想いは駆ける
宴も酣といった会場の雰囲気。
来客達は酒も入って上機嫌になり、まったりとした空気が漂う。
ちらほらと帰り客も出始め、喧騒に満ちていた会場は少しずつ閑散とし始めてきた。
そんな中、レティシアは来客の応対も一段落し、会場の隅の方で兄と二人で話をしていた。
「レティ、大丈夫ですか?疲れたでしょう?」
「ん〜……大丈夫だよ、兄さん。少しお酒が回っただけだから」
彼女はそう言うが……呂律こそ回っているものの、目は眠たげにトロンとしはじめている。
この国では飲酒に特段の年齢制限はないものの、やはり前世の事もあって飲みすぎないように自制はしていた。
だが、やはり付き合いもあるので、それなりに飲んではいたのだ。
(まあ、カティアよりは全然大丈夫なんだけどね。……あの娘、飲めないくせにお酒好きなんだよねぇ。やめとけばいいのに、いつも飲んで失敗してるんだから)
カティアが飲酒で醜態を晒してるのを見てきてるのも、彼女が自制する理由だったりする。
「まあ、そろそろパーティーも終わりだから……」
と、リュシアンが言いかけたところで、彼は近付いてくる人物に気が付いた。
「やあ、二人とも。パーティー楽しかったね」
そう声をかけてきたのは、フィリップだった。
彼は会話に加わる素振りを見せつつ、レティシアに気づかれないようにリュシアンに目配せをする。
(……なるほど。いま動くつもりですか。リディーはまだみたいですが……さて、どうなりますかね?)
すぐにフィリップの意図を察するリュシアン。
そして彼は友人の意を汲んでその行動を後押ししようとする。
彼としてはレティシアがフィリップとリディーのどちらを選んだとしても、口を出すつもりはない。
妹の伴侶としてどちらも申し分ないと思っているからだ。
逆に言えば、どちらか一方に……たとえ親友のフィリップであっても、特別肩入れするつもりもなかった。
ただ先に行動したのがフィリップだったというだけだ。
「レティ、私は陛下たちのところに行くよ。そろそろ護衛の交代の時間だ。君は少し酔いを覚ますといい。フィリップ、レティをお願いするよ」
「うん、任された」
「え……ちょ、兄さん!」
レティシアが戸惑ってるうちに、兄はさっさと立ち去っていく。
そしてその場にはレティシアとフィリップだけが残された。
「さて……少し外を歩こうか?肌寒いかもしれないけど、少しだけなら酔いを覚ますのにちょうど良いだろう」
「は、はい……」
流石のレティシアも、その雰囲気からフィリップの意図を察する。
かつて彼女が彼に婚約を申し込まれた時。
その時は、鉄道事業が忙しいから考えられない……と、いったんは断った。
しかし、先延ばしにしたその答えはいつか出さないといけないと、彼女は思っていた。
だから、鉄道開業を迎えた今日……フィリップはその答えを求めているのだと、すぐに察することができたのだ。
そしてレティシアは、これまでの交流を通じて、フィリップには少なからず好意を抱いている。
それが恋愛的な感情なのか、彼女ははっきりとは分からないが……少なくとも、彼と婚約するのは嫌とは思っていなかった。
(フィリップさんはずっと誠意を持って私に接してくれた。だったら、私はちゃんとその想いに答えなければ……。いつまでも先延ばしにすることは出来ないのだから)
そう彼女は思い……そして決意を固める。
しかし……
(私は、彼の想いに応えようと思う。きっと、この人となら大丈夫って思えるから。覚悟は決まったよ。……なのに、なんで胸が痛むんだろう?)
決意したはずなのに、揺れる気持ちに戸惑いながら……レティシアはフィリップとともにパーティー会場をあとにする。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
(参ったな……まさかこんなに長い間捕まってしまうとは)
レティシアとフィリップが連れ立って会場の外に出ていったあと。
リディーは何とか来客の応対を終え、レティシアの姿を探していた。
彼も鉄道開発の責任者の一人として、ひっきりなしに質問を受けていたのだ。
思いのほかそれに時間を取られてしまい、そしてレティシアとフィリップの姿が見えないことに、彼は焦りを感じていた。
「リディー?」
キョロキョロしながら会場内を彷徨うリディーに声をかけてきたのは、リュシアンだった。
彼が警護のためレティシアたちから離れた……というのは口実で、いまは二人の帰りを待っているところだった。
「あ……リュシアン様。すみません、レティを見ませんでしたか?」
「レティなら酔いを覚ますため庭園の方に行ったよ。……フィリップと一緒にね」
「っ!!そうですか……」
先を越された……と、彼は思った。
では、自分はどうする……?
そう彼は逡巡する。
「……追いかけないのかい?」
リュシアンの問いかけに、リディーはハッとする。
そして彼は決然とした表情となった。
「……失礼します!」
リュシアンに一礼してから、彼は急いでその場を立ち去る。
(そうだ。何を迷ってるんだ、俺は!レティの応えがどうであっても、この想いは伝える……そう決めたんだろう!)
たとえ、もう既にレティシアがフィリップの告白を受け入れているのだとしても。
自分の想いは伝えなければ……
そんな決意を胸に、彼は駆け出していく。
「……やれやれ。世話が焼けますね。まあ、あとはレティがどんな答えを出すのか……待つとしましょう」
立ち去るリディーの背中を見ながら、リュシアンはそんな呟きを漏らすのだった。




