出迎え
「……レティ、そんな格好で……お客様の前ですよ」
作業着姿のレティシアを目にして、そんな苦言を言うリュシアン。
しかしその目は穏やかに笑っていて、久しぶりに妹に会えたうれしさを隠しきれない様子だった。
「へっ?……ああ!?ご、ごめんなさい…久しぶりに兄さんに会えると思ったら嬉しくてつい…」
彼女は他の人々を認識してなかったわけではない。
実際、リュシアンに声をかけられるまで……来客の一人である美しい少女に目を奪われていたのだから。
そして少女もレティシアの方をじっと見ていた。
まるでお互いに惹きつけられてるかのように。
今も……レティシアは兄に向き合って一旦は応えたものの、横目でチラチラと少女を見ている。
それは、少女の並外れた美貌によるものだけでなく、内面からにじみ出る何かがそうさせていた。
他のものであれば、それは王族の『カリスマ』だと感じたことだろう。
しかし彼女は……それとは別のものを感じ取っていた。
魂が震えるような何かを……
来客は彼女だけでなく、彼女の傍らには他にも何人かいる。
小さな女の子、整った顔立ちの青年、厳つい風貌の中年男性、そしてレティシアの友人のルシェーラだ。
そして彼らを迎えているのは、アンリとアデリーヌの公爵夫妻と、公爵家の使用人一同だった。
「……全く、しょうがないですね。皆さん、お見苦しいところを見せて申し訳ありません。彼女が、私の妹のレティシアです」
と、リュシアンが彼女を来客たちに紹介した。
その言葉から察するに、既に道中でレティシアの話をしていた事がうかがえる。
「こ、こんな格好で申し訳ありません。私はリュシアンの妹で、レティシアと申します。いつも兄がお世話になっております」
そしてレティシアも居住まいを正して、丁寧に挨拶をした。
今更ながら、あちこち汚れが付いている作業着姿のままであることを思い出し、顔を赤らめながら。
そして、レティシアが目を離せずにいた少女が挨拶を返す。
「はじめましてレティシアさん。私はカティアと申します。ダードレイ一座で歌姫をやっています。よろしくお願いしますね。あ、こっちの子は……私の『養子』で、ミーティアって言います」
「ミーティアです!ママの娘です!」
レティシアの予想通り、彼女こそがイスパル王国の王女……カティアだった。
そして一緒に紹介されたミーティアは……カティアと良く似た女の子だった。
『養女』ということだが、どう見ても血の繋がりがあるようにしか見えない。
だが、何らかの事情があるのだろう……と、モーリス家の面々は特にそれには触れなかった。
「ふふ、ちゃんと挨拶できて良い子だね。……そうですか、あなたがカティアさんなんですね、こちらこそよろしくお願いします」
レティシアが頭を撫でると、ミーティアは嬉しそうに目を細めた。
(……かわいい)
そして、カティア、ミーティアと挨拶を交わしたあと、他の来客たちも紹介される。
青年の名はカイト。
どうやらカティアとは恋人同士のようだ。
落ち着いた物腰と所作から、思慮深い雰囲気が感じられた。
中年男性はダードレイ。
旅芸人一座の座長であり、カティアの育ての親らしい。
筋骨隆々で、芸人というよりは歴戦の戦士ように見える。
実際に彼は、Aランク冒険者でもあるということだった。
そして……
「レティシアさん、お久しぶりですわ」
「あ、ルシェーラちゃん!久しぶり!学園楽しみだね」
レティシアが5歳の頃からの友人であるルシェーラだ。
現在13歳となった彼女だが、かなり大人びた美少女へと成長していた。
レティシアと並ぶと、彼女の方が年上に見えるほどだ。
彼女たちは、時おりブレーゼン侯爵夫妻とともにルシェーラが公爵家に立ち寄った際に友人として交流していたし、これまで手紙のやり取りも頻繁に行っていた。
「リュシアン様から、レティシアさんも学園に入学すると聞いて嬉しかったですわ」
「うんうん!私も、ルシェーラちゃんが一緒だって聞いたから学園に行く気になったんだよ。本当はね……商会もあるし、大事な事業もあるし、あまり乗り気じゃなかったんだ。だけど、父さんが人脈を得るためにも学園は行ったほうがいって言うから……」
「ふふ……例えアクサレナの学園でも、レティシアさんくらいになると退屈かもしれませんものね」
彼女は、レティシアがモーリス商会の会長として手腕を発揮していることを知っている。
事業の詳しい内容までは知らなかったが、幼い頃から『神童』と言われるほど聡明だったことも知っていた。
だから、今さら学園で学ぶことはそれほど多くはないのでは……と思っている。
とは言っても、一緒に学園生活が送れるのは本当に嬉しいとも思っており、それはレティシアも同様だ。
「そう言えばその格好、何かの作業をされていたみたいですが……」
「あ、そうなんだよ、私の夢の第一歩。それがもう少しで実現しそうなんだ。……そうだ、皆さん少し見ていきません?きっと驚くと思いますよ」
ルシェーラに話題を振られ、良い機会だから……と、彼女はそんな提案をした。
「レティ、お客様たちは旅の疲れがあるんですよ。それはあとで……」
「あ!私、凄い気になりますっ!……ごめんなさい、リュシアンさん、少しだけお時間頂けませんか?」
「え?ま、まあ、カティアさんがそう仰るなら……」
リュシアンが来客たちの旅の疲れを慮り、レティシアを窘めようとする。
しかし、カティアはとても乗り気の様子。
当の彼女がそう言うのであれば……と、リュシアンも戸惑いながら了承した。
「カティア?何か気になるのか?」
不自然なくらいに興味を示したカティアに、カイトが問う。
「だって、『神童』って言われれる人が『夢』って言うほどのものだよ?カイトもそれが何なのか気にならない?」
「まあ、確かに……」
彼は、理由はそれだけではないように感じたが……カティアの言うことも尤もだと思い、取りあえずは納得した。
そして、彼らは公爵家の裏手にある車両基地へと向かうのだった。




