10.嫌な先輩
「さっそく挨拶に行こう!」
「挨拶? 地区長さんに?」
「うん! だってしばらくここに滞在するんでしょ?」
「そのつもりだけど」
「だったら挨拶しておかないと」
そういうルールがあるのかな?
前に役職持ち以外の死神は、どこへ行くのも自由だって言っていたけど。
いや、普通に考えれば挨拶するのは礼儀か。
「楽しみだな~ 見習いの時以来だし、十年ぶりくらいだよ」
イルは嬉しそうに話しながら歩く。
もしかすると、ルールとか礼儀も関係なく、ただ彼女が会いたいだけなのかもしれない。
揚々と歩く彼女の姿を見ていると、僕もクローネさんというのがどんな人なのか、会ってみたい気持ちが強くなっていた。
「それで、どこにいるの?」
「え?」
「え?」
沈黙を挟む。
「そ、そういえば知らないや……」
「知らないの?」
「うん。クローネさんが地区長になってからは会ってないし、この街も初めてだから……」
しょぼんとするイル。
さっきまで楽しそうに歩いていたのは、適当に進んでいたのか。
「でもでも! 死神の気配は他と違うから、よーく感じ取ればわかると思うよ! ほら、魂を感知するときと同じで」
「そうなの?」
「うん! ほら、やってみて!」
「出来るかな? 不安だし、イルがやったほうが」
「大丈夫! ウェズなら出来るよ!」
イルは強引に勧めてくる。
僕は一先ず、魂を探るため目を閉じた。
死神には、周囲の魂を感じ取れる霊感が備わっている。
霊視と違って色まではわからないけど、方向や数は見えなくても感じ取れる。
ただ、これだけ人が多いと、感じられる魂の数も桁違いだ。
魂の色だって、死神と人間に差はない。
気配って言われても……
「ん?」
いや、気配ってこれのことか?
僕やイルと同じような……
「どう?」
「たぶん見つけたと思う」
「本当? じゃあ案内お願いしても良いかな?」
「うん」
僕は彼女を連れ、人混みの中を進んでいく。
流れに逆らいながら大通りを抜け、路地を通り、また大通りに出る。
そして一軒の建物の前で立ち止まった。
「ここ?」
「うん。雑貨屋さんかな」
気配がするのは建物の二階からだ。
一階は店舗になっていて、見た所様々な道具が置いてある。
僕たちは中へと入って、上へ続く階段を探した。
そして階段を見つけたのだが、どうやら上は職員しか入れない場所らしい。
関係者以外立ち入り禁止と書かれた張り紙が、階段の壁に貼ってあった。
「こういう時は私に任せて!」
そう言って彼女はフクロウの姿に変身する。
彼女の霊印は『猫鳥変化』。
見ての通りフクロウの姿に変身できる能力だ。
フクロウの姿になっている間、彼女は自分と自分が触れている対象の姿を消すことが出来る。
この力で、ダンジョンではこっそり後を付けていたそうだ。
「助かるよ」
「うん。でも静かにね? 姿が消せるだけで、音と気配は消せないから」
「了解」
フクロウになった彼女が僕の肩に乗り、姿を消したまま階段を昇る。
なるべく音を立てないようこっそりと。
気配があったのは、二階の突き当りにある部屋。
トントントン――
「どうぞ」
中から女性の声が聞こえる。
今のがクローネさんの声だろうか。
フクロウの姿のイルが、小さく反応したように思えた。
そのまま扉を開けると、こちらに背を向け本棚を触っている女性がいた。
赤く長い髪が特徴的で、ひらりとなびかせこちらを向く。
イルも変化を解き、僕の隣に立つ。
「あら? イルカルラじゃない」
「ライネルさん?」
あれ?
クローネさんじゃないのか?
「珍しいわね、私に会いに来たの?」
「あの、えっと……クローネさんに……」
「クローネ先輩ならいないわよ」
「え?」
「もしかして知らないの? クローネ先輩は北部の統括になったのよ」
「統括に!?」
イルが驚き大きな声をあげた。
統括と言えば、地区長よりも偉い死神だよね。
世界を五つに分けたうち一つを管理しているっていう。
彼女が知らない間に、クローネさんという先輩は大出世したようだ。
「つい十日前のことだからね。まだ全員に伝達できてないのかしら」
「そうなんですね……」
イルは複雑な表情を見せる。
先輩の出世を喜びながら、会えなかったことの寂しさも感じているのだろう。
「イルカルラ」
「は、はい!」
「さっきから気になっていたんだけど、隣の彼は?」
ライネルの視線が僕に向けられる。
「初めまして。僕は死神代行のウェズです」
「代行……ふぅーん、あの話って本当だったのね」
ライネルはニヤリと笑いながらイルを見る。
イルは怯えるように目を背ける。
「イルカルラ、あなた凄いわね。人間を冥界へ連れ込むなんて、死神としてありえない行為よ?」
「は、はい……」
「ヘルメイア様はお優しいわ。もし私なら、問答無用で地獄送りにしていたでしょね」
「……すみません」
イルは責められて、今にも泣きそうだった。
ライネルは続けて僕に言う。
「ウェズって言ったかしら? あなたも災難だったわね。こんな落ちこぼれに振り回されて、死神代行にもされちゃって」
ニヤリと笑うライネル。
そんな彼女の表情と、言葉から僕は察する。
「見当違いですよ。僕はイルに助けられたことも、死神になったことも災難だなんて思っていません。むしろ幸運だっと感謝しているくらいです」
クローネさんが良い先輩なら、このライネルという先輩は……
「へぇ、あなた面白いわね」
嫌な先輩というやつだろう。
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