7. 帝国軍壊滅
■ 2.7.1
「道を作りました! 走り抜けて下さい!」
地上部隊の上空を旋回するダムさんの背中から叫ぶ。
俺達の周りでは、何騎もの帝国軍のグリフォンナイトやペガサスナイトに取り付かれ、目立ったダメージは受けていないものの、五月蠅い空中の敵を捌くために魔王軍のドラゴン達が空中で格闘戦を繰り広げている。
空中の敵を相手にすれば、当然その分地上の敵への攻撃の手が緩むこととなり、帝国軍の騎馬部隊は徐々に統制を取り戻しつつあった。
ダムさんが吐いたブラックフレイムで帝国軍騎馬部隊の中に一本の道を穿ち、さらにその周囲を薙ぎ払ってくれたお陰で、地上部隊が騎馬部隊の包囲を抜けるルートは確保出来た。
俺の指示によって地上部隊がその敵中の道をまっしぐらに駆け抜ける。
地上部隊は再び騎馬部隊に包囲されることなく、どうにか敵の騎馬部隊の群れを抜け、スロォロン砦側、即ち帝国軍騎馬部隊の後方に抜けることが出来た。
魔王軍の地上部隊が敵を引き込みながら撤退した為、帝国軍の騎馬部隊はスロォロン砦から5km近く引き離されている。
当然騎馬部隊の後ろには歩兵部隊が待ち構えており、騎馬部隊を突破してきた魔王軍地上部隊を迎え撃つ・・・事が出来なかった。
一昨日の夜から仕込んできた俺の計略が、ここに来て完全に発効した。
遥かに脚の速い騎馬部隊の後ろを遅れまいと全力に近い駆け足で追従した歩兵部隊は、その行動が徒となって熱中症の症状を大きく加速したようだった。
本来ならば騎馬部隊のすぐ後ろに詰めている筈の彼等は、騎馬部隊の最後尾から1km近くも引き放された上で、急激に悪化していく体調を抱えており、もはや戦闘どころでは無い状態だった。
すでに走れる者など皆無で、ある者は力ない足取りでふらふらとどうにか倒れずに歩いているだけ、またある者はもう既に立っていることが出来ずに地面にへたり込み、さらに多くの者はとうの昔に行動不能となって地面に倒れ伏せていた。
太陽によって熱せられた地面から立ち上る熱は凄まじく、例え座り込もうと地面に寝転がろうとも、症状は加速度的に悪化していくばかりで改善することはない。
魔王軍の地上部隊が帝国軍の騎馬部隊を突破し、もと歩兵部隊であった集団と接触したとき、魔王軍に向けて剣を構えることが出来た帝国軍の歩兵はほんの僅かな数しか残っていなかった。
ごく僅かに、未だ体調を保っており、魔王軍に向かって突進してくる者も居たが、その少数の兵士達は魔法で消し炭にされるか、剣で切り裂かれるか、或いは騎馬によって踏み潰されて絶命していった。
歩兵部隊は既に無力化されている。
さらにこのまま数時間が経てば、10万の帝国軍の大半を占める歩兵部隊の殆どは命を落とす事になるだろう。
現代の日本であれば命に別状のない症状であったとしても、残念ながらここは現代日本などではなく、そして戦場であり、また灼熱の大地から陽炎が立ち上るエルヴォネラ平原のど真ん中なのだ。
「歩兵部隊は無視します! スロォロン砦近くに陣取っているはずの魔法部隊を叩きます!」
地上部隊上空を旋回しながら叫ぶ。
時折まだ散発的に俺達に向かって攻撃を仕掛けてくるグリフォンナイトがいるが、他のドラゴン達を見ても既にあらかた帝国軍航空部隊を撃破し終わっており、再び地上のホワイトナイトやパラディンといった騎馬部隊に向けてブレスを放ち、魔王軍地上部隊を追跡出来ないように牽制攻撃を仕掛けている者が殆どだった。
地上部隊が敵の魔法部隊の元に辿り着くまで数分とかからない。
砦までの距離が2kmほどになった辺りで、砦近くに陣取った一団から火球や氷槍、或いは光のビームのようなものが地上部隊を狙って次々に打ち出される。
敵の魔法部隊としてはもちろん接近してくる魔王軍を迎え撃たなければならないのだろうが、その攻撃が魔法部隊の位置を特定しやすくする。
魔王軍地上部隊は、前面に何重ものシールドを張り、撃ち込まれる敵の魔法攻撃にこちらも魔法で応戦しながら、帝国軍の魔法部隊に向けて真っ直ぐ突進していく。
帝国軍が占領するスロォロン砦の前面に展開している魔法部隊だが、もはやその上空を守る航空部隊も無く、壁となり敵の攻撃を止める歩兵部隊も殆どおらず、危機に駆け付けてくれる騎馬部隊の主力は遥か彼方に置き去りにされていた。
「ダムさん、ドラゴン達を呼んで下さい。敵の魔法部隊を一気に押し潰します。」
「はーい。」
少し間延びしたようなダムさんのほんわかした返事が聞こえた直後、その優しげな返事からは想像も付かない大音量の咆哮が、上空に首を擡げたダムさんの口から放たれた。
その咆哮は空気を揺るがし、衝撃波で地上に土煙を巻き上げ、辺りに居る全てのまだ意識のある帝国軍兵士達を恐怖で硬直させる。
魔王軍地上部隊に突破され、敵が本陣目掛けてまっしぐらに突撃していることに気付き何とか体勢を立て直そうとしている帝国軍騎馬部隊の上空で、グリフォンナイトとペガサスナイトの残党を叩き落としつつ、地上の騎馬部隊にブレスを吐いて混乱を継続させ続けているドラゴン達が一斉にその攻撃を止めた。
いまだ縋り付こうとするグリフォンナイトなど、歯牙にも掛けぬ雑魚と蹴り捨てて、全てのドラゴン達がスロォロン砦を目指す。
地上部隊よりも遙かに速く移動が出来るドラゴン達は、文字通り一瞬でスロォロン砦に達し、そして砦の外に展開する数百名の魔法部隊を上空から包囲した。
砦の裏手から、傷付いたドラゴンナイトの残党が魔法部隊の壊滅をどうにか阻止しようと飛び上がる。ほぼ同時に、砦の両脇に展開していた騎馬部隊約7千騎ずつ、合わせて1万5千騎ほどが猛然とダッシュして防衛に回ろうとするが、もう遅い。
赤、黒、青、金など、様々な色の鱗を身体に纏った14頭のドラゴンが、地上の魔法部隊に向けて首を擡げ、大きく口を開いて、そして一斉にブレスを吐いて叩き付けた。
開戦と同時に敵の出鼻をくじく大規模殲滅魔法や、会戦の中盤で戦いの趨勢を決定する決戦兵器としての巨大魔法などを行使する、巨大な火力を誇る軍の中心的存在である魔法部隊が纏うシールドは流石に強固だった。
そのシールドは14頭ものドラゴンによって挟み付けるように左右から叩き付けられたブレスを弾く。
流石にそれ程の余裕は無いらしく、叩き付けられるブレスの奔流に震え白濁していくが、それでも一撃で破られるようなことは無く、内部へのブレスの浸透を許していない。
だがそこに地上部隊からの魔法攻撃が加わった。
巨大な火球がシールドに叩き付けられ大爆発を起こし、一抱えもある岩や氷で出来た巨大な杭が何百本も立て続けに魔法部隊に向けて突進する。
馬の胴ほどもある太い稲妻が地上を走って目も眩みそうな閃光を発し、ダムさんのブラックフレイムに似た紫がかった黒い炎がそれを追う。
それでもまだ攻撃を支えて耐えていたシールドであったが、魔法部隊の上に突然発生した無数の光る刃の様なものが突き刺さると、あっけなく一瞬で弾けるように消えた。
シールドは何重にも掛けてあったようで、内側のシールドが出てくる度に同じ光る刃が現れ突き刺さってはシールドを消滅させていく。
それを数回繰り返し、そしてとうとう幾重にも重ね掛けされたマジックシールドが尽きた時、何本ものドラゴンブレスと魔王軍地上部隊から撃ち出された爆裂魔法や雷電が一斉に帝国軍の魔法部隊に襲い掛かってあらゆるものを蹂躙した。
個人で再びシールドを張った者も居たが、その様な急場しのぎの脆弱なシールドは一瞬であえなく消し飛び、数百人の魔導士や僧侶が竜の吐いた炎や魔導士が撃ち出した雷に灼かれる。
直撃を受けた者は一瞬で消し炭と化し、何らかの方法で直撃を免れた者さえその身体を焼かれ、そして帝国軍の魔法部隊は壊滅した。
ブレスや炎に灼かれまだ陽炎の収まらない魔法部隊の残骸の中に魔王軍の地上部隊が突入し、まだ息のある者の命を刈り取っていく。
そこに突入しようとする帝国軍の騎馬部隊に向けてドラゴン達がブレスを吐き牽制する。
魔法部隊に完全にとどめを刺した地上部隊が向きを変え、スロォロン砦前から離脱した。
開戦直後の突出で砦から引き離され、ドラゴンブレスに散々かき乱されていた最初の騎馬部隊がやっと戻ってくるが、彼らが騎乗している馬は泡を吹き白目を剥いており、とうに限界を超えていることは明らかだった。
寝不足と水不足、更に高温による熱中症を発症しているのは何も人間の兵士達だけでは無いのだ。
鞭を入れられ、灼熱の平原を散々走り回らされた馬たちも体力の限界に達し、全身を痙攣させながら次々と昏倒していく。
魔法部隊を殲滅した魔王軍の地上部隊はスロォロン砦前から悠々と引き上げて距離を取り、3kmほど離れたところで停止して向きを変え、再び砦とその周囲に展開する軍を正面に見据えた。
既に戦力として数えることさえ出来ないほどに傷ついた身体に鞭打って、再び出撃してきたドラゴンナイトを集団で寄って集って叩き潰し、今度こそ文字通りドラゴンナイト部隊を壊滅させた魔王軍のドラゴン部隊は、城の周りに展開する帝国軍騎馬部隊に追い打ちのブレスを撒いて混乱を与え牽制しながら、地上部隊の上空へと戻っていった。
魔王軍と帝国軍が再び距離を取り、戦闘開始前と同じ様に対峙した。
だがその戦力陽は、改選前と較べて大きく変わっている。
魔王軍側が殆ど戦力を落としていないのに較べて、帝国軍側の戦力は戦闘開始前と較べて大きく様変わりしていた。
頼みの最強航空戦力であったドラゴンナイト、ドラゴンナイトには一歩引くものの地上の歩兵戦力にとっては天敵とも言えるほど優勢な攻撃力を誇るグリフォンナイト、攻撃力防御力で大きく劣りはするが航空戦力である強みを生かして地上部隊を蹂躙することが可能であるペガサスナイト。
いずれの部隊も壊滅し、戦力として全く充てに出来る状態では無かった。
砦前面に大きく展開していた7万を超える数の歩兵部隊は、一度も魔王軍と戦うことさえ無くいまやその9割以上が地に倒れ伏せ、倒れた者の殆どは瀕死の重体、命を失うのも時間の問題という状態に陥っていた。
砦の両脇に展開していた騎馬隊各7千、計1万5千は至近距離からのドラゴンブレスに繰り返し長時間曝されたものの、まだその半数ほどを残していた。
しかし砦の前面に展開していた騎馬隊主力2万は、魔王軍に散々掻き回され蹂躙されて数を減じた上に、気温50℃にも達しようかというこの極限の炎天下で酷使された馬が次々に潰れ、騎馬として形を保っているものが3千、しかし実質的に戦闘力を保っている者は千以下という壊滅的な状態に陥っていた。
つまりスロォロン砦周囲に展開していた帝国軍は壊滅状態、いや正確には全滅一歩手前という状態であった。
「すごいわねー。殆ど戦っていないのに勝っちゃったわよー?」
航空戦力と対空兵器の脅威がなくなったので、敵の現状がどれ程のものか確認する為に高度千mほどでスロォロン砦の周りを周回してもらっているときにダムさんが呆れたような声で言った。
バリスタ? あんな狙いの粗い一発兵器なんて、対空戦力にはなりません。
投石機? 兵器の向きを変えるのに分単位の時間がかかる兵器など、「対空」の文字を付けるのも烏滸がましいわ。
人間の手で引く強弓なんて、ドラゴンが無意識のうちに纏っているシールドで撥ね返されるしね。
スロォロン砦の中にはまだ多少の戦力が残っているだろう。
砦の周りにも騎馬部隊が6~7千騎ほど、意気を揚げながら陣形を整えるために激しく動いて次の衝突に備えようとしているのが見える。
ま、そりゃそうだよね。
現時点での数字の比率だけを見ると、300対6000で、まだまだ絶対的有利だもんね。
実はたった今、300対100000からここまで減らされたばかりです~、というのを考慮するともうやる気は一切起こらないけどね。
でも、砦の周りの騎士の人達はどうやらまだやる気らしい。
「幾ら魔王軍きっての精鋭部隊とは言え、こちらの戦力は300そこそこですからね。まともに戦ってなんて居られませんよ。この戦力差で正面からまともに戦おうなんて愚か者か自殺志願者のすることです。
「打ち合えば必ずこちらにも損害が出ます。戦わずして敵を殲滅できるなら、それ以上のことはありません。」
魔王軍は結構脳筋のひと多いからなー。
「例え絶対的不利であろうとも、我らには戦わねばならぬ理由がある!」とか、「300対10万? ふはは! 我らが圧倒的有利ではないか! (もちろん「我ら」が300)」とか普通に言いながら、砦の正面から突入しちゃいそうな人結構居るし。
主に竜族とかナイト達とか、某筋肉ダルマとかなんだけど。
「流石『軍師様』ってところなのねー。」
「それが仕事ですから。あ、ダムさん、皆のところに降りて貰えますか? 今後の予定について伝えます。」
「はーい。」
「それが仕事ですから」なんて、いつの間に俺は自信満々に答えられるようになっていたのだろう?
最初に魔王陛下の顔を見たときにはその余りの威圧感に恐怖し、最初の戦いを任されたときには、余りの重責と自信のなさに泣き言を吐いたと言うのに。
この冷静沈着さはもしかしたら、あらゆる言語を理解して話せる能力と同様に、軍師という職業に自動的に付属してきた能力なのかも知れない。
「俺サマTUEEEEEEE! ヒャッハー!」とかのチーレム勇者モドキじゃなくても、充分チート能力だねこれ。
スロォロン砦から数km離れた所で、未だ勇ましく砦に向けて陣形を崩さず待機状態の魔王軍地上部隊からほんの50mほど離れた所にダムさんは着地する。
滞空中のドラゴン達にも呼びかけ、地上部隊を取り囲むように全てのドラゴン達が着地する。
相変わらずダムさんの背中からどっこいしょと降りた俺は、歩いて地上部隊に近付く。
「皆さんお疲れさまでした。戦闘は終了しました。完全勝利です。流石魔王軍精鋭部隊です。あの無茶苦茶な指示をよくぞ実現して下さいました。心から皆さんの奮闘に感謝致します。」
「まだ相当な数の騎馬が残っているようだが? それに我々はろくに戦ってもいないぞ?」
戦場において、そのおどろおどろしい甲冑の威容がさらにマシマシ状態のベリンダさんがこちらに進み出てくる。
馬でか! ラ○ウかよ!
「残りの戦力は、明日の夜までには消滅します。
「ああ、言い忘れていました。マリカさん、スロォロン砦の周りに絶対魔法防御をお願いします。取り敢えず人とモノの行き来が出来なければ良いですが、余力があればあらゆるモノを通さないシールドであればなお良いです。」
こくりと頷いたマリカさんと、マリカさんを含め僧侶達を乗せたダークナイト30騎ほどが隊列を離れて進み出る。
それを見送りながら言う。
「いえ、皆さんにはもう必要なだけ戦って戴きました。あの数の敵中突破など、皆さんで無ければ為し得ない事です。戦った時間や斃した敵の数ではなく、皆さんで無ければ出来ない事をして戴いた。これで必要充分です。」
「成る程。分かった。」
ベリンダさんが引いてくれた。有り難い。
多分、こちらがやりやすいようにわざわざ言ってくれたのだろう。
魔王軍首脳部という凄い名前の割には、皆案外優しい人達で助かる。
「ひとまず警戒しながら休みましょう。水は充分足りていますか? 魔力は枯渇していませんか? 煮炊きは出来ませんが、腹が減っているようならば携帯食なら大丈夫です。人心地ついたところで、この後の予定を説明します。」
そう言うと、緊張していた部隊の雰囲気が明らかに緩んだのが分かった。
右肩に座っていたアズミが、皆に水を補給するために飛んでいく。
クッ!
荒くれ者達の間を水を出しながら飛び回る姿も可愛いぜっ!
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
ここのところ仕事が忙しくて更新遅くなってしまいました。申し訳ありません。
ちなみに、ダークナイトな人達は、乗っている騎士は魔族、馬の方は魔獣という設定です。
魔族も魔獣も水は必要です。