まどろみの世界
その日まで、僕の小屋の中での生活はあまりに快適だった。
最近では、空腹を感じることも少なくなった。母親の乳以外にも、離乳食のような甘い粥が常に与えられ、満腹になれば僕はすぐに眠りに落ちる。
起きているときも、まどろみの中に居るような心地良さがあった。
何かを考えたりすることがバカバカしくなるほどに、世界は平和で友好的で僕の心を満たした。
母親はますます僕のことが可愛いようで、常に微笑みながら何事かを話しかけてくる。
未だに言葉は分からないが、母親が必ず唱える単語が一つあることに気付いた。
おそらく、それは「ママ」や「お母さん」という単語であるようだった。
もしくは、母親自身の名前かもしれない。
しかし僕の口や舌、声帯は、まだその単語を発音することが出来なかった。
彼女に呼び掛けてみたかったが、僕の口が発することの出来る音は「アーアー」や「ウーウー」だけだった。
おそらく、声を出すという行為は、口や舌や声帯などの筋肉を正確に動かすことが要求されるのだ。
まだハイハイも出来ない僕には、少し難易度が高いのかもしれない。
でも、そんなことはどうでもよかった。
この愛情に満ちた世界に居ることが幸せで、それだけで満足なのだ。
それに、何か難しいことを考えようとすると、すぐに眠気が僕を襲った。
眠ることは最高に幸せな出来事だった。
眠りに抗うことは難しく、快感にも似た眠気が毎回僕を包み込む。
眠気は、脳みその下部、舌の付け根のあたりを痺れさせる。
その痺れは身体の芯をくすぐるような気持ち良さを僕に与えた。
そして、気付くと僕は、眠りに落ちていた。