6.命乞いしても遅いよ
「私の話はここまでよ。後は任せるわね、イルカルラ」
「はい。ありがとうございました」
イルカルラが深々と頭を下げる。
「いいわ、ただの成り行きよ。それよりあなたは自分の成績の心配をしなさい」
「うぅ……はい」
「成績?」
テストでもあるのだろうか。
「迷える魂を導いた件数。罪人を地獄へ送った件数。大まかにこの二つが、死神としてちゃんと働いているかの指標なの。イルカルラは真面目だけど、要領はあまり良くないのよね」
「す、すみません……」
イルカルラは恥ずかしそうに顔を伏せる。
そんな彼女を見て、ヘルメイア様は小さくため息をこぼす。
「ウェズ」
「は、はい!」
「あなたには当分、イルカルラの補佐として働いてもらうわ」
「補佐ですか?」
「ええ。彼女を支えてあげて。お願いね」
それは……普通逆ではないだろうか。
という疑問はとりあえず置いて、僕は返事をする。
「はい」
命を助けられ、やり直す機会を貰った。
彼女は恩返しだと言っていたけど、怪我を手当てしてあげた恩にしては多すぎだ。
あふれ出た分を、今度は僕が彼女に返そう。
その後、ヘルメイア様の元を離れ、僕とイルカルラは冥界内にある広いスペースへ移動した。
授かった力の確認と、使い方のレクチャーを受け、死神の仕事についても再確認した。
一時間くらいかけてオリエンテーションが終わる。
「これで一通り全部かな。どう?」
「うん、何とかやれそうだよ。ありがとう、イルカルラ」
「どういたしまして。あと私のことはイルって呼んで。周りのみんなもそう呼ぶから」
「わかった、イル」
「うん! これからよろしくね、ウェズ」
彼女はニコリと微笑む。
冥界は暗くて冷たい。
黄色い髪と目を持つ彼女は、夜空に輝く月のよう見えた。
魂の色も、済んだ青色をしている。
「……赤く染まった魂は、二度と戻らない」
「ウェズ?」
思い出したのは、最後に見た魂の色。
紫色の魂が、赤く染まっていく様子を、今はハッキリと思い出せる。
「イル、あのさ……現世に戻ったら最初にやっておきたいことがあるんだ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
冒険者組合の集会場。
その近場には、たくさんの酒場がある。
仕事終わりの冒険者たちが、その日の無事と稼ぎを喜び、酒を飲み交わす。
その中には、ドーガたちの姿も……
「かんぱーい!」
三人は木のジョッキに入った酒を一気飲みする。
ぷはーと漏れる声は、解放感と達成感に満ちていた。
「いや~ 何とかなるもんだな~ さすがにもう終わりかと思ったけど」
「全くだ。あんな巨大なゴーレム反則だろ。戦っていたら確実に死んでいたな」
「でも惜しかったわね、あの核」
「別に良いだろ。小部屋の宝だけで十分な金が手に入ったんだ。当分遊んで暮らせる大金がだぞ?」
ゴーレムから逃げた彼らは、部屋からゴーレムが出てこないことに気付いた。
そこでとった行動は、ゴーレムの核は諦めて、すでに見つけていた宝を持ち帰るというものだった。
結果、それらを持ち帰り換金したことで、彼らの懐は盛大に潤ったのだ。
「しっかし最後の最後で役に立ったな~ あいつ」
「おいおい、一応元仲間なんだぞ? せめて悲しんでやろうぜ」
「ふふっ、そうね。悲しんだフリでもしておかないと、後で呪われるかもしれないわよ?」
「はっ! あんな奴の呪いなんて怖くねーよ」
「「確かに」」
ガハハハハ、と下品な笑い声が酒場に広がる。
酒が入り、気分が良くなって、いつしか一人が死んでいることすら忘れていく。
所詮彼らにとって、雑用係の命は、道端に転がる小石と同じくらいの価値しかなかったのだろう。
だから、簡単に投げ捨てられた。
その結果、小石が砕けることをわかって、ニヤリと笑ったんだ。
――罪人だ。
深夜まで飲み終わった彼らは帰路につく。
ほとんどの店も閉まり、道は暗く静かだった。
宿屋へ早く帰りたい彼らは、いつものように近道の裏路地を通る。
「……誰だ?」
「こんばんは。いいや、ただいまかな」
「その声……まさか――」
暗さに慣れた彼らの目が、僕の顔をとらえた。
「ウェズ?」
「うん、そうだよ」
「は、は? なんでウェズがここにいるんだ?」
「あんたはダンジョンで死んだはずでしょ?」
「死んだ? 違うでしょ? 見殺しにしたはず……じゃないのかな?」
酔いも一気に覚めただろう。
彼らは動揺し、困惑して後ずさる。
そして彼らは――
「ちっ、何で生きてるんだよ」
「ああ」
「本当にね」
開き直った。
謝罪はなく、罪悪感も見受けられない。
それどころか彼らは、徐に武器をとる。
「どういうつもり?」
「あ? わかるだろ? お前に生きてられるとこっちは困るんだ。お前はダンジョンで戦死したことになってる」
つまり、僕を殺してダンジョンに捨てるつもりかな。
事実を隠蔽して、自分たちだけ得をするために。
赤く染まった魂は二度と戻らない。
その言葉の意味を実感する。
一度完全に落ちてしまった魂は、それからも落ち続ける。
善悪の判断が曖昧になり、自分の欲望に忠実で、そのためなら罪も簡単に許容する。
確かにこれは、どうしようもない。
今の彼らに対してなら、躊躇も情けもしなくて済みそうだ。
「良かった。これで心置きなく――刈り取れる」
「は?」
刹那。
僕の振るった大剣が、ドーガの後ろにいた二人の魂を刈り取る。
「なっ……」
「う、そ……」
倒れ込む二人に気付いて、ドーガが慌てて振り返る。
そこに立つ大剣を片手に持った僕を見て、彼は寒気でも感じたのか。
ぞっとした表情を見せて、怯えながらしりもちをつく。
「な、何だ? 何しやがった!」
「罪人の魂は地獄行きなんだって。知っていた?」
「な、何の話――」
「普通の魂は青色、罪人は赤色になるんだ。君たちの魂は、どっちの色だと思う?」
「や、止めてくれ! 俺が悪かった! 許してくれ!」
ドーガは醜く土下座をして、額を地面にこすり付ける。
目の前で簡単に倒された二人を見て、命の危険を感じたようだ。
「今までのことは俺が悪かった! 金が必要なら全部やるよ! だから命だけは助けてくれ」
「……命乞いか」
本当に醜いな。
魂も、何もかも全てが。
「悪いけど――もう遅いんだよ」
僕は大剣を振り下ろす。
そうして罪人の魂は地獄へ送られた。
一つ目のざまぁです。
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