婚約話〜レティシア
901型の初走行試験を無事に終えた、その日の夜のこと。
夕食を終えたレティシアは、談話室で父、母と話をしていた。
「魔導力機関車、成功したんだって?」
「うん!!バッチリだったよ!環境が整ってないから最高速はまだ出せてないけど、この分なら心配なさそう」
「そうか……そうすると、いよいよ開業も見えてきたかな」
本来は自分もその場に立ち会いたかったアンリであるが、あいにくと日中は妻アデリーヌと共に別の用事に対応していたのだった。
そして、その事が気になったレティシアが二人に聞く。
「そう言えば……父さんも母さんも、何の用事だったの?今日の試験は、二人も楽しみにしてたよね」
「あぁ……実は、私達に来客があってね……」
少し言いにくそうに応える父を、レティシアは不思議に思った。
すると、アンリに代わってアデリーヌがあとを引き継いで言う。
「そのお客さんの用件は、あなたに関係することよ」
「私に……?」
「ええ。実はあなたに、婚約の申込みがきたのよ」
あっさりと告げられた母の言葉の意味を、すぐには理解することができないレティシア。
しかし、少しずつそれを理解しはじめるにつれて、彼女の瞳は大きく見開かれていき……
「え……?えええーーーーーーっっっ!!!?」
と、ついには絶叫を上げることになった。
実を言うと……
レティシアは全く与り知らぬ事だったが、これまでも婚約申込みの話は何度かあった。
しかし、アンリ、アデリーヌ、リュシアンの厳しい審査を突破するものがいなかったから、これまでレティシアはそれを知ることがなかったのだ。
「あのデビュタントでの『やらかし』のせいなのか……あなたのこれまでの功績の割には婚約話は少なかったんだけど、それでも何件か来たことはあるのよ」
「まあ、これまでは……身辺調査で色々と問題があったりして、私の方からお断りしていたんだけどね……」
「知らなかった……。じゃあ、今回は私に伝えたのは……」
今までは自身が知らぬ間に断りを入れていた。
今回はそうではない。
それはつまり、両親的には婚約しても問題ないと考えているということだ。
「ああ。私は構わないと考えてる」
「私もよ。……というか、これ以上は望むべくもない相手ね。多分リュシアンも賛成するはずよ」
「だ、誰なの……?」
この場にいないリュシアンも賛成するだろうと断言するほどの相手。
レティシアには全く想像もつかなかった。
そして、アンリはその相手の名を告げた。
「ヴァシュロン王国の第二王子、フィリップ殿下だ」
「え…………」
予想もつかなかったその名前に、レティシアはただただ絶句するほかない。
3年前に技術開発品評会の会場で、兄リュシアンに友人として紹介された人物。
兄リュシアンの親友ということもあって、レティシアとしても好感を覚えた相手ではある。
自分の国を変えたいと、夢を語るその姿が自分と重なって……応援したいという気持ちにもなった。
だが、それだけである。
彼に対して異性として意識することは全くなかった。
そもそもレティシアは、未だ自分の心が分からない……と、思っている。
「実はリュシアンから手紙が来ていてな。さっきアデリーヌが言った通り、賛意を示している。どうやら事前に相談されていたようだな」
「……」
「ただ、こうも書いてあった」
アンリはリュシアンの手紙に書かれていた内容を娘に伝える。
曰く。
『フィリップが婚約相手ならば、僕は賛成します。ただ……もし、レティが断りたいと言うのなら、僕のことは気にしないで欲しいと伝えてください。彼女が断ったからと言って、友人関係が拗れるような間柄ではないから』
とのこと。
「兄さん……」
あくまでも自分の意志を尊重してくれる兄の言葉に、彼女は温かな気持ちになった。
「リュシアンの言葉は、私達の言葉でもあるね。レティ、この話、僕たちは反対はしない。でも、押し付けるようなこともしない。受けようが断ろうが、君自身の判断で決めればいい」
「とはいっても、むかし一度だけお会いした方と婚約するなんて、すぐに決められるものではないでしょ?先方も返事は急がないと言ってるし……それに、近々ご本人がこちらにいらっしゃるそうだから、色々とお話してみるのも良いかもしれないわね」
「えっ!?……フィリップ様がうちに来るの?」
またも驚きの声を上げるレティシア。
あまりにも急展開な話に理解が追いつかない。
「ああ。何でも、王子としてではなく、いち技術者として……ということらしいが。鉄道の視察をしたいのだろう」
「そっか……まぁ、そう言うことなら」
彼女としては、鉄道に関する技術は秘密にするつもりは全くなく、むしろ広く普及させるのが望みである。
だから視察などの申し入れがあれば、喜んでそれを受けることにしていた。
いまだ混乱が収まらない彼女であったが、フィリップが鉄道に興味を示してヴァシュロン王国でも建設の気運が高まるのであれば、それは喜ばしいことだ……と、思った。
(……さて、どうなるかしらね)
アデリーヌは内心で思う。
彼女は娘の結婚相手……その候補の一人として、リディーを考えていた。
だが、副会長の座を譲ったり、何かとさりげないフォローはしていても、それ以上は積極的に仲をとりもつようなことはしてこなかった。
相応しくない相手を事前にふるいにかける事はあっても……
最終的には、あくまでも当人たちが決めること。
それはアデリーヌだけでなく、モーリス一家の総意であった。




