VIP来訪
「レティ、お疲れ様。凄い大盛況じゃないか」
「あ、兄さん!!来てくれたんだ!」
モーリス商会出展ブース(仮設駅のすぐ近く)のパネルの前に立って来場者に説明を行っていたレティシアのもとに、兄リュシアンがやって来た。
「陛下の護衛は大丈夫なの?」
彼は朝の開会式の時に、ユリウスの側に護衛として付いていたはずである。
「ああ、午後は交代してもらえたんだ。陛下からも『妹の活躍ぶりを見てくるといい』って言われてね。父さんも後で顔を出すって言ってたよ」
「そっか〜。ちょっと恥ずかしい気もするけど、嬉しいよ。それで、そちらの方は……」
やって来たのは兄だけでなかった。
リュシアンの少し後に控え、兄妹のやりとりを微笑ましそうに見ていたのは、レティシアと同じか少し年上くらいに見える少年だ。
「ああ、紹介するよ。彼はフィリップと言って、僕の学園時代の同級生だった……」
「え!?ど、同級生!?」
思わず兄の言葉を遮って驚愕するレティシア。
しかし彼女が驚くのは無理もない。
リュシアンは現在、リディーと同じ一九歳。
レティシアよりも七歳も年上だ。
だが、目の前の人物はどう見ても、成人(一五歳)を超えているようには思えないのだ。
「……あ、そうか。学園の同級生って言っても、別に同い年とは限らな……」
「あ、ボクとリュシアンは同じ年だよ」
「…………ふぁい?」
学園の入学年齢には、ある程度のばらつきがある事を思い出して一旦は落ち着きを取り戻したものの、あっさりそれを否定されて再び呆けるレティシア。
フィリップはそれに気を悪くすることもなく、ニコニコと笑顔で続ける。
「うちの一族は若作りが多いのだけど、印の継承者は特にそれが顕著に現れるんだよね」
「え……印って……」
「紹介が途中だったけど、彼はヴァシュロン王国の第二王子で、技巧神オーディマ様の印の継承者なんだ」
「ええーー!!?」
先ほど以上に驚いて大きな叫び声を上げたレティシアに、周囲の来場者たちから何事かと、注目が集まった。
「落ち着いたかい、レティ?」
「う、うん……フィリップ様、大変失礼しました。いつも兄がお世話になっています。私はリュシアンの妹でレティシアと申します。よろしくお願いします」
周囲の目を避けるため、比較的人が少ない木立に囲まれたベンチへとやって来た三人。
レティシアは先程の態度を謝罪しながら改めて挨拶をする。
「こちらこそよろしく。リュシアンもボクも、君をビックリさせようとして事前連絡しなかったのだから……まぁ気にしないでね」
「は、はい、ありがとうございます。……もう、兄さんてば」
「驚いただろう?」
妹からジト目を向けられた兄は、悪びれずに笑顔でそう返す。
「でも、VIPが護衛も付けずにこんな混雑したところに……大丈夫なんですか?」
「君のお兄さんはとても強いから大丈夫だよ。ボクも自衛くらいは出来るしね」
見た目的にあまり強そうに見えず『ホントかな?』……と、レティシアは思わなくもなかったが、本人が大丈夫と言ってるのでそれ以上は気にしないことにした。
そもそも、彼女自身も高位貴族の娘であるにも関わらず、最近は一人で街をぷらぷらすることもあるので人の事は言えない。
「確か、夜会にはいらしてませんでしたよね?」
他国の王族ともなれば当然出席するものだと、彼女は思ったのだが。
これほど特徴的な人物が来ていたのなら、気付かないはずがない……と思って聞いてみた。
「あぁ、本当は出席の予定だったんだけど、ちょっと旅程が遅れてしまったんだ。アクサレナに着いたのは昨日だよ」
「ヴァシュロンからの街道は難所が多いからね」
ヴァシュロン王国はカルヴァード大陸の中央部の山岳地帯にある国だ。
イスパル王国の北部地域と国境を接するものの、険しい山脈を超える必要があるため、距離の割には時間がかかる。
「確かに来るのは大変なんだけど、このイベントは見逃せないから。学園生だった時は近くて良かったなぁ……」
「ヴァシュロン王国は技術者の国って言われてますよね」
「そうなんだけど、職人気質……というよりは、ちょっと内向的というか……内輪ウケ狙いであまり外に目を向けないというか……そんなだから、アスティカントの後塵を拝する事になってるんだよ。まあ、ボクはそれを少しでも変えたくて、こうして見聞を広めるために外に出てるんだけど。たぶん隣のオーレストも似たような感じじゃないかな」
(……なんか気質が日本人みたい。山岳地帯で技術立国だとスイスの方がイメージに近いかもしれないけど)
因みにオーレストというのは、ヴァシュロンとイスパルに隣接する内陸国で、学問の国と言われる。
王家は、知恵の神ヘリテジアの印を受け継ぐ。
「しかし、今回は無理をしてでも来て良かったよ。あの鉄道というのは素晴らしいね。機械、魔導、材料、土木建築……あらゆる分野で高い技術力が求められると思うのだけど、よくあそこまで完成させたものだと感心した。君に会う前に乗ってみたんだけど、是非とも我が国にも……と思ったよ」
フィリップは手放しの称賛の言葉で功績を称えた。
「ありがとうございます!!実用化にはもう少しかかりますけど、これまでの研究成果は全て公開してるので、是非ご覧になってください」
「うん、そうするよ。でも……」
そこで彼は少し顔を曇らせる。
「?」
「あの鉄道というのは、急勾配には向かないですよね?」
(へぇ……初見でそこを指摘してくるとは、技術の国の名は伊達じゃないね〜)
鉄道というのは、大量輸送を効率的に行うのが利点だ。
そのために、転がり抵抗の少ない鉄製の車輪と軌道を用いる。
しかし、転がり抵抗が少ないということは摩擦が少ない……つまり滑りやすい。
そのため、急勾配というのは鉄道にとって大きな弱点の一つなのである。
「確かに急勾配は鉄道の弱点ですね。だけど、克服する手段が無いわけじゃないです。一つは、斜面を横断して反転を繰り返しながら少しずつ高度を稼ぐ方法」
「ふむ……」
「もう一つは、車輪とレールの摩擦力に頼らず、鋸歯状のレールに歯車を噛み合わせて上る方法」
「ほう……」
「あとは山越えが目的なら、長大トンネルを掘ってしまうとか……まあ、これは土木技術がもう少し発展しないとですけど」
「なるほど。すでにそこまでの具体的イメージがあるとは、恐れ入るよ」
フィリップの言葉に、レティシアは少しドキッとした。
いま彼女が話した内容は全て、前世の登山鉄道などの例を思い浮かべながらのものであったから。
「では、ヴァシュロンに鉄道を敷設することも可能かもしれないと言うことだね。イスパルで鉄道が実用化されたら……我が国としても相談させてもらうよ」
「はい、是非とも協力させてください。私の夢は、カルヴァード大陸……いえ、世界中に鉄道を普及させて、列車でいろいろなところを旅することですから」
「世界中か……素敵な夢だね。リュシアン、君の妹は、本当に凄いね」
「自慢の妹だからね」
「に、兄さん……恥ずかしいよ」
兄馬鹿なリュシアンの言葉に、レティシアは恥ずかしそうに顔を赤くするが、その言葉自体はとても嬉しいと思うのだった。




