VIP来訪、再び
レティシアがカティアと出会い……そして暫しの別れを告げた日から数日が経った。
その間、レティシアは商会の引き継ぎと開発部隊の移転、そして『学園』に入学するための準備で日々忙しく過ごしていた。
そんなある日のこと、モーリス公爵家に再び来客が来訪することとなった。
それはカティアたち一行の来訪よりも前から知らされていた事だが、正式にその日程が告げられたのだ。
イスパル王国の北隣、ヴァシュロン王国の第二王子であるフィリップを代表とする一団が、鉄道の視察のためにやって来るのである。
そしてフィリップと言えば……レティシアに婚約の申し込みをしてきた相手でもある。
その話自体は既に断っており、今回の来訪はあくまでも視察目的ということではあるが……
「ちょっと気まずいよねぇ……」
「……何がだ?」
ぼんやりと考えながら思わず呟いたレティシアの言葉に、リディーが反応する。
「あ、何でもないよ(いけない、またぼんやりしてた)」
いつものように会長室で仕事をしているところに、リディーがやって来たタイミングである。
フィリップの来訪を間近に控え、彼女は色々と考えを巡らせていたのだが……いつの間にかぼんやりして、リディーが入室してきたのにも気が付かなかったのだ。
(ヴァシュロン視察団の代表者が、こないだ私に婚約を申し込んできた人だ……って言ったら、リディーはどういう反応するかな?)
そんな考えが彼女の脳裏によぎるが、それを口にすることはなかった。
その代わりに……という訳ではないだろうが、レティシアは彼が会長室にやって来た理由を聞くことにした。
「それで……?」
「……親方からの報告だ。制御客車と、量産型の01型一号〜三号機が予定通りもうすぐ組み上がるそうだ」
彼はレティシアの先ほどの様子が気にはなったが、取り敢えずは用件を伝える。
そしてその報告は、鉄道開業に向けての試験が、また一つ前へ進むことを示していた。
「お!そっかそっか。着々と進んでるね〜。じゃあ、あの試験も開始できるかな?」
「ヴァシュロンの視察団が来る頃には出来るんじゃないか?」
「だね。より本格的な運行試験が見せられるなら、それに越したことはないよね」
フィリップ率いる一団は、ヴァシュロン王国の正式な使節団でもある。
かの国でも鉄道導入の可能性を模索するために、技術者のみならず様々な立場の人物がやってくるのだ。
なので、より営業時に近い試験が見せられれば、大いに参考となることだろう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして、ヴァシュロン王国の視察団一行が来訪する日がやって来た。
もうすぐイスパルナに到着するという先触れのあと、しばらくしてからモーリス公爵邸の玄関前に複数台の馬車が乗りつけた。
その中でも、数人の護衛騎士が周りを囲む最も大きく豪華な馬車。
金銀の精緻な象嵌細工によってヴァシュロン王国の紋章が施された扉を、御者が恭しく開くと……本日のVIPである、フィリップが降りてきた。
他の馬車からも、視察団一行が次々と降車して集まってくる。
迎えるのはモーリス公爵家一同。
以前、国王夫妻を迎えたときと同じように使用人たちが整然と並び、公爵夫妻とレティシアが前に進み出た。
「遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました。本日はフィリップ殿下と、ヴァシュロン王国の皆様方をお迎えできたこと、誠に嬉しく思います」
アンリが代表して挨拶をする。
そして、フィリップも……
「いやだな〜、アンリ様。そんな他人行儀な挨拶で」
「ははは!まあ、こういうのは形式も大事なんだよ。……久しぶりだね、元気にしてたかい?」
「ええ、見ての通りですよ」
気安いやりとりを始めた二人に、レティシアとアデリーヌは目を丸くする。
最高位の貴族である公爵とは言え、他国の王子に対する態度には見えなかったのだ。
「父さん……フィリップ様と知り合いだったの?」
レティシアは、兄リュシアンの親友というのは知ってるが……父もそんなに親しい関係だとは思わなかった。
「ん?あぁ……まあ、息子の友人だからね。彼が学園生時代には王都邸の方によく遊びに来てくれてたし。ヴァシュロン王国で小さい頃に会ったこともある」
「そうなんだ……」
事前に教えてほしかった……と彼女は思ったが、アンリは割といつもそうなので半ば諦めている。
そしてフィリップはアデリーヌとも挨拶を交わしてから、レティシアの方に向き直った。
「やあ、レティ。3年ぶりだね。初めて見たときも綺麗な娘だと思ったけど……ますます美しさに磨きがかかって驚いたよ。すっかり大人の女性だね」
穏やかな笑顔を浮かべながら彼は言った。
ともすれば気障ったらしい言葉にも思えるが……彼の雰囲気がそうさせるのか、いやらしい感じは全くなかった。
そう言うフィリップの方も、レティシアが3年前に会ったときよりも成長しているようだ。
しかし彼は現在は22歳くらいのはずだが……相変わらず年相応には見えず、15歳のレティシアと同じくらいに見えた。
(……でも、一応まだ成長はしてるんだ。そろそろ見た目年齢が逆転しそうだけど)
レティシアは、容姿を褒められて純粋に嬉しいと思う反面、少し複雑な気もした。
それは、彼からの婚約の申し込みを断っている事が理由の一つ。
そして……
(……でも、中身はビミョーなんですよ。なんせ前世は……)
などと内心で思う。
それから気を取り直して、彼女も挨拶を返す。
「お久しぶりです、フィリップさま。またお会いできて光栄です。今回は皆さん是非とも鉄道をたくさん見ていってくださいね。私もしっかりと案内させていただきますから」
「うん、よろしく頼むね。いやぁ、今から楽しみだよ」
にこやかに二人は握手を交わした。
こうして彼女は、フィリップ率いるヴァシュロン王国鉄道視察団を迎えるのであった。




