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夢が喰われる集落

作者: 三四四暮

「ハァ、ハァ…… よ、ようやく終わった……」



 俺は床に倒れて荒い息を整える。


 両隣を見ると同じく疲労困憊といった様子の(かおる)とセンカがだらしなく座り込んでいる。二人とも普段なら行儀よくピシッとした姿勢なのだが今はそんな余裕もないらしい。



(まぁそれも仕方ないか…… 今日は修行内容が増えたしなぁ……)



 これまでの修行は全10kmの参道を40週した後無駄に広い境内を15週雑巾がけするというもので、体力をつけながら集中力を磨くことが目的らしい。


 この内容は何人もの仙人を輩出しているこの集落独特のもので、この国では術を五種類以上使えれば仙人として扱うらしく、本来体を鍛える必要はないらしいが術が使えるだけでは国の役に立つことはできないと十代以上前の長が考えたという言い伝えが遺されている。


 けど今日はそれより多く……



「さ、参道50週してから境内20週雑巾がけはキツすぎる……」


「慣れてきたと思ったら数を増やされるんだもんね…… 最初の参道10週ってすごく優しかったんだなって思うよね、秋人(あきと)……」


「あぁ……」



 と息が整ってきて会話をする余裕ができてきたころ後ろからわずかな足音がして振り向くと木刀が振り下ろそうとしている師匠が見え、慌てて横に転がる。


 ドンッという鈍い音を立てて木刀が床を揺らす。すぐさま起き上がった俺の喉元にピッと木刀を突きつけ師匠は大きな声で俺たちを叱り始める。



「お前たち何サボってんだ? まだ体力作りが終わっただけだろう?」



 そう、()()()()()()()()()()。ここから組手や術の訓練など様々な技を覚えるのだ。


 一週間に一度の休日でもこの体力作りは必ず行う。おかげで筋肉痛になったことはないが同じ集落の友人たちと遊ぶ体力もなく、茶屋でお団子を食べながら会話を楽しんだりいろんな本を持っている人の家で読書に励んだりするくらいだ。


 センカや香とやる修行は辛いことが多いが楽しく、それでも集落の友人たちのような親に叱られながらも毎日楽しそうに遊ぶ生活を羨ましいと思いながら道場に向かった。


 いつも通りの修行を終え、汗を流した俺たちは縁側で夜風にあたって涼んでいたが、いつもと違い師匠がそこへやってきた。



「珍しいじゃん師匠。少ない自由時間を窮屈なものにさせたくないっていつもは来ないのに」



 軽口をはさみながら師匠の様子を観察すると、いつもは見せない寂し気な表情をしていた。



「今日の訓練を見てお前たちの儀式の日が決定した。一か月後だ。それまで一層修行に励むように」


「ちょ、ちょっと師匠!? 詳しいせつめ、い?」


 軽口に反応せずそれだけを告げ去っていく師匠を追いかけようとした数歩歩いた俺は床に点々と続くシミに思わず足を止めた。



「これ、もしかして涙……? なんで師匠が泣いてるんだ?」


「もしかしたら私たちと別れるのが悲しいのかもよ?」


「それにしては…… 淡々としていた。なにかあるのかもな」



 この集落には国の定めた仙人の基準のほかにこの集落独自の仙人の基準がある。それは師から技を学び、儀式を受けることだ。


 儀式と言ってもただ本殿で眠るだけでいい。眠りの中で神が潜在的な能力を引き出してくれるとのことだ。


 普段と違うところで寝たからか、その日珍しく夢を見た。誰かが泣いている夢だ。


 泣いている人は俺のよく知る人物で……()()()()()()()



「おい、起きろ。もうすぐ修行の時間だぞ」


「ん? あぁ、そうか……」



 なんだかいつもより気持ちのいい目覚めだ。二人もよく寝れたのかいつもより雰囲気が柔らかい。



「珍しいわね、秋人がすぐ目が覚めるなんて」


「夢を見ていたからかなぁ」


「そういえば俺も夢を見ていた気がするな。いつもは見ないんだが……」


「私も見ていたような…… 内容までは覚えてないけど……」

 

「俺ももう覚えてないや」


()()()修行よろしく、長!」



 そんな会話から始まった一日は両親がお祝いに来てくれたこと以外はいつも通り終わりそれから一週間後、俺はまた夢を見た。


 今度は二人の人物が楽しそうに会話をしているようだ。二人とも俺がよく知る人物な気がするが……この人たちは誰だ?


 ハッと目を覚ますともうすぐ日が昇る頃だ。今日はお休みの日だからお茶屋に行こう。



「あ、秋人! 久しぶりだな!」


「久しぶり。あ、お団子2つとお茶くださ~い」


「おう、ちょっと待ってな」



 お茶とお団子を食べながらみんなと話していたのだがみんながこんなことを言い始めた。



「なぁ秋人、一週間前センカがやってきたんだけど様子がおかしかったんだ」


「そうなのか?」


「うん。ぶつぶつ呟きながら村を歩いてるかと思えばいきなり『こんなはずない!! あの人のことを忘れるはずが……あの人って誰? 大切な人のはずなのになぜ思い出せないの!?』って叫び始めてさ。ちょっと怖かったよ」



 センカがそんなことをするとは思えない。センカはいつも冷静で記憶力も良い。何かを忘れたことは今まで一度たりともないのだ。


 でも……俺も何かを忘れているような気がする。それがどんなことかはわからないが大切にしていたもの……なのだろう。


 大切なら絶対に思い出さないといけない、そう決心した俺は夜に自分や周りについて振り返ってみようと思った。


 考えているうちに眠気に負けてしまったらしく、俺はまた夢を見た。


 きれいな渓流に広大な稲田、そこに暮らす人々。けどそこはどこであの人たちは誰だ……?



「三人とも、起きなさい。今すぐにだ」



 夢の中にも届く静かだが力強い声で俺は目覚めた。一緒に寝ていた二人も起きたようだが起きた瞬間から俺の目線はある一点から動かすことができなかった。


 本来ご神体が納められているはずの空間に猪のような体に像のような鼻が付いた大きな生き物がいた。



「お、長…… この生き物はいったい……」



 驚きで動かない身体をなんとか動かしこの生き物について訊ねると長はいつもと変わらない無感動な瞳でこちらを見つめながら静かに答えた。



「これは獏という。私たちの夢を食べ代わりに力を授けてくれるこの集落に伝わる神様だよ。獏がいたお陰で私たちは何人もの仙人を輩出できたのさ」


「夢を食べて力を与える……? ならこれまでの修行は何の意味が?」


「獏が授ける強さは心の強さ。肉体や技は自らで鍛える必要があるんだよ。ところで夢は魂の揺らぎだと伝わっていることを知っているかい? それをなくすことで何事にも動じない心が手に入るのと伝えられている。さぁもういいだろう、最後の儀式を始めるよ目を閉じてな」



 長の言葉に従って目を閉じると早速儀式が始まったのか長が聞いたことのない言葉をつぶやき始め、同時に何かが失われていく喪失感を感じた。


 怖いと思った次に瞬間なぜかその恐怖心が薄れて戸惑うが、しばらくして考えることも感じることもほとんどなくなった。そして「長のいうことは絶対」という言葉が頭から離れなくなった。



ーーーーーーーーーーーー


 無表情で立ち尽くしている三人の前で長は一人つぶやいた。



「若い子は騙しやすくていいねぇ。力を与えるなんて噓っぱちを簡単に信じてしまうんだから。この儀式は感情や思考能力といった魂の動きを極限まで抑え洗脳するもの。獏にしか魂を封じることはできないからうちの神様としてあがめているんだよ。さて、明日から仙人として仕事だ、寝ておきな」


「わかりました、長」



 三人がゆっくりと寝る支度をするのを気にもせず長は歪んだ笑みを浮かべながら離れへと消えていく。


 数日後新たな3人の仙人が功績をあげた。帝に褒められた3人は表情を変えず「命令ですので」とっ答えたという。

 獏が夢を食べるというお話から「夢=魂」と考えて書きました。


 記憶を思い出せなくなったのは魂を食べられて記憶が欠損したからです。


 ちなみに獏は中国から日本に入ってきた怪異ですが中国では夢を食べることはなく、悪い夢から守ってくれる存在でした。


 そのため獏の毛皮や獏の絵を描いた物が身近にあったそうで、日本でも室町末期に縁起物として絵を枕の下に置いたり船の帆に描いたりしていたようです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おおー。そういうことですか。 ちょっとブラックな感じですね。 しかし、練られたストーリーだと思います。 企画参加ありがとうございます!
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