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妄想の帝国

妄想の帝国 その35 少子化絶対防止法

作者: 天城冴

実家住まいで職なしの中高年男性、ダサオは甥っ子の大学入学の報告にきた妹家族のおかげで、ゲームもできず、外出を余儀なくされる。近所を歩くと、進行方向に子連れの妊婦。自分には妻も子もいないのに、また子供を産む奴がーと身勝手な怒りで、彼女らを怒鳴りつけようとしたところ…

「ああ、全く、なんだってんだ」

ポッカイ・ダサオは独り言をいいながら、家を出た。

「畜生、妹の奴、アケオの大学入学祝いをくれだと、なんでアイツの息子に金を送らなきゃなんないんだ。お年玉だのなんだのって、こっちばっかり。いくら俺が叔父だからって不公平だぞ、こっちは誰もいないのに。今月はゲームの課金が多くて苦しいってのに」

と、自分が独身、子供なしであることを嘆くダサオ。

「全く、あいつが大学行って就職したうえ、結婚なんかしやがって、そのうえ、ボコボコと産んでまったく。アケオが終わってもヒロミにアイナに、後二人もいやがる、嫌味かよ」

甥や姪に小遣いをやらなければならない、自分には子供どころか配偶者すらいないのに。休日に付き合ってもらう異性どころか同性の友人すらいない。もっぱらオンラインゲームで暇つぶしだ。今日も遅い朝食後、ゲームをやるつもりだったが、妹家族の訪問で予定が狂った。そのうえ、両親からも就職や結婚をせかされて、いたたまれなくなって、仕方なく家をでたのだ。

「ああ、もう、お袋はまた、白い目で俺を見るし。あいつらがくるたびに、いつ家を出るのかと暗に催促されるんだ。俺だって、仕事が決まれば出たいさ。ただ俺にふさわしいようなのが、大卒がコンビニバイトなんて恥ずかしいだろうが。だいたい最初の会社がまずかったんだ。大手とか言いながら、最初の仕事がトイレ掃除とか、受付なんて。下働きなんて…」

今まで就職しては、辞めた会社を数え上げ文句を言うダサオ。本人は、自分は間違ってなーい!なのだが、他人が聞くと自分勝手な言い分ばかり。友人や妹が呆れて注意するが、馬耳東風どころか、お前らも悪いと逆に怒鳴りつける。ついには甘やかしていた母親まで匙を投げつつある。

「ああ、もう、お袋まで、家事ぐらいできないとだめだよ、稼ぎがないんだからとか言い出しやがった。だから俺は運も周りも悪いだけで…」

と、数メートル先に子供連れの母親とおぼしき若い女性。片手にパンパンのエコバック、片手で4-5歳ぐらいの女の子の手を引いている。幼児の歩みにあわせているせいか、ゆっくりとしか進まない。

「ああ、たくよ。遅えなあ。はやくどけよ!」

よくみると、下腹部がおおきい。妊婦のようだ。

「ふん、ボコボコ産みやがって。一人でいいだろ、たくよ。俺なんかいないんだぞ!」

ダサオの声は次第に大きくなってきた。女の子が振り向いて、ダサオの方をみる。おびえて泣きそうだ。

「くそ、なんだよ!」

と、女性に怒鳴ろうとしたとき

ガバッ

ダサオは後ろから両腕をつかまれた。

「わー何をするんだ!」

「やめろ!少子化絶対防止法違反!」

と、ダサオを後ろから羽交い絞めにしたのは近所の老人、ナカダチ。

「な、なんだ、ナカダチのじいさんか」

「なんだじゃない。お前、いま、あのお母さんに怒鳴ろうとしただろう!」

「ちょ、ちょっと、道開けろっていおうとしただけだよ!」

「嘘つけ!女の子はおびえていたぞ」

ナカダチ老人はダサオを睨みつける。

二人のやり取りを聞いて、周りから人がでてきた。

「ナカダチさん、どうしたの?ダサオ君が何かしたの」

「ああ、コイケダさん、こいつが、あの妊婦さんを怒鳴ろうとしたんだ」

いや、ナカダチのじいさんは大げさなんです、だいたい、そのう、怒鳴ろうとしたぐらいでこんなこと、何とかしてくださいよ、コイケダさん、とダサオは言おうとしたが。

「なんですって!それは大変、通報しなきゃ」

と、いそいでスマートフォンを取り出して、電話をかけた。

「もしもし、○○町2の3の15です。少子化えっと絶対法の違反者が出ました!…、いえ、未遂のようで。…女の子には怒鳴ったらしいです。…はい、ケアですね。…今近所のご老人が緊急逮捕で拘束してます。…、はい、お願いします。ナカダチさん、おまわりさん、すぐくるって」

「よし、それまでコイツが逃げんようにつかまえとかにゃあ」

「手伝います」

「おお、ヤマダノさん頼む」

呆然とするダサオはナカダチだけでなく、ヤマダノにも肩を抑えられ、身動きがとれない。

親子連れのほうは、近隣の中年女性に話しかけられていた。女の子はダサオの方を指さして何か言っている。

「ふんふん、そうなの、あのおじちゃんが、後ろから…。大丈夫よ、もう安心だから。あ、ナカダチさん。やっぱりダサオ君が乱暴なことをいってたらしいわ、どけよ、とか産みやがってとか」

「やっぱり、そうか。観念しろ」

ナカダチ老人は一層強くダサオを押さえつける。

「わー、なんなんだ」

「ほんとにわかってないらしいですよ、この人」

コイケダに渡されたロープでダサオの足をしばりながらヤマダノは呆れていた。

「ヤマダノさん、こいつは、昔からこうなんじゃ。しっかりものの妹やおとなしいが堅実な弟と違って、鼻もちならんバカ男じゃった。母親が甘やかしたせいか、仕事はしょっちゅうかえるし」

「いや、僕だって就職氷河期で転職を繰り返したりしましたから。今はなんとか独り立ちできて家も借りられましたけど」

「確かに運が悪いってのも、あるだろう。しかし、こいつは努力もしない。病気かもしれんがなんかの施設だのNPOだのに助けも求めない。なんもやらずに親の金でゲーム三昧じゃ。こいつのオヤジの愚痴は散々聞いてるから、よう知っとる。ついには母親も匙をなげたらしいが」

「まあ、いろいろ事情があるのかもしれませんが、犯罪はいけませんね。施行されたばかりとはいえ。しかし、本当に知らなかったんですかねえ。だいぶ新聞やテレビでも取り上げていたはずですが」

「知ってたらやらんじゃろ。大方、ゲームばかりで、ネットのニュースとかもみとらんのだ」

「ネットニュースも自分の関心のある分野しかみてないとか。そもそも幅広くみてないと、検索上位にあがらないのかもしれませんが、それにしても…。あ、おまわりさん」

制服姿の警官二人が近づいてきた。

「た、助けて、なんでこんなことに!ちょっと怒鳴ったぐらいで」

警官の姿をみてダサオは言ったが

「あ、罪をみとめましたね。妊婦や幼児に怒鳴るのは犯罪行為ですよ」

「シイノ先輩、こいつ知らないんじゃ、一応権利とか」

「そうだね、タムネン君。少子化絶対防止法違反で逮捕する。貴方には黙秘権があり、発言は裁判手不利に…」

シイノとよばれた警官はとうとうとダサオの権利について述べ、タムネンはナカダチとヤマダノからダサオを引き取り、縛られたままのダサオを担ぎ上げた。

「わーん、一体なんなんだ!」

「だから少子化絶対防止法ですって。ニホンは少子化の大問題。それはなぜか、長年の調査研究の結果、女性が産みにくい環境が悪いっていう結論が出まして。社会的不平等もさることながら、貴方のような細菌にも劣るふるまいをする輩がいることが問題視されて、法律ができたわけです。女性とくに妊産婦と子供を心身ともに保護するという」

「お前みたいな虫にも劣るような奴がいるから、こんな法律ができたんだ。妊婦と年端もいかない子供に怒鳴るなんて!あの子がPTSDを発症して、男性と付き合えなくなったら、どう責任取るんだ!」

恐ろしい形相で睨みつけるタムネンの顔をみてダサオのほうがPTSDを発症しそうである。「まあ、タムネン君。これから彼にはきちんと罪を償ってもらいますから。以前のように釈放して放置なんてありえません。まあ、その人も案の定、再犯で捕まってますが、あそこに送られたら後悔する暇もないでしょうね、」

とシイノは穏やかだが暗に含んだような言い方をした。ダサオはぞっとして

「あ、あそこって」

「ああ、君のようなどうしようもない生物以下のオスモドキを矯正する施設ですよ。父親もしくは家族や地域の子供の養育を手助けできる正常な男性にするためにね。そのためにはその歪んだ自分勝手な思想を変えなければならない。そのためには心身ともに厳しいやり方をしなければならないというわけで」

「お前みたいなクズの根性を叩き直すんだよ、まったく。本当に手間かけさせやがって」

「ああ、いけませんよ、タムネン君。矯正のほうは施設の専門家におまかせしましょう。僕たちは犯罪者を取り締まることに専念しなければ。なにしろ、まだまだいますからね、こういう輩」

「そうですね、先輩。さっさと施設に放り込みましょう」

タムネンはダサオを抱きかかえながら、専用車に乗り込んだ。シイノも運転席に乗り込み、なめらかに車を発進させた


どこぞの国では妊婦の腹を蹴った輩が釈放とか。まあ人それぞれ事情もあるとはいえ、少子化対策なら、女性を大事にするのが一番ではないかと思いますわ。というか、介護、育児、家事、そのほか、縁の下の力持ちというか、世話してもらってる人がいなくなったら、どうなるか、想像力のない人が多いようだと、国自体つぶれますねえ、たぶん。

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