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無能な軍師が魔王様に呼びつけられたら。  作者: 松由実行
第一章 なにこの無理ゲー。
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9. アルフィドレア峡谷


■ 1.9.1

 

 

「あの辺りでええんかの?」

 

 ルヴォレアヌが示す辺りに、おぼろに光る壁が薄らと表示される。

 魔法を行使する結果をあらかじめ表示して伝える事ができるなんて、このババアホントに便利で有り難い。

 

「完璧です。それでお願いします。」

 

 ルヴォレアヌが前に突き出した右手が僅かに光ったと思うと、谷底が盛り上がり、谷の両脇の山肌がせり出して、峡谷全体を塞ぎ堰き止める形で巨大な壁が現れた。

 

「素晴らしい。この堰はこのまま維持して下さい。では、水を調達に行きましょう。ダムさん、お願いします。」

 

「はーい。どうぞー。」

 

 まるで暗闇に溶け込んだかの様に静止し、気配を殺していたブラックドラゴンの巨体が傾ぐ。

 ダムとは、ブラックドラゴンの名前だ。本当の名前はダムレスカルセタラ・・何とかかんとかという、非常に長い名前だった。

 名前を教えてもらいながらも全部思い出せないわ噛みまくるわで、失礼にも彼女の名前をちゃんと言えない俺の事を明るく笑い飛ばし、短く「ダム」で構わないと言ってくれた、ほんわか系のとても優しい子だ。

 ブラックドラゴンという見てくれとのギャップが凄まじく激しいが。

 

「では、失礼します。」

 

 と断りながらドラゴンの後ろ足に脚を掛けて、どっこいしょと自分の身体を持ち上げて、ドラゴンの背中に落ち着いた。

 一生懸命ドラゴンの身体をよじ登る俺に対して、ルヴォレアヌはふわりと空中に浮き上がり、俺の眼の前にストンと舞い降りる。

 魔法でやっているのはよく分かっているが、それにしてもババアとは思えない身軽さだ。

 

「準備OKです。行きましょう。」

 

 鱗の一枚一枚が巨大で、座る場所を上手く調節すればまるで鞍か椅子の様にぴったりと尻がはまり、ドラゴンの背中は案外乗りやすいという事を知った。

 もっとも、ドラゴンが気安く人を乗せる様な事は普通無いらしいので、人が乗るためにそういう形をしている訳では無いらしいが。

 

「上流側でしたよねー?」

 

 ブラックドラゴンがふわりと浮き上がり、まるで夜空に溶けていくかの様に夜の闇の中を飛翔する。

 

「ええ。数km行ったところの左右の斜面に氷河があります。まずは右側から行きましょう。」

 

「はーい。」

 

 巨体が傾ぎ軽々と右に旋回する。数kmなどほんの一瞬だ。

 山頂に向けて高低差で1000m、5~6kmの長さはあろうかという氷河と同高度で、ダムさんはゆっくりと羽ばたきながら滞空してくれる。

 

「ルヴォレアヌさん、お願いします。雪崩にならない程度に、表面からゆっくりと。」

 

「諒解じゃ。」

 

 ルヴォレアヌが右手をかざす。

 氷河に何か変化があった様には見えない。

 だが、よく耳を澄ませて音を聞けば、氷河が溶けて流れ落ちる水の音が、先ほどまでと比べものにならないほどに大きくなっている事に気付くだろう。

 急激に氷河を溶かして崩壊させてしまい、雪崩になる様な大崩壊を起こさせると、地震と山鳴りでヘシュケ=デフアブアン城の守備部隊に気付かれる可能性がある。

 雪崩にならない様に表面からゆっくりと溶かしているのだが、それでも急激に増えた雪解け水は、辺りの土砂を巻き込んで土石流を発生する。

 まあ、これくらいなら通常の雪崩と同じくらいに思って貰えるだろう。

 ゆっくり過ぎて余り時間を掛けすぎるのも良くない。

 

「このまま放っておいて大丈夫ですか?」

 

「大丈夫じゃ。氷河が無くなるまでこのまま溶かし続けるじゃろう。反対側に移ろうかの。」

 

「分かりました。ダムさん、反対側の斜面にお願いします。」

 

「はーい。」

 

 そう言って黒い巨体がふわりと旋回し、またほんの一瞬で数kmを飛んで、峡谷の反対側の斜面に接近したところでホバリングを始めた。

 

「ルヴォレアヌさん、またお願いします。」

 

「ほいな。」

 

 ルヴォレアヌがまた右手をかざした。水流の音が急激に大きくなる。

 谷間の左右の氷河が全て溶ければ、相当な量の水になる。

 全て溶けて、堰き止めた谷に水として溜まるのに数時間かかるだろうが、それでも夜明けまでにはまだ間がある。

 

「さて、これでここでの作業は終わりです。先ほどの堰き止めたところに戻って貰えますか?」

 

「いいよー。」

 

 翼を翻したダムさんが、今や濁流の流れる谷間を低空で飛ぶ。

 今敵に見つかる訳にはいかないのだ。

 

「しかし驚いたの。無能者じゃと思うておったら、こんな特技があったとは。」

 

 ブラックドラゴンの背で、俺の前に座ったルヴォレアヌさんが呟く。

 あれだけ散々無能者とからかわれた俺だが、思わぬ能力があることが分かったのだ。

 先ほどからごく普通にブラックドラゴンのダムさんと会話しているが、これが俺の特殊能力だった。

 正確に言えば、種族・言語関係なく意思疎通する事が可能であることが分かった。

 今回の作戦を開始するに当たり、どうしてもドラゴンの力が必要だったため、軍議のあとに魔王城の中庭で羽を休めていたドラゴン達に話しかけたのだった。

 俺は特に何も考えずに、頭の良いドラゴンであれば当然言葉が通じるものとして会話をしていたのだが、そんな俺を見て皆がひっくり返るほどに驚いた。

 無能者が竜族語を喋っている! と。

 

 もちろん、元の世界に居る間でも語学に秀でているなんて事は無かったし、こっちの世界に落ちてくる途中によくある白い部屋で女神様に会ったりした覚えもない。

 どうやら、職業「軍師」によって与えられた能力らしく、同じ事が出来るのは、俺以外には魔王陛下しか居ない。

 事実、先ほどから一緒に行動しているルヴォレアヌさんだが、俺とは当然会話出来ているのだが、ブラックドラゴンのダムさんと彼女の間には会話は成立していない。

 ルヴォレアヌさんは魔族や人族が使う標準語を使って居るのに対して、ダムさんは竜族語を喋っており、ルヴォレアヌさんには竜族語が理解出来ない為だ。

 状況から考えて、魔王陛下も軍師も麾下の軍団に指示を与える必要があり、その為にいつの間にか俺に付与されていた能力の様だった。

 

「有り難い事ですね。と言うより、この能力がなければ私は仕事が出来ません。」

 

 ダムさんが展開する結界のお陰で、雪山の身を切る様な寒い風から守られつつ、俺達は竜の背中でゆったりと会話をしている。

 

「それにしてもじゃ。まさかあのブラックドラゴンを説き伏せて、背中に乗せてもろうて移動とはの。畏れ入ったわい。」

 

「ダムさんは優しい良い()ですよ? 見た目はドラゴンですが、話をしてみると私達人間と何も変わらない。仲間を思い、仲間の死に哀しみ、大恩ある魔王陛下に精一杯仕えようとしている。」

 

 誇り高くこの世のあらゆる者に傅くことを嫌う竜種が、だからこうやって俺の様な無能者を背に乗せて飛んでくれている。

 

 そうしている間に、ルヴォレアヌさんが魔法で作った堰の近くの頂に到着した。

 ここからなら、かなり遠くではあるがヘシュケ=デフアブアン城が良く見える。

 

「さて、上手く進んでくれれば良いのですが。」

 

 そう言いながら月の位置を確かめる。半月よりももう少し痩せた月が、青い闇の中柔らかな白い光を見渡す限りの世界に降り注いでいた。

 月が真南になるにはもう数時間かかりそうだった。

 

 

■ 1.9.2

 

 

 神聖アラカサン帝国騎士団第四十八師団第四混成大隊長のハルウォックは、城の壁から外に張り出したテラスの縁に座って、ワインの入ったグラスを傾けながら湖の水面に映った月を眺めていた。

 この雪と氷に閉ざされた山奥でも、季節は移り変わり徐々に暖かくなっていって居る。

 つい先日まで白い場所の方が多かった陸地が、今では湖に近いところから徐々に茶色に染まっていって居るのが見える。

 それが証拠に、今日は殊の外雪崩の発生が多い。

 先ほどからひっきりなしに雪崩が立てる山鳴りが山奥から聞こえてくる。雪解けも近い。

 

 ハルウォックは、口に運んだグラスが既に空になっていることに気付くと、足下に置いた瓶を拾い上げて、中身を足そうとした。

 前屈みになったときに、駆け足で接近してくる足音に気付いた。

 

「申し上げます! 魔族軍と覚しきダークナイト5騎が第一警戒線内部に侵入! 現在城砦西方5kmの街道上にてホワイトナイト6騎と交戦中です!」

 

 配下の兵士が、テラスの入り口に膝を突いて報告した。

 珍しい。魔王軍がこの城に攻撃を仕掛けてくるなどこれまでに無かったことだ。

 だが、ダークナイトたった5騎での襲撃に、その意図を図りかねた。

 

「他に敵は?」

 

「ありません。監視係の警戒網には掛かっておりません。」

 

 何かの陽動か? それにしては規模が小さすぎる。威力偵察か。

 他に何か意図が?

 

「威力偵察やろ?」

 

 兵士の後ろから女の声が聞こえ、そしてすぐにその声の主が兵士の脇を通って姿を現した。

 ハルウォックは思わず軽く目をすがめてその女の姿を見た。

 エキアオラ。

 ハルウォックの指揮する第四混成大隊の副長であり、大隊に所属する魔導部隊の長。アークメイジ。

 騎士と魔導部隊の連携運用を期待されて組織された混成大隊であったが、伝統的な騎士と魔導士の不仲はこの第四混成大隊の中においても解消される事は無く、何かと意見がぶつかり合うことが多い。

 その筆頭。

 

「随分自信のある言い方じゃないか。」

 

 事あるごとに部隊の運用に口を出してくるこの女が、ハルウォックは嫌いだった。

 部屋の中に籠もって魔導書を読むばかりで、外に出て闘う経験に乏しい者達。

 戦いとなれば、序盤に何発か魔法をぶっ放した後は魔力不足ですぐに後方に下がって戦場から離脱する役立たずども。

 そのくせ自分達の頭脳が優秀であると鼻にかけ、実戦経験も無いくせに、本で得た知識だけを元に戦術や部隊運用にやたらと口を出してくる馬鹿者ども。

 

「そらそやろ。陽動にしてはショボすぎるわ。何か企んどって、その前にチョイと当たってみてこっちの反応を試してみました、言うトコちゃうの。」

 

 腹立たしいが、エキアオラの指摘は、ハルウォックの予想と一致していた。

 思わず別の意見を言ってみたくなるが、その子供っぽい衝動を無理矢理押さえ付ける。

 個人的感情で眼を曇らせるべきでは無い。

 

「腹立たしいことに、俺も同意見だ。デルベン砦に連絡しろ。敵に襲撃の動きあり。応援請う、とな。」

 

「なんや、ハルちゃん今日はエライ素直やんか。いっつもそんなんやったら可愛いのになあ。」

 

「やかましい。無駄口叩かずにさっさと連絡しろ。」

 

「はいはーい。」

 

 副長のくせに舐めくさった態度を取りやがって、と、手をひらひらと振りながらテラスを出て廊下の奥に消えていくエキアオラの後ろ姿を睨み付ける。

 これもまた腹立たしいことに、増援を呼んだりする為の連絡網は、全てあの癇に障る魔導士どもが頼みの綱なのだ。

 半年ほど前、帝国の魔導士や僧侶を呆れるほど大勢使ってどうにかこうにか罠に落として無力化し、厳重に封印された水の精霊ウンディーネがこの城には囚われている。

 僅かな異常でもすぐに10kmほど離れた所にあるテルベン砦に常駐する師団本部に連絡をし、必要に応じて支援要請することが彼の任務だった。

 

 この時点で彼は極めて常識的な判断をしている。しかしその判断が大きな誤りであることにはまだ誰も気付いていない。

 ただ一人、エキアオラだけがニヤニヤとした嗤いを顔に張り付かせ、薄暗い城内の廊下を歩いていた。

 

 

■ 1.9.3

 

 

「そろそろですね。」

 

 暗闇に溶け込む様な墨色の袈裟姿のマリカが呟く。

 

 両手をふわりと振ると、その軌跡がごく淡く青い光を放った。

 足元の湖の水がざわりと動く。

 それはまるで、峡谷に満々と湛えられた水が意志を持ち動いた様にも見えた。

 下流側から上流側へ、誰にも気付かれることなくゆっくりと水が動く。

 峡谷中央にあるヘシュケ=デフアブアン城の辺りでは水位は変わらない。

 だが、城から数百mも下流に下った辺りでは、水位が10m以上も下がっている。

 そしてその分だけ、今マリカが立っている上流側の水位が上がる。

 しばらく経って、マリカは軽く息を吐いた。

 

「ふう。こんなものでしょうか。このまま維持し続けるのもなかなか骨の折れる話ですが。」

 

 タイダルウェイブやウォーターボールと云った魔法と違い、派手さはないが、動きは無くとも大量の水を制御しているため、魔力の消費はなかなかに大きい。

 

「あと半時(はんとき)ほどですね。まだ始まっていませんか?」

 

 マリカのすぐ傍に目立たない様に踞るレッドドラゴンが首だけをもたげてじっと彼女を見る。

 

「まだのようですね。始まったら教えて戴けますか?」

 

 マリカがそう言うと、ドラゴンは一度静かに瞬きをして、再びその長い首を胴体に沿わせて小さくまとまった。

 

 マリカは月を映す湖の上に静かに佇むヘシュケ=デフアブアン城を眺めた。

 雪と氷に覆われた急峻な山に囲まれ、湖中にぽつりと取り残された小さな岩山の上に立つその城は、青い月の明かりに照らされて幻想的な美しさを闇の中に浮かび上がらせていた。

 

「美しい城ですが、今夜で見納めとは。なかなか愉快で大胆な方ですね、軍師殿は。そう思いませんか? レイリア?」

 

 レッドドラゴンが気怠そうに首をもたげ、湖水の満ちる先にあるヘシュケ=デフアブアン城を見やり、そしてまたすぐに首を元の位置に戻して目を瞑った。

 


 拙作お読み戴きありがとうございます。


 マリカがドラゴンと会話しとるじゃないか、とツッコミがあるかも知れませんが。

 会話は成り立っていません。

 マリカがレッドドラゴンに話しかけ、レッドドラゴンの方はジェスチャーで返しているだけです。

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