もう一人の転生者
「じゃ~ん!これです!」
公爵邸裏の敷地まで一行を案内したレティシアが、得意げに披露するのは……もちろん魔導力機関車である。
まだ作業員たちに取り囲まれ、整備を受けている鉄の巨人。
その威容を初めて目にしたカティアたちの反応は様々だが、みな驚いていることに違いはない。
「うわ~!ママ、すごい大きいよ!」
いち早く驚嘆の声を上げたのはミーティア。
その瞳はキラキラと輝いていた。
そして、続くカティアの呟きに、レティシアは衝撃を受ける事になる。
「これは……まさか、『蒸気機関車』?」
「えっ!?」
呆然といった様子の彼女の口から漏れ出した単語。
それは、もう他の誰かからは聞くはずがないと、レティシアが思っていた言葉。
(いま……『蒸気機関車』って言ったよね!?)
「……カティアさん、いま何と?」
もしかしたら聞き間違えだったのかもしれない……逸る気持ちを抑えて、努めて冷静に彼女は聞き返した。
だが、今度こそはっきりとカティアは答える。
彼女もレティシアの反応を見て、何かを確信した様子だ。
『レティシアさん、これは蒸気機関車なんですか?』
(っ!!やっぱり!!その言葉は……!!)
そう。
カティアが発した言葉は、レティシアの前世の記憶にある世界の言葉……日本語だった。
『……いえ、機関車には違いないけど、蒸気で動くものではないですよ。私達は魔導力機関車と呼んでます』
興奮を何とか抑えながら、レティシアも『日本語』で答える。
転生後は使う機会が全く無かったが、思ったよりも自然に話すことができた。
そして、レティシアが初めてカティアを見た時に感じた感覚……その正体も朧気ながら分かった。
それは彼女の全くの想像に過ぎなかったが、即ち、同じ日本からの転生者だからこそ感じたものだったのだ……と。
「カ、カティアさん?レティシアさん?いま何を話したのですか?」
「レティ?」
謎言語で話を始めた二人に、当然ながら周りの者は困惑の表情見せていた。
そして当然ながら、ルシェーラやリュシアンが二人に疑問を投げかけた。
「あ、ああ、ごめんなさい、ついつい専門用語を多用しちゃったね……。それにしてもカティアさんは凄いですね、ひと目でこれが何かを見抜くのですから。確か、今日はうちに泊まっていかれるんですよね?是非詳しい話をしたいから、あとで私の部屋でお話ししましょう!」
「は、はい、是非!」
一気に捲し立てるようにしてレティシアは答え、カティアもそれに同調する。
彼女たち以外の面々は、その答えに不自然さを感じたが……専門的な話と言われれば、腑に落ちないながらも納得せざるを得なかった。
「それで……結局こいつぁ何なんだ?」
気を取り直してダードレイが問う。
何だか凄そうなことはひしひしと感じられたが、一体それが何なのかはさっぱり分からなかったのだ。
「これはね、機関車……つまり乗り物なんだって」
答えたのはカティアだ。
彼女が日本からの転生者なのであれば、理解できるのも当然のことだろう。
「これが…ですの?でも、大きい割に人が乗るところがあまり無いみたいですわ…」
「ああ、これは純粋な動力車であって、人が乗るのは……この機関車の後ろに幾つもの客車を連結するんだよ。幾つもの車両が列をなして走るから『列車』って言うんだ」
ルシェーラの問いに、今度はレティシアが答える。
続けて彼女は、機関車とレールを指し示しながら説明を始めた。
「この二本のレールの上を走るんだけど、これは鉄で出来ているの。だから、『鉄道』ね。いま実験を重ねてるところなんだけど、大体駅馬車の10倍くらいのスピードになる予定だよ」
「10倍!?」
「そう。試験線での計測ではそのくらいは出せるね。実用化もほぼ目処がついて、試験がこのまま順調にいけば、イスパルナ~アクサレナ間の建設ももうすぐ始められると思う。完成すれば…そうだね、半日とかからずに走破できるかな?」
開業時に予定しているダイヤでは、両都市間の所要時間は6時間ほどである。
これまで途中の宿場に宿泊しながら何日もかけていた事に比べれば、驚くべき速さだ。
あまりにも劇的な変化に人々は驚愕することだろう。
「はあ~、鉄道と言うのは凄いのですね……」
「この鉄道に因んで、最近ではレティのことを『鉄の公爵令嬢』なんて呼ぶ人もいます」
リュシアンが自慢げに妹の最近の異名を口にする。
そして、恥ずかしそうにしながらも、どこか誇らしげなレティシア。
その二つ名は、彼女も気に入ってるのだろう。
「そうだ、皆さんイスパルナを出発するのはいつなんですか?」
「ああ、カティアとカイトがディザール神殿に用があるらしいからな、明後日の予定だ」
「父さん、あとから追いかけるから先に行ってもらっても良いよ?」
「そうですよ、俺達のために皆待たせるわけには……」
「……二人きりになれますものね(ボソッ)」
「「!?」」
「あ~、すまねぇな、気が利かなくてよ」
「いやいやいや、何いってるのさ!他意は無いよ!?そ、それにミーティアもいるし!」
「あら?二人きりにはなりたくないんですの?」
「そ、それとこれとは、べ、別だよ……?」
自身の問いかけから始まったやり取りに、レティシアは目を丸くした。
だが、どうやら協力できる事がありそうだ……と思って、彼女は提案する。
「それだったら……これに乗っていけば良いんじゃないですか?」
「え?これ?列車のことですか?」
「そう、試験中といってももう殆ど実用レベルに達して安全性も担保できてますし、線路もいまはトゥージスの街まで繋がってますから」
「あぁ、次の宿泊予定地だな」
「午後に出発しても十分日が落ちる前までに到着しますよ」
カティアたち一行は当然ながら馬車や徒歩によるもの。
まだ線路は僅かな区間しか繋がっていないとは言え、列車に乗れば旅程の短縮が見込めるだろう。
「でも、よろしいのですか?」
「ええ、こちらとしても乗客を載せたときの挙動をモニタ出来ると有り難いですし、感想も頂ければ」
「しかし、うちのメンバーは結構大人数だぞ?全員乗れるのか?」
「着席定員80名の客車を5両連結して合計400名、貨車も連結すれば荷馬車ごと運搬もできますよ?」
ダードレイの問に、レティシアは事も無げに答えた。
流石に初見の人には、そのあたりの感覚は分からないだろう。
スピードもさることながら、大量輸送こそが鉄道の本分である。
そして、そのことを何とか理解したらしいダードレイは「……十分過ぎるな」と、半ば呆然と呟いた。
そして。
「これに乗れるの?」
それまで興味津々といった様子で、機関車の整備作業をじっと観察していたミーティアが、大人たちの会話を聞いて期待の眼差しをカティアに向けた。
「うん、乗せてくれるって。お礼を言わないとね。レティシアさん、ありがとうございます」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「ふふ、どういたしまして」
二人に応えながらレティシアは内心で、小さな鉄道ファンの獲得を喜ぶのだった。




