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13 指輪の交換

「早くしろっ。花嫁さんを待たせるんじゃねえ」


 望田(もちだ)先輩が、瑞穂(みずほ)の指輪をぼくに渡してうながした。


 ぼくは、クスノキの幹の半ばからのびる枝を見あげた。緑の枝葉を大きく広げる葉むらより下にあるけど、そこまで6メートルは以上ありそうだ。


 ぼくはゴクリとつばを飲みこんだ。


「心配するな。すべて、おれにまかせておけ」


 望田先輩が意味不明にうけあい、自信たっぷりに自分の胸をどんと叩いた。


「おいっ、あれを持って来い」


 望田先輩の指示をうけた後輩の1人が、先輩のワゴン車から伸縮ハシゴを持ってきた。このために用意してあったんだ。


 先輩は本気だ。ぼくは、酔ったままあの高い木を登る自分を想像してゾッとなった。あの高さから落ちたら、ただではすみそうにない。


 望田先輩は、ぼくを殺すつもりなんだろうか。すべておれにまかせておけというのは、あの世でぼくと瑞穂をそいとげさせるためなんじゃ……。


 いっぱいに伸ばしたハシゴが、クスノキの根もとに立てかけられた。望田先輩がいったん言いだしたら、抵抗しても無駄だ。ぼくは覚悟を決めた。


 ハシゴの全長は3・2メートルだ。太い根がはう地面は安定が悪く、ハシゴの両側を2人の仲間に支えてもらった。


 ぼくは、ガタつくハシゴ段をおそるおそる登っていく。段の一番上に立っても、指輪を通す枝までは1メートル以上ありそうだ。


 ぼくは、ごつごつした幹のこぶに片足をかけ、せいいっぱい背伸びして、樹皮のすきまに指をいれた。指先に力をこめ、ぐいっと体を持ちあげる。幹にへばりつく格好でクスノキを登りだした。


 足もとをうかがうと、ぼくを見上げる望田先輩のごつい顔があった。仲間がハシゴを支える地面はずいぶん下に見えた。


「大丈夫だ。いつでも落ちて来い」望田さんが叫んだ。


 ……いやだよ。


 目的の枝のつけ根に手が届いた。ぼくは、そのまたによじのぼって一息ついた。クスノキの葉のさわやかな香りがあたりにあふれている。下から拍手と歓声が聞こえてきた。いい気なもんだよ。


 ぼくは、長さ5メートルの枝にそって視線を向ける。そのなかほどで枝分かれし、葉が茂っている。あのあたりまで行かないと、指輪を通せる小枝はない。


「おーい、早く花嫁にはめてやれー」


 望田先輩と5人の仲間が、落下したぼくを受けとめるために、ビニールシートを広げもっていた。指輪の交換を終えるまで引き返せそうになかった。


 ぼくは、太枝を抱えるように腹ばいになり、その上をゆっくりたどりだした。樟脳の匂いがしだいに強くなる。葉が密生しているあたりでは、ぼくの体を支える枝も細くなってきた。ぎしぎし不安定に揺れている。


 ぼくは枝葉のなかで体を起こした。枝分かれした先に、光沢のある葉がびっしりついている。ふちが波うった葉の長さは10センチくらい。葉のつけ根に、黒い果実が熟していた。


 ぼくはシャツの胸ポケットから、瑞穂の指輪を取りだした。手のひらにのせたリングが、太陽の光りを反射して輝く。


 ふいに吹きぬけた風が、緑の葉むらをざわめかせた。


 ぼくはとっさに木にしがみついた。ぎゅっと目をつぶる。脂汗があごをしたたり落ちていく。汗で濡れたシャツが背中にはりついていた。


 風はすぐにおさまった。もう一歩も動きたくない。


「植草あー、大丈夫かあー」


 先輩の胴間声がする。


「落ちても、おれたちが命をはって受け止めてやるからなー」


 その声は本当に頼もしげに聞こえた。先輩はバカ正直なところがあるから、命がけで助けてくれるだろう。けれど、下でビニールシートを持っているのは、先輩だけじゃない。そうっと目を開けると……。


 もやしがシートを持っている! しかも、なんて不安そうな顔なんだ。


 だめだ……。ぼくは、しっかりと木をかかえこんだ。どうしてぼくが、こんな危険な目にあわなきゃならないんだ。


 ぼくは右手を開き、瑞穂の指輪を見つめた。これを枝先に通すには、体を起こして腕をのばさないといけない。


 ……とても、できそうになかった。



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