15. 火の大精霊
■ 3.15.1
サラマンダーはジルエラド山の地中に囚われている。
今は活火山になっているジルエラド山だが、サラマンダーをそこに封じる前には噴火などしておらず、サラマンダーが地中に封印されたために毎度の如く火の妖精達が集まってきて、それが原因で活火山化してしまったのだという。
山の中、地中に大精霊を封印したならば、当然穴を掘ったはずだ。
山頂から垂直に縦坑を掘る等というややこしいことをするはずは無い。頭がまともなら、山腹から横坑を掘り進めるだろう。
或いは、元々鉱山があったかも知れない。多分あったのだろう。廃鉱跡などがあって、それを有効利用しようと考えたはずだ。新たに穴を掘るのは相当大変な工事になる。
その横坑の最奥にサラマンダーを封印した。
その後ジルエラド山が活火山化したからか、或いは火の妖精達がもたらす熱で地盤が熔けたかして、山頂への縦穴が開いたのだと思われた。
であるならば、サラマンダーが封印された場所に通じる横穴がどこかにある筈だ。
サラマンダーを助け出そうとする者達を阻止するために、その横穴はそれなりの兵力を投入して守ろうとするだろう。
ジルエラド山周辺にあるその様な場所と言えば、帝国軍の駐屯地しかない。
であるならば、その横穴は帝国軍の駐屯地の中にあり、兵士達によって守られているのだろう。
落盤あるいは噴火によってその横穴が潰れている可能性もある。
しかし潰れていないならば、その横穴はかなりの勢いで空気を吸い込んでいるはずだった。
でなければ、駐屯地のど真ん中に熱い火山性のガスが噴き出してくることになる。
吸い込んだ空気は、熱せられ、火口に向けて縦穴の中を登り、火口から外に排出される。
駐屯地の周りに気化爆弾の揮発油をたっぷりと撒いてやれば、気化した燃料は当然空気を透過する設定になっている魔法障壁を通過し、駐屯地内に入り込む。
駐屯地内に入り込んだ気化燃料は、続々と横穴に吸い込まれる。
そして終いには横穴の奥に存在する、溶岩に接触する。
夜の闇の中で火口がぼんやりと赤く光るほどの溶岩が存在するのだ。横穴の奥、サラマンダーが囚われている場所に溶岩がない等と云う事は無いだろう。
溶岩によって着火された混合気は、地下空間という閉塞された空間の中で爆発を起こす。
大気開放された場所での爆発よりも、閉塞された空間での爆発の方が遙かに威力が大きなものになることは良く知られている話だ。
爆発の炎と熱気は横穴を一気に通り抜け、駐屯地に向けて噴出する。
駐屯地を守る魔法障壁は、内から外へはあらゆるものを透過させる設定になっているはずなので、障壁の内側が爆炎で満たされる事は期待できないが、それでも相当な被害を駐屯地にもたらすはずだった。
あわよくば、設置型の魔法障壁を形成する魔法陣を破壊してくれれば、最高に有り難い話だ。
横穴が、落盤や噴火で完全に閉塞してしまっていると成り立たたず、目論見違いの肩すかしを食らう可能性のある計画だったのだが、今俺達が立っている地面の震動から察する限りでは、杞憂だったようだ。
地面の震動は徐々に大きくなり、はっきりと地震と知覚できるほどになる。
そしてひときわ大きく振動した後、ジルエラド山頂が火を噴いた。
爆発から少し遅れて、ドンと腹に来る衝撃波が大気を伝ってやってきた。
火口から、真っ赤に熔けた溶岩が辺り一面に撒き散らされるのが、まだ夜が明けきらない薄闇の中で美しい赤い線となって良く見える。
同時に大量の黒い煙も立ち上り、上空に向けて膨れあがっていく。
煙が噴火の赤い光を受けて赤黒く蠢いており、まるで大地の底から地獄の悪鬼が天に向かって手を伸ばしているかのようにも思えるほど不気味だ。
飛び散る溶岩と噴き上がる噴煙は、次から次へと湧き出てきて留まるところを知らないように見える。
突然、俺達の前方でもう一箇所爆発が発生し、大地が火を噴いた。
爆発により新しい火口が発生し、火口となった部分にもともと存在していた大量の土砂を辺りに撒き散らす。
そこは、俺の予想通りまさしく帝国軍の駐屯地だった。
場所はまさに俺が予想したとおりだったのだが、結果は俺の予想を遙かに超えるものだった。
駐屯地は、直径100mほどの火口とへと姿を変えていた。
そこに軍の営舎が幾つも建っていた事を示すものは、新しい火口の周りで土に埋もれて僅かに地表に顔を出している、破壊された建物の残骸が確認出来るのみだった。
これは、生存者はいないだろうな。
俺は、揮発油の気化した混合気が地中で爆発する事のみを考えていた。
だが現状を見ると、どうやらその爆発に誘発されて火山そのものが爆発性の噴火を始めたようだった。
「相変わらずやることが派手ねー。」
ダムレスが明らかに面白がっている声と口調で言った。
いや、ここまで無茶やるつもりもなかったし、これほど酷いことになるとも思っていなかった。実はかなり焦ってる。
「予定通りです。帝国軍の駐屯地に生存者はいますか?」
いかにもまさにこうなることを予想して作戦を立てていたのだ、という声色と表情を頑張って維持する。
ふ、ふふん。軍師様はいつでも冷静沈着泰然自若クールでダンディーなんだぜちきしょー。
「居ないわね。爆発で皆死んだわ。この程度の爆発も凌げない程度の魔法障壁しか常時展開出来ないなんて、帝国の魔導士もたかが知れてるわね。」
無い胸をふんぞり返らせて、腰に手を当てた金髪魔女っ子が鼻息荒く帝国の魔導士をこき下ろす。
だからお前は誰なんだ。
・・・まあ大体予想は付いているんだが。
「ルヴォレアヌさん、その格好のままで良いんですか?」
ロリ顔がこちらをキッと睨み上げる。
「なによ。ババアの方が良いって言うの?」
いや俺どっちでもカンケーねーし。
ババア趣味もロリ趣味もねーし。
てか、推測だけで言ってみたら当たった様だ。
ババアとロリとどっちが本当の姿だ?
「私はどちらでも構いませんが? ルヴォレアヌさんの方が問題なのでは?」
「もう良いのよ。アンタ、ダムとくっついたみたいだし。」
ん?
・・・なんだ、俺は警戒されてたのか?
「大丈夫ですよ。私はダムレスのような色っぽい女が好みですから。絶壁はちょっと。」
いきなりファイヤーボールが飛んできた。
ダムレスの結界で弾かれた。
「アンタ、喧嘩売ってんの? バカは一回死なないと治らないらしいわよ? 治療してあげようか?」
「治療ならマリカさんに頼みますから。間に合ってます。」
そのマリカさんは、ジトラさんとティッパさんと共に既にレイリアさんの治療に取りかかっている。少し時間がかかるようだ。
では、こちらもやることをやろうか。
「ウンディーネ、居ますか?」
なんか、彼女ばかりこき使っているようで申し訳ないんだが、水は色々と使い勝手が良いからなあ。
「ふふん。呼んだあ?」
ふわりと首筋に後ろから腕が回ってきて、ウンディーネが右肩に抱きついた。
アズミがニコニコサテライトになって俺の周りを回り始める。
「済みません、毎回使い立てしてしまって。」
「いいのよお。サラちゃんを助けるためだしい。それに、あなたといると退屈しないしい。」
わざとやっているのだろうが、ウンディーネの吐息が耳に掛かってくすぐったい。
気に入って貰えている、という事かな。
「お褒め戴き光栄ですね。ところで、ジルエラド山頂の噴火口に水を流し込めますか?」
「雨を降らせるのお? お安い御用よお?」
「いえ。もっとこう、どばーーっと。大量に。具体的には、一度に5千トンくらい。」
表情は見えないが、ウンディーネが絶句したのが分かる。
「酷いことになるわよお?」
「ええ。良く知ってます。酷いことをしようとしてるんです。」
火山国日本舐めんな。
遙か昔から水蒸気爆発でどんだけ煮え湯飲まされて来たと思ってる。
湯じゃ無くて蒸気だが。
「いいのお? やっちゃうわよお?」
「ええ。やっちゃって下さい。どばーっと。」
「やっちゃって良いのねえ? やっちゃうわよお? ホントにやっちゃうわよお?」
お前はどこのコメディアンだ? はよやれ。
「お願いします。」
噴煙に隠れてしまって、俺には全然見えなかったのだが、大量の水が火口上空に突然発生し、そして火口の中に流れ込んだようだ。
ようだ、というのは、水が発生するところは全く見えず、俺はその結果だけを確認することになったからだ。
それはまるで、ジルエラド山の上1/3程が突然弾け飛んだようにも見えた。
いや、実際弾け飛んだのだ。大量の水による水蒸気爆発で。
吹き飛んだ大量の土砂が、まるで黒雲のように上空に広がる。
ピサの斜塔から大きな鉄球と小さな鉄球を落とすと同時に地面に着いたらしいが、あれは低い塔の上から落とすからだ。
上空数千mまで飛び散ったジルエラド山1/3分の土砂は、埃のような砂粒から、大型トラック並の大きさの巨岩まで、ありとあらゆる大きさの岩と土を含んでいた。
小さな粒ほど空気抵抗の影響を大きく受けて上空に長時間留まる。
そして真っ先に地上に降り注いでくるのは船かトラックかという大きさの岩ばかりだ。
メテオストライクもかくやと言わんばかりの勢いと破壊力で、俺達の周りに地響きを立てて大量の巨岩が降り注ぐ。
高温なのだろう、煙を噴きながら落下してくるものも中にはある。
ヤバい。
まさか数km離れたここまでこんな巨石がこんなに大量に飛んでくるとは思って無かった。
僧侶達はレイリアさんの治癒に掛かりきりで、今はシールドが殆ど無い状態だ。
一応、ドラゴン達の生来のシールドは維持されているだろうが、こんな勢いで大量に降ってくる巨石をどれだけ弾けるのか。
しかし、いつまで経っても巨石は俺達の近くに降ってくることは無かった。
正確には、まるで俺達を避けているかのように、俺達がいるところだけ巨石が降ってこない。
「お兄ちゃん、無茶しすぎだよー?」
気付くと、俺のすぐ前に鳶色の髪の幼女がちょこんと座っていた。ノーミード。
「ありがとうございます。助かりました。こんな遠くにまでこんな巨石が飛んでくるとは思っていませんでした。少し舐めてましたね。」
「んもー。サラちゃん助けるんでしょう? 言ってくれれば、わたし達がやるのにー。」
ウンディーネもそう呼んでいたが、サラちゃんと呼んでいるらしい。
サラマンダーのサラちゃん。そのまんまやんけ。捻りの無い徒名だな。
「お願いしても良いですか?」
「勿論だよー。ね、お姉ちゃん。」
「冷ます必要は無いからねえ。おちびちゃんと私だけでも充分出来るわねえ。」
成る程。
溶岩は岩石が熔けて液状化したもの。
岩石はノーミードの支配下、液体はウンディーネの支配下、というわけだ。
待てよ。俺の理解が正しくないかも知れない。
ノーミードが支配するのは固体、ウンディーネは液体、シルフィードは気体を支配する。それらの相変化を行うための熱量を支配するのがサラマンダー、と考えるべきか。
風火水地と言えども、根源的なところではそういう住み分けになっている様にも見える。
後でルヴォレアヌにでも訊いてみよう。
等と考えにふけっていると、ノーミードとウンディーネは早速サラマンダー救出作戦に取りかかったようだった。
二人がじっとジルエラド山の方を見つめている。
良くアニメや映画に出てくるような、詠唱も無ければ魔法陣も出現しない。
彼女たちはそれぞれ地に属するものと、水に属するものを完全に支配下に置いているのだ。その様な面倒なものなど不要で、意識すれば思いのままに動かせるという事なのだろう。
やがて、高さが2/3程になったジルエラド山の山頂火口から、見慣れ始めてしまった透明な球が現れた。
まるで座布団のように一枚の大きな岩がその球を上に載せ、山頂から滑るようにこちらに移動してくる。
4~5kmはあると思われたジルエラド山からの距離を、僅か1分程度で移動した封印球は、例によって虹色に蠢き輝く魔法陣を内部に明滅させながら、俺達が居る場所のすぐ脇に到着し、地上に降りた。
振り返ると、マリカさん達はまだレイリアさんの治療を行っていた。
しかし千切れていた右の翼は既に元の位置に戻り、少なくとも見た目だけは殆ど元通りに治っているように見える。
多分もうしばらくしたら終わるのだろう。邪魔せずにこのまま少し待ってみる事にしよう。
案の定、それから10分も経たない内にマリカさん達の治療は終わった。
マリカさん達は、少し疲れた色を見せながらも満足げな表情で元通りになったレッドドラゴンの翼と身体を見ている。
そして当の本人であるレイリアさんは、嬉しそうに両方の翼を大きく羽ばたかせて動作を確認しているようだ。
「ありがとう。もう大丈夫。飛べるわ。」
これは、通訳の必要は無いかな。
彼女が何を言っているか、マリカさん達もなんとなく解っているようだ。
「我らが大切なレッドドラゴンが快癒したところで、ご婦人方。お疲れの所恐縮ですがもう一働きお願いできますか?」
サラマンダーを封じている封印球の中に詰まっているのは溶岩だった。
シルフィードの時のように固体では無いので、粉砕して魔法陣を磨り潰すという方法が採れない。
ノーミードを助けたときと同じ手段を取るしか無かった。
「ええ、分かっています。それが本来の目的ですからね。」
マリカさんは軽く息を吐くと、封印球に向き直った。
すぐに魔法障壁が封印球を取り囲み、銀色の球になった。
魔法障壁の表面に映る空を見て、夜が明けていることに気付いた。
そう言えば先ほどから苦労せずに周りを見ることが出来ていることに、今更ながらに気付いた。
魔法障壁が完全鏡面の球になって20分経った。
「マリカさん、障壁を解除して下さい。ダムレス、シェリアさん、エシューさん、準備願います。」
マリカさんがこちらを向いて軽く頷いた次の瞬間、銀色の魔法障壁がかき消すように消滅した。
すぐさまドラゴン3頭がビーム状に絞ったブレスを放つ。
ガラス瓶を踏み潰したような音がして、封印球が崩壊した。
中から現れる人影。
一瞬落下したが、空中で何かに受け止められ地面まで落ちる事は無かった。
その空中に浮いたサラマンダーと思しき人影が、なぜかやはり俺の方に近付いてくる。
「ねえ、どうしてもこの無能者に渡さなきゃダメなの?」
声がした方を見上げると、シルフィードが空中で腕を組んで仁王立ちになっている。
顔はサラマンダーの方に向けたまま、目線だけがこちらを見下ろしている。
このポーズとこの視線、その方面をお好みになる紳士達には値千金垂涎の一品に違いなかった。
「いいから、いいから。」
空中を漂って俺の手元にやってきたサラマンダーは、その名から想像する姿とは全く異なっていた。
シルフィードにも負けないほどに真っ白な肌。細くすらりと長い手足。真っ黒で艶やかな長い髪。
サラマンダーと言えば思わず、赤い髪と眼、活発で激しやすい性格というのを想像してしまうのだが、今俺の両手で支えられているのはまるでその対極にありそうな、言わば清楚な和風美人の外見の美少女だった。
もちろん、鱗も無ければ尻尾も無い。
そのサラマンダーがパチリと眼を開ける。
おや。眼の色は予想通りに赤かった。
「お助け戴き有難うございます。お手を煩わせてしまい申し訳ありません。私としたことが、人族如きに不覚を取りました。」
俺の両手の間をするりと抜け、濡れたような光沢を放つ腰まである艶やかな長い黒髪をさらりと流して、サラマンダーは俺に向かい合って立ち上がった。
その柔らかで物静かな物腰も俺の機隊を大きく裏切る。もちろん、良い方向に。
そしてまた、当然のように全裸だ。なんかもう慣れた。
「とんでもない。礼には及びません。こちらも考えあってのこと。しかし願わくば、良い協力関係を築いていければと思います。」
「そうですね。」
そう言ってサラマンダーはにこりと笑った。
うお!
清楚系黒髪美少女の笑顔の超破壊力。心臓を鷲掴みにされて思わず心停止するかと思ったぜ。
さあこれで全ての大精霊を救出することに成功した。
帰ろう。
「全騎帰投します。離陸準備。レイリアさん、調子はどうですか?」
「全く問題無いわ。」
「安心しました。無理はしないで下さい。問題があれば今の内に。」
「分かったわ。大丈夫よ。」
「一緒に行きますか?」
サラマンダーに声を掛けた。
大精霊は重量が殆ど無いのでダムレスに負担になる事は無い。
どちらかというと、同乗しているミヤさんが窮屈な思いをする方が問題だろう。
「ええ、もちろん。」
そう言って笑ったサラマンダーの姿を見て、まるで夏の海岸道路でナンパに成功した時みたいだ、と、なぜかおかしな記憶を思い出した。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
サラマンダーと言えば、赤髪に赤い眼、あけすけで粗暴な性格、攻撃的、といったイメージが次々に湧いてくるのですが、そのほとんど全てを裏切ってみました。
そういう意味では、魔女っ子くらい金髪ツインテにするべきだろうか。




