宇宙海賊やろう! いち
きっかけは春の「モーレツ宇宙海賊」の再放送だったりします。そこで昔の熱に火がついて、毎日一時間ずつ書いて、やっと完成しました。
気がつけば「ミニスカ宇宙海賊」や、「クラッシャージョウ」にもン年ぶりの新刊が出たではありませんか。
まあ頭の悪いシロウトが書く宇宙物なんで、科学設定はだいぶ怪しいのですが…。
一番楽しんでいるのは、書いている私自身だったりします。
そんな手前味噌なお話ですが、よろしくお願いします。
その日、星間国家グンマのニイボリ星区三丁目星系三番地にあたる惑星<カゴハラ>に、一隻の宇宙巡洋艦が辿り着いた。
色調の落ち着いた赤色と、宇宙空間よりも深い黒色で塗り分けられたダズル迷彩は、グンマ宇宙軍が制式採用している塗粧ではない。まあ戦闘用の宇宙船は、いざとなったら光学迷彩で見えなくなるので、それまではどんな色であろうが艦長の裁量とも言えるのだが。
一見すると銀河連合宇宙軍で制式採用されていた量産型軽巡洋艦イサリオン級に見える。ただ連合宇宙軍に所属するイサリオン級はとっくに全艦引退しており、比較的古い艦でも使いまわす田舎の星間国家宇宙軍でも、艦歴の古い順に予備艦へと順次移行が始まっているような艦だ。どの艦も引退間際であり、新しいマーズ級軽巡洋艦への置き換えが進んでいる、そんな艦型であった。
赤道上空に設けられた軌道エレベータの中継ステーション周辺が、グンマ宇宙軍の集結地となっていた。この少々古い型式の宇宙巡洋艦も中継ステーションが管理する宙域へと進入してきた。
さすが星間貿易で成功している星間国家グンマにあって、交通の要衝にある中継ステーションだ。近代的なフォルムをした中継ステーションには、閉鎖系の宇宙船ドックから、開放系の宇宙桟橋まで揃っていた。
周囲にはコンテナ貨物船を始め、星系内で通航している小型の貨客船から、銀河を渡る豪華客船まで、民間の宇宙船もたくさん集まっていた。
豪華客船など、高額な桟橋使用料よりもお客の便利を優先させる宇宙船ならば、エアシールドで覆われた開放系の宇宙桟橋につけるが、軍用宇宙船はこの限りではない。
とくに貿易で手に入れた裕福さと引き換えに、近隣の星間国家と諍いが絶えない星間国家グンマでは、宇宙軍へいつ出港命令がおりるのか分からない。そのため特段の用事が無ければ中継ステーション近傍の宇宙空間に泊めた方が、すぐに動けるため何かと都合がいいのだ。
いま<カゴハラ>の中継ステーションに着いた巡洋艦も、赤道上空の静止軌道に設けられた漂泊宙域にて、軽い逆噴射をかけて中継ステーションとの相対的な速度をゼロにした。
黄色く塗られた小型の宇宙艇が近づいていく。あれは入国及び入港審査用に港湾部が使用している宇宙艇である。正しくグンマ宇宙軍に所属している宇宙船ならば必要ない処置のはずだ。だとすると他の星間国家、もしくは空間自由人の宇宙船という事になる。
確かに軍籍にある宇宙船ならば船体に、国籍マークや船体識別符が書いてあるはずだが、あの巡洋艦にはそれがない。それどころか停泊中は掲揚するべしと定められている国旗や軍艦旗が、どの旗竿にも無かった。艦橋直後のマストに揚げられた国際信号旗の「M」は漂泊中を示すもので、国籍に関係が無いはずだ。
宇宙空間は物騒である。宇宙気流や遊星、さらに重力異常宙域などの自然現象から、知的生命体同士の戦争まで、民間人がノコノコとうろついていて無事に済む方が珍しいぐらいだ。よって個人経営の運び屋などは、宇宙軍から払い下げの巡洋艦を改装の上使用していたりする。もちろん民間船という事で、武装はポンポン砲などの自衛兵装に限られ、大威力の物は外されて払い下げられるはずだ。
この正体不明の巡洋艦が、元の武装である前甲板、艦底中央、後甲板の三か所に設置された六〇センチ連装ブラスターの砲塔をそのままにしてあるということは、武装商船以上の何かであることは間違いなかった。
イサリオン級の建造計画は、かつて連合宇宙軍の台所事情が悪かった時代に「どんな宙域で行われるどんな作戦でも、かろうじてこなせる最小限度の装備を満たす」という事を意識して作られた。
よってワープ航法ができる最小限度の戦闘艦である駆逐艦より二回りほど大きいだけの、単独で作戦行動する宇宙船としては最小の大きさしか無かった。
ということで武装も最低限の物しか施されていないイサリオン級である。その後、値段の手ごろさから同型艦を各星間国家宇宙軍が採用して、バリエーションが公式には二八種、建造数は同じく公式で二万五〇〇〇隻を超える。
ちなみにあまりにもイサリオン級が小さすぎたために、次に計画建造され、いまでは連合宇宙軍や各国宇宙軍の古株となっている量産型軽巡洋艦アキリーズ級では、艦体は少し拡大され、武装なども強化された。
入国審査はものの一〇分ほどで終わったようだ。黄色い宇宙艇はフワリと正体不明の巡洋艦を離れ、次に入港してきた貨物船の方へと動き出した。
巡洋艦の背中にあたる部分、そこにある装甲ハッチが左右に開くと、二隻の宇宙艇が現れた。イサリオン級の正規搭載数は一隻であるから、格納庫はギュウギュウ詰めだったに違いない。
宇宙艇はフワリと糸の切れた風船のように泳ぎ出した。どうやら巡洋艦の乗組員が中継ステーションに上陸するようだ。
宇宙艇は、これまた連合宇宙軍が採用している一般的な艦載水雷艇であった。いちおう戦闘にも使えない事はないが、主に人員や貨物を宇宙港などの拠点と宇宙船の間で運ぶために開発された物だ。大気圏内での活動も考えられた艇体は、三角形をした翼を持ち、それが胴体と滑らかにつながったような形をしていた。
この二艇とも、やはり国籍マークの類は描かれていなかった。
母船である巡洋艦と同じ赤と黒のダズル迷彩を施された一艇には、艇首にある操縦室の窓の下へ「オクタビウス・ワン」と、日本語はカタカナで書きこまれていた。
カタカナとは少々違和感のある表記であるが、おそらくこれがこの宇宙艇の名前であろう。
もう一艇は<オクタビウス・ワン>の赤色とは対照的な明るい青と、同じ黒でダズル迷彩が施されていた。同じ型式の艦載水雷艇であるが、こちらの窓下には「オクタビウス・ツー」と、これまたカタカナで書きこまれていた。
二艇とも緩い曲線を描くような軌道で、桟橋の方向へと向かってくる。ただし二艇揃って同じ場所を目指しているわけではなさそうだ。
赤と黒の<オクタビウス・ワン>は、そのまま一番近い宇宙艇用桟橋の方へ艇首を向けた。<オクタビウス・ツー>は、桟橋でも貨物を主に扱っているような軍用と民間用の境目の方へと向かった。
漂泊宙域に一番近い桟橋は、グンマ宇宙軍専用の物であった。宇宙船乗りたちから「ブドウ」と綽名がつけられるだけあって、何枚もの六角形をした着陸床を、樹状にのびた交通橋が支えている構造をしている。
もちろん根元に近く交通の便がいい着陸床は宇宙軍司令部御用達であり、普段は「長官艇」と呼ばれる艦隊司令専用の連絡艇が占有するので、一般の宇宙艇が使用する事は叶わない。
が、他の着陸床だって、ほとんど使用されていないのに<オクタビウス・ワン>は一番先端にある着陸床を指定されたようだ。不便な場所を指定されるとは、どうやらここの管制局は余所者には冷たいようだ。
誘導及び理解しやすいように着陸床自体が緑色の光を明滅させて<オクタビウス・ワン>を呼び寄せていた。とうの<オクタビウス・ワン>の方も管制局の指示に抗うことなく、指定された着陸床へとおりてきた。
真空の宇宙空間でも使用可能なエアシールドを通過すると、惑星上の環境と同じ一Gの重力と、呼吸可能な空気が存在し、有害な宇宙線はすべてカットされる。下手な操艇だとその境目で、空気による浮力を受けて艇体を揺らしたりするものだが<オクタビウス・ワン>のパイロットはベテランらしく、翼を小動もさせなかった。
人工重力に対抗して断続的な軽い逆噴射をかけながら、三点の着陸脚を展開する。
見事な操艇で<オクタビウス・ワン>は、まるで測ったかのようにピタリと着陸床の真ん中へと降り立った。
程なく艇首左舷の乗降ハッチが下向きに開き、それがそのまま着陸床と接してタラップとなった。折り畳まれていた手摺が自動展開して、利用者に不便がないようになった。
降りて来たのは、これまた正体不明の者どもだった。
普通、軍艦から降りて来る者たちは、統一された服装をしているものだが、十五人ほどのこのグループはどうやら違うようだ。
集団の中心に居るのは宇宙船内で着用される簡易宇宙服を着た青年であった。
ボサボサで長目の茶色い髪に、意志の強そうな茶色い瞳は、色だけ言えば日系宇宙人の特徴である。身長は明らかに平均より高いが、代わりに体重の方があまり無さそうなのは、長い年月を低重力下で過ごして来たことを示していた。
彼は黒い簡易宇宙服の上から同じ色のキャプテンコートを羽織っていたが、ダブルボタンのいずれも留めていないので、裏地の赤色が見えていた。
その腰には、ぶっ違いに二本のガンベルトが巻いてある。まあ軍港で武装している者は珍しくないのでガンベルト自体はいいが、武器を二つも所持しているのはちょっと異例である。
しかも右のガンベルトにはビームガンのグリップが覗いているが、左のガンベルトには、滅多に見られない武器がぶち込まれていた。
お椀型をした鍔に細い刀身を持つ剣である。一見、スポーツ競技用のエペと呼ばれる洋剣に見えるがそうではない。重力刺突剣と呼ばれる実戦用のエネルギー剣だ。
宇宙船を始めとする狭い室内空間で戦うことが考えられた剣で、重力子を纏った鋭い突きを喰らうと、噓か誠か突かれた者はその場でマイクロ・ブラックホールに呑み込まれるという物騒な代物だ。
他の者からどうやら敬意を払われている節もあるし、キャプテンコートを身に着けていることもあるので、彼がこの集団のリーダーに間違いないだろう。
その後ろを歩く女は、とても身長が高かった。キャプテンコートの男も平均身長を超える長身であるが、その彼よりもさらに頭一つ分高かった。
年の頃はキャプテンコートの男と同じぐらい。妙齢の美人と言って差し支えないほど整った顔立ちをしている。
見事な黒髪は、集団で一番背が高いというのに、着陸床に擦りそうになるぐらいの長さを持っていた。
瞳はキャプテンコートの男と同じ茶色で、黒髪と合わせてこれまた日系宇宙人の特徴から外れるところは無かった。
だがキャプテンコートの男が少々頼りなく見える肉付きに対して、彼女は服の上からも分かる程の豊かな体つきをしていた。その割には腰のあたりがキュッと締まり、まるでモデルのようなシルエットをしていた。
そんなナイスボディの彼女が着ている物は、お洒落なドレスなどでなくヤボな戦闘服と呼ばれる上下一体型の服であった。服の表面が、戦闘中は周囲の風景に溶け込むよう自動的に迷彩柄に切り替わるという物である。普通、戦闘中でないこういう宇宙港などでは、緑、茶、黒の三色迷彩になるようになっており、今の彼女が着ている戦闘服もその色になっていた。
彼女も腰にガンベルトを巻いているが、ホルスターにぶち込んであるのは黒色をした火薬式の自動拳銃のようだ。そして左側にはそもそもガンベルトを巻いていなかった。代わりに巻いているガンベルトから一振りの太刀が佩緒で提げられていた。しかも柄や鞘を見るに、明らかに新品ではない。細かい傷や塗料の剥げなどが、実戦で彼女に何度も振るわれたことを示していた。
目つきの鋭さといい、体格といい、戦闘服といい。全てを見れば艦艇乗組みの海兵隊ということがすぐに分かるところだ。
簡易宇宙服に戦闘服。巡洋艦から降りて来た者が着ている物として、まだ辛うじてなんの違和感もない。だが<オクタビウス・ワン>から降りて来たのは他の連中は、まるで万節祭の仮装行列の様であった。
そんなふざけた仮装のような中で、真面目そうに見える女が混じっていた。
彼女もキャプテンコートの男と同世代ぐらいであったが、明らかにブランド物のビジネススーツで身を固めているのだ。
もちろんいつ無重力状態になるかも分からない宇宙港であるから、そういう事態でも支障が出ないようにスカートではなくパンツルックである。が、セミショートにしている茶色い髪や、意志の強そうな同じ色の瞳と相まって、どこの星間商社にお勤めの日系宇宙人ですかと問いたくなるような姿だ。
身長は地上で暮らす者よりも高めであるが、さすがにキャプテンコートの男ほどでもなく、ましてや戦闘服の女とは比べるまでもない。
上着の左側が不自然に膨らんでいるのは、ショルダーホルスターを身に着けているからであり、武器を隠す気があるのか無いのか分からないが、銃把の端が顔を覗かせていた。
それさえ無ければ、肩から提げているショルダーバッグといい、地上のオフィス街を歩く星間貿易商勤務のOLといった姿である。横に立つキャプテンコートの男と一緒に軍港を歩いている姿は異様ですらあった。
彼女の脇にいる男は、さらに異装であった。
服装に触れずとも日系宇宙人であると断言できる。短く角刈りにした髪は黒く、肌も茶色く宇宙焼けと言われる色に焼けていた。身長や肉づきは宇宙船乗りというより地上で暮らす者に近い中肉中背といった具合であった。
ただ着ている物は別である。着流しに雪駄、はだけた前から腹にさらしを巻いているのが見て取れた。左肩に担ぐように持っているのは白鞘の長ドスであり、その先端には源蔵徳利が一提ぶら下がっていた。
どう見ても宇宙船から降りて来た人物には見えなかった。
街を歩いていても、どこの映画から抜け出て来たのですかと問われること間違いなしの姿であった。
どうやら周囲の仲間たちはそれに慣れている様子で、彼が目を瞑って歩いていることにすら注意を払っている様子は無かった。
キャプテンコートの男を挟んで、ビジネススーツの女の反対側には、これまた美しい女が歩いていた。
さすがに戦闘服姿の女よりは身長が低かったが、キャプテンコートの男と比べて同じか少し高い。腰まである豊かな金色の髪に、一見して瞳の無いように見える眼は、瞼の中が全て複眼であるからだ。
さらに宇宙船乗りならば大抵宇宙焼けという日焼けに似た症状で肌の色が濃くなるが、彼女の肌は雪のように白いままだ。
その白い肌を覆っているのは、なんと金糸で飾られた白いタイトのロングドレスなのだ。
宇宙港でこんな格好を望んでするのは、間違いなくシンダル系宇宙人である。
着道楽である彼女ら種族は、無重力空間であろうが無かろうが、見た目の美しい服を選択しがちなのだ。また地球発祥の人類…、地球系宇宙人が、歴史上初めて接触した他星系出身の知的生命体でもあり、その寿命は限界を超えて無限であると言われていた。
長命であることに加えて見た目の美しさから、一般的に地球のおとぎ話に出て来る妖精族に例えられて、長命種と呼ばれていた。
エルフの母星は砕けて滅んだとされており、地球文明と接触した時にはすでに全てのエルフが旅の途中にあると言われていた。よって運が良ければ宇宙港で会う事ができる種族とも言えた。
彼女は、他の武装している物とは違って、武器を携帯していないように見えた。まあエルフの美的感覚からして、着ているドレスに似合わない無粋な武器を持ち歩かないのは当然とも言えた。
だがよく観察すれば、右手の中指の嵌められた指輪が宝飾品というより工芸品といった物であることが分かるはずだ。
おそらくアレは、指輪型のビームガンであろう。もちろん威力は普通のビームガンに比べたら玩具に等しいが、相手の肌に密着させて撃つなどの工夫を凝らせば、充分殺傷能力を持つ武器である。
エルフの女の脇に控えているのは、これまた典型的な日系宇宙人に見えた。
ただし茶色い髪は女で言うボブカットよりも長く伸ばしているし、茶色い瞳のまわりにもアイシャドウを入れているようだ。だが顎周りに生やしている髭からして、間違いなく男であるはずだ。
肌は宇宙焼けしているし、身長も地上人よりは高めである。着ている物は要所に赤い色が入った白い簡易宇宙服で、両腰に提げた二挺ビームガンはグリップが掌に馴染むように手が加えられていた。行動の端々にエルフを気遣う様子が見られることから、彼は専属の護衛役であろう。
手にした白くて要所に金色の飾りが入ったクラッチバッグは、おそらく本来はエルフの物で、荷物持ちをさせられているのは間違いない。
同じような意匠をした簡易宇宙服姿の男女が他にもいる。おそらくこの服が、あの巡洋艦での制服ではないかと思うこともできた。ただし他の者の簡易宇宙服に入った色は緑色であった。それに簡易な物とはいえ宇宙服は着心地があまり良くない。普通ならば他に制服を制定しているはずである。
エルフの女よりも外側を歩いているのは、くたびれた男物の背広に、白衣を引っかけた姿の女であった。足元に至っては素足に健康サンダルである。
どう見ても宇宙船乗りとは思えない姿だ。
何か雑談を交わしているのだろうか、時折エルフの女と笑い合ったりもしている。年の頃はこの中でも上の方らしく、セミロングの髪には白い物が混じっていた。その代わり肌のお手入れはしているようで、無粋な皺も目立たないし、男たちのように宇宙焼けもしていなかった。
穏やかな雰囲気を保っている表情で、日系宇宙人によくある切れ長の目はだいぶ退色した茶色をしていた。
彼女も他の者と同じように武装していた。とはいえ小型のホルスターを背広のベルトに通し、女の手でも持て余さない小型ビームガンが収めてある程度だったが。
白衣の彼女に従っているのは、薄い青色をした上下一体の作業服を着た痩せた男である。油か何かのシミがアチコチにできている様子といい、地上でも整備士が同じような格好をしているのはよく見られるので、それと同じような仕事をしていると察せられた。
目が悪いのか黒縁の眼鏡をかけており少々出歯なところなど、意地悪な絵描きが日系人をカリカチュアした似顔絵が、真実を表しているような見た目をしていた。
彼も武装をしているかと思いきや、腰に提げているのはドライバーなどの工具であった。まあ使いようによっては十分に凶器となるそれらであるから、何事が起きても役立たずというわけではなさそうだ。
同じような作業服を着ている男は、もう一人いた。
こちらも油か何かのシミがアチコチにできている汚れたツナギは、元は白色だったようだ。そして他の者よりも明らかに背が低く、髭がモジャモジャであった。
身長はキャプテンコートの男の肩ほどもない。それとは真反対に胴の太さは樽のように丸かった。
これまた宇宙焼けに焼けた素肌は茶色く、皺も相当刻まれていた。
それらは全てエレボル系宇宙人の特徴である。銀河に広く進出した地球発祥の人類が出会った二番目の種族で、彼らもまた星を渡る技術を持っていた。一般的には地球のおとぎ話に出て来る種族の名前である「小人」と呼ばれる宇宙人である。
一般にエルフとドワーフは仲が悪いと聞く。一説によると失われたエルフの母星を滅ぼしたのがドワーフたちだからとも言う。だからこうして一つのグループに、両方の種族が混じっているのは、稀有な事だと言えた。
もじゃもじゃな髭に目を奪われがちだが、彼もしっかりと武装をしていた。汚れたツナギの腰にベルトを巻き、後ろ腰へ折り畳み式の斧を提げていた。斧自体は緊急用として窓などを割るために消防設備に備えられている物と同じようだ。
しんがりについているのは、パイロットスーツの男である。簡易宇宙服とは明らかに意匠が違うツナギの服で、体にかかるGを軽減するように圧力がかけられるようになっている。もちろん機体の空気循環系に繋いでいない今は萎んだ風船のように少し皺を作っていた。
オレンジ色をしたパイロットスーツの腰には、他の者と同じようにガンベルトが巻かれているが、ホルスターの代わりに大きな鞘が吊るされており、大きな「く」の字に折れ曲がった蛮刀がぶち込んであった。
肩に乗っている肩章のラインは四本あった。つまり彼が機長、または宇宙艇の艇長の資格を持っていることを示していた。
だが着陸床に降りた<オクタビウス・ワン>のパイロットでは無かろう。同じ服を着た者がタラップの所で「いってらっしゃい」とばかりに手を振っているからだ。
彼もキャプテンコートの男と同じく日系宇宙人の特徴を兼ね備えており、隣を歩く白地に緑色の簡易宇宙服の女と親し気に言葉を交わしていた。
そちらの女は、身長が地球系宇宙人からすると子供のような低さである。
あれは大人でも地球系宇宙人と比べて、ヘソにも届かない小柄な体にしかならないペリアヌ系宇宙人である。ドワーフと比べて、もうちょっとだけ小柄だし、あんなに太ってはおらず、どちらかというと痩せ気味だ。その愛嬌の良さから鼠ちゃんと呼ばれている種族だ。
彼女はその身長に合わせたように、腰に巻いたガンベルトには小型のビームガンと、包丁のような小型のナイフを入れた鞘を下げていた。
ざっと見て、こんな宇宙軍の使用する桟橋に降り立った人物とは思えない集団であった。
一行は仲良く着陸床から交通橋の方へと歩いて来た。
荷役にも使えるようにと交通橋は大型トラックが六台並んでもまだ余裕があるように造られている。その幅広の交通橋の真ん中には市電が走っていた。
事故で無重力状態になった時に、浮き上がった生命体が感電しないように架線は無い。それではどうやって電気を供給しているかと言うと、左右のレールの間に秘密がある。
ちょうど線路の真ん中に溝状の第三のレールが敷設してあり、そこから車体のモーターを駆動する電気が供給されるようになっているのだ。溝には無重力状態になっても車体が浮き上がらないように、逆丁字形の集電子を嚙み合わせて走行するようになっていた。
トラムは宇宙港を抜けて商社やレストラン、大型ショッピングモールすらある中継ステーションの市街部へと乗り入れている。反対側は桟橋の先端から歩かなくて済むように、突端にある上下線の渡線まで走ってくれる。
いま新しい利用客を見つけたためか、それとも単に時刻表のままの運行なのか、一両のトラムが突端の電停へとやってきたところだ。
すると十人余りの男たちがトラムからドヤドヤと降りて来た。着いたばかりの正体不明の巡洋艦に客があるとは思えない。それぞれの男たちは、だらしなく紺色の制服を身に着け、どの顔も赤く染まっていた。
制服はグンマ宇宙軍の艦艇乗組員用軍服であった。そして周囲に漂うアルコール臭から察するに、グンマ宇宙軍のどれかの艦の乗組員が片舷上陸で羽目を外して帰って来たところといった感じだ。
だが、先ほど指摘した通り、桟橋には使用されていない着陸床が余っている状態で、こんな突端までわざわざ来る理由は、普通では無いはずであった。
酔った勢いで見知らぬ宇宙人一行に絡みに来たのだと分かるシチュエーションだ。
「おうおうおう、みんな見ろよ」
酔った男の一人が、遠くの景色を眺めるように、額へ手を当てた。だらしなく軍服のボタンは三つも外している。胸の所にある階級章は、線が一本に星が一つ…、少尉の物だった。宇宙焼けもしていないし、どう見ても学校を卒業したばかりといった若さであるから、少なくとも艦艇乗組みの経験は浅いことが察せられた。
酔っ払った少尉の視線は、エアシールドの向こうで漂泊している正体不明の巡洋艦に向けられていた。わざとらしい口上は日本語であった。まあ国名から分かる通り<カゴハラ>は、主に地球は日本の群馬県出身者で開拓された太陽系であるから、公用語の一つに日本語が入っているのは当たり前なのだが。
「どうやら新しい『標的』が届いたようだぜ」
わざとらしい大声を上げて、着陸床から出て来た一団の前に立った。他の素行不良の軍人といった面々も一緒になって道を塞いだ。
「なんだ、また艦砲射撃の練習か? もう飽きたぞ」
「ちぇ」
「戦闘照準!」
「目標、巡洋艦!」
「徹甲一八〇〇撃て!」
「増せ一ミル」
「右に二つ」
何がおかしいのかゲラゲラと下品に笑い合う。進路を妨害された方の一団は、押し黙るとその様子になんの反応を示さなかった。
黙って向けて来る冷たい目線に、軍人たちの笑い声が段々と収まって来た。
下品な笑い声が止むのを待ってからエルフの女がゆったり動き出した。手を伸ばして簡易宇宙服姿の青年に持たせたバッグから扇子を取り出した。
「ブラックウッド」
エルフの女は開いた扇子で口元を隠して、鈴が鳴ったような声を発した。彼女が喋ったのも日本語であった。たださすがに他種族の言語であるから、イントネーションが少々おかしいようだ。
「なんです? 船務長?」
英語風の名前で呼ばれて、これまた日本語で応じたのは作業着姿のドワーフであった。もちろんドワーフにも彼らの言葉があるから、ブラックウッドという地球の英語調に聞こえる名前は本名ではあるまい。髭モジャで太い胴回りなだけに、ブラックウッドは落ち着いた声の持ち主であった。彼の方は他種族の言語とはいえ、とても自然な発音であった。
「グンマん名産は何じゃろうか?」
「名産ですかい?」
うーんと唸って、ちょっとだけ考える振りをしてから、ブラックウッドは答えた。
「ホウレンソウなんかがここいらじゃ有名ですかね」
「なるほんど」
ニヤリと瞼を細め、目だけで嗤ったエルフは、とても不潔な物を見るように言った。
「だけん、桟橋ん空気もこがんコヤシ臭かんじゃろうか」
「ああん?」
どうやら自分たちが売ったケンカを買われたと気が付いたようだ。赤ら顔の男たちが色めき立った。彼らは将校なので、兵士が携帯を許されていないビームガンを、それぞれが腰に提げていた。
だが流石にグリップに手をかける者は誰も居ない。こういう場所のケンカでは、先に抜いた方が悪いとされるのだ。最悪撃ち殺されたって文句は言えない。だいぶ深酒をしてきた様子であったが、それぐらいの理性は残っていたようだ。
「やんのかてめえ」
「はあ? 折り畳んでコンテナに積めんぞ!」
騒ぎ出す軍人たちに、一団の中央にいたキャプテンコートの男は溜息をついた。彼は少々面倒臭そうに口を開いた。
「病院送りまでは認める。それ以上はダメだ」
年相応の渋い声であった。そして、どうやら男たちに許可が出たらしい。
「ようそろ」
一団の男たちが笑みを浮かべながら指をポキポキ鳴らしつつ前へと出てきた。キャプテンコートの男は、男たちと女たちの間で腕組みをして仁王立ちになった。
一人、戦闘服の女だけは男たちと一緒に立ち向かうようだ。首を左右に傾けてコキコキと鳴らしていた。
「ねえちゃんよ、引っ込んで無いと、俺らで輪しちゃうぞ」
下品な煽り文句にも冷静な無表情で返した。
一触即発。
「ばかもの!」
その時、交通橋の根元の方から怒鳴り声が上がった。見ると上級将校だけが使用を許可されるハイヤーが意外に近くで停車し、一人の将校が飛び降りて来るところだった。
男たちが着ている紺色の軍服ではない。白い上級将校用の軍服を四角四面に着た小柄な女であった。
「あ、ヤバ」
「かんちょう…」
どうやら彼らが乗組んでいる艦の最高責任者であるようだ。白い軍服姿は駆け寄ってくると、その勢いを利用して飛び上がり、手近な一人の頭へ拳を落とした。
「こら酒本ォ! 何をとしとるだ、おめたちは!」
焦りのあまりか方言丸出しで怒鳴りつけてから、振り返って直立不動になると、ピッと空気を切り裂くような手刀で、見事な敬礼をしてみせた。
「我が艦の乗組員が失礼いたしました」
先ほどの方言丸出しとは一転変わって、四角四面な標準語であった。
自分の上司たる艦長が敬礼したことにより、慌てて酔っ払いたちも直立不動の姿勢を取った。
ケンカを受ける気マンマンだった男たちは、残念そうな顔を隠さずに、きれいに真ん中から半分ずつ振り返った。モーゼの奇跡のように人の壁を割って、キャプテンコートの男が前に出た。
集団と集団で敬礼を交わす場合、お互いの一番上の階級に当たる者同士だけが、敬礼を交わすことになっている。
キャプテンコートの男はギラリとした目で相手の女性将校を見た。
この場にいる地球系宇宙人では一番小柄な体格である。
茶色い髪に同じ色の瞳は、正体不明の一団側にいる日系宇宙人と同じ特徴だ。軍人らしく髪は短くマニッシュボブに整え、さらに白い制帽で纏められていた。胸についている功労章は三段もあり、肩のところについている肩章はグンマ宇宙軍大佐の物であった。
キャプテンコートの男がギロリと相手を睨んだ。
「君は?」
「わたくしはグンマ宇宙軍重巡洋艦<キタノシゲオ>艦長、高橋ヤヨイであります」
キャプテンコートの男の問いに真面目に答える高橋艦長。相手も巡洋艦の乗組みと聞いて、男の視線がしばらく頭上の漂泊宙域へ向けられた。
エアシールド越しに見る漂泊宙域は、満天の星空にも見える。その星空には駆逐艦ばかりが目立った。細い駆逐艦の間に、一隻だけオーロラ級重巡洋艦が混じっていた。しかもどのブラスターの砲門にも焼けた跡が見られない程の新品である。もしかしたらまだ慣らし運転の途中なのかもしれない。
「艦長」
一発で相手の乗艦を見つけたキャプテンコートの男は、女艦長へ視線を戻した。しかし腕を上げる事すらしなかった。
「その敬礼に対して、答礼はしない。そうでないと艦長の立場が難しいところに置かれるからだ」
敬礼を交わすという事は、最低でも先に敬礼をした方が相手を上だと認める行為である。今の場合、艦長という要職に就く者が先に敬礼をしてしまったので、最悪あの新品巡洋艦丸ごとが、相手の指揮下に入る事すら意味する可能性があった。それでは一国の宇宙軍に所属する艦としては非常に不味い。これが友好関係にある星間国家の艦が相手ならば、慣例があり、先任順で上下関係が決まったりもしようが、なにせ相手は正体不明の軽巡洋艦である。政治的に大変よろしくない事態に発展する事も有り得た。
キャプテンコートの男は、艦長と呼ばれるには少々若く見える女性将校に気を遣ったのだ。
「はっ、すみません」
彼の言った意味を理解した高橋艦長は、慌てて手をおろすと、今度は制帽を被ったままの頭を下げた。これもまるで分度器を使ったような四角四面の物だった。
「礼には及ばない。そして丁度コチラに迎えが来たようだ」
キャプテンコートの男の視線を追うと、高橋艦長が乗って来たハイヤーの横へ、豪華なリムジンが停車するところだった。
「あれは…」
驚きのあまり体内のアルコールがぶっとんだ声を「酒本」と呼ばれて高橋艦長に叩かれた少尉が漏らした。この宇宙港で仕事をする者なら誰でも知っている。あのリムジンは艦隊司令ご用達の車であるからだ。
市街地ですれ違った場合、見えなくなるまで敬礼しなければならなくなるので、宇宙軍に所属する者なら必ず知っていなければならなかった。
観音開きのドアを開いたのは、ショーファー役を務めるグンマ宇宙軍海兵隊の精鋭である。
車内には誰にも乗っていないようだ。ということは本当に、この一団を迎えに来るためにだけやって来たという事になる。
「ねえさんに、船務長。それに事務長とサド先生について来てもらおう」
自らリムジンに向かいながらキャプテンコートの男は仲間へ声をかけた。
「ってーと、俺もついて行かなならんのか?」
右眼だけ薄く開いて着流し姿の男が誰ともなしに訊ねると、ビジネススーツの女が当たり前でしょうとばかりに、彼の二の腕を軽く叩いてからリムジンへ向かった。
「て、ことは、俺もなのね」
ガッカリとばかりに肩を落とした白地に赤の簡易宇宙服の男も後に続いた。彼を露払いにしてエルフの女がリムジンへと足を進めた。
「はあ。あたしなんか行って、役に立つのかねえ」
白衣の女が愚痴ると、青い作業服の男がニヤリとした。ちょっとだけ下品に「ケケケ」と笑うと、自分の着ているツナギの襟を引っ張った。
「俺なんかが乗って、車が汚れないっスかね」
二人並んでリムジンに向かう。最後に戦闘服の女が、周囲を睥睨するように眺め、それからしんがりについた。
「じゃあ、他の者は自由行動という事で」
ニマニマと嬉しさを隠せない様子のブラックウッドが言った。エルフの着道楽は有名であるが、同じようにドワーフは呑み道楽と言っていいほどアルコール類には目が無かった。俗説によると血液の代わりにアルコールが流れていると言われているぐらいだ。
ブラックウッドの確認に、リムジンに乗り込む直前のキャプテンコートの男が手を振った。どうやらそれでいいという意味のようだ。
リムジンとは関係が無くなった半分は、折り返しの渡線で左側の線路に移ったトラムの方へと歩き出した。男女の別なく、さっそく酒場へ繰り出そうなどと相談を始めていた。
残されたのは一団に絡んだ男たちと、その上司たる高橋艦長である。
リムジンが交通橋の上で切り返し、走りだすまで高橋艦長は頭を下げていた。トラムの運転手は、硬直している一同を見て、どうやらこちらには乗るつもりは無いと判断したのか、チンチンとベルを鳴らして扉を閉めた。
事故の時にシェルター代わりとなるために、トラムと扉は気密であった。自動でガシャンと閉まると、もう外からは人力で開けられそうもなかった。
もう桟橋に残っているのは、一団と、高橋艦長が飛び降りたまま待機しているハイヤーだけだった。
「艦長…」
恐る恐る男たちの一人が訊いた。最初に一団に絡んだ酒本少尉だった。
「あいつら何者なんです?」
「なんだ、知らずにケンカを売ったのか」
リムジンが動き出したことで頭を上げた高橋艦長が、心底呆れた声を出した。
「あれがキャプテン・コクーンよ。名前を聞いた事ぐらいあるでしょう。銀河のこちら側半分で有名な宇宙海賊よ」
「う、うちゅうかいぞくぅ!」
目を白黒させる男たちの前で、高橋艦長は親指だけで上に見える漂泊中の軽巡洋艦を指差した。
「そしてあれが有名な宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>号。よく覚えておいてね。そうでないと次は首から上が無くなっても知らないからね」
「くび?」
それが解雇を意味する物かと顔を見合わす男たちに、眉を顰めた高橋艦長は強い口調で言った。
「『海賊の前に立つな』っていう言葉を知らないわけ無いわよね? 今日は見逃してもらったけれど、次は無いと思いなさい」
「もちろん知っていますけど…」
それがどういう意味なのか分からずにいる部下に、高橋艦長は<メアリー・テラコッタ>を差した親指で、自分の喉を掻き切る仕草をしてみせた。
「素手でも人の体に穴を開けるなんて簡単にやってのける連中なのよ。そうと知ったら誰彼構わずケンカを売るのは止めなさいね」
「ひえ」
真面目の上に「クソ」がつく自分の上司が冗談を言うはずが無いと知っているからこそ、男たちは首を竦めるのだった。
和美は作品を完成させた後に、やらなくてもいい「蛇足」をつけるのですが、今回は長い話しになったので、部分ごとに「解説」を載せていきたいと思います。場合によってはネタバレになる時があるので、ご利用は計画的に
星間国家グンマのニイボリ星区三丁目星系三番地にあたる惑星<カゴハラ>:なんで群馬県籠原にしたかというと、そこが日本と秘境の境目だから。という和美の偏見
塗粧:軍艦の塗装やマーキングなどの総称
銀河連合宇宙軍:和美はクラッシャージョウ世代ですから、そら宇宙で超国家組織と設定するなら、この名前になります
イサリオン級:軽巡洋艦は神話の男性登場人物の名前を冠しているという設定
空間自由人:「妖怪、首おいてけ」ではなく宇宙海賊とか個人貿易船とか、星間国家に所属しない人たちの事
オクタビウス:名前の意味は後にやるので略。この名前をつけたのは有名な幽霊船から
重力刺突剣:ほら宇宙海賊だと勇者の銃に重力の剣が定番かと(冷汗)
エルフ、ドワーフ、マウシェン、オーガ:和美の大好きなワードたち
日本語:スペオペって大概英語で会話している設定ですが、英語の成績が悪かった和美は無理をせずに日本語を選択
船務長:実際に海上自衛隊にある役職。そして佐賀弁なのは某ゾンビがアイドルするアニメの影響
キタノシゲオ:外国の軍艦って人名がついていることが多いから
リムジン:スペオペなのにエアカーではなく普通の車のつもり
海賊の前に立つな:ミニスカ宇宙海賊に出てきた短句を借りました