003 アイナママには勝てなかったよ
「ん、そろそろ大丈夫かしらね」
「うん、アイナマぁ」
ぼくのおでこに自分のおでおをくっつけながら、アイナママがいってくれた。
アイナママの看病のおかげで、ぼくのお熱はすっかり下がっていたんだ。
「これで一安心ね。うふふっ クリスがよくなって、ママは嬉しいわ」
「ごめんね? アイナママぁ 心配かけちゃって」
「昨日からクリスは謝ってばかりね、どうしちゃったのかしら?」
「ええと……ぼくだってもう、一人前だし?」
「うふふ、そうだったわね」
【一人前】というのは、ぼくがお熱を出した日が、誕生日だったから。
ぼくの歳は、現代日本ならまだまだ子供あつかいだけど、この異世界ではお外で働くことが認められる歳なんだ
だから冒険者ギルドに登録できるのも、この歳からだったりする。
「じゃあ一人前のクリスには、ママのお手伝いをしてもらいましょうか」
「うんっ アイナママ」
◇◆◆◇
ぼくが住んでいるこの村は、300人くらいの人たちがいる小さな村です。
そこでアイナママは、村の神殿で神官をしているんだ。
そのお仕事は、毎日の朝夕のおつとめに、ときどき特別な祭事もあるみたい。
それに加えておうちの家事もあるし? ホント頭があがりません。
(んふふっ やっぱり神官服をきて、ベールをつけたアイナママはステキだなぁ)
そのマントのような長いベールは、高位神官の証だそうです。
そう、アイナママは【慈愛の聖女】、最高位の神聖魔法の使い手だったんだ。
とまぁ、そんなすごいアイナママだけど?
「アイナママぁ ぼく、自分でできるから」
「ダメです。そういってこの前、リボンが曲がっていたでしょう?」
「あぅ」
アイナママはそういって、ニコニコしながらぼくの髪にクシを入れてくれる。
ボクの髪は長くて、腰のあたりまであるからお手入れがたいへん。
なのにぃぃ
「ね、ねえ? アイナママぁ」
「なぁに? クリス」
「ぼくの髪、もうすこし短く切ったら──」
「クリス?」
「は、はひっ」
「クリスの髪はこんなに綺麗なんだから、切ったらもったいないでしょう?」
「でもぉ」
「だからもし、クリスが髪を短くなんてしたら──」
「し、したら?」
「ママは毎日泣いて過ごします」
「んなっ!?」
「なのにクリスは、ママを泣かせるようなこと……しちゃうの?」
「しないよっ そんなこと!」
「まぁ、クリスは優しい子ですね」
「あうぅ」
そうやってアイナママが嫌がるから、ぼくはずっと髪を短くさせてもらえないんだ。
(ただでさえぼくは背が低くて細いから、女のコにまちがえられやすいのにぃ)
でもぼくは、アイナママのことが大好きだから、泣かせちゃうようなことはぜったいしたくない。
(だから早く大きくなって、りっぱな男のコになりたいんだ!)
そしてぼくは、そんなアイナママのおてつだいをしたい。
今までは、おうちの中のお仕事しか、手伝わせてもらえなかったけれど?
一人前の歳になったからには、お外のお仕事も手伝わせてもらいたい!
(そしていまのぼくは、勇者──というか、現代日本の知識がある!)
そう、現代日本の知識は異世界では【チート】だ。
べんりな道具を再現したり、とびきりおいしい料理で王侯貴族を驚かせたり。
日本でそんな小説を読んだことがある。
(よぉぉぉし、やるぞぉぉぉっ)
ぼくはやる気に燃えつつ、アイナママのおてつだいにお出かけしたのでした。
◇◆◆◇
「きゅうぅぅぅ」
(こ、こんなアイナママのお仕事が、いそがしいだなんて──うきゅぅ)
アイナママのお仕事のほとんどは、【雑事】と呼んでいいモノがほとんど、なんだけど?
じっさいにおてつだいをしてみれば、とにかくその雑事がぜんぜん切れない。
しかもアイナママは、それをいくつもいくつもマルチタスクでやっていて~
(赤ちゃんのいる主婦って、こんな感じって聞いたことあるけど……ボント名もないようなおしごとが多すぎっ」
しかもこの村は、お医者さまも薬師さんもいないんだ。
だから村人がケガをすれば、アイナママが魔法で回復させてあげてるし?
村人が病気になれば、薬を作って飲ませて、回復魔法をかけて体力の回復させたりもする。
それから読み書きのできない人にかわって、手紙や書類の代筆・代読をしたりと──
それはもう、とても忙しいお仕事を、あれこれこなしていたんだ。
(知識チート? そんなのはヒマがないと、まるで使えないよぉっ)
情けなくもぼくはクタクタになってしまって……おうちまでの帰りみちを、アイナママにおんぶしてもらってますぅ。
「ごめんなさいね? クリス……ついあなたが病み上がりだというのを、失念してしまって」
「ううん。ぼくこそごめんね? アイナママぁ」
「うふふ 本当にクリスは謝ってばかりね」
「うぅ、だってぇ」
「じゃあおうちに帰ったら、たっぷりのジャムとお茶を淹れてあげましょうね」
「ほんとう? えへへ、うれしい」
「うふふっ そうそう、クリスはそうやって笑っていた方が可愛いわよ」
「かっ かわいいって言わないでよぉ ぼく、男のコなんだよっ?」
「はいはい 一人前の、男の子でしたね」
「むぅぅ」
そんなアイナママの背中で、むくれ顔でゆられるぼく。
でもやっぱり……
そんなママの背中はあたたかくて、いいにおいがした。
◇◆◆◇
「あら? もうよくなったんだ」
ぼくとアイナママがおうちに着くと、そこにはひとりの女のコがいた。
「うん、アイナママのおかげですっかりよくなったよ」
「そうなんだ~ って、ホントにクリスはひ弱なんだから」
「なっ ひ弱って言わないでよぉ」
「じゃあ病弱? どっちにしろ、わたしは病気になったことなんてないわ」
「うぅっ それはそうだけどぉ」
このちょっと気の強そうな女のコは【レイナ】ちゃん。
このおうちに一緒に住んでいる、ぼくの家族なんだ
「ま、そのクリスのおかげで? わたしは村長さんのおうちにおとまりだったんだけどね~」
「そうなの? どうりでみかけないと思ったよ」
「んふふー きのうの晩ごはんなんてね? すっごいごちそうがでたんだから!」
「えっ ホント?」
「ホントよ! お肉を焼いたのをいっぱいいただいたわっ とってもおいしかったんだから」
「うぅ いいなぁ お肉」
そんな得意げなレイナちゃん。
お肉はめったに食べられないから、ホントうらやましい。
「あら?『わたしもクリスの看病するっ』って大泣きしてたのは、どこの子だったかしら?」
「ちょっ ママぁ!?」
「『病気がうつるから、村長さんのおうちに行ってなさい』って、ママが言ったときのあなたの顔──」
「わーっ わーっ」
「それにクリスが心配で、ほとんどごはんも喉を通らなかったみたいねぇ?」
「なっ なんでそれをっ?」
「うふふっ 村長さんが、残したお肉を包んで持って来てくれたからよ」
「にゃ──っ」
「じゃあ、お昼にクリスと半分こして頂きましょうね? レイナ」
「わたしがぜんぶ食べるわよっ」
そう、レイナちゃんはアイナママの実の娘なんだ。
メガネこそかけてないけど? 顔つきも髪の感じもアイナママそっくり。
歳はぼくと同じだから、背とおっぱいはそれなりだけど~
「ちょっとクリス! アンタまた、わたしとママを比べてたでしょっ」
「なっ なんでわかるのっ? って、しまったぁぁっ」
「ムキーっ おっぱいっ? そんなにおっぱいが大事なのっ?」
「ち、ちが── んあ~~~っ」
レイナちゃんに、ガクガクと肩をゆさぶられるぼく。
視界がシェイクされて、目がまわるぅぅ~
「わたしだってあとなん年かすればっ ママみたいにおっきくなるんだから~っ」
「わ、わかったからっ わかったからやめてぇぇぇっ」
◇◆◆◇
「はひぃぃぃ」
「もう、レイナ? クリスは病み上がりなんだから、無茶しちゃダメでしょう?」
「だってぇ」
「レイナ、お返事は?(ニコっ)」ゴゴゴゴゴ……
「ひっ ママっ ゴメンなさいぃぃっ」
「もうっ 謝るのはクリスに、でしょう?」
「うぅ クリスぅ ゴメンね?」
「う、うん」
ふと見えた、アイナママの【笑顔の威圧】。
アイナママがほんとうに怒ると、凍りつくような笑顔で静かに怒るんだ。
そんなアイナママの笑みに、ぼくとレイナちゃんのキモが冷えた。
と、その冷静になったぼくのあたまに、とあることが思い浮かぶ。
(アイナママにそっくりな、レイナちゃん。ふたりが似てるのは当たり前……ホントの親子だから)
けれど、背とおっぱいのほかにも、ふたりには違いがある。
それは──
(ひとみの色が【黒い】こと、だよね)
アイナママの瞳は鮮やかなグリーン──碧眼だ。
そしてその瞳は、この国……ううん、この大陸ではかなり多い。
(逆に、黒い瞳は~)
極東の島国、【フソウ】に住む人たちは、黒眼・黒髪だ。
前世の勇者時代にクエストで行ったときも、みんなそんな感じだった。
でも黒眼の人は、この大陸ではほぼ見かけない。
(けれど、その例外が──)
その例外のひとつがぼく、クリスだ。
ぼくは黒眼・黒髪で、亡くなった産みのママ、ステラママも同じ。
(ステラママがフソウの人だったかは、今となっては判らないけれど?)
そしてもう一つの例外が、召喚勇者だ。
それはつまり、ぼくの前世であって──
(レイナちゃんのお父さん。つまりアイナママの旦那さんのことは、ぼくとレイナちゃんには教えてもらっていない)
けど、前世の記憶がある、今のぼくにはわかる。
しかもレイナちゃんの歳に、妊娠期間中の10ヶ月を足すと……
(ぴっ ぴったりっ!)
魔王城の前の夜に、アイナママと前世のぼくが、結ばれた時期と。
ということは、今までずっと兄妹として、一緒に育ったレイナちゃんは──
(前世のぼくのムスメぇぇぇっ?)
ドキドキが収まらなくて、ヘンな汗がつつーっと落ちた。
(ぼぼっ ぼくとアイナママのあいだに、赤ちゃんがっ)
けどあのアイナママが恋人だった勇者を忘れて、すぐ他の男の人と結ばれるだなんて考えにくいし──
(っていうか考えたくないぃぃっ)
「ん? どしたのクリスぅ おかしなお顔して?」
「そっ そうだね……おかしい、ね」
「はぁ? なによぉ いつもならムキになっていい返すクセにぃ」
「え、えへへ」
「その笑い方がキモい」
「ヒドっ!?」
レイナちゃんがホントは優しいコなのは、いまのぼくなら判るけどっ
「キモいはヒドいよぉ!?」
「ふーんだ」
「もう、レイナ? あなたねぇ」
「ま、ママっ?」
「そうやってクリスにひどい事をいっていると……」
「な、なによぉ」
「クリスのお嫁さんに、してもらえなくなっちゃうわよ?」
「えっ?」
「にゃ──っ ま、ママっ!? ナニいって──」
「うふふ」
ああ、ぼくもレイナちゃんも、やっぱりアイナママには勝てなかったよぉ
これからしばらくの間、毎日投稿します~