16. 魔導具
■ 3.16.1
「はい。これでどうだい?」
と、伯爵が会議用テーブルの上に広げた白い布の上に幾つもの宝飾品を並べた。
ペンダントトップにピアスにブローチの様なものから、どう見ても携帯のストラップにしか見えないものまで、全部で10以上の様々な形のアクセサリーだった。
その全てに共通しているのは、高品質のオパールのように複雑な色の光を内側に秘めた宝石が、サイズは様々ながらも必ず嵌まっていることだった。
ただしその色は、オパールとは違ってまるで黒曜石のように艶のある漆黒。
真っ黒なのだが、その内側に様々な光と模様が動いているのが見えるという、不思議な宝石だ。
「魔石だよ。召喚者の君は、初めて見るのかな。」
魔石というと、あの魔物を倒すともれなく貰えるという。
「違うよ? 何で生き物の中に石が入ってるんだ。頭は大丈夫かい、君? 魔力溜まりなどの、魔素の非常に濃いところで採取出来る一種の宝石だよ。」
いやいや伯爵サマ。生き物の中にも石は入ってますぜ。
会社でも現場のおじさんとかに石持ちさんとか結構居たし。
だいじょうぶだ。言っている意味が全然違うことは理解している。
「使い方を説明するよ。君が持つのはこれ。親機になる。」
そう言って伯爵は、ひときわ大きな魔石が銀細工で縁取られたブレスレットをテーブルの上に置いた。
「君の親機は特別製だ。今回の労力の2/3はその親機作成に注がれたと言っても過言では無いよ。
「まずは君の血を一滴、その親機の魔石に垂らしてくれ給え。」
そう言って伯爵はこちらに向けてテーブルの上でナイフを滑らせた。
流石伯爵の持ち物と言うべきか、相当な業物の様だ。
束には大きなルビーが嵌まり、柄には細かな彫金の飾り。そして磨き上げられた刃は鏡のように光っていて一点の曇りも無い。
映画とかアニメとかでよくこういうシーンがあるんだけど。
実際の問題として指先を切るってのはどうかと思うんだ。
そもそも神経が集中している指先を切ると異常に痛いし、切った指はしばらく使い物にならなくなる。
まあ、この世界には治癒魔法があるので、マリカさん辺りにお願いすればすぐに治して貰えるのだろうけれど。それにしても、こんなつまらない理由で彼女の手を患わせるのも気が引ける。
と言うわけで、親指と人差し指の間の手の甲を切って、親指を伝わせて血を落とす。
血が落ちた瞬間、魔石が赤く光った。
「ん。これでその腕輪は君の持ち物だよ。普通なら魔力を登録して、持ち主から魔力をもらって動かすんだけれどね。君は魔力を持っていないから、周囲の魔素から魔力を集めるようにしてある。ただそれだけだと誰でも使えてしまうから、そうやって登録しておく必要があるのさ。でないと、敵の手に渡ったときに面倒なことになるからね。」
敵の手に渡るような事態には陥りたくないけどな。
「それで、こっちが子機だよ。親機と子機の間は、どれだけ距離が離れていても話す事が出来る様になっているよ。それこそ世界の果てでもね。子機同士でも話は出来るけれど、距離に制限があるから気をつけて。大体10km離れると使い物にならなくなると思ってもらって良いよ。主目的が親機からの命令伝達だからね。」
成る程ね。よく考えてある。
「子機を相手に渡して身につけてもらって、その場で一度話しかけること。最初に使った人の魔力紋が登録されて、子機はその人専用になるよ。色々な形の子機があるから、好みや装備出来る出来ないに応じて渡してあげると良い。
「そうそう。君はドラゴンの部隊を率いることが多いみたいだから、ドラゴン用を5つ別に作ってある。耳の所の鱗に嵌めるのだけれど、嵌めた後に定着用の魔法を掛けると鱗に埋め込まれて外れなくなる。隊長になるようなドラゴンなら定着の魔法も知っているだろうから、相手と相談して、埋め込みを受け入れてくれるなら使ってもらうと良い。」
そう言って伯爵はペンダントトップのような形をした子機を五つテーブルの上に並べた。
「そんなところかな。質問はあるかい?」
そこまで喋ると、伯爵は脇にどけていたお気に入りの石榴果汁入り紅茶が入ったカップを持ち上げ、優雅な動作で香りを嗅いで満足そうな表情になると、おもむろに一口飲んだ。
「子機の数が足りなくなったときは、またお願いすれば良いのですか?」
「そうだね。将来的に充分あり得ることだ。材料の手配などもあるから、前もって言ってくれると有り難いかな。1個作るのも10個作るのも、大体3日ほどだね。もう一度作ったものだから、それ程時間はかからないよ。30個作るのだと、5日ほど掛かるかな。」
成る程。10個で1ロットと考えていれば良さそうだ。
「ずっと喋りっぱなしだとどれ位の時間大丈夫ですか? 断続的に数時間使い続けるという事態が考えられます。」
恋人同士の長電話じゃあるまいし、一人と何十分も喋るとは余り思えないが、戦場で矢継ぎ早に指示を出していて、結果的に数時間使いっぱなしという事態はあり得る。
「大丈夫だよ。空間伝播で声を飛ばしているだけだからね。魔力消費量は僅かなものさ。通常の常識的な魔素濃度のある場所であれば、どれだけ連続で使っても大丈夫だよ。僅かだけれど、魔力消費よりも充填力が上回っているからね。ただ、魔素濃度の低い特異点で使う分にはちょっと注意が必要かな。」
魔素濃度の低い特異点ってやつは、どうやって知れば良いんだ? 俺には無理だぞ。
まあ、その時側にいる誰かに聞けば良いのだろうけれど。
「その特異点というのは、沢山あるのですか?」
「心配することは無いよ。エルニメン山脈のゼリク山頂や、ボールボドル森のレフラフの泉の周りなど、その名の通り異常な場所だ。魔王国領内にも数ヶ所あることが分かっているけれど、いずれもどう考えても戦場にはならない場所さ。
「もしそういう場所で使うなら、20分が上限だよ。即ち、20分話をする分の魔力がその魔石の中に蓄えられていると言うわけだね。」
成る程。通話20分ぶんのバッテリだな。
携帯電話に慣れた身には短く感じられるが、そもそもコイツはこの世界初の通信機である上に、無線でしかも携帯型だ。
言わば、固定電話もラジオも無い江戸時代に、俺はいきなりトランシーバの開発を要求したのだ。
ブレスレットの大きさで、20分ぶんのバッテリが内蔵されているだけで充分だ。
大体、周囲の空間から魔素を集めて勝手にチャージされるだけでも、現代地球の携帯電話には存在しない超便利機能だ。
寝る前に携帯電話のコネクタを刺し忘れ、朝起きてから大慌て、なんて事が無いのだ。
「分かりました。この度は無理なお願いを実現して戴き有難うございました。本当に助かります。これで戦闘中の指示伝達が劇的に改善されます。
「で、面倒を掛けついでと云うことでものは相談なのですが・・・」
そして俺は伯爵に別の魔導具の相談を持ち掛ける。
伯爵を筆頭にして、魔王軍魔導兵器研究所とか、魔王軍錬金工廠とかを組織するのを提案してみても良いかもしれない。
■ 3.16.2
朝食に向かうと、ルヴォレアヌを筆頭に6人の魔道士達が既にテーブルに着いて朝食を摂っている最中だった。
静かに談話する話し声と、幾つもの食器が立てる音が耳障りにならない程度に食堂に響いている。
この食堂は魔王城の南翼にあり、同じ南翼に自室を持っている魔王軍幹部だけで無く、魔王国の上級職達もここを利用する。
もちろん俺の自室もその南翼にある。食堂の2つ上のフロアになるが。
軍師であるので俺も軍幹部という事になる訳だが、軍師に要求される仕事は戦場における戦術だけでは無く、軍略や兵器あるいは計略の開発というものまで含まれるため、どちらかというと魔王陛下直属の特殊職という色合いが濃く、軍のスケジュールには拘束されることが無い。
つまり、兵士将官達が必ず行わねばならない調練などに参加する必要は無い、という事であり、時間はかなり自由が利く。
それはルヴォレアヌ達宮廷魔術師達や、僧侶のマリカさん達宮廷神職達も同じで、戦闘時には軍の指揮下に入りはするが本来は別組織であり、戦闘時以外はそれぞれ独自の動きをしている。
自由が利くとは云ってもそれは遊んでいても良いという訳ではもちろん無く、自分のスケジュールを自分で決める権限がある、という意味だ。
それは逆に、やることがありすぎる場合には、一定の結果が出るまでは睡眠時間や食事時間を含めて、あらゆる事に優先して際限なくエンドレスで働かねばならないという意味でもある。
寝ている時間以外は全て働いていると言っても良いし、その寝る時間さえ削る事も多い。
やることがありすぎる場合。
つまり、魔王国領に侵入した神聖アラカサン帝国を全力で押し返そうとしている、まさに今だ。
凄まじくブラックな職場環境にも聞こえるが、自分達の命が掛かっているのでそんな甘い事を言っている余裕など無いという理由と、そもそも面白くてこの仕事をやっているという理由とで、苦痛と思ったことは無かった。
「お早うございます、みなさん。こちらに座っても?」
お互い知らない仲では無いので離れた席に着くのもよそよそしい話であり、ルヴォレアヌの正面、イスカさんの隣の空席の後ろに立った。
「もちろん。構いませんよ。」
隣のイスカさんが爽やかな笑顔で答えてくれる。落ち着いた大人の女性、という雰囲気の人だ。
朝食の場なのでいつもの黒い魔導士ローブは羽織っておらず、皆ブラウスやシャツと云ったごく普通の格好をしている。
俺も似たようなもので、厚い生地の軍師服は着ていない。
礼を言って着席した俺の脇からスッと手が伸びてきて食器類を置き、さらにオレンジジュースの入ったグラスと湯気を立てるコーヒーが入ったカップがテーブルの上に置かれる。
パンが入ったバスケットも出てきて、皿に盛られたジャムやバターなどもそれに添えられた。
宮廷魔道士たちの話の腰を折らないようにそれとなく耳を傾けている内に、フライドベーコンやスクランブルエッグなどと云った、いつもの俺のリクエストが載った皿が眼の前に置かれた。
流石魔王城のメイド達。仕事は早く、そして静かで淀みなく完璧だ。
この食事を見ていると、自分が今どこに居るか忘れてしまいそうになる。現代地球のホテルなどで出てくる朝食そのものだった。
魔道士達の話題は、城下町の道具屋や市場の品揃えについてだった。
帝国軍を南に押し返し、今や魔王軍はエルヴォネラ平原の殆どを取り返した。
西の海岸沿いに在る港町であるコトックから魔王都までの輸送路の安全が確保出来たため、コトックの港から陸揚げされる物資が続々と魔王都に運び込まれ、城下が少しずつ以前の姿を取り戻しつつあるらしい。
俺達の感覚で言えば、前線が首都から遙かに離れたので、首都のスーパーマーケットやその他の商店の品揃えが復旧し始め、街に活気が戻ってきた、といったところだろうか。
そう言えばこちらの世界に来て以来、ずっと戦いに明け暮れていたため、城を出て城下に行ったことが無い。
魔族やエルフやケモ耳が闊歩するいかにもファンタジーな街なのだろうか。
時間を見つけてぜひ城下に行ってみたいものだ。
その様な事を考えながら、魔道士達の会話に耳を傾けつつ俺は自分の朝食を口に運び続けた。
しばらく経って、魔道士達の談笑が一息付いたところで口を開いた。
「魔王都の人口はどれ位なのですか? 賑やかなところですか? 恥ずかしながら、城から出たことが無いので全然知らないのです。」
「あら、軍師様、それはもったいの無い事を。まだまだ往時の繁栄に比ぶべくもありませんが、それでも続々と住人が戻ってきており、日増しに賑やかさを取り戻しておりますわ。先ほどから皆で話しておりましたとおり、扉を閉ざしていた商店も少しずつ再び店を開けるようになり、市場にも物が戻って来ております。是非に足をお運びになるべきですわよ。私など、久々の賑やかな市が嬉しくて、昨日は休日の殆どを市場で過ごしてしまいましたわ。」
そう言って、イスカさんの向こう側に座る魔道士がオホホと笑った。
確か彼女はリムリアさんと言って、エルニメン砦陥落の際にダークエルフの部隊と供に帝国軍を牽制しながら山岳の森林地帯に逃げ込み、地形的な優位性を生かしながら追い縋る帝国軍を退け、数千人というダークエルフ達を救った攻防戦の陣頭に立って戦った功労者の筈だ。
帝国軍による魔王城の包囲が排除された事を聞きつけて、最近軍に再合流したダークエルフ達と供に戻って来た魔道士の一人だ。
いまこのテーブルに着いている6人は、それぞれに幾つもの武勇伝を持つ魔王軍のトップ魔道士達であり、また魔王城宮廷魔導士団の幹部達でもある。
この6人が供に全力を出せば、小さな街の一つなど瞬く間に滅ぼすことが出来る程の力を持っている者達なのだ。
「面白そうですね。次の休みには城下に降りてみることにしましょう。」
土地勘が全く無いが、ミヤさんに聞けば良いだろう。
どうせ間違いなくミヤさんは付いてくる。
ま、「次の休み」なんてのがいつになるのか全く分からないが。
「あら軍師殿。わたし達を誘って下さらないのですか?」
イスカさんが隣の席で少し人の悪そうな笑みを浮かべてこちらを見ている。
「とんでもない。是非お願い致します。新参者に魔王城下についてご案内戴けますか?」
「ええ、もちろん。」
そう言ってイスカさんの笑顔が普通の明るいものに変わる。
「私達もご一緒してもよろしいでしょうか?」
リムリアさんが言った。
「大歓迎です。人数は多い方が楽しい。是非ご一緒に。」
「では次のお休みの日が決まったらお声がけ下さいね?」
うん。思わぬ所で魔導士6人のナンパに成功してしまったぞ。
休みを取る予定は今のところ無いんだがね。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
2部構成にしたら、なんとなく中途半端になってしまいましたね。
もう少しこの感じで行ってみましょうか。




