宇宙海賊やろう! じゅうさん
場面はフレッドに戻ります。今度は事務手続きの話し
フレッドが連れて行かれたのは、居住区のほぼ中央にある区画であった。
医務室にシャワー室と、この船で目が覚めてすぐに色々と世話になった場所である。
食堂の横には、通路にまで商品がはみ出すほど置かれた売店があり、売り子の女がニコニコとして店番をしていた。
さらにその横には、まるで市役所のようなカウンターが設置された部屋があった。部屋の入り口の上に「事務室」と不愛想なプレートが掲示されていた。
カウンターの向こうには事務机を四つ突き合わせて島を作っており、やはり宇宙船には似合わない服装をした幾人かが、忙しそうに情報端末を叩いていた。
まるで地方自治体のお役所のような雰囲気である。働いている者たちの服装が、宇宙船内とは思えないほど普通であるし、さらに飛び交っている書類などがその印象を強くした。
ただ普通と違うのは、誰もが武装をしているという点である。
「おはようございます」
カウンターのところでリーブスが声をかけると、全員が振り返った。
リーブスとダンゾーに挟まれる形でやってきたフレッドを見つけると、一番奥の席からビジネススーツ姿の女がカウンターまで出てきた。この女も、ダンゾーとは比べるまでも無いが、惑星上では見ることが無いような面差しを持った美人であり、ヤボったいビジネススーツに包んでいる体も、それなり良いシルエットをしていた。ただジャケットの左脇から銃のグリップが見え隠れしているのは、さすが宇宙海賊船の乗組員といったところか。
「おはよう」
掠れたような声でリーブスに笑顔を作ってから、フレッドに視線が回って来た。
「おはようアルフレッドさん」
「おはようございます」
「私はこの船で事務を引き受けているユミルという者です。以後、お見知りおきを」
先ほどのフレッドが口にして、海賊だったら砕けた言い方にしろとリーブスから注意を受けたような挨拶を、女が口にした。声が掠れたような調子のままなのは、これが地声であるからのようだ。
そっとリーブスの顔が耳元に近づいて来た。
「レディ・ユミルは、船長よりおっかないから、気を付けるんだぞ」
だが囁きにはちょっと声が大きかったようだ。激しい咳払いの後に彼女はリーブスを睨みつけた。
一旦首を竦めたリーブスは、開き直ったように言った。
「ほら、何事も最初が肝心って言いやすでしょ」
「最初が肝心は分かるけど、余計な事を言わない」
据わった目で見られて、リーブスは降参とばかりに胸の前に手を挙げた。
「ようそろ補給長」
「…。ま、いいわ。そこにどうぞ、アルフレッドさん」
レディ・ユミルはカウンターの反対側の席をフレッドにすすめ、自分もカウンターの向こうにある椅子を引き寄せた。
カウンターを挟んで座ると、彼女の魅力が増したような気がした。いかにも仕事が出来る女という雰囲気を醸し出しているのだ。
「?」
フレッドがポケッと自分の顔を眺めている事に、レディ・ユミルが訝しむような顔をした。
「なにか?」
「いいえ、なんでも」
そこで初めて相手が化粧をしていたことに気が付いた。ダンゾーは化粧のケの字も縁が無いようであったから、この船に乗って初めて「まともな女性」に会った気がするフレッドだった。
「さてと、アルフレッドさん」
「フレッドでいいです」
「…。じゃあフレッドさん。まず初めにひとつ訊いてもいいかしら」
「…。なんでしょう?」
おずおずと訊き返すと、レディ・ユミルが興味深そうな声で質問した。
「この名前。船長が決めたんじゃなくて、自分で決めた?」
「はあ。まあ、はい」
意外な質問だったので、気の抜けた声が出た。
「やっぱりね。よかったわね」
なにが良かったのだろうとリーブスを振り返ると、察しろとばかりに親指を立ててウインクをしてきた。
「さて、フレッドさん。本当に海賊船に乗組むつもりはあるのね?」
まるで企業の面接官のような事を言われた。
「はい」
ここで負けてはいけないと、フレッドはまっすぐと彼女を見た。
「いちおう老婆心ながら言っておきます。宇宙海賊なんてカッコいい商売じゃないわよ。汗水たらして働いて、やっとの上りがチョビッとなんて事ばかり。しかも危険だらけ。安全に暮らしたいなら惑星で暮らすことを薦めるし、儲けたかったら適当な大学の経済学部からトレーダーになることを薦めるわ」
立て板に水のように、まるでいつも腹に抱えている不満のような、愚痴のようなことを言い出した。
「いえ。私は、宇宙で生きていく方法を学びたいんです」
フレッドがコクーンへ言った事を繰り返すと、レディ・ユミルはキョトンとした。
その顔のまま視線がフレッドの後ろに立つリーブスではなく、部屋の端で腕を組んで壁に寄りかかったダンゾーに向いた。
「誰か教えたの?」
「…」
ダンゾーは右肩を少しだけ上下させた。どうやら肩を竦めてみせたようだ。
「これから教えていくんでさ」
リーブスが親指を立てた。
「そういう意味じゃなくて…」
何か言いたそうになったレディ・ユミルだが、小さな溜息のような物を吐くと、カウンターにノート型端末を置いた。
「まあ、いいでしょう。で、海賊船とはいえ人を一人雇うとなると、色々と手続きが生まれるのよ。それを今、ここでやっちゃいましょう」
端末に電源が入れられ、細かい文字が表示された。日本語ではあるがまるでお経のような漢字だらけの文章であった。
一台の端末であるが二人で読みやすいように、同じ文章が適当な角度で、カウンターのこちら向きとあちら向きに浮き上がって表示された。
「まず、これが契約書。ウチのは変な項目が無いはずだけど、ちゃんと読んでね。あくどいところなんかは、奴隷売買の契約書じゃないかってな具合になっているから、気を付けて」
「は…、ようそろ」
フレッドはカウンターの上に置かれたノート端末の画面をなぞった。それに従って上空に表示された画像がスクロールされていく。契約書はとても真面目な物で、細かな字で色々な事が書いてあった。
「読みながら聞いて頂戴。ウチの契約書は、銀河船員協会に準じる物になっています。この条件が呑めないのなら、民間の貨客船でも採用は無理だと思ってね」
契約書の下の方にお給料の金額も掲載されていた。そこで指が止まったことをレディ・ユミルは見逃さなかった。
「とりあえず一ヶ月の試用期間なので、銀河船員協会の約定で、乗り込んだ星の最低賃金に二割増しというお賃金になります。計算は一五分ごとの時給計算、もちろん夜間と深夜には割増になり、危険手当に該当する作業が加われば危険手当もつきます。ですから、ここに書かれている金額よりは貰えるはずよ」
牛乳配達のバイトよりは確実に多い金額が明示されていた。ただしフレッドの慣れたグンマ中央銀行発行のグンマ・ドルではなく、銀河銀行連盟が為替安定のために設定したクレジットという単位だった。現在、グンマ・ドルとクレジットの為替レートは、〇、九から一、二の間を行ったり来たりしているはずである。準戦時下とはいえ暴落の気配は無いので、どちらで口座に入れておいても安心なはずである。
「二時間ごとに二四時間当直に就くって言ったろ。だから夜間手当と深夜手当は毎日つくことになるぜ」
リーブスが丁寧に付け加えてくれた。
「さらにメシは船が食わせてくれるし、着る物もそんなに金はかからねえ。もちろん寝る場所だって家賃がかからねえから、意外と貯まるもんだぜ」
「そう…、ですね」
フレッドは給料の項目を読み直しながらガクガクと頷いた。
「読んで納得いったなら、一番下の欄にサインを。あ、本名じゃなくて、アルフレッドと入れてね」
その様子を誤解したのか、レディ・ユミルが心配そうに言った。言われたフレッドが不思議そうに訊き返した。
「本名じゃなくていいんですか?」
「ええ、結構よ。もし海賊が嫌になってブッチすることになったら、契約書の破棄を求める裁判を起こさなくても済むでしょ。たった一言『あれは自分のサインじゃないから』って言えばいいのよ」
「ええと。じゃあ、なんでサインがいるんですか?」
意味が分からずフレッドは契約書から顔を上げた。
「いいのよ。『今はアルフレッドと名乗っている女』が契約すれば、契約は完了なんだから」
「???」
黒色を指差して虹色と言われたような気がして、フレッドは首を傾げた。
「なんにしろ、契約して無いと色々と事務手続きが進まないのよ。健康保険とか生命保険とか」
「はあ」
まあ事務手続きを完了しないと宇宙船乗りになれないと言われたら、無理にでも納得するしかない。契約書には変な項目もないし、また当直以外に緊急事態では超過勤務が発生する旨まで正直に書かれていた。
「アルフレッドっと」
カウンターに置かれたペンを取り、端末の画面へ走らせた。かっこよく筆記体の英字でサインを決めたかったが、書き出しの三文字が「ALF」なのか「ARF」なのかスペルが分からなかったので、カタカナで記入した。
「こっちが誓約書。<メアリー・テラコッタ>に乗組んでいる間は、船長の命令に従いますっていう紙よ」
言外にこんな書類は書くだけ無駄と言うことを滲ませてレディ・ユミルはスワイプした画面を指差した。まあ電子書類の事務作業であるから、本当は紙でも書類でも無いのだが。いまだに口語上で紙と呼ぶ慣習は残っていた。
簡単な文章の下に、またサインを記す欄があった。これも「あれは自分のサインじゃない」とブッチしていいのだろうかと思いながらもサインした。
「次が、コレ。健康保険の書類。いままでフレッドさんは健康保険に入っていたと思うけど、どこに入っていたの?」
「ええと。グンマの国民健康保険です」
毎年十月になると役所から更新の通知が端末へ着信していた。
「番号は覚えてる?」
「えー」
さすがに自分の保険証番号までは覚えていなかった。小学生までは無料なので、よく病院へお世話になっていたが、中学からは控えていた。それでも母がかかりつけの医者に行った時などは、代わりに支払いをしたことがある。でも、その時だって端末をかざしてピッで終了であった。
「…、まあ、いいわ。こっちで調べておくから。今日からは銀河船員保険になるから、本人負担額は一割ね。治療費が一定限度額を超えたら、保険協会の積立金から支払われるから、最大でも三〇〇クレジット以上の支払いは無いわ」
「それは、うれしいです」
星間国家グンマの国民健康保険は、中学生以上は三割負担であった。二割もお得であった。
「あくまでも治療費ですから、そこのところを間違えないでね。入院費などは別途かかります。それと仕事で負った怪我や病気による入院中は、収入保障を保険協会がしてくれます。まあ、そんなことになったら手続きは私がすることになるだろうけど…」
ちょっと心配そうな顔になったレディ・ユミルは言った。
「そんな手続きは面倒だからさせないでね」
「これが所謂ツンデレって奴だぜ」
またリーブスが囁き声にしては大きな声でフレッドに言った。
「リーブスくん」
睨まれて慌てて直立不動のポーズに戻った。
「あなたが食糧庫で低体温症になっていた分の治療費は、国民健康保険の方に請求が行くので、三割負担となります。あとで清算しましょう。あ、船内ではグンマの通貨は使えません。ええとグンマ・エンだったかしら? 船の中では銀河共通のクレジットで決済だから気を付けて」
「ようそろです」
自分がした不始末の末の治療とはいえ、ちょっと納得がいかない出費ではあった。
「それと、こっちは…」
サッと伸びてきたレディ・ユミルの指が、画面をスワイプさせた。横から現れた画面も文字だらけであった。
「こっちは生命保険の書類。雇用期間が一ヶ月だと、普通の生命保険には入れないのよ。だから掛け捨ての物になるけど、了承してくれる?」
「生命保険…」
さすがに牛乳配達のバイトしかしたことのないフレッドには初めての物であった。いや本当は加入していたはずだが、相手が中高生という事で雇用主の方で処理していたはずだ。
「それだけ危険ってことなのよ」
「でも、私に受け取る家族なんていません」
「そういう人、この船に多いのよね」
レディ・ユミルはまたリーブスへ視線をやった。
「おっと、俺はちゃんと保険入ったじゃないですか」
リーブスはレディ・ユミルの視線に仰け反ってからフレッドへ優しい声をかけた。
「自分の葬式代ぐらい用意しておいた方がいいって話さ」
「ああ、そういう…」
なにせ昨日まで高校生であった。自分の葬式を想像した事すら無かったのである。
「もちろん正式雇用になったら、掛け捨てで無いちゃんとした保険に入った方がいいわ。そっちは節目ごとに返戻金が返って来る商品を薦めているの、考えておいて」
「は、はあ」
一か月後に放り出されるかもしれないと思っている現在の精神状態では考えにくい話題であった。
「あと、こっちは船員年金」
またレディ・ユミルの細い指が伸びて来て画面をスワイプした。別の細かい文字で埋められた書式が現れた。
「バイトでも銀河船員協会の船員年金に加盟する事ができるのよ。これを一ヶ月でも払っておけば、いざ国民年金をもらえる歳になった時、ちょっとは色がついた金額になるわ。もちろん厚生年金や民間の年金型保険でも同じです」
「年金…」
たしかに高校を卒業すれば就職するつもりだったから、こういった物にも加盟することになるだろう。もし一ヶ月で退職することになっても、いいモデルケースになると思った。
「で、年金の加盟費がコレで、月額がコレ。生命保険がコレで、健康保険の加盟費に月額がコレ」
次々と加算される金額は、最初に貰えそうなお給料よりも大きい物になりそうだった。まさかそういう詐欺商法なのかと背中に汗を掻き始めると、レディ・ユミルがまた別の文字だらけの画面を表示した。
「でもフレッドさんは未成年でしょ。だから減免処置やら何やらが適用されて、これだけの金額になって…」
半額以下の金額が載った書式がまた横へスワイプされた。
「さらに銀河船員協会の補助金がこれだから…」
半額になった金額がさらに半額になった。
「そして、こういう加盟費用は、たいてい船長が新しい船員を迎えるにあたって、祝い金の代わりとして出す慣例があるのよ」
ちょっといいワンピースを買う程の値段になった金額を、レディ・ユミルがなぞると赤いバツ印がついた。
「ええと?」
目の前でテーブルマジックを見せられたように目を回したフレッドが、レディ・ユミルではなく、後ろに立つリーブスを振り返った。
「つまりフレッドからの持ち出しは無ぇってことさ」
「あ、ありがとうございます」
「礼なら船長に言ってね」
レディ・ユミルが微笑んだ。ダンゾーのように派手な美貌ではないが、頼れるお袋さんのような安心感を持てる笑顔だった。
「はい!」
元気のいいフレッドの返事を満足そうに聞いたレディ・ユミルは、画面をもとに戻していった。
「ということで、それぞれにサインが必要なのよ。健康保険に生命保険、船員年金。減免の申請書に補助金の申請書」
「あわわ」
書類の多さに段々と目が回って来た。レディ・ユミルの細い指先が指し示した箇所へ片端からサインを入れていった。
「それと…」
契約書関係の書式を画面から片付けたレディ・ユミルは、見た事のあるマークがデカデカと表示された書式を表示させた。
フレッドが昨日まで通っていた学校の校章であった。
「あなたが通っていた高校だけど…」
「あー」
せっかく三年間通ったのに中退になるのかと声が思わず出た。
「通信制の方で授業を受ければ、卒業資格が出るそうよ」
「へ?」
「さすがにバイトの方は一身上の都合で退職という事になるけど、退職金が振り込まれるそうです。それと昨日までの生活支援金が自治体からまとめて口座に振り込まれているはず。ウチに試用とはいえ雇用されるので、支援金は打ち切られる事になります。もし一か月後に船を下りることになったら、自分で手続きし直してね」
「あ、あの…」
「孤児院には私の名義で連絡は入れてあります。荷物などは後で船宛てに宅配便で送ってくれるそうよ。だけど時間が出来たら電話でいいから挨拶ぐらいはしておきなさい」
「それって、私の事を色々調べたってことですか?」
さすがに個人情報のあれこれを調べられて気分を害したフレッドは、頬を膨らませるとレディ・ユミルを睨みつけた。
「もちろん部外秘として外に情報は漏れないようにします。あと、あなたみたいに素性がはっきりしている娘も珍しいのよ」
悪気は無いと言いたげだ。
「で、なるべく、あなたのためになるように手続きしてみたのだけど、お節介だったかしら?」
「…」
確かにお節介であった。ただ学校の事、バイトの事、孤児院の事、全てにおいてフレッドに有利になるように事を運んでくれていた。
母の遺志で通っていた学校を中退するのも悔しいし、世話になった孤児院にも挨拶ぐらいするのが道理であろう。バイトだって退職金をドブに捨てるよりは貰える方がいいはずだ。
「通信制に関する書類はコレ。申請書はコレね」
納得いっていなかったが、フレッドはそちらにもサインを入れた。その途端にレディ・ユミルがクスリと笑った。
ちょっと乗り出して小さな声で囁いてくれた。
「そっちは本名じゃなきゃダメでしょ。あなた、アルフレッドっていう名前で学校に通っていたの?」
「あ!」
慌てて修正を入れた。
「密航初心者にありがちなミスね」
クスクスとお上品に笑うのだが、これがまた彼女の容姿に似合っていた。
「密航初心者…」
「まあ他の密航者なんて、スラムでカッパライやってましたとか、ゴミ拾いで生計を立てていましたとか、本当に素性が知れない人ばかり。そういう人は政府の生活支援金とか健康保険とか知らないで生活していたりするから、書類の帳尻を合わせるのも大変なんだから」
「やっぱり密航者って多いんですか?」
好奇心の方が勝って、個人情報を覗かれた怒りが引っ込んだ。
フレッドの質問に、レディ・ユミルが不意打ちを喰らったように表情を固くした。
「?」
意味が分からずキョトンとしていると、後ろで笑い声がした。振り返ると壁に寄りかかったままダンゾーが笑っているではないか。なんと体を折るほど笑っている。「腹を抱えて笑う」という見本のような笑い方であった。
「そうだよなレディ・ユミル。密航者は多いよな」
確認するように言うダンゾーに、なにか含むことがあるのか、レディ・ユミルの顔が赤くなってきた。
フレッドの肩を後ろからリーブスが叩いた。
「まさかフレッド。宇宙海賊船が『ギャラクティカ・グッド・ワーク・ネット』に募集広告を出していると思ってんのか?」
銀河系で最大の求人求職サイトの名前を出してリーブスが笑った。たしかに宇宙海賊がそんなところに乗組員募集の登録をしているとは思えなかった。
「じゃあ他の方も?」
「俺は違うが、ま、元密航者って奴はけっこういるな」
リーブスはニカッとして親指を立てた。
「俺は隊長に道端でケンカを売って、負けてそのまま舎弟になった口だから」
「はあ」
説明されてもどういう経緯で宇宙海賊になったのかピンと来なかった。
「いつまで笑ってるの」
ちょっと怒った声でレディ・ユミルが窘めると、やっとダンゾーが笑うのを止めた。だが先ほどまでの仏頂面はどこに置いて来たのか、顔は緩んだままであった。素が美人であるから、まるで花が咲いたような華やかさがあった。
「ま、密航者は多いよな」
最後にそう言い捨てて、ダンゾーは再び壁へ寄りかかった。だが、まだ余韻が残っているのか、含み笑いをしているような柔らかい表情になっていた。
「もう、あなたが変な事を言うから」
怒りの矛先がフレッドの方へ向いた。それでも話の続きをしてくれた。
「たしかに密航者は多い方かな。港に寄ると『キャプテン・コクーンに憧れてまして』とか言って、たいてい一人か二人潜り込んで来るの」
「そういう人もやっぱり?」
「もちろん試用期間を置いて雇うんだけど、残っているのは二割ぐらいかな」
「え? じゃあ八割は?」
「だいたい二割はすぐに死んじまうなあ」
リーブスが感慨深そうに声のトーンを落とした。
「ええっ」
驚いて振り返ると、リーブスは今さっきまでの笑みを消していた。
「それだけ宇宙ってのは厳しい世界なんだ。おまえさんも生き残りたかったら、船長を始めとするお偉方の言う事を聞いて、優しい先輩方に言われた事をちゃんと守れよ」
「自分で『優しい』なんて言う?」
レディ・ユミルに訊かれて、慌ててリーブスはニカッと笑って親指を立てた。
「大丈夫だフレッド。残りの六割は、生きて船を下りた連中だ。ま、俺たちが解雇にしたのが半分。宇宙でやっていく自信が無くなったのが半分ってトコかな」
「いちおう雇用期間に応じて退職金も払われます。ちゃんと契約書にあったわよね」
最後まで読んだんでしょと確認するようにレディ・ユミルは微笑んだ。ここで否とは答える勇気は無かった。
「あ、それと、忘れてた」
レディ・ユミルはカウンターに置いたノート端末を慌てて操作し始めた。
「?」
しばらく時間がかかったが、目的の情報は見つけられたようだ。
「あなたには宇宙港の警察、および軍警の方から保護要請が出ていましたが、本日の〇七〇〇時を持って解除されています」
自分の立体映像に赤いバツ印がつけられて「捜査にご協力ありがとうございました」とキャプションがつけられていた。
「あ、私が怪我をさせたお巡りさんは?」
「そっちは…」
レディ・ユミルの視線が一旦ダンゾーの方へ走ったが、すぐに帰ってきた。
「船長がうまく取りなして、見舞金などを支払う事で見逃してもらうことになったわ」
「へ~」
リーブスが腕組みをした。
「俺が揉めた時もそうしてくんねえかな」
「あなたはケンカを控えなさい。ドコ行っても騒ぎを起こすんだから」
「へえい」
「警察で思い出した」
パンと軽く手を打ち合わせたレディ・ユミルは、リーブスに訊ねた。
「そちらに宇宙港の警察から拾得物の問い合わせが回って来てない?」
「落とし物ですかい?」
リーブスは自分の端末を取り出した。しばらく検索している雰囲気の後、戸惑っているような声がした。
「これかな? 携帯端末一台」
「それ。それ、この娘のだから受け取っておいてね」
「ようそろ」
リーブスが端末を操作している間に、カウンターの奥から荷物を抱えた男がやってきた。
「よいしょっと」
カウンターに置いた端末の横に荷物が一山積まれた。
「ありがとう」
部下の労力に礼を言って、レディ・ユミルは荷物へ手を置いた。
「これが支給品になります」
解説の続き
飛び交っている書類:実際に紙の書類が飛んでいるのではなくて、電子書類のホログラムであろう
「おはようアルフレッドさん」:一発で偽名を言えたという事は、キャプテン・コクーンから話しが回ってきているという事だ
「よかったわね」:自分で偽名を決めていなかったらどうなっていたのだろうか
「誰か教えたの?」:リーブスは誤解しているが、これはフレッドが「宇宙で生きていく方法を学びたいんです」と言ったからである。前の章と合わせて、どうやらかつてキャプテン・コクーンが同じことを言った事があるのだろう
契約書:人を雇うんだから必要だと思って
銀河船員協会:似たような国際組織は現在もあって、船員の身分の保証をしていたりする
クレジット:スペースオペラでは定番の通貨単位。この話では国際的な為替相場で使用する単位としてみた
為替レート:様々な星を渡るくせに通貨単位が統一されていることが多いスペースオペラ。だけどEUのギリシャを発端とする二〇一〇年欧州ソブリン危機の前例があるから、統一通貨は経済として奇形なのではないだろうか
スペル:おそらくALFREDが正しい綴りでは無いだろうか。まあ、さりげなくフレッドの英語の成績がわかるようにしてみました
健康保険:宇宙海賊船なら怪我は日常茶飯事だろう。だから健康保険は必要と思って。船員保険というのは実際にある
三〇〇クレジット:執筆時の為替において日本円で四万四千円ぐらい
グンマ・エン:地方通貨まで覚えていられなくてレディ・ユミルは単位を間違えている
生命保険:果たして海賊を入れてくれる保険会社があるのかどうか。まあ掛け金が法外な値段なのかもしれない
年金:ネットじゃ返ってこないから払うだけ無駄という風潮だけど、払っておいて損はないと思うけどね。スペースオペラに年金が必要かどうかは不明だけど、これだけ日本文化が進出してれば年金もアリかなって
フレッドが通っていた学校:まさか清隆学園グンマ分校とかではないだろうな
レディ・ユミルは…表情を固くした:彼女もまた密航者だったりして。ダンゾーも笑っている事だし可能性は高い
二割:人の集団があると二割が優秀で、二割が逆に劣等、残りの六割が凡人と言いますから
「船長がうまく取りなして…」:本当は、ロウリーから話しが行ったコルポサント卿が取りなしたはずだが、彼女に父親の名前を出すのをためらったのであろう




