010 ぼくだけの、ひみつだもんね
「んー、やっぱりさいしょの魔物といえば【スライム】だよねー」
この世界でもスライムは、いわゆる【最弱】の魔物。
冒険者になりたての【入門者】は、このスライムか角の生えたウサギ、【ジャッカロープ】の相手をすることが多いんじゃないかな?
「でも? さすがに弱いといっても魔物は魔物。油断して死んじゃう冒険者も、いっぱいいるって聞いたなぁ」
とはいえこんな山の中だし、危険な獣だっていっぱいいる。
このあたりだと、オオカミやクマ、イノシシなんかも出るって聞いてる。
「そういえば日本にいるころ、なにかで読んだっけ」
道具も服もなしで、【本気】で【殺しあい】したら、人が勝てるのは、家ネコがギリギリなんだって。
もちろん鍛えてる人や、なにかしら格闘術を身につけてる人は別だろうけど?
いわゆるフツーの人は、中型犬くらいだともう勝てないらしい。
「うん、勇者スキルのないぼくなら、ネコさんでもあやしいね」
ちなみに、魔物と獣の違いはナニかというと?
まず魔物には体内に魔石があるけど、獣にはない。
そして獣が【生きるため】【身を守るため】に人族を襲うのに対して、魔物は明確な【人族への殺意】をもって襲ってくる。
「魔物は人族をおそうコトが、本能にきざまれてる。そうアイナママが教えてくれたっけ。って、いけないいけない。まずは魔物をやっつけないとね~」
ぼくの持つ【気配遮断】のスキルを使えば、安全に近づけるけど?
ここは実験ということで、わざと足音を立てて近付いてゆくぼく。
すると、明らかにスライムの意識がこちらに向いたのがわかった。
「お顔もナニもないけどねー」
丸っこいなみだ型をしているとはいえ、さすがにあの間の抜けたような、愛嬌のあるお顔はついていない。
その見た目はまさに、ゼリー状の大きな水袋、といった感じ。
この個体の色は青く、そしてその体内には1センチくらいの赤い石が見える。
「あれが魔石だけど……いかにも【弱点】ってカンジだよねぇ」
この世界のスライムは、人の顔に張り付いて窒息させたり──しない。
、強酸で溶かしたりもしないし、ましてや人体の【穴】に入り込んだりもしない。
基本、体当たりをかましてくるだけ。
そして仕留めた相手を、ゆっくりと溶かして補食する。
「でも、あの大きさなら50キロくらい? それがおもいきり体あたりしてくるなら」
ぼくなんかはあっけなくふっ飛ばされちゃうし?
大の大人でも、当たりどころが悪ければ骨や内臓をやられちゃう。
「【剣術】のスキルだけで、どこまでやれるかな? えいっ!」
ぼくが剣を構えてスライムに駆け寄ると、スライムは大きく身を反らして、その反動を使ってこちらに近付いてきた。
その動きは、まるで生きたボールが跳ねるようで、しかも跳ねるごとに反動を増してゆき、どんどん速くなってゆく。
「さぁ こいっ」
わざとギリギリまで引きつけると、スライムは高く飛んでぼくの頭めがけて突っ込んできた。
「──くっ」
一瞬、その核を剣で突いてやろうか? と思ったけど……いまのぼくに、この重量の魔物の突進を、受けきれる自信がない。
なのでとっさに身をひねって、その体当たりを避け──
ドッ!
「んあぁぁっ」
スキルがまだ馴染んでいないのか、避けそこなって肩に体当たりをくらった。
そして──
(ものすごくっ 痛いぃぃぃ!)
それでも転ばずに、なんとか耐えたぼくをホメてほしい。
ナミダ目でなんとか振り返って、スライムに向かって剣を構える。
(痛いのガマンガマンガマン~~~っ)
スライムは、ぼくにぶつかったことで勢いを殺され、地面に落ちた。
そしてその場でまた、身を反らした。
「いまだっ」
身を低く伏せたまま、がむしゃらに走ってスライムに駆け寄るぼく。
そして身体を横にひねりながら、思いきり地面を蹴った!
「たぁぁぁっ!」
地面ぎりぎりの高さを、水平に飛ぶ・
その姿勢のまま、ぼくは剣を突き出した!
そしてその切っ先は、的確にスライムの魔石を── 貫いた!
ピキッ!
「やった!」
スライムの身体は、ざばりとお水みたいに地面に落ちて、ぱぁっと光って消えてしまった。
そして剣に貫かれた魔石は──
「あぁっ 割れちゃったぁっ?」
それはもうあっけなく、コナゴナになっちゃった。
「うぅ 転生して、はじめての魔石だったのにぃ ……とりあえず、ひろっておこう。ほぼコナだけど」
地面にしゃがみ込んで、ちまちまと魔石を拾うぼく。
戦いには勝ったのに、なぜだかすごく負けた気がした……
◇◆◆◇
「ふう、ではだい1回、クリスくん反省会をおこないまーす。わー ぱちぱちぱち」
あのスライムを討伐した後も、ぼくは何匹か魔物を狩り続けたんだ。
その数はスライムが3匹、ジャッカロープが2匹。
まぁ、その討伐する時間は、そのつど速くはなったのだけど……
「まずはスキル、かなぁ」
剣術スキルはそこそこうまく発動してくれた。
けど、【回避】や【痛覚遮断】のスキルは最初、動いてくれなかった。
「でも『ガマン~』って思ってたら、とつぜん痛くなくなったけどね~」
やはりスキルは持ってはいても、いちど使うなりして、馴染ませないとダメっぽい。
そのあたりを油断して、ぶっつけ本番でやったおかげでこのざまですぅ
「んー、それに高レベルのスキルのおかげで、身体はかってに動くけど……」
なにせぼくの【筋力】と【攻撃力】がレベル1相当なんだ。
与えるダメージがとにかく少ない。
しかも【防御力】も低いので、攻撃を喰らうとけっこうキツい。
「ただ、HPだけは10万もあるんだよねぇ」
おかげで今日のダメージも、HP総量の0.01パーセント程度。
ほぼ無傷といってもいいんじゃない?
コレってひょっとして……
「ぼくって、そう簡単に死なないんじゃないの?」
ぼくのステータスさんもいっているとおり、【HP】は【打たれ強さ】を数値化したものであって?
生命力を数値化したものじゃない。
なので、10万もHPがあるということは……
「ぼく、と~~~っても【打たれ強い】ってコトだよねぇ」
たとえ爆発に巻き込まれようとも、10万のHPを一気に削るのはかなり難しい。
というか、魔王の最大攻撃魔法だって、一撃で10万のダメージを与えるものなんて、ありはしない。
「あの魔王戦のときにうけたいちばんキツかった攻撃魔法が、せいぜい5千いくか、いかないか」
それでも5パーセントだね。
だからダメージこそ負いはするけれど、【一撃死】するにはほど遠い。
そして剣で首を飛ばそうとしたり、大きな魔物に踏みつぶされたとしても──
「うん、たぶん死なない」
一気に10万を超えるダメージでないかぎり、致命傷にならない。
そして、致命傷にならないということは? 首は落としきれないし、身体も潰しきれない。
「だから死なない。やっぱり勇者って、チートだよねぇ」
うーん、でも?
即死しないだけで、問題がない訳じゃないよねぇ?
魔王のときみたいに、強い敵とずっと殴りあえば、いつか死んじゃうし。
とくに、いまのレベル1相当の、低いパラメーターがやっかい。
しかも当分のあいだレベルアップできないという縛りプレイ状態。
「だから【攻撃力】も【防御力】も両方ひくいんだよねぇ うーん、やっぱり魔法かなぁ」
この世界の女性は【防御力】が低く、そのうえ重い防具が装備できない。
だから魔法で防壁を張る事で、魔物を寄せ付けないようにしていたんだ。
ただそれを突破されたら、なすすべがない。
「そこはミヤビさまが、加護のアイテムを広めてくださったし?」
だから防具なしでもケガしたり、死んじゃうことはすごく少なくなったんだ。
「けどぼく、男のコだしな~」
そう、そのアイテムは【女性専用】
男のコのぼくには使えないモノっぽい。
「う~ん、まとめるとぉ」
・HPはいっぱいあるから、そうカンタンには死なない。
・スキルもいっぱいある。けどそれは身体になじませないとダメ、うごかない。
・パラメーターはHPのほかは、ぜんぶレベル1。冒険者でいう【入門者】です。
「つまり、いまのぼくは──」
やたらに打たれ強く、やたらに小器用な【非力な少年】 だ。
「なんというビミョーっぽさ!」
でも、まぁ?
いまのぼくは、片田舎の村に住むごく普通の少年──クリスだ。
もう魔王を倒さなきゃいけない、召喚勇者じゃない。
もっといえば、魔物すらムリに討伐する必要だってない。
「だからこんなチカラは、ぼくになくてもいいモノなんだ」
そう考えたら、すとんと頭が楽になった。
でも?
「まぁ? あれば便利なモノだし? いざという時には、うまく使えるようにしとかないとね~」
そして、ぼくには考える時間も、工夫する時間もたっぷりある!
それに、どうやらこの勇者のチカラ(の一部)は、アイナママたちにも話しちゃいけないコトみたい。
だったら──
「んふふっ だれにもいえないぼくだけの、ひ・み・つ」
そう思うと、とっても楽しい、
さぁ! どうやってこのチカラ、使いこなしてやろうか?
「じゃ、もうすこし魔物を討伐して、カンを取り戻さなくちゃ! んふふっ 魔物、まだいるかなぁ?」
そんなぼくはウキウキと、山の魔物を狩りまくり、すっかり山に、魔物はいなくなりましたとさ~