初走行
ヴゥーーーーン…………
起動を開始した魔導力機関車から、うなるような重低音が車庫の中に響き始める。
時々、シュー……という空気の抜けるような音も聞こえてくるのは、ブレーキシステム用のコンプレッサーの稼働音か。
起動準備を行っていた作業員に代わって運転室に乗り込んだ親方が、計器類のチェックを行いながら各種スイッチを操作する。
前照灯に眩い光が灯る。
ピィーーッッ!!と、鋭い警笛の音が鳴り響く。
「よし、稼働オーケー!」
チェックを終えた親方が言う。
もう走行可能な状態になったようだ。
「会長は乗るんだろ?」
「もちろん!」
初走行となれば、レティシアが乗車するのは当然だろう。
ただ、運転を親方に任せるあたり、自分で動かすことにはあまり興味は無いらしい。
「運転室は狭いからな、あと一人だけ……副会長だな」
「マティス先生は……」
「私は良いよ。これからいくらでも乗る機会はあるだろうからな。それに、最初に乗るのは君たち3人が相応しい」
プロジェクトの発起人であり最高責任者であるレティシア。
その彼女のアイディアの最大の理解者で、具現化に力を尽くしたリディー。
実際の形として作り上げてきた親方。
マティスが言う通り、この3人を差し置いて初乗車の名乗りを上げる者はいないだろう。
そして、運転室にレティシアとリディーが乗り込めば、いよいよ出発のとき。
「会長、合図たのむ!」
「うん!それじゃあ……出発!進行っ!!」
パァーーンッッ!!
レティシアの号令と共に大きな警笛音が響き渡った。
因みにこの警笛は、モーリス商会で開発した録音・再生の魔道具と拡声の魔道具を組み合わせたものだ。
レティシアのこだわりで、何パターンかの音が出せるようになっている。
魔導力モーターに莫大な魔力が流れ込み、巨体をも動かすほどのパワーを生み出す。
そして、鉄巨人がゆっくりと動きはじめると、見守る作業員たちから歓声があがる。
「動いた!!」
「静止状態からの初動、オーケー!」
「よし……」
運転室でも、三者三様に喜びの声が上がる。
歩くほどのスピードを維持したまま、機関車は車庫の外に向う。
作業員たちもそれに合わせて移動し、目視で異常がないかチェックを行う。
やがて、車庫の中から陽の光のもとに魔導力機関車が姿を表す。
何の装飾も施されていない、ところどころ機械がむき出しの車体。
真っ黒に塗装されたそれは無骨でありながら、しかし機能美も感じさせるものだった。
「このまま行くか?」
「うん!……終点まで徐行、速度上限15km/h、制動開始位置に注意ね」
「了解!」
レティシアの指示により親方がマスコンを操作すると、機関車は少しだけ加速した。
そして駆け足くらいのスピードになって公爵邸の敷地の外に向っていく。
作業員たちは倉庫を出たところで立ち止まり、手を振ってそれを見送った。
モーリス公爵邸の車庫を起点とする実験線は、目下建設中だ。
予定ではイスパルナ近郊のトゥージスの街まで線路が敷設されることになっており、もうすぐ使用できるようになる。
現在は起点から2kmほどまで線路が敷設されているだけなので、今回の試験走行では最高速度で走ることはできない。
「早く全速で走らせたいね〜」
「そうだな。まあ、それももうすぐだ。それまでは徐行運転を繰り返して、何か問題が生じないかチェックしないと」
前世の鉄道を知るレティシアは、やはり徐行運転だけでは物足りないのだろう。
しかしリディーが言う通り、高速で運転する前に初期不良は潰して置かなければならないだろう。
「今のところは快調だ。あとは走行後のチェックで何もなければいいんだが」
作り上げたものに自信を持っている親方であっても、十分に安全確認を行うことの重要性は理解している。
万全を期さなければ、大勢の人を乗せて営業運転することなどできないのだ。
そうこうしているうちに、機関車は終点間近まで来ていた。
少し前に力行を止めて惰性走行に切り替えていたが、ブレーキをかけなければすぐに止まることはできない。
「よし、減速するぞ」
親方がブレーキハンドルをゆっくり引いていく。
すると、ガクン……と軽い衝撃が生じたあと、キィーー……と金属が擦れる音とともに少しずつスピードが落ちていく。
運転室の即窓から顔を出して前方を眺めていたレティシアの視線の先に、停止を示す標識が立っていた。
「あと50……30…………10………………停止!凄い!ピッタリだよ、親方!」
「初めてなのに流石ですね」
「へへ……まあ、ハーフスケールのやつは散々運転してたからな」
レティシアとリディーの称賛の言葉に、親方は照れながら応える。
こうして……
魔導力機関車の初走行は、上々の結果で終わるのだった。




