5 大きなクスノキの足もとに
ぼくは、車のトランクにベビーカーをおさめて乗車した。瑞穂がテンコを抱えて助手席に座り、青いリボンを巻いたテンコのお婿さんは、リアウインドーの手前に置いた。そのサボテンはサボローと瑞穂が名付けた。
ぼくは車をスタートさせた。瑞穂がレシートを確認している。5000円以上の買い物で駐車料金が無料になる。北米産のサボローは7800円もした。
道路に出ると、ぼくは車のスピードをあげた。結婚式場でのブライダルフェアは午後3時からで、いまは2時半だ。ぼくの住む町にある式場まで、ここから40分はかかる。完全に遅刻だ。
フロントガラスに雨粒がぶつかってきた。あたりが暗くなっていると気づいたとたん、にわか雨がきた。もうれつな雨滴が窓ガラスを叩き、しぶきをあげる。前が見えなくなり、あわててワイパーを入れた。
通り雨だろうと思っていると、駅の近くで小降りになってきた。ぼくは、駅の反対側の林道に車を向かわせた。丘を大きく迂回するその坂は、ぼくのマンションには遠まわりだけど、結婚式場へは近道なんだ。
ダッシュボードの時計が3時5分を表示した。瑞穂もあせりだしたようだ。ひざにテンコの鉢植えを乗せたまま、しきりにケータイをのぞき込んでいる。
「式場に、遅れるってれるって電話したほうがいいよね」
「そうだね」
ぼくはアクセルをふみこんだ。雨にけぶる雑木林がつぎつぎに通り過ぎていく。
瑞穂がケータイを耳にあてた。結婚式場とつながったようだ。
上りのカーブを曲がりきり、道路の右側にあのクスノキが見えてきた。雨を吸収した巨木は、いっそう大きくなったような気がした。思わず目がひきつけられる。
ほんの少しだけよそ見をしていた。
顔を戻すと、反対車線に大型トラックが迫っていた。ぼくには、トラックがこつぜんと現われたように見えた。視線を外しているあいだに、丘の向こうから下り坂にかかったんだろう。
スピードをあげすぎだ。ぼくはすぐさまクラクションを鳴らした。この狭い道であのスピードじゃ、車どうしうまくすれ違えない。
大型トラックのスピードがあがった。ぐんぐん近づいてくる。
危ない! ぼくはクラクションを連打した。
ケータイで話していた瑞穂が、驚いて顔をあげた。
トラックが大きく蛇行し、センターラインをこえて、真正面から向かってきた。そのフロントガラスごしに、ハンドルに突っぷしていた中年男性がハッと顔をあげた。つぎの瞬間、バンパーが目前に迫った。
とっさに急ハンドルを切った。瑞穂の悲鳴がした。激突音とともに車が大きくはじかれ、反対車線に横滑りしていく。
車のコントロールを取り戻そうとしたけど、だめだった。ふいに車体がかたむき、原っぱに乗り入れる。ぼくは急ブレーキをふんだ。
車は止まらなかった。雨をふくんだ草の上をすべっていく。上下に揺れる車内のハンドルに、ぼくはしがみついた。揺れがひどく、前方も見られない。車体が大きく弾み、後部でなにかの割れる音がした。
視線をあげると、目の前にクスノキの巨大な幹があった。思わず目を閉じたとたん、ものすごい衝撃を感じ、ぼくは気をうしなった。
続