英雄姫
レティシアの、忙しくも充実した日々は過ぎていく。
鉄道事業はいくつかの問題点は出てくるものの、全体的には概ね順調。
実験線は予定からやや遅れたが、トゥージスの街まで整備が完了。
本格的な走行試験が開始された。
その一方で、彼女は『学園』の試験に向けての勉強もしていた。
過去問をいくつか解いてみたが、合格ラインの点数は十分取れそうだった。
これまでのモーリス家の教育のほか、前世の知識がかなり役に立ったらしい。
そして試験の日を迎え……無事に合格を果たした。
彼女が『学園』に入学することは既定路線となり、活動拠点の中心を王都に移すことも決まった。
更に月日が過ぎ……
ある日、モーリス公爵家に大きなニュースが舞い込んだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
公爵家の談話室にて。
アンリからそれが語られたのは、いつものように家族が集まって団らんを過ごしている時のことだ。
「王女さま?クラーナちゃん……じゃなくて?」
アンリが始めたのは『イスパル王国の王女』に関する話だ。
しかし、イスパル王国の王女といえば、ユリウスとカーシャの娘であるクラーナのこと……レティシアはそう思っていたのだが、どうやら彼女が知らない人物の事のようだった。
「『カリーネ様の遺児を見つけた』……リュシアンからそういう報告が来たんだ」
「カリーネ樣?……そう言えば兄さん、何か事件があったとかで、ウチにも寄らずにリッフェル領に向かったんだっけ」
「カリーネ様はユリウス陛下の元婚約者。カーシャ様の姉君だ」
初めて聞く話に、レティシアは驚きをあらわにする。
更にアンリが語ったところによると……
かつてあった戦争の際、ユリウスの婚約者カリーネは身重ということもあり、戦火を避けるため疎開していた。
しかし、疎開先のアダレット王国でクーデターによる政変が勃発。
その混乱の中で彼女は行方不明となった。
「じゃあ、その王女様というのは……」
「残念ながらカリーネ様は亡くなられた事が分かったのだが、その御子であるカティア様は生き延びて、これまでずっと旅芸人一座の一員として、市井で過ごされていた……とのことらしい」
「へぇ~…………あれ?『カティア』って名前、どこかで……」
その話、レティシアは初めて聞くはずなのだが、王女の名前には何故か聞き覚えがあった。
彼女がそれを思い出す前に、アンリが答えを告げる。
「暫く前にあったブレゼンタムの軍団襲撃事件。その戦いで多大な功績を上げた英雄『星光の歌姫』、その人こそがカティア様だったんだよ」
「はぇ~……」
ブレゼンタムの英雄の話はレティシアも聞いていた。
しかし、それよりもルシェーラを心配する気持ちのほうが大きかったので、すぐに英雄の名と同じであることを思い出せなかったのだ。
「行方不明だったお姫様が英雄だったなんて……物語みたい」
「そうね……。カリーネ様が亡くなられていたのは本当に残念なことだけど……お子様が生きてらっしゃったのは喜ばしいことよ」
アデリーヌの瞳から滲む涙は、悲しみと喜びが混じり合うものだろう。
「それでだね……カティア様の御一行はいま、リッフェル領を出発して王都に向かっている。リュシアンとルシェーラちゃんも一緒だ」
「あ、ルシェーラちゃんは学園の入学準備があるから、早めに王都に行くって手紙が来てた」
ルシェーラも問題なく入学試験に合格してるということだ。
「それじゃ、途中で公爵家に寄ってくのかな?」
「そうなるね。ご本人はまだ戸惑われてると思うが……丁重におもてなしするから、君たちもそのつもりで」
「分かったわ」
「は~い」
これまでユリウスとカーシャの国王夫妻を何度か招いているので、王族を迎えることの気負いは特に無い。
レティシアも、もう慣れたものだ。
「そう言えば……なんで王女さまだって分かったの?兄さんは断定してるみたいだけど……」
「カティア様がディザール様の印を発動したところを見たらしい。カリーネ様のものと思われる『王家の守護石』もお持ちだとか」
「ディザール様の……じゃあ間違いないね」
「そうだね。……それだけじゃなくて、エメリール様の印も発動できるらしいのだけど」
「「ええっ!!?」」
アンリが明かす事実に、母娘は驚きの声を上げた。
カルヴァード12神が各国の王族に授けた『印』は、当代一人のみ、一つだけ継承できる……それは常識である。
2つの印を発動できる人物がいるなど……少なくとも、モーリス一家の面々は聞いたことがなかった。
それだけでなく……エメリール神の印を受け継いでいたアルマ王国は数百年前に滅んでおり、以降は継承者が途絶えていたはずなのだ。
その継承者が再び現れた……それも、彼女たちが驚愕する理由なのだ。
(ホントに物語の主人公みたいじゃないの。……もしかして転生チートとかだったりして)
レティシアは内心でそんなことを思う。
伝説の力を受け継いだ英雄姫。
まさに物語の主人公に相応しい人物だと。
そして運命の出会いは……もう、すぐそこまで迫っているのだった。




