クラスメイト
入学式を終えた新入生たちは、それぞれのクラスに分かれる。
そして、レティシアたちもホールから1年1組の教室へ向おうとしたのだが……
その際に、ひと目カティアを見ようと生徒たちがホール出口に殺到して大騒ぎになったのは……まあ仕方のないことだろう。
(アイドルと追っかけみたいだね)
カティアに押し寄せる生徒たちを見て、レティシアはそう思った。
しばらくはそうやって注目を浴びるだろうが、いずれは落ち着くはず……とも。
そして何とか彼女たちは1年1組の教室の前にたどりつく。
レティシア、カティア、ルシェーラ、ステラ、シフィルは同じクラスだが、本人がギリギリ合格と言っていたメリエルだけは2組らしい。
教室の扉を開けて中を見渡すと、前世の学校と大差ない雰囲気だ……と、レティシアは感じた。
どこか懐かしいその光景に、彼女の心の中から郷愁がこみ上げる。
既に先に来ていたクラスメイトたちが着席していたので、先頭のカティアが挨拶しながら中に入る。
「みなさん、おはようございます(ニコッ)」
ガタガタッ!!
「「「おはようございます!!」」」
全員が一斉に椅子から立ち上がって、直立不動で挨拶を返してきた。
まるで、良く訓練された軍人のようである。
「はいはい皆、この学園では身分の差なく平等だからね〜。カティアも言ってたでしょ?ふつ〜にしなさい、ふつ〜に」
「そうですわよ。カティアさんは長く市井で過ごされてたのですから、もっと気楽に接したほうが喜ばれますわよ」
レティシアとルシェーラの言葉に、目を丸くしたカティアがコクコクと頷く。
「おう、お前たち何してるんだ?早く席に着け」
と、そのタイミングで1組の担任であるスレインがやって来る。
彼に促されたレティシアたちは、慌ててそれぞれの席に着いた。
と、その時。
「わ〜!!すみません!!道に迷って遅れましたぁ!!」
慌ただしく教室に入ってきたのは、メリエルだ。
(……あれ?)
今朝初めて会った時、彼女のクラスは2組だとレティシアは聞いたはずだが……
「あ、あれ?なんでカティアが私のクラスにいるの?」
「……ここは1年1組だよ。2組は隣ね」
「へっ!?し、失礼しましたぁー!!」
バタバタ……
……
…
ガラガラっ!
『遅くなりましたー!!』
『……メリエルさん、ここは3組です』
『ぎにゃーーっ!?』
……なぜ一つ教室を跳ばしたのだろうか。
「……さあ、ホームルームを始めるぞ」
スレインは何事もなかったようにスルーした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
初日ということもあり、まずは自己紹介を行うことになった。
名前と出身、得意科目など……大体のクラスメイトたちは無難な挨拶をしていくのだが。
なぜかカティアの番になったときだけ、スレインは質問タイムを設けた。
たぶん、いち早く彼女がクラスに溶け込めるように配慮したのだろう……と、レティシアは思ったが、単なる遊び心の可能性も否めなかった。
そして自己紹介が一通り終わると、今後のカリキュラムについての話となる。
「さて、もうあまり時間もないし、今後の話をしようか」
……カティアへの質問タイムを設けて時間を費やしたのは彼である。
「まぁ、とは言っても……一年生は必修科目中心で実技以外の殆どの授業は大体この教室で受けることになるから、それほど難しい話はないな」
カリキュラムの概要は合格通知に同封されていた資料にも記載されていた。
スレインの言うとおり、最初は必修科目中心で大体みんな同じ授業を受けることになる。
いくつか選択授業もあることにはあるが、まだそれほど選択肢は多くない。
一年の後期から徐々に選択科目が増え、自分が受けたいものを選択していく事になる。
少しずつ専門性を突き詰めていって……とは言っても完全に必修が無くなるわけではなく、ある程度幅広い分野を修めることになる。
「……と言うわけでだな、当面は始業から終業まで大体はこの教室で過ごすことになる。仲良くするようにな。それから、このクラスの必修科目の時間割はそこの黒板に掲示してある。あとでメモしておけ」
(プリントとかで配ったりはしないんだ。……と言うか、コピー機があるわけじゃないし、手書きしかできないなら当たり前か)
レティシアは鉄道関連の設計やモーリス商会の仕事で当たり前のように紙の書類を扱っているが、当然ながら手書きである。
コピー機があるのなら自分が使いたいくらいだ。
(活版印刷とかで大量印刷の技術はあるけど、事務用品としての印刷機なんて無いからね。……作るか?映像投射の魔道具があるなら、それを応用して……)
と、彼女は新たな製品のアイディアを考え始めようとする。
だが、スレインの話はまだ終わっておらず、何とか思考の沼に潜ろうとするのを踏みとどまった。
「それで、次にだ。このクラスのクラス長を決めておきたいんだが……立候補、または推「はい!ユーグ君が良いと思います!!」……だそうだが?」
スレインに皆まで言わせずカティアが畳み掛けるように言った。
カティアはこれまで自分がさんざん目立ちまくってるので、流れ的に自分が指名されそうだと思って先手を打ったらしい。
そして彼女が指名したユーグであるが……かつてレティシアのファーストダンスの相手を務めた彼である。
レティシアは彼の父とは何度か仕事の関係で会っていたが、ユーグを見るのはその時以来だ。
自己紹介で名前を聞くまで、彼女は彼がクラスメイトの中にいる事に気が付かなかった。
そのユーグだが、当時はまだあどけない少年だったのだが……今は理知的で落ち着きのある若者へと成長していた。
ちなみに、カティアが彼と知り合いなのは、試験で一緒だったからだ。
「……何で僕なんです?」
「それです!そのインテリメガネ!それこそは級長の証であると古来より決まっているのです!」
(うわ〜……何かおかしなテンションだねぇ……カティア。まあ、確かに級長キャラっぽいよね、彼は)
と、レティシアは内心でカティアに同意する。
なんなら他のクラスメイトたちも、「確かに!」と頷いていた。
「………分かりました」
あっさりと了承するユーグ。
しかしそれだけでは終わらず、彼は続けて言う。
「では、クラス長として副クラス長にはカティアさんを指名します」
「!?副クラス長なんてあるの!?」
予想もつかなかったユーグの返しに、カティアは驚愕して目を見開いた。
「あるぞ。手間が省けたな」
「くっ……謀ったな!?」
「……自業自得だよね」
「そうですわね」
思わずレティシアとルシェーラはツッコミを入れる。
(う〜ん……あの初々しかったユーグ君が、ずいぶん強かな感じになったもんだねぇ……)
初めてダンスを誘われた時の印象からかなり変わった……と、レティシアは感慨深げに思った。
そして、まんまとカティアを副クラス長に決めたユーグに対して、他のクラスメイト……主に男子が非難の声を上げる。
「おい、ユーグ!!ずるいぞ、抜け駆けしやがって!!」
「「「そーだ!そーだ!」」」
「言いがかりですね。抜け駆けもなにも、自然な流れでしたでしょう」
怒号飛び交う中でも、彼はどこ吹く風といった様子。
確かにレティシアが思った通り、なかなかの胆力の持ち主のようだ。
「はははっ!早速打ち解けたようで何よりだな!」
むしろ殺伐とした雰囲気だが、スレインはそんな事をいう。
まあ、彼らも本気で怒ってる訳ではないのだろう……多分。
「なかなか面白そうなクラスじゃない。ねえ、ステラ?」
「そ、そう………かしら?」
シフィルが笑いながら言うが、ステラは少し複雑そうな表情である。
そんな騒がしいクラスメイトたちのやり取りを見ながら、レティシアはもう忘れつつあった学生時代のノリを思い出す。
たぶん、自分もこんな感じだったんだろうな……と。
そして……
(シフィルの言う通りだね。きっとこれから楽しくなるよ)
そんなふうに、彼女はこれからの学園生活に思いを馳せるのだった。




