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無能な軍師が魔王様に呼びつけられたら。  作者: 松由実行
第二章 真面目に戦う奴は馬鹿
18/39

6. 活路


■ 2.6.1

 

 

 前進してくる帝国軍に呼応して、魔王軍も動いた。

 

 ・・・ただし、後方に。

 

 歩兵の前進速度でゆっくりと魔王軍に向けて進軍してくる帝国軍だが、それに対して魔王軍は殆ど同じ速度でゆっくりと後退する。

 魔王軍と帝国軍の距離は殆ど縮まっていない。

 

 焦れた帝国軍は進軍速度を上げる。

 魔王軍も後退する速度を上げる。

 帝国軍はさらに速度を上げる。歩兵が走り始める。

 ついには魔王軍は、後ろを向いて逃げ始める。

 後ろを向いて逃げ始めた魔王軍を見て、好機と捉えたか、それとも追いつけずさらに焦れたか。

 帝国軍は騎馬部隊を突出させた。

 3000m近くあった帝国軍と魔王軍の距離が一気に縮まり始める。

 それを見て、魔王軍も速度を上げる。

 実は帝国軍のホワイトナイトよりも、魔王軍のダークナイトの方が脚は速いのだ。そして魔物化しているダークナイトの馬の方が持久力も遥かに高い。

 

 しかし連中は大事なことを忘れている。

 眼の前の敵が脱兎の如く逃げ出したので思わず追いかけてしまったのだろうが、その敵の上空には未だ軽微な損害しか出ていないドラゴン部隊が居るのだ。

 魔王軍がジリジリと後退を始めると同時に、ドラゴン部隊は高度を上げ、今は上空を旋回している。

 姿は小さく見え辛くなっているが、戦線から離脱したわけではないのだ。

 

 逃げ出す魔王軍から幾つもの火球が飛ぶ。

 既に遠くなってしまった帝国軍魔法部隊からの防御魔法はここまで届かない。

 届いたとしても精確さに欠け、必要なだけの範囲をカバーできない。

 帝国軍の騎士達は密集した隊形で疾走しているため、火球を避けるスペースが無くモロに喰らって火だるまになっている騎士がいる。

 

 帝国軍騎馬が走る足元が爆ぜて爆炎が上がる。

 魔王軍の魔道士達が仕掛けて残していっている地雷のような罠の魔法だ。

 踏めば爆発する。

 数を設置するためその爆発力はそれほど大きなものでは無いが、踏みつけた脚を吹き飛ばすくらいの事はやってのける。

 脚を失った騎馬は転倒し、突然前列の騎馬が転倒したことで後続の騎士が何騎も巻き添えを食らって転倒する。

 どうにか避けて前に進んだ先にもまた同様の罠が設置してある。

 そして馬を失った騎士は、ただの動く的だ。

 騎乗用の重く動きにくいプレートメイルを引きずって、歩兵よりも遥かに遅い速度でしか移動できない。

 

 突出した騎馬部隊が大混乱に陥っているところに、急降下してきたドラゴン部隊によって左右からドラゴンブレスが撃ち込まれた。

 火炎や束になった雷、真空刃を含む強烈な風や生体のみを燃え上がらせる黒い炎に焼かれ、吹き飛ばされて多くの騎馬が命を落とし脱落していく。

 騎馬部隊はさらに混乱する。

 再度の魔王軍ドラゴン部隊の参戦を見て、帝国軍陣地から傷付きつつもまだ戦力として有効なドラゴンナイトが再び飛び上がるのを見て、魔王軍のドラゴン部隊は騎馬部隊への攻撃を止めて引き上げた。

 ドラゴン達はそのまま魔王軍部隊のすぐ上の空間に再び留まり、ドラゴンナイトからの防御に入る。

 

 ここからが踏ん張りどころだ。

 

 魔王軍地上部隊は走る速度を緩めた。ドラゴン達がそのすぐ上をゆっくりと旋回する。

 魔王軍ドラゴン部隊の内、赤く陽光に輝く鱗を持ったドラゴンが、まるでビームのように収束させたファイヤーブレスを一騎の帝国軍ドラゴンナイトに向けて撃ち込んだ。

 それに呼応して、全てのドラゴンがその一騎のドラゴンナイトにブレスを集中させ、そして地上部隊からも幾多の火球や氷槍、雷光が、そのドラゴンナイト単騎に向けて集中した。

 最初の数発には耐えきったドラゴンが生来から持つマジックシールドではあったが、十以上のドラゴンブレスの集中攻撃と、さらに魔道士達からの魔法攻撃を上乗せされては耐えきれるはずもなく、集中攻撃された白銀色のドラゴンナイトは一瞬の内に火だるまになり、切り刻まれて焼け爛れた肉片となり、味方の騎兵部隊が疾走する中へと落ちていった。

 

 すぐに次のドラゴンナイトに向けて初撃の収束ブレスが放たれる。

 最初に撃破されたドラゴンナイトと同様に、全てのドラゴンブレスと魔法攻撃が一騎に集中する。

 一瞬でシールドを破られ、瞬く間に燃える肉片と化すドラゴンとその騎士。

 そしてすぐさま次のドラゴンナイトに次の収束ブレスが命中する。

 再び他のブレスと魔法がそれに追従する。

 

 朝、今日の作戦を再確認した時、レッドドラゴンのレイリアさんにドラゴンナイトと真っ正面から対峙することになった場合の対処法を提案しておいた。

 個体主義が強く、群れることの少ないドラゴン達は、人間のように連携して敵を撃破するという意識に乏しい。

 これまでは各個体が狙いを定めた敵とのブレスの応酬と格闘で勝敗を決していたらしい。

 敵の選び方に特に決まりや順序など無く、戦場で一番狙いやすい手近な敵に適当に殴りかかっていただけの様だった。

 確認してみたが、一騎打ちに関する矜持や、序列に関するしきたりや掟などは無いようなので、ならばいっそ皆で一騎をタコ殴りにして一瞬でカタを付けてはどうだ、と言ってみた。

 

 聞く所によるとドラゴンは非常に頭が良い。

 当然だ。多くは人間よりも高い知能を持ち、人間の遥か数十倍もの年月を生き続けるのだ。

 Fランク大学を卒業して、適当に地方の中小企業に収まった俺のオツムとは根本的に出来が違うだろう。

 そしてその予想通り、レイリアさんは俺の提案の意図するところを一瞬で理解した様だった。

 上空にまとまって待機し、デルタ編隊を組んで一丸となってドラゴンナイト部隊の中を抜けたあの戦術も、地球での第二次世界大戦以降の航空機の戦術を真似て俺がアドバイスしたものだ。

 

 ドラゴン達は魔王軍地上部隊上空に占位しながら攻撃に徹し、防御は地上のプリーストやビショップ達に任せてしまう。

 だが流石に十本以上ものドラゴンブレスを一度に受けては、何重にも掛けたマジックシールドでさえ破られるところが出てきて、被弾するドラゴンも居る。

 しかし、ドラゴンが生来持っている自前のシールドを展開していることもあり、その被害はまだ深刻なものでは無い。

 俺の見立てでは、帝国軍のドラゴンナイトと数が均衡していれば、こちらのドラゴン部隊に深刻な被害を出す前に帝国軍ドラゴンナイト部隊を撃破する、或いは戦闘続行不能と判断させ、ドラゴンナイト部隊を離脱させる様な状況に持ち込めると思うのだが。

 

 10~20秒に一騎程度の割合で、魔王軍から一点集中攻撃を受けた帝国軍ドラゴンナイトが脱落していく。

 あるものは地上に落ち、あるものは大きな損傷を負って後方に逃げ出す。

 魔王軍のドラゴン達は、被害が目立ち始めているもののまだ脱落した個体は無い。

 帝国軍ドラゴンナイト残数8騎、魔王軍ドラゴン残数14頭。

 それはまるで、海戦で巨大な戦艦の艦隊同士が互いの最大の火力をもって殴り合いをしている様を見ている様だった。

 

 そして、残数が7騎になったところで帝国軍のドラゴンナイト部隊がとうとう逃げ出した。

 味方は集中砲火で次々と確実に数を減らしていっているのに対して、魔王軍側のドラゴン部隊は一頭も数が減っておらず、戦力が相手側の半分となったところで流石にもう駄目だと判断したのだろう。

 ドラゴンナイト部隊が離脱してすぐさま地上の僧侶達から、重篤ではないもののそれなりの被害を受けているドラゴン部隊に回吹く魔法が複数飛ばされた。

 

 勝ったな。

 最大の攻撃力と防御力を兼ね備えるドラゴンの数で完全に優勢に立った。

 もちろん個体数だけを勘定すれば、帝国軍は未だ魔王軍の100倍以上の数を保っているのだが、その大半が歩兵だ。

 誇張でも何でも無く、ドラゴン一頭で歩兵ならば数百を一度に相手に出来る。

 ドラゴンが低空に降りさえしなければ、一部の魔道士達の魔法攻撃以外はドラゴン達に届くことさえなく、ほぼドラゴン達のやりたい放題で敵を蹂躙できる。

 

 そして魔王軍が敵に背中を向けて逃げ出したのは、もちろんこちらの計略を完成させるためだ。

 砦から数kmも走らされた兵士達は、既に使い物にならなくなっているだろう。

 

「ダムさん、降下して下さい。高度300m、魔王軍部隊の後方に付けて下さい。」

 

「はーい。諒解よー。」

 

 そう言ってダムさんは高度15000mからまたいつもの反転急降下を行う。

 どうやらドラゴンはこのような急激な機動を行うときには無意識に重力魔法を使って慣性を制御しているようなのだが、それでもかなりの横Gはある。

 後ろからミヤさんがガッシリと抱き付いてくる。

 ・・・ダムさん、ミヤさんを怖がらせるために面白がってやってるわけじゃ無いよね?

 まあ俺的には、異世界の空でドラゴンに乗って高機動している爽快さと、後ろからクール系超美人メイドに抱き付かれる役得で何も文句は無いんだけれどね。

 

 俺達が高度300まで降下したのは、魔王軍地上部隊が帝国軍の騎馬部隊の先頭集団と接触する寸前だった。

 

「ドラゴン部隊は敵騎馬隊をブレスで好きに焼き払って下さい! 地上部隊は火力と防御力を前面に集中して、敵騎馬部隊を中央突破! 敵を混乱させ攪乱して走り回らせます!」

 

 この高度なら、身体能力が異常に高い魔王軍の面々に充分に声が届く筈だ。

 それが証拠に、ドラゴン部隊は騎馬部隊の頭上を低空で旋回しながら騎馬部隊に向けて思い思いにブレスを放ち、地上部隊は視覚化するほどの強固なシールドを部隊前面に押し出し、爆裂魔法を前面に打ち出し、雷を辺り一面に放射しながら帝国軍騎馬部隊に向けてまっしぐらに加速していく。

 ダムさんが味方のドラゴン達の間を縫うように飛び、地上に向けてブレスを放ちながら地上部隊の上空をキープする。

 

「部隊方向転換、左方!」

 

 部隊の上空を飛びながら、ドラゴン達のブレスによって混乱が発生しているところに部隊を誘導し、次々と撃破していく。

 幾ら魔王軍部隊の地力が帝国軍のそれを凌駕しているとは言え、万に達する騎馬隊とたった300程の地上部隊。

 ドラゴンブレスによる大混乱に乗じて上手く誘導しなければ、数の差で一瞬で押し潰されるだろう。

 精密な誘導が必要なことを分かってくれているらしいダムさんは、敵騎馬部隊の上を右へ左へと時折ブレスを吐きつつ旋回しながら、魔王軍部隊に俺の声が届く位置を維持してくれている。

 

 右に向けて旋回中だったダムさんが不意に首を左に曲げる。

 そこに茶色の塊が上空から落ちてきた。

 ダムさんが大きく口を開き、その茶色い塊に噛み付き空中で首を振って地上に叩き付けた。

 片翼をもがれ地面に叩き付けられたグリフォンの周りに赤い血の花が咲く。

 

 ふと左を見た。

 上方ほんの100mほどしか離れていないところに、こちらを睨み付け、大きく羽を広げて一直線に突っ込んで来るグリフォンナイトの姿があった。

 グリフォンの背に乗る騎士がランスを構える。

 ヤバい。モロだ。

 避けられない。

 そして距離は一瞬でゼロになる。

 

 すぐ脇で、風が鳴くような音がした。

 俺の隣に、青い空さえも切り裂きそうな鋭い眼をして正面を睨み、ドラゴンの背に片膝を突き両手を広げて二本の黒刀を振り抜いた残心姿勢のミヤさんが居た。

 

 グリフォンナイトは、グリフォンと騎乗している騎士ごと袈裟掛けに両断され、二つに分かれた肉塊が赤い血の糸を引きながら俺達の両脇を通り過ぎて地上に向けて落ちていった。

 

「やるわねー。助かったわー。」

 

「侍女の嗜みにて御座います。」

 

 これが例の「侍女の嗜み」かっ!!

 ペガサスナイトどころか、グリフォンナイトまでをも一瞬で両断するとはっ!

 やはりその二本の黒刀をどこから出したのかとか、全然刀身が届く距離じゃ無かったよねとか、ミヤさん片膝突いたら下着が見えていますよとか、ストッキング黒ならガーターベルトも黒で合わせた方が良いんじゃないですかとか、色々言いたいことはあるが多分全て「侍女の嗜み」の一言で片付けられるのだろうから、質問するのは止めた。

 しかしグリフォンナイトを一瞬で両断するなんて、もしかして魔王軍最強のユニットは玉座の周りを固めるメイド達じゃないのか?

 

 と、アホなことを考えながら辺りを見回すと、味方のドラゴン達が帝国のグリフォンナイトやペガサスナイトと激しい空中格闘戦をあちこちで行っている事に気付いた。

 ドラゴンナイト部隊が壊滅的な被害を受けた為、能力で劣ることは明らかであっても、せめてもの航空戦力としてグリフォンナイトとペガサスナイトを投入してきたのだろう。

 

 まずい。

 余程の集中攻撃を受けない限りドラゴンがグリフォンナイト如きにやられてしまうようなことはないだろう。

 しかし数のいるグリフォンナイトやペガサスナイトに、周りに群がられ、数に任せた攻撃を仕掛けられてはそれに対処しないわけにはいかない。

 当然、対地攻撃がその分疎かになる。

 地上の帝国軍騎馬部隊に余裕が出来て部隊を立て直されてしまうと、こちらの地上軍が圧倒的な不利に陥る。

 今、地上部隊は大量の敵部隊を前方への魔法の連発で吹き飛ばしこじ開けて進路を確保しながら、ダークナイト達の機動力に任せて敵騎馬部隊のど真ん中を突破中なのだ。

 敵が組織的攻撃を取り戻せば、一瞬で押し潰されてしまう。

 

 辺りを見回し、敵の騎馬部隊の戦力が薄いところを探す。

 現在の地上部隊の進路から、2時の方向、つまりスロォロン砦の方向が幾分戦力が薄く、そしてまだ混乱が収まっていない状態が確認出来た。

 

「ダムさん! 地上部隊前方からスロォロン砦に向けてブレスを! 道を作ります! 地上部隊を敵中から脱出させなければマズいです!」

 

 ダムさんが返事の代わりにブラックフレイムを吐く。

 黒く揺らめく様な炎は、頭上から差す強烈な陽光さえも吸収しながら、その炎に触れた騎馬や騎士などの身体を発火させ燃え上がらせる。

 黒い炎の奔流は騎馬の群れを断ち割り、地表を舐め、真っ直ぐにスロォロン砦に向けて伸びる。

 地上部隊からスロォロン砦に向けて、一切の生物が居ない一本の路が出来上がり、ついでとばかりにダムさんは首を左右に振って道の両脇の騎馬をさらに焼き尽くす。

 

 その停滞を狙って、左右の上方からグリフォンナイトが降下して突っ込んで来た。

 俺の背中にしがみついているミヤさんの両手が腰から離れるのを感じた。

 次の瞬間、左右に5個ずつ、直径20cm、長さ1mほどの氷の槍が現れた。

 氷の槍は、その表面を陽光でキラリと光らせると、かき消すように姿を消した。

 いや実際は、凄まじい加速で2騎のグリフォンナイトに向けて打ち出されたのだった。

 一瞬、グリフォンナイトの姿がぶれたように見えた。

 そしてグリフォンの羽毛と、血飛沫が舞うのが見える。

 陽光を受けて光るのは、プレートメイルに覆われた騎士の腕か。

 

 2騎のグリフォンナイトは軌道をずらし、俺達の足元を抜けてめいめいに低空で俺達から離れた後、数km離れた所で再び上昇を開始した。

 しかしその羽ばたきには、明らかに先ほど俺達に向けて突入してきたときほどの力強さは無かった。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 そう言えば、某超有名異世界モノでも、ダメダメ主人公と一緒に地竜に2ケツしたメイドがアイスランスをぶっ放してたな、と、書いた後で気付いてしまいました。

 でも、後々の展開のためにアイスランスじゃないとダメなんです。

 何か違うところを見せないとただの真似っコになってしまうではないか。

 あ、こっちは10発同時に撃てる、ってことでひとつ。

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