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4 1パイントのアイスクリーム

 テンコのお婿さんが決まったのは、デパートのサボテン即売会のときだった。1階の催事場で開催されたその即売会では、3階まで吹き抜けの会場に、世界中から集められたサボテンがずらりと並んだ。


 瑞穂は目を輝かせ、棘のつきかたや、並びかたなどを確認し、花婿探しに精をだしていた。ぼくは会場を引っぱりまわされ、いろんな意見を聞かれた。


 瑞穂は、花嫁の気持ちが一番大事だから、とベビーカーのテンコにかがみこみ相談していた。周囲の客からは変な目で見られていた。ぼくはもうそんな目には慣れっこだったけれど。


「この子に決めた」


 瑞穂がサボテンの鉢を持ちあげ、にっこり笑った。テンコの花婿は、棘の細い、50センチほどのすらりとしたサボテンだった。


 瑞穂が、そのサボテンと、ベビーカーのテンコを並べて見せた。ぼくに意見を聞きたいんだとわかった。丸くふくれたテンコと、長身のお婿さんは、確かに似合いの夫婦だった。それでも、


「けっこうお似合いだね」


 気のない返事になった。すこしイラついていたんだ。何日も花婿選びにつきあわされ、今日だってもう2時間も展示場にいる。その日は、結婚式場のブライダルフェアを予約していて、その時間がせまっていた。


 瑞穂をせかせると、彼女は不機嫌になった。


「わたしたちの結婚式も大事だけど、テンコのお婿さんを選ぶのも、それと同じくらい大切でしょ。テンコの一生のことなんだから、ちゃんと決めてあげなきゃ。人間といっしょなのよ」


 瑞穂はムッとした様子で、花婿のサボテンを、テンコの隣にのせ、ベビーカーを押してレジに向かった。


 瑞穂を怒らせると怖い。1パイントのアイスクリームを黙もくと食べつづけるんだ。


「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ」


 レジに並ぶ瑞穂に追いつき、ぼくはあやまった。


 瑞穂が無言のまま、選んだサボテンをレジカウンターに置く。テンコの鉢植えは、瑞穂が編んだセーターを着ているので、デパートの商品と区別がついた。


 レジ清算を終えた瑞穂がベビーカーを押していく。そのあとについていきながら、ぼくはまいっていた。瑞穂がエレベーターの前に止まった。地下には食品売り場がある。


 1パイントのアイスクリームだ! ぼくは確信した。このまま買い物を続けられたら、ブライダルフェアの予約時間に間にあわなくなる。


「瑞穂、ごめんってば、だからアイスクリームはよそうよ。瑞穂は体が冷えやすいだろ。1パイトンも食べると決まって、がたがた震えだすじゃないか」


「なにを言ってるの」


「だって買うんだろ」


 ――えっ? と瑞穂がけげんな表情をする。


 エレベーターが来た。それを待っていた客の波とともに、ぼくと瑞穂はなかに乗りこんだ。箱のなかはぎゅう詰めになった。


 ぼくは瑞穂の耳にささやいた。


「地下の食品売り場にパイントアイスを買いに行くんだろ」


「地下の駐車場に車を取りに行くのよ」


 ああ……そうか。車で来ていたんだ。瑞穂がチラリと視線をむけ、くすりと笑った。よかった――ぼくはホッと安堵した。


 地下駐車場で、数組の客とともに降りた。客がそれぞれの車に乗りこみ、駐車場にぼくと瑞穂の2人きりになった。


 瑞穂がベビーカーをふりむけた。そこに婚約者どうし仲むつまじく並んでいる。


「わたしたちだけが幸せになったら、テンコがさみしがるでしょ。だから」


 瑞穂がやさしい眼差しを向けてきた。


「瑞穂は、ぼくと結婚して幸せになれると思う?」


「幸せにしてくれる? 卓巳さん」


「もちろん」


 瑞穂の表情がパっと輝き、ぽこんと頬がくぼんだ。


 ぼくは幸せな気分になった。どちらからともなく差しだした指がふれあい、その薬指に、一組のエンゲージリングがきらめいた。



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