今、いっときの別れ
ヴァシュロン王国視察団による鉄道視察は予定通りに5日間の日程を消化した。
彼らが来たときと同じように、モーリス公爵邸の玄関前で公爵家一同が見送りする。
リディーたちモーリス商会の主要メンバーも一緒だ。
「じゃあレティ、また会おう。鉄道が開業するときには、必ず駆けつけるよ」
「はい!大々的に式典をやるつもりですから、フィリップ様も招待させていただきます!」
フィリップとレティシアは握手をしながら別れの挨拶をする。
この5日間で、二人は随分親しくなった。
レティシアの言葉遣いは丁寧なものだが、もう友人と言っても良いだろう。
そして、フィリップとリディーも……
「リディーも。今回は有意義だったし、とても楽しかったよ」
「ええ、こちらこそ。視察団の皆さんのご意見、大変参考になりました」
と、挨拶を交わした。
そして更に……フィリップはリディーにだけ聞こえるように、彼の耳元に近づいて小声で言う。
(……レティの事は、負けないからね)
(だから、それは……)
フィリップにライバル視され、リディーは困惑の表情を浮かべる。
3人で観光に出かけた日、彼の心には迷いが生じ……それはまだ晴れてはいない。
近い将来、鉄道が開業を迎える日……
その時きっと、3人の関係は大きく動くことになるのだろう。
「?何を二人でコソコソ話してるんです?」
「あはは、なんでもないよ。……それでは皆さん、ありがとうございました!」
こうしてヴァシュロン王国視察団、フィリップたちは帰国の途についた。
それを見送るレティシアの横顔はどこか寂しそうで……
そして、それに気付いたリディーも、複雑そうな表情を浮かべるのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
フィリップたちを見送った日から数日後。
今度はレティシア自身が旅立つことになる。
学園への入学と、鉄道開発の中心を移転するため王都に向かうのだ。
イスパルナ側から始まった建設工事は順調に進んでいるが、王都側からもそろそろ着工することになる。
更には開業に向けての細かな調整事項については、王都の役人とやり取りする機会が増える。
故に、陣頭指揮を取るレティシアが王都に拠点を移すのは必然であろう。
「じゃあ先生、親方。あとはよろしくお願いします!」
「うむ。元気でな」
「こっちは任せてくれ!リディー、会長をよろしくな」
「ええ、全線開通、開業まで大詰めです。頑張りましょう」
モーリス商会の前で、レティシア、マティス、マルク……そしてリディーの4人は、固く握手をして、暫しの別れを惜しむ。
商会の従業員たちも見送りのため外に出てきていた。
そして……
「それじゃあ、行ってきます!!」
元気な声でレティシアは出発する。
公爵家のものではなく、モーリス商会所有の馬車に、リディーやエリーシャ、パーシャとともに乗り込んで……
マティスや親方たちの姿が見えなくなるまで、窓から身を乗り出して手を振るのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「さ〜て、なるべく急がないとね……」
「確か、カティア様のお披露目があるんだよな。順調にいってもギリギリか……」
「そうなんだよ。まあ、仕方ないね。あんな事件があったから……」
先日、公爵邸に立ち寄ってレティシアの友人となったカティアの話だ。
彼女は無事に王都に辿り着き……正式に王女として認められたばかりでなく、王位継承権第一位に指名されたとのことだった。
そしてそのお披露目が行われるとのことで、レティシアもそれに合わせて王都入りを計画していたのだが……
彼女の言う『事件』のせいで出発が遅れたのである。
その事件だが……
なんと、カティアが暗殺の標的にされたと言うのだ。
幸いにも、事前に察知した彼女の護衛と、彼女自身の活躍によって事件は既に解決している。
しかし、その事件にモーリス商会の元従業員が関わっていたとのことで、調査や報告のため対応に追われたのだった。
「やっぱり……何か良くないことが起きるのかな……」
以前から漠然と感じていた不安が、再び思い起こされる。
そして、カティアの存在はきっと、大きな運命の流れの渦中にある……と。
そして親友を心配する気持ちを察したリディーが、彼女を安心させるように言う。
「大丈夫だ。あの方は神の力を受け継いだ英雄なんだろう?」
「……うん」
「そんな方が、将来の女王なのだから……国民としては頼もしい限りだよ」
「……そうだね。ありがと、リディー。私たちは私達のできることで、国のため……世界のために貢献しよう」
「ああ」
そう言って二人は微笑み合う。
そして、二人の会話を邪魔しないように静かに聞いていたエリーシャとパーシャは、その様子を見て……
(……やっぱり、お嬢様とリディーさんはお似合いよね)
(はい。すごく自然で……お互いを信頼しあっているのがよく分かります。素敵なお二人ですね)
と、囁やきあうのだった。




