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【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜  作者: O.T.I
レティシア15歳 時代の変革者たち

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心のままに



 ディザール神殿の応接室で、ロアナと対面するレティシア。


 しかし、相談をするにも……自分自身も何を悩んでいるのかハッキリ分かっていない。

 だから、こうしてここまできても……言葉を発することができない。



(……どうしよう。せっかくのロアナ様のご厚意なのに)


 そうやって何とか言葉を紡ごうとすればするほど、頭の中は混乱していくレティシア。


 その様子を見たロアナは優しく微笑んで……


「レティちゃん、焦らなくてもいいのよ。じっくり考えて……あなたの中で整理がつくなら別に話さなくても良いし、話したほうがスッキリするなら、そうすれば良いのよ」


「ありがとうございます……その……」


 ロアナの言葉に感謝しながら、彼女は少しずつ話を始める事にした。

 ただ、心のおもむくままに……






「私は……家族に感謝してます」


「……」


 唐突とも思えるレティシアの言葉に、ロアナはただ黙って頷く。


 そしてレティシアは続ける。

 一つ一つ噛みしめるように。

 そして、そうすることで自分自身の心を整理するかのように。



「大切な家族なんです。そして、これまで……私はずっと好きなことをさせてもらってきました。だから……私は、モーリス家に恩返しをしないといけない」


 まだ話は、彼女の悩みの核心には至らない。

 ロアナはただ黙って頷くだけだ。


 しかし、こうやって話をしているうちに整理がついてきたのか、レティシアから紡がれる言葉は少しずつ滑らかになっていく。



「私はモーリス家に生まれた女として、家のためにできることをしなければならない。……私に婚約のお話があったんです」


「まぁ……そうなの。もう、レティちゃんもそういう年頃なのね」


 そこで初めてロアナは驚きの声を上げる。

 幼かった少女も、いつの間にか大人の女性になろうとしていたのか……と。


 そして彼女は、それがレティシアの悩みの核心であると察した。



「その方はとても高貴な方で、人柄もよく……父も母も兄も、その方ならば……と。私の決断に任せるとは言ってくれますけど……たぶん、期待はしてるんだと思います」


「……でも、レティちゃんは、その方と婚約したくない?」


「……分からないんです。その方とは昔、一度お会いしたことがあって……好ましい方とは思いました。でも……」



 前世の家族を悲しませてしまった。

 もう同じ過ちは繰り返したくない。

 それはレティシアがこの世界に転生したとき、絶望から立ち直るためのきっかけとなった想いであり……同時に、彼女を縛るものでもあった。


 家族の期待には応えたい。

 だけど、自分の心が分からない。

 どうしたらいいのか分からない。


 自分が女性として、男と結婚することに抵抗があるのか。

 それとも、自分の心が分からないまま婚約を受けることを、不誠実だと感じるためか。

 あるいは別の理由なのか……



「私は…………自分が『女』なのか、分からない……」


 少なくとも、前世の記憶のまま……ということではないだろう。

 これまで、『男』として女性を異性として意識したことはないのだから。

 だけど、自分が『女』であるという自覚は、いまだ持てていない。

 そう、彼女は思っている。



「……なるほど。レティちゃんの悩みは、なかなか複雑なのね」


 穏やかではあるものの、少し悩ましげな表情のロアナ。

 さてどうしたものか……という感じだろうか。



「すみません、自分でも良くわからない悩みだとは思うんですけど」


「ううん、こういうのはね、誰かに話をするだけでも……抱え込むよりは良いと思うわ」


「はい、ロアナ様に話したら、少しスッキリできた気がします」


 誰かに相談したからと言って解決するような話ではないと、彼女も自覚している。

 しかし、心の内を誰かに吐き出すことで心が軽くなるというのは、いま身を持って実感したところだ。



「だったら良かったんだけど……せっかく相談してくれたんだから、何かアドバイスはしたいわ」


 ただ話を聞いただけでも意味はあった……とはいっても、年長者としては何らかの方向性は示してあげたいと思ったのだ。



「でも、あくまでもひとつの意見としてね。……まず、ご家族のみなさんが、レティちゃんの決断を尊重すると言うなら……それは本心からのものだと思うわ。その婚約になにかを期待してるということはあるかもしれないけど……それを断ったからと言って、がっかりするほどの事じゃないんじゃないかしら?」


 自分が知るモーリス家の人々なら、そうであるはず……と、ロアナは思う。


 それにはレティシアも頷く。

 それは彼女も分かっていることなのだろう。

 あくまでも、彼女自身の気持ちの問題だ。


「それにレティちゃんは、『家のために』って言うけど……もう十分に貢献してるじゃない?お父様もお母様も、『自慢の娘』って仰ってたわ」


 それも事実だろう。

 レティシアが発案した鉄道はモーリス家の名声を不動のものとしただけでなく、イスパル王国にも大きく貢献するものだ。



「そして、あなたの『心』のこと。一つ言えることは、あなたの心はあなただけのもの。でも、例え自分のものであっても、その全てを理解できるわけじゃないわよね?」


 その通りだ。

 だから悩む、迷う。

 正しい答えが分からない。


「でも、それは当たり前のこと。誰だってそう。大切なのは……自分の気持ちに素直になること。目をそらさないこと。焦らなくてもいいのよ。ゆっくりでも前に進めれば」


「自分の心に素直に……」


 ロアナの言葉は抽象的で、はっきりと解決をもたらすものではない。

 しかし、レティシアの心の奥底まで染み渡るものだった。



 そして。



「ロアナ様、ありがとうございます。……まだ自分のことはわかりませんけど、心が軽くなりました」


「私は大したことは言ってないけど……でも、良かったわ」


「……そもそも私って、深く考えるような性分じゃありませんでしたね。あんまり深刻に考えないで、もっと前向きにいきます」



 焦る必要はない。

 いつか自然に……素直な心で答えが出せるなら。


 いつものように、彼女は前向きに考える。

 しかし、これまでと違い……心に蓋をすることはなかった。







 そして、この日のロアナのアドバイスと同じ言葉が、もうすぐ出会う大切な人から再び贈られることを……まだ彼女は知らない。



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