怒りの鉄拳
「これは、どういう状況……」
「ですかね……?」
カティアとリュシアンは呆然と呟く。
エリーシャから伝言を受けた二人は、レティシアが囚われているかもしれないという、リグレ公爵家所有の屋敷の一つにやってきた。
そこで見たのは……
屋敷の正門は無惨に破壊され、前庭には何人もの男たちがピクピクと痙攣しながら倒れている。
そして、屋敷の中からは怒号と悲鳴、そして破壊音が聞こえてくるではないか。
「まさか、リディーさんたちが先に突入したの?」
「どうやらそのようです。とにかく、既に事態が動いてるなら、私もこうしてはいられません」
予想外の事ではあるが、ここで待っていてもどうにもならない。
先ずは探りを入れて……と考えていたのだが、事ここに至ってはそんな悠長な事も言ってられないだろう。
「私も行きます。リュシアンさん、屋敷の周りを……」
「ええ。既に部下には包囲網を敷くように指示してます」
「じゃあ、行きますか。とにかく、レティの安全確保が最優先で」
そうしてカティアとリュシアンは、リディーたちに遅れて屋敷の中に突入するのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ここにもいない……か」
一つ一つ部屋を確認していたフィリップだが、未だレティシアの発見には至ってなかった。
今も寝室らしき部屋の中を確認したのだが、中には誰もいなかった。
だが。
「ん……?これは……」
入口近くの床に、何かが落ちている事に気が付く。
彼が拾い上げたそれは……
「ハンカチ……女物の?……!モーリス家の紋章!」
そのハンカチを広げてみれば、ワンポイント的にモーリス公爵家の紋章が施されていた。
ということは……
「ここに、レティは囚われていた?でも、今はいない……。連れ去られたのか、隙を見て部屋を出たのか……?もしかして、彼女が手がかりとして置いていったのか?」
ここに来るまで、誰かとすれ違うことはなかった。
そして、レティシアが自ら部屋を出たのであれば、人目に付かないように騒動の気配を避けるはず。
そう考えた彼は部屋を出て、レティシアの脱出ルートと考えられる方へと向かう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……結構広いな、この屋敷。人の気配を避けて来たけど、まだ出口が見つからない」
レティシアは不安そうな表情で呟く。
どこからか騒動の気配が伝わってくるが、段々と近づいてる気がして焦りも生じる。
そして彼女は早く出口を見つけようと、足早に廊下を進むと……ホール階段の広々とした場所に出た。
すると……
「レティシア!!部屋から逃げ出したのか!?」
「!!?」
何と、ダミアンとばったり遭遇してしまった。
彼は突然現れた襲撃者から避難するため、対応を部下や使用人に任せ、騒動を避けて裏口から屋敷の外に出ようとしていた。
つまり、レティシアと同じ行動をしようとしていたため、鉢合わせしてしまったと言うことだ。
「ええいっ!!見張りは何をやってたんだ!!……まあ、いい。お前も一緒に来い!!」
そう言って彼はレティシアを捕まえようと、彼女に近づいていく。
「こ、こっちに来ないで!!」
レティシアは青ざめながら後ずさりする。
その姿はか弱い少女そのもの。
ダミアンは嗜虐的な笑みを浮かべてゆっくり近づいて……
「そこまでだ」
「え……り、リディー!!?」
まさかこの場に現れるとは思ってなかった人物の登場に驚くレティシア。
「ダミアン=リグレ、レティシアは返してもらうぞ。たとえ公爵家の者と言えど、誘拐は重罪だ。罪は免れんぞ」
そう言いながら彼は、ダミアンを捕縛するべく歩み寄っていく。
その手に雷光を纏いながら。
「くっ……何で魔法が使えるんだよ……!」
「魔封じの結界の神代遺物は確かに貴重だが、それなりの数が発見されてる。故に研究はかなり進んでるし、対抗策も知ってる者は知ってる」
「それ、後で教えて!!」
「ああ、先ずはコイツを何とかしてからな」
リディーは思いのほか元気なレティシアに安堵しながら、約束した。
今回のことを思えば、もっと早く教えておけば良かった……とも。
「と、止まれ!!それ以上近づいたら、こいつでレティシアを撃つぞ!!」
そう言ってダミアンは懐から何かを取り出して、それをレティシアの方に向けた。
彼の手に握られていたのは、黒光りする鉄でできた何か。
(まさか!!あれは!?)
自分に向けられたそれを見て、レティシアは驚愕で目を見開いた。
彼女の前世ではよく知られていたものだが、この世界では……少なくとも彼女はそれが存在することを知らなかった。
それは……
「それは……『銃』か」
「ほぅ……知ってるのか。近年ヴァシュロンの工房で発明された武器なんだが……知ってるのなら話は早い。こいつは攻撃魔法ほどの威力は無いが、お前が魔法を使うよりも先にレティシアに攻撃できるぞ」
形勢逆転とばかりに余裕を取り戻し、勝ち誇ってダミアンは言う。
彼の言う通り、それは強力な魔法には及ばないものの……人ひとりを殺すには十分な威力を持っていた。
それはレティシアも分かっているので、銃口を向けられた彼女は恐怖で震える。
しかし。
「……無理だな。それでレティを傷つけることは出来ない」
リディーは余裕の態度を崩さずに、断言した。
「何だと……?嘘だと思うなら彼女で試してみるか?なに、まだ殺しはしない。動けないように先ずは手脚を……」
と、彼がレティシアの足元に狙いを定めたその時。
乾いた破裂音が響き渡る。
しかし、撃ったのはダミアンではなかった。
「なっ!?じゅ、銃が!?」
彼が握っていた銃は、何らかの衝撃によって遠くに弾き飛ばされていた。
「僕を忘れてもらっちゃ困るな」
そう言って物陰から現れたのはフィリップだ。
「フィリップさん!?」
レティシアは、リディーだけでなく彼も自分の救出のため屋敷に来ていた事に驚きの声を上げる。
彼の手にはダミアンのものとよく似た『銃』が握られ、銃口からは煙が揺らめいていた。
「まさか使う機会が来るとは思わなかったけど……練習しておいて良かったよ」
ふっ……と銃口に息を吹きかけながら、彼はニヤリと笑う。
「リディー!!やっちゃいなよ!!」
「ああ……!!」
銃を弾き飛ばされた隙を見計らい、一気にダミアンの至近にまで詰め寄っていたリディー。
「う、うわぁああっっ!!?」
「お前は直接殴らないと気が済まん。[纏雷]」
振りかぶった彼の拳が雷光をまとう。
そして怒りを込めてそれを振り抜き、ダミアンの顔面に叩き込む。
「うぎぁあババババッ!!?」
拳打と雷撃、二重の衝撃によって彼は大きく吹き飛んで……
そのまま白目をむいてパタリと床に倒れこみ、びくんっ!びくんっ!と痙攣しはじめた。
こうして、リディーとフィリップの活躍によってレティシアは無事に救出される。
そして、彼女の瞳には二人の勇姿が焼き付いたのであった。




