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愛する婚約者から婚約破棄を言い渡されたら、幸せになりました

作者: ヵ月

 エルリア・シュミットバウアー侯爵令嬢には、ヘルフリート・バルツァー王太子という最愛の婚約者がいる。幼い頃から互いを励ましあいながら次期国王・王妃として学んできた二人は、当然のように互いを思いあっていた。……少なくともその言葉を告げられるまでは、エルリアはそう信じていた。


「エルリア・シュミットバウアー! 今この時を持って婚約を破棄させてもらおう!」





 どうして、と言葉を飲み込んだ。


(あの一言を聞く直前まで、そういった素振りはありませんでしたのに)


 美しい菫色の瞳を潤ませながら、エルリア・シュミットバウアー侯爵令嬢は思った。

 繋いだままの右手には、先ほど婚約破棄を言い渡した男の左手が添えられている。まっすぐにエルリアを見つめる淡い青色の瞳からは強い意志と、いつにもまして真剣な表情が浮かんでいる。どことなく近寄りがたい雰囲気からは、次期王としての威厳も感じられた。


(……いいえ。一つだけ、ありましたね)


 それは王太子の恋の噂。

 いつでも優先してくれた。いつでも気を使ってくれた。だからエルリアは考えないことに、気づかないことにしていた、あの噂。


“ヘルフリート王太子殿下は、ゼンケル男爵令嬢との逢瀬を楽しんでいる”


 その噂が本当のように、婚約者(ヘルフリート)の後ろには、ゼンケル男爵令嬢が立っていた。


(ああ……やっぱり私は、婚約破棄を受け入れ、ゼンケル男爵令嬢を義妹にしなくてはいけないのですね……)


 最近王都で人気の恋愛小説の物語が、ちょうど今と同じ構成だった。

 主人公は貧乏な男爵令嬢。学園で王太子とぶつかったことがきっかけで二人は恋に落ちていくが、王太子には婚約者である侯爵令嬢がいた。身分の違いを理由に恋を忘れようとする二人に、侯爵令嬢はそれぞれに発破をかける。男爵令嬢は王妃教育を猛勉強し、マナーも完璧になるなほど努力した。辛くくじけそうになるたびに、王太子から応援と愛の言葉をもらい、ついに男爵令嬢は次期王妃として侯爵令嬢と侯爵家当主、そして王家に認められるほどになった。侯爵家は男爵令嬢を養子にして、王太子の婚約者を入れ替える。そして婚約者だった侯爵令嬢は、王太子の側近の婚約者となった。

 その婚約者の入れ替えを宣言したのも、今のような学園の卒業パーティーだった。


(物語の侯爵令嬢は、王太子ではなく側近の令息(別の男性)に恋をしていましたが、わたくしはヘリーにしか恋をしておりませんのに……)


 泣きそうなほど辛くて悲しいのに、王妃教育の賜物か、表情には出ていないらしい。

 エルリアは婚約破棄を了承しなければ、と考える一方で、「どうしてわたくしに優しくしたのですか?」と問い詰めたかった。ゼンケル男爵令嬢との噂が囁かれても、ヘルフリートがエルリアに対して行った行動は、今までと変わりなかった。いや、ゆっくり会える時間こそ少なくなったが、その分より一層甘く、優しかった。


(このドレスだって、ヘリーが贈ってくれたのに。ヘリーが着ている服だって、わたくしの瞳の色があるのに)


 エルリアが来ているドレスは、白地に金と空色の刺繍がされている。金はヘルフリートの髪の色、空色はヘルフリートの瞳の色だ。誰がどう見ても、互いの色を身に着けた仲のいい婚約者同士だ。対してゼンケル男爵令嬢は栗色の髪と瞳。ヘルフリートの服に茶色系はあるものの、他の色を引き立てるためにわずかにある程度で全く目立ってはいない。

 強いて言うなら、とエルリアは明るく考え直す。

 あまりにも白の多いドレスとタキシードは、まるで――。


「リア」


 二人きりの時にしか聞かない、ヘルフリートの甘い声がした。

 エルリアが思考の海から現実へと目を向けると、ヘルフリートの優しい笑みが目の前に迫っていた。


「愛しいリア。私と生涯を共に歩んでくれるかい?」


 いつの間にか握られていた左手に、違和感を感じる。ヘルフリートがそっと手を離すと、エルリアの左手の薬指にはホワイトゴールドの指輪がされていた。会場入りした時にはなかったものだ。


「ヘ、リー……?」


 エルリアは驚いてヘルフリートを見つめた。そこにはいつもと同じ、優しい表情のヘルフリートがいる。いつもと違うのは、二人きりの時にしか見せない甘い表情をしているということくらいか。


「……」


 そっと、エルリアの前に小箱が差し出された。ゼンケル男爵令嬢だ。そういえば直接お会いしたのは初めてだった、とエルリアは混乱した頭の隅でそう思った。

 ゼンケル男爵令嬢はにっこりと微笑んだまま、エルリアに小箱を差し出している。その小箱には、エルリアの指にはめられたホワイトゴールドの指輪と同じ指輪が残っている。残っている指輪はエルリアの指輪よりやや大きく、ヘルフリートに丁度良さそうだ。

 エルリアは小箱の指輪と、ヘルフリートを交互に見た。少し恥ずかしそうにしながら、それでも優しく微笑んで待っているヘルフリートに、エルリアはようやく気が付いた。


(ああ。そうでしたわ)


 “()()のドレスとタキシードみたい”

 エルリアは自分とヘルフリートの服を見た時にそう思ったのを思い出した。


「ヘリー」


 ゼンケル男爵令嬢が持っている小箱から指輪を取ると、ヘルフリートの左手の薬指にはめる。


「生涯、ずっとおそばにおります。たとえヘリーから嫌がられても、ずっと」


 今にも泣きそうなほど瞳を潤ませて、エルリアはヘルフリートを見つめて言った。


「リア。愛しているよ」

「わたくしも、愛しております」


 そっと口づけを交わす二人に、盛大な拍手が起こった。


(そ、そう言えば卒業パーティーの最中でしたわ……)


 友人家族はもちろん、名前も知らない人たちまでに拍手されて、エルリアは恥ずかしそうに頬を赤くさせた。一方のヘルフリートは少し照れ臭そうにしているものの、あまりいつもと変わらない。


「ヘルフリート王太子殿下、誓いのキスはもう少し待っていただかないと」

「シュミットバウアー侯爵令嬢、どうぞ」


 二人分の声がして、エルリアは不意に声がした後ろを見た。

 そこには左右の泣き黒子とドレスの色味以外全く同じ顔とドレスの令嬢が立っていた。彼女たちがゼンケル男爵令嬢だ、と頭では理解できたが、双子だとは思わなかったのでエルリアは声を殺して驚いた。ヘルフリートとゼンケル男爵令嬢たちを交互に見ると、ヘルフリートも彼女たちも笑みを深くするだけで何も言わなかった。

 エルリアは、右に泣き黒子があるゼンケル男爵令嬢から小さめのブーケを受け取る。左に泣き黒子があるゼンケル令嬢は、先ほどの小箱を持ったままだった。

 ゆったりとした音楽が鳴り始めた。


「リア」


 ヘルフリートに手を引かれて、エルリアはダンスホールへと足を向ける。ちらりと後ろへ目を向けると、二人のゼンケル男爵令嬢はにっこりと微笑んだまま会釈をした。

 ヘルフリートにリードされながら、エルリアは踊った。


「リア。いきなりで驚いたよね。ごめん。でもどうしても卒業と同時に婚姻式をしたかったんだ。少しでも早く、リアと一緒になりたくて」


 眉を下げて、ヘルフリートはそう言った。その様子を見て、エルリアはようやく心の底から噂は噂だったのだと安堵した。


「驚きましたが、とても嬉しかったです。でも、もうあんな噂を流されるのは嫌ですからね」


 「噂?」とヘルフリートが不思議そうにしたのを見て、エルリアは本当に愛おしそうにヘルフリートを見つめながら「教えてあげませんわ」と微笑んだ。


(わたくしを不安にさせたことを知って、少し後悔してくださいね)


 でもきっとヘルフリートのことだから、すぐに知って謝って、たくさんの愛を囁いてくれるのだろう、とエルリアは思った。そのうえで、少し意地悪をしたら自分も同じ、いやそれ以上の愛を伝えよう。

 エルリアは心の底から嬉しさをにじませながら、笑顔で踊っていた。







 ゼンケル男爵令嬢視点の短編『婚約破棄に協力しますが、必ず成功してくださいね!?』(https://ncode.syosetu.com/n3980hg/)を公開中です。もしよろしければご覧ください。




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