僕のためだけの世界
僕が転生してから、どれぐらいの時間が経ったのか、正確な日数はわからなかった。
おそらく、100日か、もしかしたら半年ぐらいは経ったのかも知れない。
僕は、数え切れないほど眠り、数え切れないほど母親の乳を飲んだ。
生まれてからずっと、僕はこの小屋の中に居て、外に出ることは一度も無かった。
この部屋には窓も無かった。
そこは、閉ざされた、僕のためだけの世界のように思えた。
僕が転生したこの地は、日本に比べて生活水準の低い場所のようだった。
おそらくここは東南アジアか、もしくは南米やアフリカの先住民の家庭ではないだろうか。
母親は、日焼けした肌と、黒い髪の毛、黒い瞳を持った美しい女性だった。
鏡が無いので確かめられないが、おそらく、僕も同じ黒い髪、黒い瞳の赤子なのだろうと思う。
木材で作られた質素な部屋の中には家電製品も無く、家具や調度品は石や木材で作られたものばかりだった。
部屋では常に炎が焚かれていた。
その炎が強くなったり弱くなったりする周期が、おそらく1日の始まりと終わりであるように感じられる。
そして、これは最も重要なことであるが、僕の周りの世界は、少しずつ不快では無くなっていた。
今の僕にはこの小屋の全てが見通せた。
ゆらぐ炎がパチパチと燃える音が心地いい。
部屋の空気は常に暖かく、母親の匂いは安らぎを与えてくれる。
赤子である僕は、何かを握ったり、寝返りをうったり、日に日に自分の出来ることが増えていくことが楽しかった。
僕の傍には、常に母親が居た。
母親がたまに部屋を離れるときは、おそらく親戚かどこかの女性が変わりにこの部屋にやって来た。
最初、おむつの布を母親以外の人間に変えられたときは恥ずかしかった。
しかしそれも、何度か繰り返すうちにどうでもいいことのように感じられた。
母親と彼女たち以外の人間は、一人の年寄りの爺さんがたまにこの部屋にやって来るだけだった。
彼は、おそらく僕の父親では無いように思えた。
高齢の男性でも生殖能力があることは知っていたが、なぜだろうか、僕は漠然とその爺さんを父親だとは思わなかった。
爺さんはたまにやって来ては、僕の様子を見て、頷いて帰って行った。
彼は鋭い眼光の奥で、何かに納得しているような様子だった。
世界は希望に溢れているような気がした。
僕はまだ、この地の言葉は喋れなかったし、ハイハイも出来ない赤子だった。
しかし、母親は常に愛情をもって僕に接してくれた。
僕が笑ってみせると、彼女は目の横に大きな皺を作って笑い返してくれた。
僕の幸せが、彼女の幸せであるかのように、彼女の幸せが、僕の幸せであるかのように感じられた。