運命の出会い
その日もレティシアは、公爵邸裏の車両基地で魔導力機関車や客車の整備作業を見守っていた。
幾度となく試験を繰り返してきた車両だが、数日前からその損耗状況を細かくチェックしているところだった。
レティシアが草案を作った法律『鉄道営業法』には、定期点検に関する事項が定められている。
毎日行う検査から、部品単位にバラして徹底的にチェックする全般検査まで……安全に運行を行うためには欠かすことができない作業なのである。
今やってるのは法律的には『月次検査』にあたるもの。
当然ながら、毎日の検査よりも項目が多く、時間も相応にかかるものだ。
更に、今回は初回なので、より時間をかけてじっくり検査している。
問題が発見されれば、その対処のために更に時間を要することになるのだが……今回は幸いにも大きな異常は見られず、もう少しで作業が完了する見込みとなっていた。
「よ〜し!これで終わりだ!」
「親方、お疲れ様。特に問題は無かったみたいだね?」
「ああ、各部の摩耗状況は許容値の範囲内、交換部品も最小限で済んでる。事前の予測通りだったぜ」
検査項目の書類に目を通して承認のためのサインをしながら、親方はレティシアに答えた。
「いいね。ここまでくれば、もう量産機の製造に入ってもよさそうかな……?」
「だな。そろそろ各工場に発注してもいいだろ」
今は試作機だけであるが、当然ながら営業を開始するためにはそれだけでは足りない。
試作機の試験結果を踏まえ、そこで洗い出された改善点をフィードバックさせた量産機の製造が必要なのだ。
試作機の製造は、イスパルナにいくつかある工場で部品単位で行われ、組み立てはここ、イスパルナ総合車両センター内で行われた。
量産機の製造にあたっては、イスパルナだけでなく、アクサレナにも新設される工場や車両センターの方でも行われる事になっている。
今回の検査結果が良好であった事から、そのゴーサインが出される事になったのだ。
「それじゃあリディー、指示はお願いしてもいい?」
「分かった。必要製造数は予定通りで変更なしだな?」
「うん、そうだね。量産機の01型と客車、貨車……じゃんじゃん作っちゃいましょう!」
そしてまた一つ、鉄道開業に向けたフェーズが一つ進んだ。
「そう言えばレティ、今日くらいにリュシアン様が到着されると聞いたが……?」
「あ、そうなんだよ!いや〜、久しぶりだから楽しみだな〜」
レティシアはお兄ちゃん子である。
前世のときからそれは同じだった。
そして、成長した今でも……いや、普段はなかなか会えなくなった今の方が、以前よりも甘えたいのかもしれない。
「ルシェーラちゃんにも会えるのも楽しみだし、それに……」
先日アンリから聞かされた『英雄姫』の話。
彼女や、彼女の仲間たちも一緒にやってきて、公爵邸に招く事になっている。
その話を聞いてから、件のカティア姫に関する噂をあちこちで聞いてみた。
その結果、会うのが楽しみのような、怖いような……そんな印象を持った。
(まあ、あくまでも噂だから……相当、尾ひれが付いてる気がするけど)
吟遊詩人が挙って歌にする英雄譚は、およそ人間業とは思えないエピソードがいくつも語られていた。
(大規模殲滅魔法なら、実は私も使えるんだけど。でも、『万の魔物の軍勢を屠る』のは流石に無理だなぁ……本当の話なのかな?)
その他にも、味方を不死身の軍団に変えたとか。
死者を蘇らせたとか。
俄には信じがたい話が伝わってきてるのである。
レティシアは話半分で聞いていたものの、この世界の基準で英雄と言われるくらいの人物ならば、あるいは…………とも思うのだった。
そして、引き続き車庫の中で、検査後の組み立て・調整作業を見守っていた時のこと。
リュシアンたちが到着したことが、彼女に知らされた。
レティシアは作業着のまま、出迎えのため公爵邸へと急ぐのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「兄さん!お帰りなさい!」
公爵邸の玄関先で何人かの人が集まっている……その中にリュシアンの姿を見つけたレティシアは、走り寄って嬉しそうに叫んだ。
そして、兄の傍らに立っていた人物が、彼女の声に振り向き……二人の視線が繋がる。
レティシアは思わず息を飲んだ。
光の加減によって、金にも銀にも見える不思議な色合いの美しい髪。
花の顔を彩るのは、水晶のように透きとおった菫色の瞳。
紅を差さずとも薄っすらと桜色に色付く、慎ましやかな唇。
彼女を形作る全てのパーツが理想的に配置され、神が創り給うた芸術作品さながらの美貌を体現していた。
旅芸人一座の歌姫にして、イスパル王国の王女。
西の辺境地域の中心都市であるブレゼンタムを救った英雄は、その名も轟く『星光の歌姫』。
レティシアと運命の出会いを果たしたその少女の名は……カティアと言った。




