宇宙海賊やろう! じゅうに
エルフ同士で話し合いが終わった様です
その部屋は、わざと照明を落として薄暗くしてあった。各コンソールの表示を見やすくするための処理であり、また透明な装甲で作られた舷窓から外側を見るのに支障が無いようにするためだった。
宇宙船として<メアリー・テラコッタ>を動かすために必要な場所である。
ラグビーボールに例えられる形をしている船の、前から三分の一に当たる位置からボコッとはみ出しているように見える場所。ここが<メアリー・テラコッタ>の船橋である。
ブリッジの後方中央にある船長席にコクーンは座っていた。カラアゲは背後にある丁字形の止まり木で翼を休めていた。
ブリッジは一〇畳くらいの広さをした部屋であり、様々なコンソールとセットで椅子が船首向きに配置されていた。
通常直の現在は半分ぐらい席が埋まっており、各席で当直の者がコンソールを操作していた。
立っている人影は三人である。ひとりは銀色のような微妙な色合いのワンピースにロングパンツをあわせたナナカである。彼女の体は薄く光を発しており、闇に浮き上がって見えた。もちろん透明な情報表示板を抱えて、船長の左後ろに控えていた。
もうひとりは、赤から青へと変な色のグラデーションに髪を染めた日系宇宙人の男であった。鍛えているようには見えないが、腕まくりして見えている下腕は筋肉の塊のようなガッシリとしていた。着ている物は白地に橙色が入った簡易宇宙服である。
染めた髪は肩近くまで伸ばしており、直立不動で船長の右前側に立っていた。
もちろん宇宙海賊だから他の乗組員と同じように武装している。彼は腰に巻いたベルトからカラビナで小型の斧を吊るしていた。
最後の一人も簡易宇宙服を着ていたが、長髪の男と違って白地に緑色をしていた。彼は珍しく武装していないように見受けられたが、簡易宇宙服の袖が不自然に広がっている事から、そこへ隠し武器を仕込んでいるのではないかと推察できた。
現在<メアリー・テラコッタ>は惑星カゴハラの軌道上に漂泊中であるから、誰もが忙しい様子では無かった。立っている三人も、命令を出すことも無く、どことなく暇そうだ。
よって船長席に座るコクーンも、肘掛けに頬杖をついているぐらいだ。船長公室に居た時と違うところといえば、首から双眼鏡が提げていることだ。
横に細長い舷窓から見える風景には、星空をバックにして格子状に二段二列に並んだグンマ宇宙軍の駆逐艦がいた。
キャプテン・コクーンはそれを面白くなさそうに眺めた。
まるで観艦式のような並びは、彼に言わせればシロウト丸出しの行為なのだ。
惑星間距離を狙撃できる武器がある宇宙空間で、一直線に並ぶという事は、一回の奇襲で全滅する可能性を意味しているからだ。
「…」
文句をつけようにも、一介の傭船の指揮官にそこまでの権限は無い。だからこうして面白くなさそうに眺めているしかないのだ。
と、後方側面にある入り口が開けられた。通路の照明がサッと差し込むので、誰かが入って来たのはすぐに分かる。
「船務長、ブリッジ」
ナナカが室内全員に分かるように声を上げた。これが軍艦ならば敬礼で迎える者もいようが、宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>では、仕事の方が優先であった。
席についているほとんどの者が振り返りもしなかった。立っていた長髪の男が、会釈の出来損ないのような挨拶をした。もう一人の若い男は首から提げた双眼鏡で何かを見ていたため、振り向きもしなかった。
キャプテン・コクーンはゆっくりと右の出入口の方へと振り返った。
先ほど船長公室で別れたままの、黒いドレス姿のロウリーが、まるで動く台に乗っているかのようにドレスの裾を揺らさずに、コクーンの許へとやってきた。
暗い中でナナカの体からの明かりを反射して、ドレスに刺繍された銀糸の龍が暗闇の中で蠢いているように見えた。
「どうだった?」
「あ奴、あっさり認めたばい」
ナナカとは反対側に立ったままロウリーは答えた。
「どっちを?」
浮気をした事なのか、それともフレッドの実父であることなのか、どちらかが分からずにコクーンが質問すると、瞳のない瞼を細めた。
「両方ばい」
「そうか。とすると?」
このあと貴族がどうリアクションを取るか、短い時間で数パターン頭の中で考えてみた。ドレも、まあ、あまり面白くなさそうだった。
「引き取って養女にしたかて申し出した…」
コクーンの表情を観察しながらロウリーは言った。
「と、言うてん信じんじゃろうね」
「俺も長い海賊生活で捻くれているからな」
あっさりとコクーンが認めて肩を竦めた。
「まあ、自分の手元に置きたかちゅうとは、すらごとじゃなかとです。認知も公にはせんが、内々にはしようかちゅう話しになった」
「まあ、そんなトコか」
別荘の警備が機械任せでなく人件費をわざわざかけてまで人を配置していたと聞いた時から、コクーンには見当がついていた。
「で、なぜフレッドのお袋さんが放逐された? そういう話しはしなかったのか?」
「最初は、もちろん遊びんつもりやったそうばい」
ロウリーが感情を感じさせない声で話し始めた。
「いちおう『彼女には愛ば感じとった』とか、それなりん言い訳ばしとったけど。ノノーランに詰め寄られるっと目ん泳ぎよったね」
複眼のエルフで目が泳ぐとはどういう状態なのか、実際にロウリーにやってもらいたくなるコクーンであった。
「で、ひと夏の思い出…、いや冬に来ていたのか。ひと冬の思い出を作ったというわけか」
「そうやなあ」
ロウリーは頷いて認めると顔の前に落ちて来た前髪を払った。
「<カゴハラ>にノノーランば連れて来んのも、まあ『羽ば伸ばす』ためやったんじゃろう。手当たり次第とは語弊があるかもしれんが」
「おやおや」
黙っていた長髪の男が口を開いた。
「エルフって、そんなにお盛んでしたっけ?」
長い寿命を持つエルフが、人類のように毎年妊娠できるのならば、すでに宇宙はエルフだらけになっているはずである。
「いや、男は五年に一回、女は一二年に一回しか発情期は回ってこん」
もちろん気の長いエルフの暦でなく、現在の銀河標準暦に換算してロウリーは答えた。エルフの男女で発情期がずれているのは、宇宙で暮らす者にとっては常識であった。また血統主義が強いエルフの社会では、ジーン・ミキサーなどによる不妊治療が嫌われる傾向にあることも知られていた。
「五年と一二年…。六〇年に一回か?」
コクーンが簡単な小学生の問題を解いてロウリーに質問すると、ゆるゆると彼女は頷いた。
「おかげでエルフん女も、男どもん浮気に苦労すっことになる」
「俺を入れないでくれ」
コクーンはたまらず首を竦めた。その様子がおかしかったのか、長髪の男が吹き出した。
「まあ、それに。相手ん人間やったら妊娠すっことも無かはずだけん、問題になることは無かはずと、巫山戯た事ば抜かしとった」
「じゃあ、フレッドのお袋さんが…」
「そう」
ロウリーは大きく頷いた。
「<カゴハラ>には三ヶ月も滞在しとった。よかごと遊んどぅうちに、フレッドんお母さんの体調に変化があったようばい。調べてみると妊娠しとぅことんわかったと。ばってんエルフと人間では子ん出来んて思うとったけん、自分の事は棚に上げて浮気ば疑い、はらかきんままに追いだしたと」
コクーンは大きく溜息をついた。
「それで首都惑星<マエバシ>の屋敷に帰ってから、わずかでも可能性がある事を知り、慌てて探させたが見つけられなかった、という事か?」
「正解ばい。そなたも少しは社会ちゅう物ば勉強したごたっなあ」
胸の前で音の出ない小さい拍手をしてロウリーが褒めた。
「で、いつ訊ねてきてんよかごと別荘には警備員ば置き、自分がおっては来にくかじゃろうと<カゴハラ>には足ば運ばんやった。そういった事んようばい」
「まさか出産で体を壊し、娘と二人、貧しさに耐えているとは考えなかったと」
コクーンの声に不快感が混じった。
「で、向こうはなんと?」
「養女として迎えることは無理ばってん、首都惑星<マエバシ>でそれなりん暮らしがでけるごと約束すっと言いよった」
「後でトラブルの種になることが見え見えだな」
もしコルポサント卿が夫人との間に子をもうけたら、財産分与などで揉める事間違いなしである。
また一見のほほんと暮らしている貴族社会であるが、裏では汚い権謀術数が渦巻く社会であることも知っていた。
コルポサント卿の足元を掬いたい者が、彼女を利用価値がある道具として扱わない保証はどこにもなかった。
「もしかして、ウチに居るのが一番幸せなんじゃないか?」
コクーンはロウリーとは反対側にある航法レーダーを示すホログラムへ視線をやりながら言った。
「なんちゃね。そなたは、こん船に乗って幸せでは無かっちゃか?」
「そら、俺はな。好きでやっている事だから」
肩を竦めたコクーンは、ロウリーを振り返った。
「だが、あの娘の幸せはドコにあるのやら」
「そこは船長」
ニカッと笑った長髪の男が言った。
「俺が幸せにしてやんよ、って言ってやらないと」
それをつまらなそうに見たコクーンは、椅子に座り直して前を向いた。
「俺はウチの連中全員に、幸せになってもらいたいぜ」
長髪の男は口笛を吹きながら、ロウリーと顔を見合わせた。
「ウチの船長が、なんかかっこいいこと言ったような気がするんだが?」
「気のせいじゃなかとですか?」
「で?」
二人を睨みつけて話しの続きを催促した。
「うむ。とりあえず、あん娘に出されとった保護要請を引っ込めてもらう事には同意してくれた。一ヶ月、ウチで預かることも同意ばい。そん後ん事は、本人も交えて考えようちゅう事になった」
「そうか。とりあえず、ご苦労さん」
「そいぎんた我は失礼すっと」
ロウリーは再び足運びを感じさせない様子でブリッジから退出した。
解説の続き
エルフの発情期:某宇宙人みたいに七年ごとに発情するでもよかったね
「慌てて探させた」:それで見つからなかったのは、本人が本当は熱心に探さなかったのか、それとも使用した者が詐欺師でちゃんと探さなかったとか




