の腕というちょっと変な位置に、透明で柔らかいプラスチックでポケットが作られていた。先ほど渡された携帯端末がピッタリ入る大きさである。
「で、靴は入らないから脱ぐ。簡易宇宙服の下はブーツと一体型だから」
言われてみれば、その通りの構造になっている。フレッドは折角履いた戦闘靴を脱ぐと、戦闘服を着たまま簡易宇宙服の下へ足を差し入れた。
やはり足のサイズに比べて大き目の様だ。さらに言えば股下の長さも、ちょっと余り気味である。服としてはサロペットに似ていて、肩から胸、腹と覆って下半身に繋がる構造だ。ただしサロペットよりはピッタリと体に纏わりつくような感じである。
「で、次は上だ。普通のジャケットみたいに前がチャックになっているから、袖を通して普通に着る感じでいい」
大き目で冬用のゴワゴワしたジャンパーを着るような感触であった。襟は学ランのように立っていた。
自分を見おろして背中や脚などを確認しているフレッドに、リーブスは訊ねた。
「どうよ。初めて着てみた気分は」
「ちょっと動きにくいです。それに…」
袖やら腰の辺りやらを見ていたフレッドは不思議そうに訊ねた。
「どこも白色なんですね。他の人は赤だったり緑だったり色が入っていたと思うんですが」
「ああ、あれな」
リーブスはフレッドの袖を指差した。
「あれは専門用語で兵科色って言うんだ。軍隊によって違うんだが<メアリー・テラコッタ>だと、赤が第一分隊、緑が第二分隊、橙が第三分隊、黄色が第四分隊、青が第五分隊、黒がレイジー・フェローだ」
笑顔で教えてくれたが、眼が「分隊については教えたよな。覚えているよな」と脅迫しているような迫力があった。
「ええと…」
「ま、慌てなくてもその内覚えられるさ。それで色が入っていない簡易宇宙服は、自分の支給された物をメンテナンスやリフレッシュさせている時に使う予備の奴なんだ」
「じゃあ、これも予備なんですね」
「そうだ。ちなみに陸戦隊の簡易宇宙服も赤色が入ってる。白兵戦で外に出る時は大抵装甲服だし、船同士戦いのときは第一分隊の指揮下に入るからだ」
「色がついたのが欲しければ、本採用されろってことですね」
「そうよ」
答えはカウンターの向こうから飛んできた。
「で、カテゴリーⅠの場所で仕事ができる格好になったわけなんだが」
また言外に「教えたよな」という響きを込めてリーブスは言った。
「はい。で、手袋とヘルメットを着用して、カテゴリーⅡ」
「そうだ。前を閉めて、上と下の間のシーリングを貼り付けろ」
言われた通り、襟まで前のジッパーを閉めた。襟の高さが少しあるので息が詰まるような感触がある。腰の位置で簡易宇宙服の下半身側がちょっと固くなっているので、その位置にジャケットの裾を押し付けるようにすると、ダクトテープを貼るような感触で上下が繋がった。
カウンターに出されたヘルメットを手に取ろうとすると、リーブスに止められた。
「ケツのところにポケットが無いか?」
「ポケット?」
手をやると確かにポケットがあるようだ。
「そこにキャップが入っているはずだから、それで髪の毛を纏めるんだ」
ポケットを探ると確かに布製の鍔のない帽子のような物が折り畳まれて入っていた。広げて頭に被ると、ちょっと締め付けるぐらいの感触でピッタリと髪を押さえつけられた。
「ヘルメットを被ると、髪が前に垂れてきても、どけられないからな。ちゃんとキャップの間に押し込むんだ」
グイグイと自分で髪を押し込んでいく。結構手間なので、リーブスやレッドミルがスキンヘッドにしている理由が分かったような気がした。逆に、あんなに豊かな量の黒髪をダンゾーはどうしているのか気になった。
髪の毛の処理を終えてヘルメットを被る。ヘルメット側から首を守るように簡易宇宙服と同じ素材の布が垂れ下がっており、それが上着の襟とぶつかって、ちょっと上を向くような形になった。
「首のところのシーリングは二重になっている」
一回、シーリングを密着させるために、襟とヘルメットから下がっている布部分とを撫でるように一周させると、リーブスが自分の端末から話しかけてきた。ヘルメットを被ると簡易宇宙服の気密の関係で音が遠くなったが、端末からヘルメットへ通信ができるようだ。
もう一回、首の周りを一周撫でると、ヘルメットの中には自分の息遣いしか聞こえなくなった。だが二重にシーリングされた襟は、途中から折れ曲がってくれたので、楽に前を向く事が出来た。
「手袋もシーリングが二重だ」
手袋は肘の近くまであるような大きな物であった。嵌めて上から掴むようにしてシーリングの場所へ力を加えると、ピッタリと貼りついた。
途端にヘルメットに緑色の表示が現れた。自動的に左腕につけた端末が、気密が保たれたのかチェックを始めたらしい。それと同じ表示がヘルメットの内側に投映されるようだ。全身の何パーセントをチェックしているのか数字が増えていき、一〇〇パーセントになった途端に「問題なし」と表示が変わった。
「宇宙服の外が安全かどうかは、端末に表示される」
通信越しにリーブスが説明してくれた。左腕を捻るようにして視界に入れると、画面表示が環境モニターになっていた。
「その状態で端末を弄りたいときは、差し込んであるペンを使うんだ」
細いタッチペンが端末に沿ったポケットに刺さっていた。無重力でも遺失しないように、糸で左腕と繋がっていた。
「これ、脱ぐ時はどうするんですか?」
当然の質問に、リーブスは左腕の端末を指差した。
「脱ぐときは必ず環境モニターを確認しろ。基本中の基本だ」
「ようそろ」
目の前に素肌を晒している人たちがいるのだから、絶対呼吸可能な空気があるのは確実だが、フレッドは左腕の端末を確認した。
画面は周辺大気の組成表となっていた。それによれば間違いなく呼吸可能な空気があると表示がされていた。
「あとは解除指令を端末から命令する。すると各部のシーリングが剥がせるようになる」
大きく表示されていた「解除」の文字をタッチペンで触ると、強張っていた簡易宇宙服から力が抜けるような感触があった。手袋やヘルメットをベリベリと剥がして脱ぐことができた。
「これ、空気はどこに入っているんですか?」
フレッドは髪を押さえていたキャップを脱ぎながら質問した。
簡易宇宙服にはバックパックも何も無かった。厚い生地とヘルメットだけである。
そのヘルメットだって、首周りの布を除けば、惑星上でオートバイに乗る時に被るように指導されるフルフェイスタイプの物とそう変わらない大きさである。ただ視界が広く取れるように透明部分は比較にならない程大きかった。
「服全体だよ。素材に二酸化炭素を分解して酸素にする能力があるんだ。だから着る時に余分に空気を入れるようにしておくと、呼吸はもっと楽になる。あとヘルメットの緩衝材が空気清浄材になっているから、よっぽど過呼吸を繰り返さないかぎり、息が詰まることは無いはずだ」
「へえ。でも…」
「そう。使っている内に服の空気浄化能力は下がって来る。連続で一週間着用が限界と言われている。だから一週間に一度、使っていてもいなくてもリフレッシュさせりゃあ確実に浄化能力は保たれる。リフレッシュは自分の命に関わる事だから、忘れるな」
まっすぐ指を差されて強調された。
「簡易宇宙服のリフレッシュは、一週間に一度…。使っていなくてもですか?」
フレッドが再度確認するとリーブスはうむと頷いた。
「使っていなくてもだ。毎週やっていれば忘れる事は無いからな」
「ようそろ」
「おーっと」
そのままヘルメットをカウンターに置こうとしたところで止められた。
「脱いだら、首のシールドを凹ませて、手袋を中に突っ込んでおくんだ。そうすりゃ無くさないで済む」
「ようそろ」
なにせ冬用の大き目の手袋といった感じの物である。ヘルメットへ突っ込んだだけでギュウギュウになった。
ヘルメットから首を守るために生えている布地を裏返すようにして、手袋と一緒に押し込めば、それが返しとなって何かの拍子に落とすことも無いだろう。
「標準宇宙服も試してね」
レディ・ユミルが簡易宇宙服よりも、もっと質量がある物をカウンターへと積み上げた。寝具として出された封筒型の寝袋よりも大きい物である。
白一色で統一された標準宇宙服は、服自体は上下が別になっていた。
「これも一番小さいサイズよ。これより下はエレボル系宇宙人やペリアヌ系宇宙人用の物を探してこないと」
「簡易宇宙服は脱ぐんだ」
そのまま標準宇宙服へ足を入れようとしたフレッドにリーブスは注意した。
「二つも宇宙服を重ね着すると、お互いの機能がぶつかりあって、思わぬ故障や誤作動する可能性がある。どっちも命に関わるヤバイ事だから気を付けろ」
「はい」
慌ててフレッドは簡易宇宙服を脱ぎにかかった。私服に戦闘服を重ねた状態に戻る。
「まずこれも、端末を左腕に差し込むんだ」
言われて自分の端末が簡易宇宙服のポケットに入れっぱなしだったことを思い出した。カウンター前の床に脱ぎ散らかした簡易宇宙服から端末を回収し、標準宇宙服の上半身に手を出した。
「お、重い…」
なにせ他の服は機能がある割には、ちょっとゴワゴワする程度の感じであったが、標準宇宙服は誰も着ていなくても、人の形が分かるほどであった。
特に上半身はヘルメットが直接肩の上に乗っており、その硬質な球体だけでもフレッドの持ち上げられる重量の限界に近かった。
よっこらしょとカウンター前の床へと下ろした。見た目は床に人の上半身が生えているような感じになった。
標準宇宙服の左腕に、簡易宇宙服と同じポケットが備わっていた。ただ場所は変わって下腕内側であった。
まあ、これだけモコモコの服を着たら、振り返るどころか上腕外側なんて見ることもできないだろうから、そこの位置が丁度いい位置なのだろう。
「着る前にバックパックのモニターをチェックする」
リーブスが指差した側に回り込むと、背中にあたる位置に四角い箱がついていた。中央に運搬時の便のためだろうか取手があり、その下に端末程度の画面があった。触れると自動的に内臓コンピュータが立ち上がり、自己診断を開始した。
「このシリンダーが酸素ボンベ。こっちは窒素ガスボンベ。上下を間違えると窒息死するから間違えるなよ。まあ口金の太さをわざと変えてあるから大丈夫だとは思うが。この四つが姿勢制御ノズル。窒素ガスを噴いて移動に使う」
家庭のカセットコンロで使うような小さなボンベを横から差し込むようになっており、ボンベの底には「O2」と「チッソ」と表示がしてあった。
「意外に小さいんですね」
ボンベの容量を見て不安を感じたフレッドが訊くと、リーブスは親指を立てて答えてくれた。
「これも基本は簡易宇宙服と同じで、服自体が二酸化炭素を分解してくれるんだ。だからボンベ自体はそんなに大きくなくてもいい。窒素ボンベは呼吸用にも姿勢制御にも使うから、あまりノズルを噴きすぎると、酸素濃度が濃くなりすぎて酔っ払うから気を付けるんだぞ」
「ようそろ」
酔っ払うとはどういう意味か分からなかったが、フレッドは頷いた。もちろん昨日まで真面目な高校生だった彼女に飲酒の経験は無かった。
「で、先に下半身を履く。これも靴と一体化している」
カウンターから下半身を下ろすと、コレも自立した。見れば同色の靴と一体化されていた。着るというより「入る」といった感じでフレッドは標準宇宙服の中に立った。
また靴のサイズに余裕がありすぎた。だが股下の長さを考えると、これよりも小さいサイズは選べそうもなかった。
「サスペンダーで肩から吊るんだ」
リーブスが自分の肩を指差した。フレッドは標準宇宙服の中に力なく垂れ下がっていた黒い帯を肩にかけた。長さを調整できるようになっていたので、ちょっと短めに縮めてみた。
胴の太さには余裕がある。もう一人フレッドがいたら入れそうなほどだ。円形に太さを維持しているのには理由があって、下半身の最上端には金属製の輪が嵌め込まれているのだ。
「で、キャップが内側のポケットに用意して無いか?」
十分な広さがある胴の内側に、ホースやら何やらが備え付けてある。その中にポケットがあり、簡易宇宙服の時に被ったキャップが突っ込まれていた。
「髪の毛を纏めるのは同じだ」
わざわざ被っていた黒ベレーを脱いで、リーブスは自分の剃り上げた頭をツルリと撫でた。
「ようそろ」
手早く先ほどと同じようにキャップで髪を押さえた。
「で、上を頭から被るんだが…。隊長」
「…」
左右から標準宇宙服を二人で持ち上げて、バンザイをしたフレッドに被せてくれた。
ちょっと斜めに下ろした上半身と下半身が重なったところで、上半身の最下部に嵌め込まれていた輪と、下半身の輪が噛み合った。真っすぐの位置に治す方向へ捩じるとカチリと輪同士の凹凸がキッチリと嵌り込んだ。
簡易宇宙服と同じくヘルメットに緑色の表示が現れた。自動的に気密などをチェックし、一〇〇パーセントになったところで「オール・グリーン」の表示が出た。
だが…。
「う、動けない」
なにせ上半身だけでフレッドの扱える重量の限界が近かったのである。下半身と一体化されている靴も、とても重い素材で出来ていた。
金魚鉢をひっくり返したようなヘルメットの向こうで、リーブスが苦笑のような物を浮かべているのが目に入った。端末で電話をかけるように耳へ当てると、宇宙服の中のフレッドに話しかけてきた。
「歩けるか?」
「頑張ってみます」
フレッドは全身の力を振り絞って右足を前に出した。
「お、根性あるな」
リーブスが変な誉め方をする。
「ぬをおおおおおお」
変な声と共に左足に挑戦したが、床から上がりもしなかった。
宇宙服の中で、肩で息をしていると、リーブスが仰ぐような仕草をした。どうやら無理をするなと言ってくれているみたいだ。
「脱ぐには…」
「環境モニターの確認」
「そうだ」
ちゃんと覚えていたことに対する称賛だろうか、リーブスが親指を立てた。
ヘルメット越しに左腕の内側を見る。やはり糸で繋がれたタッチペンが装備されており、指先の感覚なんか分からない程にブ厚い手袋越しでも操作が出来るようになっていた。
素手ならばパッパッと終わる操作に、一分近く時間をかけて、端末で周辺の環境をチェックする。もちろん普通に息をしているみんなが居るぐらいだから、成分を含めて何の問題も無かった。
画面を切り替えて、簡易宇宙服と同じように解除を指令すると、ガチャリと勝手に上半身が時計回りに捩じれて、上下を繋いでいた金具が自動的に外れた。
両脇にやってきてくれたダンゾーとリーブスが、助け出すように標準宇宙服の上半身を取り去ってくれた。
「どうだ? 宇宙服は?」
「これを着て動ける気がしません」
正直に言うとリーブスはニカッと笑った。
「まあ、大抵は無重力で使用するもんだから、あまり重さは気にならないのさ」
「そうですか?」
無重力状態でも質量は変わらないのである。これだけの重装備を着たまま、色々な作業ができるとは自分でも思えなかった。
「ちなみに、トイレではどうするんです?」
戦闘服には「ケツチャック」が、簡易宇宙服はゴワゴワだがいちおうセパレートになっているから、トイレでは苦労しなさそうだった。が、標準宇宙服では脱ぎ着ですら他人の手を借りなければならなかった。当然の質問であろう。
「そら、漏らすしかねえよ」
さらっと酷いことを言われた。
「あとで掃除が大変だが、そんなナリで個室に入れると思えるのか?」
指差されて、自分の胴回りの倍はある宇宙服の断面を見おろした。内側にあるポケットを見つけ、頭からキャップを外して収めた。
「え…、じゃあ…」
今更ながら微妙な表情になってしまった。中古の宇宙服という事は、すでに誰かがこの中でいたした後かもしれないのだ。潔癖症ではないつもりだが、お年頃の女の子には微妙な感情が湧くのだ。
「それが当たり前の世界なんだから、慣れてもらわねえとな」
「いちおう宇宙服用のオシメは売店で売っているわよ」
カウンターの向こうから助け舟のつもりか、レディ・ユミルが教えてくれた。
「その中にホースがあるでしょ。専用のオシメを履いてそこに繋げれば、服の中に色々な物が散らばるっていう事にはならないから」
なにせ胴回りで二倍近い太さがある。水分だってどう無重力で服の中で動くか分からないが、固形物ならもっと酷いことになるのではないだろうか。
「俺は薦めないがね」
リーブスがはっきりと言い切った。
「なにせ、コレがかかる」
親指と人差し指で輪を作るのは、スラブ系宇宙人相手だととんでもない意味だが、日系宇宙人の間でもお金を意味した。
「女の子には、お金よりも大事な物があるのよ。ね、ダンゾーさん」
「…」
話しを振られてダンゾーは何も答えなかった。だが、あの髪の量である。汚物が浮遊する空間には一秒でも居たくはないであろう。
肩からサスペンダーを外し、靴下に包まれた足を抜いた。振り返ると、まだ人が入っているかのように自立しているので、覗き込んでみた。
ちょっと古ぼけているような気がするが、汚れも臭いも感じられなかった。クリーニングは完璧の様だ。
「で、ひとつ問題があるのよ」
カウンターに肘枕をついたレディ・ユミルが声のトーンを変えた。
「?」
三人が不思議そうに振り返ると、いちおう事務室の中を一度振り返ってから、その問題という物を口にした。
「その娘に合うような装甲宇宙服は、さすがに無いわよ」
言われてフレッドは警務室で見た装甲宇宙服を思い出した。あんなロボットのような物を着て自分が動けるとは思えなかった。
「まあ、新入りに白兵戦をさせるわけにもいかんでしょう。もし、そうなったら補給長が面倒見てやってくださいよ」
リーブスが遠慮がちにダンゾーを見て言った。ゆっくりと彼女が頷いているところを見ると、どうやら同じ意見の様だ。
「…。まあ、いいけど。どちらにしろ敵に乗り込まれたら、安全な場所なんか無くなるものだしね」
「あの~」
とても言いにくそうにフレッドは訊ねた。
「そういう時の武器は?」
「警務室にヒートライフルがある。あれは陸戦隊用の装備で、装甲服を着て戦う時だけじゃなく、何かやべえ事件が起きた時にも持ち出す」
「そうではなく…」
リーブスが右腰から腿へかけて吊っているショットガンをチラチラ見ながらフレッドは訊いた。
「みなさんが持っているような武器は?」
「あ、それは自前なのよ」
あっさりとレディ・ユミルが答えた。
「個人の携行武器は自前なの。まあビームガンなんかの充電は船内の電気を使ってもいいけど、カートリッジや、火薬を使う弾丸なんかも自前ね」
そう言ってレディ・ユミルは懐から銃を抜いて見せた。ダンゾーがガンベルトに入れているような自動拳銃ではなく、西部劇に出てくるようなコルト・シングル・アクション・アーミーであった。
クルクルと慣れた手つきでガンスピンを決めると、ストンとショルダーホルスターへ放り込むように戻した。
「自前なんですか」
ちょっと残念そうにフレッドが言うと、レディ・ユミルは通路の先を指差した。
「いちおう売店で申し込めば、ビームガン程度なら取り寄せができるわ。もちろんツテがあるなら自分で手配するのも自由よ」
「そ、そうですか」
宇宙海賊船のイメージとして、どこかの部屋を開けると雑然と色々な武器が積んであり、一朝何かあった時はそこから適当な武器を持ち出す、という物があったのだ。
「まあフレッドの手じゃ、ポケット・ニッケルあたりしか扱え無ぇって」
リーブスもショットガンを抜いて、クルクルと豪快にガンスピンを決めた。すぐにホルスターに戻すのでなく、肩へ銃身をかけてポーズを決めた。マッチョな彼がそうやると、戦闘服と相まって、まさしく宇宙海賊という絵面であった。
「ポケット・ニッケル?」
「こんぐらいの小さいビームガンだ。反動も無いし、威力も十分あるからウチに乗組んでいる女の子たちは大抵持ってるぜ」
左手の人差し指と親指で大きさを示してくれた。
「え、でも…」
フレッドの目が、まずダンゾーの腰にある自動拳銃に行き、それからレディ・ユミルに向いた。
「隊長は別格だからな」
ショットガンをホルスターへ収めながらリーブスはニカッと笑った。
「小さなビームガンじゃ陸戦隊は務まらないのさ」
「はあ。ええとレディは?」
「レディ・ユミルも別格だからな」
「いちおう、お金を扱う部署だしね」
レディ・ユミルは背後にある事務所を振り返った。そこには金庫などがドーンと置いてあるわけでは無いが、先ほどまでの契約書の説明などから、お金に関する物が置いてあることは間違いないだろう。
「強盗とか入ったりするんですか?」
好奇心から訊くと、レディ・ユミルはニッコリと笑顔を作った。
「お前よ」
ドンとリーブスの大きな手が肩に置かれた。
「いくら宇宙海賊が命知らずでもよ、自分からガス室へ入っていくアホはいないんだぜ」
また囁き声にしては大きな声で言われると、レディ・ユミルの笑顔が末恐ろしい物に見えてきた。
「あ、そうだ。武器を持つなら二つ以上がお勧めだぜ」
あからさまにリーブスが話題を変えた。
「隊長や俺を見れば分かると思うが、近接戦闘用と銃火器の二種類が基本だ。まあ、あとは何を持つかは個人の趣味だが」
「はあ、まあ」
「あと、船内でやたらと振り回すのも禁止だ。理由は言うまでも無ェとは思うが、危ないからな」
いまさっきガンスピンを決めていた男には言われたくないセリフであった。まあ初心者は暴発などの事故を起こしやすいという意味もあるのだろう。
「ようそろ」
「もっと重要な事がある」
リーブスが笑顔を消した。
「相手が身内だろが何だろうが、喧嘩で得物を抜いたら撃ち殺されても文句は言えねえ。わかったか?」
さっきまでの笑顔との落差に、フレッドは唾を呑み込んだ。
「素手の殴り合いなら笑って済ませられるが…」昨日まで普通の女子高生だったフレッドには笑って済ませられない事を言った。「…得物を抜いたら、相手が死ぬまで殺し合いだ。忘れるなよ」
「よ、ようそろ」
気を呑まれて変な声が出た。
「これは相手がカタギだろうがマッポだろうが、他の宇宙海賊でも同じだ。殴り合いなら笑って済ませられるが、抜いちまったら後戻りはできねえんだ。肝に銘じとけよ」
「ようそろ」
何度も強調されたので、頷いて返した。が、まるで壊れた人形のようにギクシャクとした動きだったことは認めなければならないだろう。
「もちろん、始まっちまったら、俺たちも駆け付けるがな」
リーブスはニコッと笑って親指を立てた。
解説の続き
封筒型の寝袋:無重力でも安心
戦闘服:陸戦隊専用の装備のつもり
戦闘靴:まあ現代の歩兵が履いているようなゴツイ靴を想像してください。これも陸戦隊の装備品
ケツチャック:ツナギの服でコレが無いと全部脱いですることになるから大変
簡易宇宙服:イメージはクラッシャージョウが着ているクラッシュジャケット
兵科色:自衛隊だと陸自で歩兵(普通科)が赤、砲兵(特科)が黄、戦車がオレンジ。<メアリー・テラコッタ>は宇宙戦艦ヤマトに寄せてみました
「O2」と「チッソ」:もちろんO2とは酸素の事だ。表記をわざと変えることによって混用を避けているのである
スラブ系宇宙人では…:性的に相手を屈辱する意味になるはず
コルト・シングル・アクション・アーミー:西部劇で使用される定番の銃。現代において機構が古すぎて実戦向きとは言えない。レディ・ユミルが持っているのは宇宙空間でも確実に作動するからであろうか




