祝宴の夜
夕刻。
イスパルナ旧王宮の一画を貸し切って鉄道開業の祝賀会が行われていた。
歴史的偉業を祝う場として相応しい格式ある会場としてそこが選ばれたのである。
来場者は一番列車の特別招待客のほか、後続の二番、三番列車でやって来た乗客たちの一部も集まってきていた。
会場となった大ホールには様々な料理が運ばれて立食形式でパーティーが行なわれ、まさに上流階級の社交界といった雰囲気であった。
開会の折には、王女にして歌姫であるカティアがその美声で祝福の歌を披露し、会場を大いに沸かせて場を暖めた。
その後も、楽士たちの奏でる優雅な音楽を聞き、料理に舌鼓をうちながら、招待客たちは思い思いに祝いの席を楽しんでいる。
やはり話題の中心は鉄道であり、初めての乗車体験の感想を興奮した様子で語り合う様子がそこかしこで見られた。
そんな中、レティシアは多くの人々に囲まれて、幾度となく祝の言葉をかけられていた。
「いや〜、あの鉄道というのは実に素晴らしいですね。どうですかな?是非とも次は我が領に……」
「でしたらうちにも是非!」
開業して実際に列車に乗るまでは懐疑的だった者もいるかもしれない。
しかし、その圧倒的なスピードと快適さを体験してしまえば、そういう者たちの疑念など吹き飛んでしまっただろう。
レティシアのもとに集まった者の中には地方の領主たちも多く、是非自分の領にも鉄道を引いてほしいと訴える。
「皆様に鉄道の素晴らしさをご理解いただけたのは何よりですが……すみません、私の一存では建設計画は決められないのです。先ずは国土・都市開発計画室にご相談を……」
「はっはっは!!次はブレゼンタムへの延伸が決まってるぞ!なぁ、レティシア?」
「あ、アーダッドおじさん……あれ?もう決定なんですか?」
「ああ。さっき陛下から聞いた。先ずは基幹路線として東西の主軸を完成させるってな」
「ですよね〜。じゃあ、また忙しくなりますね」
忙しくなる……と言っても、レティシアは嬉しそうだ。
それこそ彼女が願っていることだから。
「まあ、貴卿らも慌てることはない。これから国策として鉄道網の整備は迅速に行っていくとの事だからな」
ブレーゼン侯爵のその言葉に、その場に集まった者たちは大いに沸き立つ。
(……嬉しいな。今日鉄道は開業したけど、それは始まりの一歩に過ぎないと思ってたけど。陛下も、みんなもそう思ってくれてるって事だよね)
いまこうして一歩を踏み出した。
そしてこれから先も、その歩みが止まることはない。
であれば、世界中を列車で旅をするという彼女の夢は、きっと叶うに違いない。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……やっぱり彼女は大人気だね。まあ、今日は婚活よりもビジネスの話が中心みたいだけど」
「レティにとっては、望むところだろう」
「それは君もでしょ」
「もちろん。今となっては俺の夢でもあるからな」
多くの人々に囲まれて、笑顔で応じるレティシアを離れたところから見守りながら、リディーとフィリップは二人で祝杯をあげていた。
二人とも告白する決意は固めたものの、レティシアの周りには常に人が集まっているので、タイミングを掴みかねていたのだ。
「ま、そのうち誘い出すタイミングもあるさ。それまでは、この良き日を大いに祝おうじゃないか。それじゃ、僕は他の人達に挨拶してくるよ。じゃあね」
そう言って彼は片手を上げながら、その場を立ち去っていった。
リディーはその背中を見送りながら呟く。
「何であいつは普段通りでいられるんだろうな。俺なんか、料理の味もよく分からないっていうのに……」
今日これから彼らが行動を起こせば、彼らとレティシアの関係は決定的に変わるだろう。
そしてリディーは……たとえ彼女がフィリップを選んだのだとしても、これまで通りレティシアとともに夢を追いかけ続けようと思っている。
だが、果たしてそうなったとき、これまで通り彼女に接することができるのだろうか……と、不安な気持ちも抱えていた。
そんな男たちの思惑をよそに、祝宴の夜は過ぎ去っていく。
そして運命の時は、もうすぐそこまで迫っていた。




