幼馴染
僕が転生して炎に投げ込まれたあの日から、5年が経った。
あっという間の、5年間だった。
僕は、この小さな身体で、いろいろな物事を咀嚼し、成長した。
その間、僕には、分かったことが3つあった。
ひとつ、僕が転生したこの世界は、魔法や魔物の存在する、異世界だった。
ふたつ、あの日、炎に投げ込まれた赤子は20人以上居た、そして生き残った子は、僕を含めて2人だった。
みっつ、僕の生まれたこの村は山々に囲まれた谷にあり、誇り高い民族の集まりだった。
僕は、この地で、ヨウシンという名を付けられ育てられた。
転生してからこれまで、父親には、一度も会ったことが無かった。
母様の話によると、僕の父は守護国が長く続けている戦に動員され、いつ戻ることが出来るのかすら分からない身だということらしい。
母様は、優しく聡明な人だった。
そして彼女は、ヨウシンも父様のような立派な戦士になるのだ、と常日頃から口にしていた。
母様の僕に対する愛情は、どこまでも純粋で、淀みのない期待を含んでいるように感じられた。
しかし、そんな母様の愛情は、僕をだんだんと不安にさせるのだった。
僕は、あなたの期待に応えられるような、そんな立派な人間ではありません。
最近の僕は、母様の愛情に晒されるたびに、そのような自虐的な思いを抱かずにはいられなかった。
‐‐‐
「ヨウシン、今日、族長のところから帰る途中、キエンにこれを渡してきてくれますか。」
「はい、母様、わかりました」
「良い子ですね、くれぐれも、早く帰ってくるのですよ」
「そんなに毎日毎日、心配しなくても大丈夫ですよ」
「心配するのが、母の仕事ですよ。・・・それでは、気を付けてね」
「はい、行ってきます」
この地の子供たちは、族長の家に通い、読み書きや算術、魔法や武術を勉強していた。
この村の住民は100人ほどだったが、皆が皆、ホア族という民族に属し、近隣にもいくつか同じようなホア族の村が点在していた。
族長の話では、現在ホア族の村は5つあり、計1000人ほどがこの谷を中心に暮らしているとのことだった。
谷には、一本の美しい川が流れ、夏~秋になると木々が生い茂る山からは木の実や果実が採れた。
山には魔物も居たが、ホア族は魔物を狩り、魔物と共存しながら暮らしていた。
農業は盛んには行われておらず、芋やトウモロコシのようなものが少しばかり栽培されているだけだった。
ここでは、生活を営むということそのものが幸せであり、人間が本当に必要とするもの全てが既に存在しているように感じられた。
「おーい!ヨウシーーン!!」
族長の家に向かう途中、後ろからケイナが追いかけてきた。
「今日もヨウシンは早いな!族長の家に行くのだろう?一緒にいこう!」
「うん、いいよ、一緒にいこうか」
ケイナは、あの日、僕と一緒に炎の中に投げ込まれた赤子の一人だった。
彼女と、僕、2人だけがあの炎の中から生き残ったのだ。
「なあー、ヨウシン、今日は特別な日だぞ、お主知っているか?」
「特別な日?なんだい?僕は知らないな」
「ヨウシンは相変わらずだなあ、まったくー」
「え、なんだい?教えてくれ」
「族長の家に行けばわかるよ!マヌケのヨウシーン!」
ケイナはとても好奇心旺盛で活発な女の子だった。
同い年ではあるが僕よりも身長が高く、運動神経が良く、年上の男の子とも平気で喧嘩をしていた。
彼女は族長や大人たちから怒られることも多かったが、しかしそれでも、生まれ持ったケイナの愛くるしさを目の前にすると、多くの大人たちが彼女をきつく叱り飛ばすことが出来ない様子だった。
「早く来いよー!!!ヨウシンのノロマーーー!!!」
遠くまで一人で走って行ったケイナが、大声で叫んでいる。
身勝手な、それでも、可愛らしい、幼馴染だった。