おせっかい
リディーが他のスタッフに指示を出して準備……走行コースになる場所を空けたり、来客に注意を促したりする。
それから車に乗り込んで魔導力モーターを始動させると、「キュイィーーーン……」と甲高い音が聞こえてきた。
「あいにくと出力が弱いのであまり人数は乗れませんが……お二人くらいなら大丈夫ですね」
運転席の窓を開けてカティアとルシェーラの方を見ながら、リディーはそう言った。
「レディーに体重を聞かないところは褒めたげるわ。二人とも、さあ乗って乗って」
「レティは良いの?」
「私は別にいつでも乗れるから」
「それもそうか……じゃあ失礼します」
「失礼しますわ」
二人が後部座席のドアを開けて乗り込む。
魔導力自在車の大きさや形状は、レティシアやカティアが知る前世の軽ワゴンに似ている。
運転席と助手席、後部座席があるが、全席に乗せられるほどのパワーは無いとのこと。
「じゃあ走らせますね」
「お願いします!」
リディーが周囲を確認してから操作すると、車はゆっくりと動き出した。
会場内のそれほど広くないところを走るので、それ程スピードも出さずゆっくりとコースを周る。
「これ、どれくらいスピードは出せるんですか?」
「この試作車だと……大体馬車の倍くらいまでは出せますかね」
大体20〜30km/hほどか。
前世の感覚からすると遅く感じるものの、馬車の倍なら稼働時間さえ何とかなれば実用化はできそう……と、カティアは思った。
「馬車の倍の速さと言うだけでも凄いですわ」
「そうですね……ただ、レティの最終目標としては、今のこの大きさのままで魔導力機関車と同等の稼働時間、出力、速度を目指すと言ってますね」
「なるほど……なかなか長い道のりになりそうですね」
「ええ。でも、やりがいがありますよ」
そう言ってリディーは楽しそうに微笑んで言った。
その雰囲気に触発されたのか……ルシェーラが唐突に切り出す。
「ところで……リディーさんはレティシアさんの事を『レティ』って親しげにお呼びになってますけど、彼女のことはどう思ってらっしゃるんですの?」
(おお!?ド直球放り込んで来た!?なるほど……ルシェーラ的にはこっちを焚き付けたほうが良いという判断なんだね)
カティアはルシェーラの言葉に驚愕して目を見開いたが、その意図をすぐに察した。
彼女たちは、リディーの雰囲気からレティシアに気があると見ていたのだが……どうやらルシェーラはお節介を焼くことにしたらしい。
レティシアの方もリディーに好意は持っているように見えるが、まだ自覚しているかどうかは分からない。
なので、リディーの方を焚き付けて彼が積極的にアプローチすれば、あるいは……と考えたのだ。
「どう…とは?」
問われたリディーは特に取り乱すわけでもなく、一見して落ち着いた様子で聞き返す。
「もちろん、彼女を女性として意識してらっしゃるのか?と言うことですわ」
(やっぱり直球勝負ですわね、ルシェーラ先生)
「……彼女の事は同じ目標を持つ大切なパートナーであると思ってますよ」
「あら?私は『女性として』どうかと聞いたのですわ」
(グイグイいきますわね、ルシェーラ先生)
逃げ道を塞ぐようなルシェーラの追求に、戦慄しながらも感心するカティアである。
そしてリディーは、少し顔を歪めながら返す。
「彼女と出会ったのはもう7年近く前……彼女は当時8歳くらいだったかな……?とにかく、それ以来の付き合いなんですが……私にとっては可愛い妹のようなものですよ」
それも彼の本心には違いないだろう。
今までであれば。
「そうですか、妹みたいなものだ、と。……ところで、先日カティアさんのお披露目パーティーがあって、レティシアさんも出席なさったのですが……カティアさんと同じくらい殿方の視線を集めて、ひっきりなしにダンスのお誘いを受けてらっしゃいましたわ。ね?カティアさん?」
「え!?あ、ああ……そうだね、レティは凄く可愛いからね」
突然同意を求められたカティアは驚くが、何とか調子を合せた。
……テオフィルスが誘うまで、『殿方』どもが尻込みして壁の花になっていたのは秘密である。
「そ、そうですか……」
そこで彼は初めて動揺をあらわにした。
それを見た二人は、やはり脈アリで確定……と思った。
そしてルシェーラは更に畳み掛けるように続ける。
「妹のように……も良いですが、うかうかしてると他の殿方と婚約なんてこともありますわよ。なんと言っても彼女は公爵令嬢ですからね。引く手は数多ですわ」
そう、きっぱりと告げた。
だが、彼女に言われるまでもなくリディーはそれを理解している。
もう既に婚約の申し込みがあったことも。
その相手がレティシアに相応しい好人物であることも。
……レティシアも少なからず好意的であることも。
「しかし……私はただの平民で……」
もう、リディーも取繕わなくなった。
彼はただ弱々しく呟く。
……運転は大丈夫だろうか?
「私の母も平民でした。もちろん色々と苦労はされたみたいですが、今は幸せそうですわ。それに、レティシアさんのお母様、アデリーヌ様もそうだったはず。確かに身分差で様々な困難はあるかもしれません。ですが、大切なのは自分の気持ちがどうなのか?レティシアさんを幸せに出来るのか?と言うことだと思いますわ。……もし、リディーさんが本気でレティシアさんと添い遂げたいと思うのなら、私は協力を惜しみませんわ。ね、カティアさん?」
「もちろん。レティはまだ自分では気づいてないだけで、リディーさんのこと好きだと思うし」
「……そう、ですか。ありがとうございます。ただ、今はまだ……」
「まあ、いきなりこんな話をしましたが、見た感じレティシアさんが他の殿方になびくとも思えませんし……そう焦らずとも大丈夫だと思いますわ。ただ、あまり待たせてはダメですわよ」
そうルシェーラは締めくくった。
凄くやりきった感のある笑顔をしている。
(他の男には靡かない……それはどうだろうか?)
ルシェーラが自分に発破をかけているのは分かるが、彼はその言葉を鵜呑みにすることなどできない。
しかし、アデリーヌや親方、恋敵のフィリップさえも、彼が心に蓋をしようとするたびにそれを踏みとどまらせてきた。
そのたびに少しずつ、彼の心は……
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「お帰り!どうだった?」
「ええ、とても有意義でしたわ、ねえカティアさん?」
「う、うん、まあ……楽しかったよ」
「ん?何かあったの?……あれ、リディー?どうしたの?なんだか元気無いみたいだけど……」
少し沈んだ表情となっていたリディーに、心配そうな表情でレティシアが尋ねる。
「あ、ああ、いや……ちょっと新しい課題が見つかってな」
心の整理がつかないまま問われた彼は慌てるが、しかし何とか取り繕おうとする。
「え?なになに?」
「あ〜、え〜と、だな……ほら、あの試作車は大してスピードは出ないんだが、それでも結構振動が酷くてだな。実用化に向けては足回りの改善も考えないと、と思ってな」
何とか誤魔化して答えるリディーだが、その言葉にレティシアは納得した様子だった。
その後、モーリス商会をあとにしたレティシアたちは、再び街を見て回り……思う存分に祭りを楽しむのだった。




