工房
「出来た!」
ああでもない、こうでもない…と、試行錯誤して頭を悩ませながらも、レティシアは何とか図面を完成させる。
レールと、ごくシンプルな車両なのだが、実際に設計してみると思いの外色々なことを考慮する必要があった。
「何が出来たのですか?お嬢様」
「あ、エリーシャ!ちょうど良かった…ねえねえ、私を工房に連れて行ってくれない?」
「工房ですか?それはもちろん構いませんが…お嬢様がどのような御用で…?」
「これ…ほら、これを作ってもらおうかと思って!」
と、レティシアはエリーシャに図面を見せる。
「まあ……これは、お嬢様が書かれたのですか?」
「そうだよ!」
「お嬢様がこれを……(何の図面なのかは分からないけど…この精密な書き込み…とても5歳の女の子が書けるようなものじゃないわ…)」
エリーシャは内心で驚愕するが、それは表に出さずにレティシアの要望に応えて彼女を工房へと案内する。
そうして、レティシアがやって来たのは…
「ここが工房?」
「はい、街の工房から持ち回りで週に何回か職人さんたちに来てもらってるのです。今日は丁度いらっしゃる日ですね」
(ああ、専属って訳じゃないんだ…まあ、いくら公爵家と言ったってそんなに頻繁に用があるわけじゃないか)
レティシア達がやって来たのは、邸の本屋を出て中庭を通り、裏手にある建物。
「すみませ〜ん!親方さんいらっしゃいますか〜?」
エリーシャが入口から中に声をかける。
「おうっ!何か用かい?……何だ、エリーシャじゃねぇか。また何か借りてくのか?」
ぬっ、と奥から現れたのは、作業服を着た中年男性…如何にも「親方!」と言う雰囲気を纏った強面の職人だった。
「こんにちは親方さん」
「おう。今日はどうした……って、そっちのお嬢ちゃんは…?」
「あ、はじめまして!私、レティシアって言います!」
「お?ちっこいのにちゃんと元気に挨拶が出来て偉いな?俺はここの工房を預かってるマルクってもんだ。よろしくな。………うん?レティシア?そりゃあ、確か…」
「そうです。アンリ様のお嬢様ですよ」
「…だよな。そんで、そのレティシアお嬢様が、何だってこんなむさ苦しいトコに?」
と、レティシアに向き直って不思議そうに尋ねる。
口調は荒々しいが、一応小さい女の子が相手なので怖がらないように彼なりに気を遣っている。
だが、いかんせん彼は強面なので、泣き出してしまわないかと内心でヒヤヒヤしていた。
しかしレティシアは、そんな彼の心配をよそにニコニコ笑いながら、ここまでやって来た要件を伝える。
「えっと…親方さんに作ってもらいたいものがあります!」
「うん?俺にですかい?」
「これです!」
そう言って彼女は自らが設計した図面を差し出す。
それを受け取った彼は、さっと表情を変えて真剣な様子で確認し始めた。
「こりゃあ……随分と精密な図面だな。ふむふむ……なるほど……ほう、ここがこうなってるのか。よく分からねぇが、完成図から察するに……馬車みてぇなもんですかい?」
一通り図面を確認して、そのような結論に至ったようだが…
「えっと、馬車ではないんだけど、乗り物ではあります。ただ、これは試作品と言うか…実験と言うか…」
(これを見てそう言う結論って事は……トロッコみたいなものも無いんだね。つまり、レールと車輪と言う概念自体がない。いや、引き戸とかには使われてるから、運搬・輸送に応用されていないと言うのが正しいか……やっぱりチグハグな感じだね)
「この図面、誰が書いたんだ?弟子たちに見せてやりてぇんだが…」
と、親方がエリーシャに問いかけるが、それには書いた当人が答えた。
「あ、別に構いませんよ〜」
「……まさか、お嬢様が書いたんですかい?」
「うん、そうだよ?」
もはや、隠すとか自重するとか言うのは忘却の彼方…と言うよりも、いちいち隠すのが面倒になったらしい。
レティシアは好きな事なら根気強い面を発揮するが、基本的に面倒臭がりなのである。




