星空の下のテント
真夜中にサーカスが開いていると聞いて、僕はチケットを片手に家を飛び出した。チケットを持っていた父にお酒を飲ませて、眠らせてしまったからしばらく起きないだろう。
見晴らし峠を越える時に星空の下に黒いテントが張られていた。今夜は月のおかげで明るく人影もちらほらと見えた。
「子供かい?」
しわがれた声がテントを入ってすぐの受付から振ってきた。頭の上から出てきたしわくちゃの指にチケットを渡す。
「ぼ、僕は、背が低いだけだっ」
「いひひ、そうかい」
特に止められることもなく通された先では、もうすでに演目は始まっていた。見たこともない動物や人、テント内の静かな興奮に気おされて頭が熱くなったのを覚えている。
テントを飛び出して、人のいない裏手でかがんでいると可愛らしい声が上から振ってきた。
「大丈夫?」
その声は二重に重なっているようで、顔をあげるとそこには一つの体から首が二つ伸びていた。少女の体には頭が二つ乗っかっていて、右手に持っていた水の入ったコップがこっちに差し出されている。
「だ、大丈夫……」
「私はドロシー」
「私はナンシー」
僕から見て右がドロシー、左がナンシーと名乗った。
「大人は刺激が強いモノが大好きなの」
「あなたも私たちも子どもだからここにいましょうよ」
確かに、テントの中にいた大人たちはドロシーとナンシーよりもよっぽど刺激的だった。僕は水を受け取って、お父さんがいつもやってるように一気にそれを喉に流し込んだ。
「君たちは、いつまでこの町にいるの」
「そうね、七日くらいじゃないかしら」
「いつも唐突に終わるから分からないわ」
ポピーのような柔らかなオレンジのくせっ毛。夕方の太陽のような睫毛に飾られたサファイアの瞳。ドロシーのなんの汚れもない顔と、ナンシーの左目の下で笑う泣きぼくろ。
僕は今まで生きていて一番の難題にぶつかっていた。
体が一つの二人の少女を前にして、僕はいったい、誰にこの胸の高鳴りを告白したらいいんだろうか。
読んでくださりありがとうございます。
同作者の作品で「見世物小屋で僕は人魚に恋をした」というものがあり、
こちらも見世物小屋を舞台とした恋の話になるので興味があったら是非読んでみてください。