3 ダブルウエディング
橋本瑞穂の自宅は〈ハシモト・フローラ〉という花屋を経営している。園芸用品の営業で彼女の自宅に通ううちに、ぼくと瑞穂はひかれあい、やがてつきあいはじめた。それは楽しくもあり、驚きの日々でもあった。
はじめて瑞穂の部屋をおとずれたとき、といっても色っぽい話じゃない。なにしろ、案内されたのは温室なんだから。
アルミフレームに全面ガラス張りのその温室は、花屋の裏庭にあった。三角屋根の高さは2メートル以上あり、室内の広さは2坪くらい。そのなかに入ったとたん、むっとむせるような草いきれが押しよせてきた。
棚にぎっしり並んだサボテンが100鉢はあった。小さな株をふいたもの、うちわの形のもの、白い毛におおわれたものなど様々だ。
瑞穂はひとつひとつの鉢を取り上げ、サボテンを紹介した。
それはなんとか丸とか、なんとか玉というサボテン本来の名前じゃなく、瑞穂が名付けたもので、よくぜんぶ暗記していると感心した。見た目の特徴からわかる名前じゃないから、ぼくはなかなか覚えられなかった。
サボテンの白いわたのなかで、きらりとなにかが光った。瑞穂が、そこから鍵を取りだした。自宅のスペアキーだという。
「すごい隠し場所でしょ」と瑞穂は笑っていた。
瑞穂はよくこの温室で過ごしているという。サボテンはほとんど世話がいらない。じゃあ、なにをしているかとたずねると、この子たちとおしゃべりをしていると答えた。瑞穂はサボテンとしゃべれるんだ!
そんなたくさんのサボテンのなかでもテンコは特別だった。
瑞穂はいつだってテンコを連れて歩いた。デートのときだって例外じゃなかった。ベビーカーの座席にカゴを固定し、そのなかに、ベビー服をまとったテンコの鉢を乗せていたんだ。
瑞穂と2人でベビーカーを押していると、赤ちゃんを連れた夫婦だと勘違いされた。ほろの内側をのぞきこんだ人は、サボテンの鉢植えを見つけ、ぎょっとしていた。
なかにはせっかちに手を差しいれ、テンコの棘の犠牲になったおばさんもいた。あやうく、そのおばさんとケンカになるところだった。
それは赤ちゃんだって思うよ。瑞穂はベビーカーにかがみこんで話しかけているんだから。それも、ひとりごとじゃなく、うなずいたり、たずねたり、笑いあったり、本当の子供に話しかけているみたいなんだ。
瑞穂は、テンコを種から、人間の子供と同じように育ててきたという。テンコは頭が良く、人間の言葉をおぼえて自由に話せるらしい。
ぼくは瑞穂の通訳を介してテンコと話してみた。テンコと話しているうち自然に引き込まれていった。ベビーカーに乗っているのが、本当にぼくらの子供に思えてきた。家族のような気分になったくらいだ。
そしてぼくは、2人が出会ったクスノキの下で、瑞穂にプロポーズした。見つめあう瑞穂の頬にえくぼが浮かび、ぼくは幸せな気分になった。
もういちどクスノキを見上げる。相変わらず、何かを思い悩んでいるように枝葉をゆすっていた。そんな気がしただけなんだけど。
プロポーズのあと、ぼくと瑞穂はインターネットで結婚式場を調べた。その画面をながめながら、ぼくらは結婚式の計画で盛りあがった。
明日から式場を見て歩き、ウエディングドレスとタキシードを下見し、招待客を選ぶ。瑞穂のご両親に、ご挨拶にもうかがわないと。
そんな楽しくも大忙しの日々――。
それがさらに忙しくなった。瑞穂がテンコも結婚させたいと言いだしたんだ。
ぼくらの挙式の準備を進めながら、テンコのお婿さん探しも始まった。瑞穂はえり好みがはげしく、何軒も花屋をまわらされた。
続